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第6話 「1対10の鬼ごっこ 後篇」

 対峙する俺とイリアス。

 その後の動きは即座に行われた。

 ――先手はイリアスだ。


(うぇっへっへ、もう手を出していいとルーンさんに言われてますからね。さ、さ、さ。そろそろ美味しくいただきましょうかいただきまーす!)


 翼を一回だけ羽ばたかせ、そのまま俺に向かって急降下してくるイリアス。弓矢は使わねえのかよ。

 

「はーと、きゃっち!」


 生声が聞こえるまでの距離まで降下してきたイリアス。重力も加わったその加速は避けられるかどうかギリギリだ。

 というかハートキャッチって、心じゃなくて生の心臓掴む気満々な威力なんですけどね。


「行きますよレイドさん!」


「速攻逃げる!」


 横っ飛び一直線で何とか回避する俺。イリアスは、地面に激突する直前で翼を目一杯に広げ、周囲に空気の奔流を生ませながら停止する。


「ちぃっ!」


 直接の攻撃は回避した俺も、その衝撃は躱せず、遠く吹き飛ばされる。

 しかし、地面を転がって衝撃を殺し、そのエネルギーを利用してさらに速度を上げて走る。


「うーむ。ノリで突撃しましたが、やっぱレイドさんは避けますよねー」


 そう言ったイリアスをバック走で見る。

 彼女は自らの得物である弓を構え、その照準をしっかりと俺に定めていた。


「うんうん。やっぱこれですよねー」


 引かれる弓、放たれる矢。

 それは真っ直ぐと俺に向かって飛んで来る。

 バック走のまま俺が避ける、その間に第二射、第三射。

 一射目を避けた先に第二射が、二射目を避けた先に第三射が射られる。

 俺の思考を読んだその射撃を、俺はよく見て紙一重で躱す。


「ちっ、やっぱめんどくさいな、それ」


「むしろ、思考を読んでも避けてくるレイドさんがおかしいんですけどねー」


 文句を垂れながら射撃を続けるイリアスだが、その射撃の角度がだんだん水平から垂直に近づいていく。それにつれてだんだんと声が遠くなる。イリアスを発見した時よりかは低い位置だが、それでも十分俺の手が出ない距離だ。

 飛んでいるほうがずるいと思うんですが、そこんとこどうなんですかね。


(ま、お気になさらず。っと、割とエッグイのも射ってたですけど、よっくもまぁ、避けますよねー。んじゃ、いっちょ行くとしますよ!)


 俺の直上。真下に弓を構えるイリアスの体が淡く光る。

 全体から出ていたその光が、だんだんと番えられた矢に収束していく。


(『矢雨やさめ』!)


 放たれた。

 初めは一本だった矢が二本になり、四本になり、倍々に増えていった矢が、その名の通り、雨の様に降り注ぐ。

 逃げ場のない広範囲射撃だ。

 横の店にでも入り込めば矢は当たらないだろうが、その時点で逃げる場所を無くした俺は袋の鼠、あとは狩られるだけだ。


(どうですかー、どうですかー? 高密度広範囲。どれか一本は当たるに決まってますよねって、私これ自分でフラグ立ててません?)


 自慢しているのか自信がないのかはっきりしろ。

 と、そう思うが、イリアスの心配は実に正しい。


(その通りだぞ馬鹿野郎)


 イリアスに吹き飛ばされてから、俺はずっと走っていた。もう十分に、足は温まっている。

 体の向きを直し、後ろの矢一切を見ずに、ただ足の回転を速める。

 顔に当たる風。流れる景色。降り注ぐ矢に慄く人々の悲鳴。

 余計なものを排除して、ただただ前へと進む。


(げっ。まっさか本当に矢雨の範囲から逃れ出る勢いじゃないですかー。なんという逃げ足。わたしもびっくりでございますのですよ)


 頭に響くイリアスの阿保っぽい声。それをも無視し、俺はただただ走り抜ける。

 そして、俺の目測での『矢雨』の範囲から逃れただろうという位置まで到達し、実際にそれを確認するために上を見る。

 ――そこには避けきったはずの矢弾が俺を中心に降り注いでいた。


(まー、読んでましたけどね。レイドさんがスピードを上げるのは)


 それは、イリアスの放った二発目の『矢雨』だ。

 俺の思考を読んで射ったそれを避けることは、実際問題、可能である。

 脚のギアをもう一段階上げれば、矢雨の範囲から逃れるだけの速度を得られるだろう。

 だが、そうしたらもう一度『矢雨』を打たれるだけで、堂々巡りだ。


「どうすっかなー」


(うへへへへ。悩んでますねー、悩んでますねー。これは素直に降参してわたしとイッチャイッチャする流れでっすねー)


 空中でくねくね気色の悪い動きをしている自称天使は無視。墜ちてしまえばいいのに。


 羽虫はともかく、さて、どうしようか。

 思考を読まれているから、イリアスを嵌める策のようなものは使えない。内容を知られていても問題ないようなものでなければ。


「……お?」


 と、遠く向こうに看板が見える。

 そこに書いてある文字を見た瞬間、策が浮かんだ。

 イリアスに対して効果的であり、読まれていても問題ない策だ。


「……よっし」


 俺は脚に力を込め、一直線にその方向へと向かった。


(あれ、そんな方向に向かってどうしたんですか、レイドさん? お店の中に入っても、袋の鼠。わたしからは逃れられな……え、ちょっ、そこはまさか……タンマタンマですよ!)


 俺の考えを読み、その真意を理解して焦るイリアス。振り返ってその様子を見られないのは至極残念だが、目的の建物はもう少し。ギアをもう一段階上げ、ラストスパートをかける。

 が、イリアスも甘くはない。テンパりながらも、こちらの行動を阻止する一発を射る。


(これは躱せないでしょう! 『光陰』!)


 『光陰』は、イリアスの使う業の中で最も速いはずの業だ。

 時間に縛られず、矢を放ったと同時に着弾する射撃。ただでさえ回避が難しいそれに加え、「精神感応」によって俺の避けようとする方向まで読まれているのだから、回避はほとんど不可能となる。


 以前射られたときは、発射前に避ける方向を読まれて直撃した。

 イリアスの読心は完璧なものではなく『精神感応』の応用。その瞬間頭に思い浮かべたことしか読み取れない。だが、だからこそ、イリアスに対して対策を撃とうとすればするほどその思考は読まれる。

 避けられない攻撃。

 その対策は単純で、当たっても問題ない防御力か、やられる前にやる攻撃力があればいい。

 だが、俺にはそのどちらもない。

 回避に特化した俺に対して、この一撃はまさに天敵だ。


 ――だから、対策はずっと前から考え付いていた。


(んなっ!)


 『光陰』が放たれる一瞬前、俺は自分から・・・・こけた。

 ――思考が読まれるのならば、俺自身も予測できない回避方法を取ればいい。

 俺の先の行動がわかるといっても、未来を見ているわけじゃない。ただ、思考を読んでいるだけだ。

 だから、こけた。

 俺自身、どう動くかわからない。

 俺の思考を読むイリアスが、俺の体の行き先を知れる筈がない。

 しかし、受け身を取ると俺自身が行き先を制御していることになって、イリアスに転んだ先がばれることになるから、一切の防衛行動をせずに、速度そのままに地面に激突し、転がった。めっちゃ痛い。



 対策を以前から考えて、頭の隅っこにおいていたから、表層的な思考から読まれることはない。

 だが、それでもこけようとする直前には思考を読まれてばれていただろう。

 ここで、イリアスに選択が生じる。

 このまま『光陰』を射つか、その攻撃を中止するか。

 動きが予測できない状態の俺に今射てば外す可能性がある。以前見た限りでは、『光陰』は反動も大きい一撃だ。恐らく、これを外せば俺は目的の建物にたどり着けるだけの時間を得られるだろう。

 逆に、攻撃を中止すれば、もう一度くらいは別の業を使う余裕が生まれるだろう。


 さて、どうするのだろうか? ――答えはすぐに出る。


(ええい、ままよってことでどうか一つ当たってください、おねがいしますー!)


 イリアスは『光陰』を射った。

 ――答えが出たと同時に、結果も出る。


「つぁあっ! ……セーフセーフ、生き残ったぁ!」


 イリアスの放った時間の光矢は、俺の脇腹を抉りながらも、しかし致命傷を与えるには至らなかった。 

 転がっている状態から俺は即座に立ち上がりながら足を踏み出す。


(うぎゃあ、掠っただけですか! うわ、レイドさんちょっと待って、ストップ、ストップですよ! それ以上行くと主にわたしがやばい!)


(お前がヤバいと俺は心底嬉しい)


(うわ、人間の屑がここにいますよ、この悪魔! わたしの心を弄んで楽しいですか!?)


(うるさい駄天使。そこまで言うならお望みどおり止まってやる)


 と、俺はイリアスが言った通りに、速度を一瞬で殺して停止した。

 ――目的の建物の中で、だが。


「さあ、今、表にイリアス・ヴェールがいるけど、お前らはどうする?」


 その場所の名は『イリアス・ヴェール・ファンクラブ本部~白く輝く天使の君~』。

 この天秤街に10あるファンクラブの1つ、イリアスのファンクラブだ。

 ここには、イリアスを慕う男共がわんさかといる。

 さて、そいつらに、イリアスがいることを教えるとどうなるだろうか?


「もちろん、行くに決まってる!」


「イリアスたんのお姿を見れるなんて、今日はいい日じゃないか!」


「うむ。誠心誠意、心をもって接すれば握手できるかもしれん」


「ハァハァハァハァ」


 当然、こうなる。いや、最後のはもう目が逝っているが。


 そして、怒涛の勢いでイリアスに向かって群がるイリアスファンの皆さん。

 矢が射られれば戦士系が肉盾で弾き、矢雨を射たれれば魔術系が火炎で燃やす。

 空中にいるイリアスに届くために、風系魔術で打ち出された斥候スカウトが宙を舞う。

 弓術士アーチャーが射ち上げている矢に結ばさっているあれはラブレターか。


 対し、イリアスは、その軍団に対し、攻めあぐねていた。

 そもそも、多人数に対して、『精神感応』による読心は使えない。『精神感応』による魔力経路パスは構築できるらしいが、それによって得られる多数の情報を処理する能力がイリアスにはないのだ。そう言ったのが得意なのはルーンの方だ。

 そうじゃなくても、弓使いというのはあまり対多数戦に向いていない。

 範囲攻撃もあまり持っていないようであるし、イリアスが飛べなかったら揉みくちゃにされている可能性もあるだろう。

 これらの事から、イリアス・ヴェールという自称天使は対多数戦を苦手としているのである。


(ちょっ、レイドさん! このままじゃーわたし、この若さ溢るる健全な青少年どもにいけないことをされてしまいそうですよー! ヘルプミー!!)


(大丈夫。歴史科5年のここの団長さんの統率力は凄いから、変なことにはならないと思う。まあ、お触りくらいは覚悟した方がいいとは思うけど)


 今まさにその人が風系魔術で上空に打ち出されて、イリアスに肉薄しているのは気にしないことにしよう。非戦闘系なはずなんだけどなー。


(いやあああああああ!!)


 あ、どてっ腹に『光陰』が突き刺さって落ちた。


 まぁ、イリアスも強いから負けるとは思えないけど、それでも時間はかかるはずだ。

 なので、当然、俺は逃げる。

 俺=逃げるといっても過言ではないくらい逃げる。


(あ! レイドさん、逃がしませ――うっひゃあ!? ちょ、それ以上近づいたら射ち殺しますですよ!?)


(うむ、達者でな、イリアス。ファンクラブの皆々様によろしく)


 まぁ、あれだ。

 ……俺自身、身をもって知っているが、愛の力ってすげえなー。






 さて、天秤寮が目視できるほどの距離にある草むらに、俺は今隠れている。

 ルーンと組んで俺を追跡していたイリアスが表に出てきたということは、ルーンがイリアスと組む必要性がなくなり、単独で行動を始めたということだ。

 ここまで来る途中、ルーンの策について考えた答えがこうだ。


 恐らく、少女たちに、俺の位置情報を提供する代わりに、ある程度ルーンの作戦通りに動くことを約束させたんじゃないだろうか。

 例えば、リーシャ会長の様に、待ち伏せをしてもらうとか。


 それらを行い、どうしたかったのか。

 その答えは目の前にある。――天秤寮での待ち伏せだ。


 リーンベル、エルザ、イズミ、ユエ、エヴァ先輩。それと、ぼろぼろのリーシャ会長とレヴィナさん。ルサルカ先生は見えないが、何をしているかは想像がつく。

 そして、中央にルーン。

 小柄な体躯に女子制服。長い茶髪を結んだ姿はどこからどう見ても美少女だが、事実として男子だ。

 可愛い笑みを浮かべながら立っているが、その脳内ではどんなことを考えているのかと思うと、やはり『最恐』だと思わされる。


 さて、俺としてはここを通らなければ自室に帰ることが出来ないわけで。

 寮の裏側を通る道もあることにはある――というか、そっちを通った方がいいようにも思えるが、多分ルサルカ先生が罠をたくさん張っているのだろうなと思うと、寮の後ろの森が魔王のラストダンジョンにも見えてくる。


 ――というわけで、正面突破だ。


 俺は、堂々と歩いてルーンたちが構える正門へと向かった。


「どうも、皆さんお揃いで。待ち伏せってことでオーケー?」


 答えるのはルーンだ。


「んー。レイド君が考えていることは、大体正解かなぁ」


 口に手を当て、首を傾けながら答える彼彼女。あざと可愛い。


「答え合わせをお願いしても?」


「うん。いいよー」


 そういうと、リーンベル、エルザ、イズミの方を向いて。


「まず、彼女たちには、一番槍の権利を与えると同時に、それが失敗したらすぐにここ――天秤寮まで来る約束をしました。体力を温存してほしかったっていうのが理由かな」


「本当は、あそこで捕まえられるのが一番よかったのですけど」


「ほんと、悔しいわ」


「……ま、レイドは他の子たちに捕まらないと信じていたがな」


 次、ユエとエヴァ先輩。


「ユエちゃんとエヴァちゃんは、時間とか移動経路の調整に走り回ってもらったんだよ。その代わり、2回チャンスを与えるつもりだったんだけどね」


「うーむ。会長たちの攻撃の余波が凄くて近づけなかったのじゃ」


「ここに着いたのもギリギリだったんですよぅ」


 ということは、商業区画最後の襲撃がなければリーシャ会長とは出会わない可能性もあったわけか。


「会長さんとレヴィナさんは、レイド君が来るだろう定位置に居てもらって、待ち伏せをしてもらう感じでね、そこはレイド君の予想通り。ただ、2人を争わせて切り抜けるレイド君の手法にはびっくりしたけどね」


「うふふ。このバカイチョウが居なければレイド君を捕まえられたのよね~」


「そうだね、このピンク魔女が居なければレイド君は私のものだったのに」


 火花を散らせる2人。しかし、その2人の視線が互いを見ながらもルーンの方を睨んでいるのは気のせいではないだろう。

 俺の手法にしてやられたなど嘘だ。

 この2人のどちらかが出張ってくればほぼ確実に俺が捕まると踏んで、わざと近い位置に2人を配置したのだろう――それぞれには内緒にして。

 戦闘能力がなく、俺を捕まえるためにはこの作戦を成功させなければならないルーンにとって単独で俺を捕獲できる彼女らは厄介だろうからな。

 まぁ、どちらに転んでも俺は捕まる結果になるという、俺に優しくない話なのだが。


 そして、ルーンは寮の後ろの森に手を向け。


「ルサルカちゃんは、裏の森で罠を設置してもらっていました。レイド君があっちから来てくれればだいぶ楽だったんだけど、そうはいかないよね?」


「モチのロン」


「うん。ルサルカちゃん必死の罠設置は意味がなかったけど、大事なことだったよ。意味はなかったけど」


 なぜ二回言った。


「で、この作戦の要はイリアスちゃんだよ。彼女が居なければ、そもそも成り立たないものなんだよね、これ。まぁ、彼女ももういないんだけどね……」


「ああ、悲しい犠牲だったな」


(いや、ここにいますからね!?)


 と、頭に響く声。

 天秤街の方向を見ると、ふらふらしながら飛んでいる虫っぽい何かがいた。 

 それは危なっかしく着地すると、ルーンの隣へと移動する。


「うん。ボクはイリアスちゃんが無事だって信じていたよ」


「ありがとうございますルーンさん。わたし、素敵な友人を持ちました! このことを神に感謝したいと思います。で、射られるのは胸と頭、どっちがいいですか?」


 素晴らしき友情かな。


「と、まあこんな感じで、うまい具合に待ち伏せが出来たんだけど、何か質問あるかな?」


「なんでわざわざこんな大がかりな作戦にしたんだ? ルーンなら、もっと小規模な作戦でも俺を追い詰められたと思うんだけど」


「確かに、追い詰めることは出来るだろうけど、多分捕まえることは出来ないと思うんだよね。レイド君の逃げ足は、もう一人二人の力じゃ止められないほど成長しているんだよ」


 周りの少女たちもそれに頷く。


「本当に、最近は全然捕まえられないのですよ」


「逃げ足だけは天下一品だものね」


「……強くなって喜ばしいが、一緒にいられる時間が減るのは悲しいな」


「と、なので、全員の力を合わせることにしたってことかな」


「――ああ、なんとなくわかった」


 ただでさえ面倒な奴らが手を組むとは、涙が出てきて止まらない。

 目の前に佇む9人を見て思う。これを突破するのは無理だろう。

 今回も、途中で襲ってきたのをしのぐだけでも精一杯だったんだ。あれが一斉に来るとか、信じられない。いや、やめて、俺のライフはもうゼロよ。


「で、レイド君は大人しく降参してくれるのかな?」


「あ、それは無理」


 だが、捕まったら地獄がそこに待っていることを俺は知っている。

 ならば、たとえ不可能だとしても、目の前の障害を躱すことを選ぶ。


 息を吐く。

 足に力を込める。

 全身からかき集めた“気力”を脚に籠める。

 前を見据える。

 いつの間にか増えたルサルカ先生を含め、10人の美少女がそこにいる。


 ふわりとした銀髪を揺らすお姫様。精霊術師である彼女の周りには火の精霊が目に見えるほどの濃度で飛び回っている。


 赤いショートカットの奥でつり目がちな目を光らす少女。手に得物は持っていないが、いつどこから来るかわからない『衝撃』を持つ。


 煌めく黒髪を結った侍然とした凛々しい彼女。その手に持つ片刃の剣の切っ先が、しっかりと俺を捉えている。


 すらりとした体に白い肌。映える金髪と特徴的な長い耳。右手にナイフ、左手にボウガンを持った我らが『全滅教師』は、すでに臨戦態勢だ。


 ウェーブがかった桃色の髪に、つい目が惹かれる豊満なボディ。妖艶さと無邪気さを兼ね揃える魔女が、両手に試験管を持ちながら詠唱を口遊む。


 黒い髪に褐色の肌、黒いチャイナドレスの龍娘の眼が銀に光っている。格闘家たる彼女はすでに構えを取っており、いつでも業を撃てる姿勢だ。 


 紫がかった銀色の前髪ぱっつんの聖女は、実は豊満な肉体を修道服が隠している。法術を使うため、彼女は両の手を合わせ、祈りの体勢に入っている。


『最強』の称号を持つ生徒会長。紫のロングストレートを揺らす風は、蒼の氷剣と紅の炎剣から出される魔力の奔流だ。


 1人、戦闘能力を持たない男の娘。しかし、その可憐な容姿からは想像もつかない思考がその頭で行われており、出される適格な作戦は俺を追い詰めていくだろう。


 金髪を揺らし軽薄な笑みを浮かべる自称天使は翼を広げた状態だ。金の光が収束する弓矢は、すでに俺に向かって構えられている。


 絶体絶命だ。

 この包囲網を抜けるなんて、万が一にもありえないだろう。

 だが、これは俺の意地だ。

 負けられない。負けたくない。

 不可能だとしても、億が一の可能性に賭けるのが俺だ。


 “気力”を練り上げ、脚に意識を集中させる。

 そして、練り上げた気力を業に昇華させるため、その一歩を踏み出そうとして――、


 こけた。


「「「えっ!?」」」


 俺は、膝から崩れ落ち、上半身が倒れ、受け身を取る余裕もなく仰向けで地面に寝転んだ。

 見上げた向こう。驚いているのが6人、納得している顔が4人。

 俺に一番近いルーンが顔を覗き込んでくる。

 その仕草が無駄に可愛くて死ねる。


「ねえ、レイド君。どうしてこうなったかわかる?」


 その問いの答えは、俺が地面に倒れた瞬間に気付いた。

 全身の火傷、関節の過負荷、裂傷なども細かいのが多数に、わき腹が2か所抉れている。


「今までの戦闘によるダメージが蓄積された肉体が、業の発動に耐えられなかったんだね」


 ルーンが言った通り、最後の最後で体が持たなかったということだ。

 物語風に言えば、みんなの攻撃の積み重ねによって俺は倒されたとかそんな感じだろうか。

 だが、物語は倒されて終わりでも、実際は続きがあるわけで。


「えっと……ここまで頑張った俺を賞して、皆さん方が引き上げてくれるってことはありませんかね?」


「あ、それは無理」


 はい、わかってました。

 目の前に要る美少女達の目はすでに、恋する乙女、得物を前にした虎の目だ。

 ――倒れた俺に襲い掛かろうと、周囲をけん制しながら力を溜めている。


「確保!」


 誰が言ったか、その声を皮切りに、俺一人に対して美少女十人が襲ってきた。


「ぎゃあああああああ―――――――!!」


 天秤寮正門、青く晴れ渡る空の下。

 ただ、俺の悲鳴だけが木霊した。


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