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第3話 「3サイズとレイドの日常」

 今、俺は、目の前にいるネコミミ幼女にキスをされた。

 あの厄介で苛烈な美少女達から守り通したファーストキスを、まさかこの神に奪われるとは。不覚としか言いようがない。

 悪鬼羅刹が渦巻く学園都市国家“ソフィア”で、『最狂』の二つ名を得た俺が、まさかこんなちんちくりんに唇を奪われるなんて許されるだろうか。――否だ。

 “最狂”とはつまり、最も狂った者。

 ソフィアでも十指に入る美少女達に好意を迫られている俺に対して贈られた忌み名だ。いわく、運命が狂っているだとか、世界が狂っているだとか、俺に彼女が出来ないのはお前のせいだとか。最後は関係ないじゃねえか。

 しかし、そう、しかしだ。それでも操をたてたこの身体。奪われたとあっては、一族の恥と言っていいだろう。それこそまさに――。


「現実逃避ですか、剣司さん?」


「うるさい黙れいきなり何をしやがる!」


 顔を覗き込んできたリヴィエラに対し、俺はすぐさま後退る。臨戦態勢は十分だ。


「何と言われましても……神の加護を与えたと言ったじゃないですか」


「神の加護がお前のちんけな口づけか!? いらんわそんなん! そも、俺は無神論者だボケ!」


「神を目の前にして無神論者はないでしょう……」


 肩をすくめ、俺を馬鹿にした表情で溜め息一つ。


「第一、あなたのチートだって神の加護の一種ですよ? 今の口づけも、チートにちょっとばかし手を加えるためですし」


「だったら口づけする必要は!」


「魂の奥深くに絡み付いているチートに干渉するとなると、経口干渉が手っ取り早いんですよ。口から魂が抜ける絵とか見たことありません?」


 俺の反論も、鎧袖一触。やれやれといった感じでいなされた。

 それに対して俺は、しかし唸るだけだ。もやもやする気持ちが俺の心の奥に残るが、リヴィエラのにやけた顔を見る限り、文句を言っても敵わないどころか余計な痛手を食らいそうなので、やめておく。


 深呼吸をして息を整え、努めて冷静に彼女と向き合う。


「……で、神の加護って、具体的に何よ?」


「教えません」


「――――!」


 頭に血が上るが、それを精神力で押さえる。ここで気を昂ぶらせたら負けだ。

 ステイ・クール。落ち着け、俺。


「教えろ、アンバランスボディが。いい加減にふざけてっと似合ってないネコミミ引っ張るぞ?」


「黙りましょうか。キス程度で狼狽えるこのヘタレ」


 互いに悪態をつき、心が抉られた。

 確かに、ヘタレなのは自分でも薄々感じていたが、改めて言われるとダメージでかい。しかも、この巨乳幼女にキスされて狼狽えたという事実がさらに拍車をかける。


 しかし、俺の言葉も多少のダメージは与えられたようで、向こうで幼女がネコミミを撫でながら、小さいボディにアンバランスな胸を凝視している。


「……不毛だな」


「……ですね」


 闘争とは不幸しか生まないことを、お互い悟った。






「で、何をしたんだ?」


 話は振出しに戻る。


「ハーレムチートに、ちょっとした特殊能力を追加しました」


「へぇ。どんなの? 女の子から逃げ切れる能力? 女の子の攻撃を食らわない能力? 他の男からの嫉妬の嵐を受けない能力?」


「……苦労してるんですねぇ」


 それはそうだ。

 たった半年でハーレムが8人にもなり、そのすべてが攻撃力の高い美少女だ。その女通しの争いに巻き込まれても死にかけるし、もちろん学園中の男から恨まれるし、女の子たちの矛先が俺に向くと本当に死んでも殺される勢いだ。

 リヴィエラの言うハーレムチートの改造を考えると、まだまだ増える可能性があるのだから、さらに恐ろしい。ゴキブリか何かか。


「Gはともかく、そうですね、個人的には面白さ優先で内緒にしておきたいのですが――睨まれるのも嫌なので、説明しましょうか」


 傍らに置いていた眼鏡を再びかけたリヴィエラは、サターンを弄ってとある画面を映し出す。

 それは、ゲームの公式サイトにあるような人物紹介ページだった。


「何のゲームだこれ? 男女比率が1:5くらいだけど。あと白い猫のようなパンダの様な動物がいるけど」


「ギャルゲーですね。……これが、ハーレムチートの特殊能力です」


「ごめんちょっと何を言っているかわからない」


 俺はアホを見るような目でリヴィエラを見つめるが、対する彼女は肩をすくめて俺をクズの様に見てくる。

 そして、薄緑色の髪の巨乳メイドさんのアイコンを選ぶと、その詳細な情報が表示される。


「ですから、これこそがハーレムチートの特殊能力なんですよ」


「だから――」


 再度文句を言おうとして、やめる。

 リヴィエラがこう言っているということは、すでに情報は出ているわけだ。

 多分しつこく聞いたら教えてくれるんだろうけど、そうなると馬鹿にされそうな気がする。自分で考えよう。


 ギャルゲーの人物紹介が特殊能力だと、リヴィエラは言う。これをそのまま額面通りに受け取ったらどうだろうか?

 いつでもどこでもギャルゲーの人物紹介を見られる特殊能力。いらないな。プレイ出来ない分だけ悶々とするだけだ。3サイズと立ち絵で我慢しろってか?


 流石にそのままは無理がある。なら、置き換えてみよう。

 ギャルゲーを俺の世界に、人物紹介を俺に好意を向けているハーレム美少女達の詳細とすると……それっぽい。

 いやでも、どうせ聞いてもいないのに向こうから話してくる情報だ。確かにいつでも見られるのは便利だが、俺の口処女を失ってまで欲しい能力ではないが……。


 いや、べつにヒロインだけを見られるわけでもないのか?

 仮に、目の前にいる任意の人物の情報を閲覧することが出来る能力だとしたら、それはとてつもなく便利な気がする。どこか犯罪チックな気もするが、これならセカンドキスもあげてもいいかもしれない。


「と、こんな感じで考えてみたが、どうだろうか?」


 答え合わせだ。


「まー、7割くらい正解ですね。よくできましたね、剣司さん」


「そこはかとなく馬鹿にされている気がするが、ありがとう」


 そして、リヴィエラの口から10割の答えを聞かされる。


「“目の前にいる任意の人物の情報を閲覧できる。”というのはあってますが、人によって情報が制限されるんです」


「人によってってのは……そうか、ヒロイン力の有無か!」


「That’s rightです。ヒロインならば、詳しい説明が。サブヒロイン級ならばそこそこな説明が。男や対象外ならば、少しの説明が。モブならば、名前程度ですね」


 どうやってヒロインか否かを区別しているのは謎として、なるほど、ギャルゲーの登場人物紹介っぽいな。しかも、わかりやすい。情報量がそのまま俺にどれくらい迷惑をかけるのかと直結している。

 ここで、1つ疑問だ。


「……なあ、それって、初対面でもヒロイン力が高ければヒロイン級と認識されるのか?」


 初対面でも問題なく働くか。それが問題だ。ある程度の交流がなければヒロインと認識されなければ、有用性が減ってしまう。


「はい、認識されますね。というか、この能力の一番の目的がヒロインかどうかを見極めることですし。確かに初対面だと情報量は減ってしまいますが、ヒロインか否かを一発で見分ける方法がありますよ」


 腕を組んで胸を押し上げ、リヴィエラは自信満々に言う。後ろのディスプレイにも“見敵必殺”と表示されている。いや、殺すなよ。


「その方法とはズバリ――3サイズです!」


「……は?」


 いきなり胸の話を持ち出してきたこの幼女は何か頭が面白いのか?


「3サイズと聞いて胸のみに直結する人に言われたくはないんですけど……でも、わかりやすいでしょう? 直接“ヒロイン”という称号をつけてもよかったんですが、それだと味気ないですし」


「いや、そうだけどな? ……いやでも確かに、元がギャルゲーだとするなら、3サイズは妥当か。たいていヒロインのみに表記されるし。まれにサブヒロインにも表記されるけど」


 でしょう? と胸を張るリヴィエラ。ぽよんと揺れる。幼い体に不釣り合いな大きさの胸。誠に遺憾であるが、凝視してしまうのは男の性だ。


「お前の3サイズも分かるのか、これ?」


 なので、つい聞いてしまった。


 女性の3サイズを聞くなんて、デリカシーのないことだと俺でもわかる。殺される。

 死ぬのは結構苦しいので、俯いて表情が見えないが十中十二怒っているリヴィエラに向かって言い訳をする。


「いや、これはあれだ。興味本位というか、能力が神にまで及ぶのか気になったというかだな……!」


 しかし、意外に、本当に意外に、空からオタマジャクシが降ってくるくらい意外に、リヴィエラは怒っている様子はなかった。


「……いえ、能力というのは基本的にその作成者――つまり私ですが――には作用しません。さらに、この空間ではチートはオフになっているので、発動すらできませんね」


「あ、はい。ありがとうございました……」


 その答えに、俺は少しだけ残念に思った。

 それと同時に、ハーレムチートを発動していたら確かに大変だとも思う。リヴィエラまで俺に好意を持ってしまう。それはそれでなんか嫌だ。


「でも、こんな便利な能力を加えてくれて、ありがとうな。お前にしては殊勝な心がけだと思うが」


 俺の感謝の言葉に、リヴィエラはほんの少しだけ微笑み、


「一言多いですよ。……でもまぁ、当然ですよ。困っている人の助けになるのが、神の仕事ですからね」


 本当に、まるで神様みたいなリヴィエラだ。いつものパチモン神とは思えない。

 思えないので、カマをかける。


「で、本心は?」


「わたしの放つ言葉、それこそが本心ですよ」


 …………おや、そろそろ心の声が聞こえると思ったのだけれど、それがない。


「どうかしましたか?」


 本当に本心ということだろうか? ――いや、それはない。断じてない。

 何か対策でもしくさったのだろうか。

 ならば、


「好きだぜ、リヴィエラ」


「くぁwせdrftgyふじこlp!?」


 顔を真っ赤にさせて、ものすごく動揺している。眼鏡がずれ、巫女服がはだけ、ネコミミが超振動をしている。

 狙い通りだ。

 かくいう俺も少し恥ずかしいが。


「で、どうして俺に能力を付加してくれたんだ?」


「で、ですから……神として当然のことでりゅ!」


 噛んだ。

 リヴィエラが痛みに蹲っている中、声が響く。


『まぁ、同情したというのもありますが――剣司さんがこれで上手い具合にやってくれれば、わたしの評価も上がりますからね。それに、そっちの方が見ていて面白いですし』


「言質はとったぜ、リヴィエラ」


「ううううう……」


 顔が赤かったり青かったりネコミミが乱舞していたり巫女服がきわどくなっていたり蹲りながら呪詛を呟いていたりで、ごっちゃになっているリヴィエラだ。

 その姿を見ている俺は、心底楽しい。心が震える。むしろときめくまである。


「よっし。元気も出てきたし、新たな能力も手に入れた。リヴィエラにも勝ったし、もう十分満足だぜ。そろそろ返してもらっていいか?」


「うううううううう…………」


 しかし、リヴィエラはソファにおいてあったクッションに顔を押し付けた状態から、動こうとはしない。


「あの、俺帰り方わからないから、リヴィエラに何とかしてもらうしかないんだけど……」


「うううううううううううううう………………死ね」


「すいませんでしたぁ―――!」


 そして、このしばらく後。リヴィエラが機嫌を直すまでの間、俺はひたすらにリヴィエラに謝罪=土下座をしまくったのだった。






 そして、その翌日の朝。さっそくリヴィエラからもらった特殊能力――命名:識別眼の試用をしてみることにした。


「おはようございます、レイド様。こんなところで会うなんて奇遇なのですね」


 俺が自身の住んでいる第7学生寮から出た途端、そんな声が聞こえてくる。

 ふわっとした銀髪に、綺麗ながらも少女らしさを残す顔、モデルの様に均整の取れたプロポーション、まさにこれぞお姫様といった風貌のアルビニア王国第一王女だ。


「奇遇って、ここと金牛寮がどれだけ離れていると思っているんだ?」


 俺の住む第7学生寮――通称、天秤寮――は“ソフィア”の南西にあり、彼女の住む第2学生寮――通称、金牛寮――は北東にある。ほとんど対角線上であり、朝のこの時間帯に会うことはまずないだろう位置関係のはずである。


「距離など、私とレイド様の愛の前にはあってないようなものなのですよ」


「愛は物理法則も超えるのか……凄え」


 彼女の猛アタックに、初めの頃こそ一喜一憂したりしたのだが、今では華麗にスルーするようになってきた。いや、放置するから悪化するのかもしれないが。


「あら、ジュリウスはどうしたのですか?」


 彼女は、普段なら俺と一緒に出てくるはずの、俺の同室者を心配する。


「ああ、あいつならやることがあるって言ってもう出たぞ。なんか用事あったのか?」


「いいえ、邪魔者がいなくなって僥倖だと思ったのですよ」


 地味に酷い。






 そして、そのまま話をしつつ、俺と彼女の登校道中だ。

 途中で必ずほかの女の子から襲われるだろうなという半ば確信めいたことを思いながら、しかし、今までのように絶望はしない。リヴィエラと話したことで、どこか吹っ切れたような気がする。でも胃は痛い。後悔はもうしないけど、どうにかなんないかなーとは思う。


 と、ハーレムチートと言えばということで、さっそく隣の彼女に対して識別眼を使ってみることにする。

 すると――、


 リーンベル=エリシア・ロビングッドフェロウ=アルビオン

 16歳

 164cm 87・56・84

 アルビニア王国第一王女。現在は学園都市国家『ソフィア』の1年生。魔術科に所属しており、火系統の精霊魔術師である。その実力は、1年生ながらに学園でも名の上がる強者。

 可憐な容姿とお姫様属性で“ソフィア”でも人気の高い美少女の一人。そのふわふわな銀髪は彼女の自慢の1つであり、毎日の手入れを欠かさない。


 と、大体は知っている情報ではあるが、髪の手入れのことなど、僅かにではあるが知らないことも記されている。


「……どうしたのですか、レイド様? 私の体をじろじろと見て……?」


「あ、いや、ごめん。何でもない」


 これは決して3サイズを見て意識したわけではない。ただ、少し気になっただけだ。


「……いえ、私はレイド様のものですから、いくらでも見てくださって構わないのですよ」


 顔を赤らめ、頬に手を当てながら、上目づかいで彼女は言った。

 その仕草は、思わずドキッとしてしまいそうなもので、俺はたまらず顔を背けた。


「……お?」


 と、その先に、木に隠れた女の子がいた。

 チラリと見えるその姿は小柄かつ華奢で、丈の足りない制服と相まってとても可愛い。

 恐らく1年生なのだろうが、俺の知らない人だ。けれど、この巨大な学園ではそんなことは珍しくもなく。同じ学科の人間を覚えるだけでもかなり大変な仕事となる。


 そこでふと、思いつく。この状態でも識別眼は使えるのだろうか、と。

 善は急げ、ということで、とりあえずやってみることにした。

 ……結果、問題なく行使することは出来たが、俺は激しく後悔することとなる。そして、ある諺を思い浮かべた――好奇心は猫をも殺す、と。


 ルーン・アストルム

 16歳

 150cm 70・55・75

 希少民族『星の民』の一人。学園都市国家『ソフィア』の2年生で、策謀科に所属している。その神算鬼謀は『最恐』と呼ばれるほど。その代わり、戦闘能力は皆無。

 華奢な外見でどこか儚い雰囲気を感じさせるその容姿は、男女問わず庇護欲を掻き立てるようで、禁断の領域に踏み込む輩が後を絶たない。

 ちなみに男である。


 その情報を頭に入れた瞬間、俺は物理的にも精神的にも固まった。

 あんな可愛い子が女の子の訳がないという点もそうだが、注目すべきところは1つ――3サイズが書いてある。

 さて、3サイズがあるということはどういうことだとリヴィエラは言っていた? ――ハーレムの一員となる、ヒロインだ。男の娘はヒロインに入りますか神様!?


 そのことを本能で理解したがゆえに、俺はショックで思考を完全に手放したのだが、それがまた命取りとなる。

 その隙をついて、俺とリーンベルの許へと突貫してくる影がある。


「突撃じゃー! はっはっはー!!」


 そう言って猛スピードで突っ込んでくるのは、全身を黒に染めた美少女だ。一見普通の女の子だが、その瞳をよく見てみると、瞳孔が異常に縦に長い――つまり、蛇眼だ。


「楽しそうじゃのう。妾も混ぜるがいい!」


 チャイナ服に身を包んだ少女の正体は、数十年を生きた若きドラゴン。彼女は、人の姿をした龍だ。


 そして、その後ろからこちらに向かってどたばたと走る姿が見える。


「まってくださぁい。仲間外れはずるいですよぉ! ……あべし!」


 躓いてこけた彼女は、公教会の修道服を着て、十字架を首から下げている。その見た目からシスターであることは一目瞭然だが、しかしただの美少女というだけではない。

 『神の奇跡』『神秘の聖女』と呼ばれる、特異な力を持った聖女なのだ。


「ふえぇ、膝を擦りむいちゃいましたよぅ。めちゃんこ痛いですぅ」


 ドジで童顔で隠れ巨乳だが。


「……はぁ、何をやっているんですか」


 一応先輩なので敬語を使いつつ、彼女の傍によって、手持ちの布に水を染み込ませ、擦りむいた膝に当てて傷口を洗う。


「ありがとうですぅ、レイドくん」


 絶対年上に見えないこの先輩の感謝を聞きつつ、横で小競り合いをしている王女と龍娘を見る。


「せっかくレイド様と二人っきりだったのに、どうして邪魔をするのですか!」


 その言葉とともに放たれた炎は地面を焦がし、街路樹が数本燃えている。火の粉が飛んできて熱い。


「愚問じゃな! 妾だってレイドとイチャイチャしたいのじゃよ!」


 対して、蹴りで炎を散らし、そのまま地面に震脚を打ち込み、地割れを起こす。土片が飛んできて痛い。

 既にほかの生徒は避難しているが、俺は逃げられない。逃げようとすると戦闘中の2人がこちらに殺気を飛ばすからだ。俺はまさに蛇に睨まれている蛙状態。

 そんなんなので、大した怪我はないが、火傷と擦過傷が地味に痛い。


「うわぁ、レイドくん血が出ますよぉ。今、治してあげますねぇ」


 この状況で笑っているという並大抵の精神力じゃない先輩が俺の体に触れると、その掌が淡く光り、次の瞬間、俺の体の傷は綺麗さっぱりなくなった。

 これが『神の軌跡』と呼ばれる彼女の異能、治癒能力だ。


「ありがとうございます。けど、このままだと、いつものことですがさらに被害が……あの、そろそろ手を離してもらってもいいですか? いえ、服の中に手を入れないで……パンツはアウト!」


 この人も、激烈苛烈、血も涙もないハーレムメンバー。油断していると死ぬ。


「そこまでだ君たち!」


 突如、声が聞こえてくる。

 しかし、周りを見回しても人影が見えない。あるのは消し炭と瓦礫だけだ。ならばどこから声が聞こえたのだろうか。その答えは――上だ。


 制服の裾をはためかせて、相対していた二人の前に着地する美少女。

 高い身長にストレートロングの紫の髪。可愛いというよりは綺麗といった方がいい大人びた顔つき。

 彼女は、この学園都市国家『ソフィア』において学生の頂点である存在――生徒会長だ。


「街中での戦闘行為に器物損壊。君たちの行動は目に余るよ。本来は風紀委員が来るべきなのだろうけど、ちょっと荷が重いから私が来た。さぁ、大人しく投降してくれ」


 会長のその言葉を聞いて、お互いに頷き合った迷惑者二人は、息を合わせて襲い掛かった。

 ――けれど、その攻撃は、通らない。


「やっぱりそうくるよね……残念だよ」


 炎に包まれた右手の剣で正拳突きを防ぎ、氷に包まれた左手の剣で業火を払う。

 生徒会長。それはつまり――『最強』。

 悪鬼羅刹渦巻く――かはともかく、問題児が多い“ソフィア”の生徒会長が、生半可な実力で務まるわけはないのだ。


「仕方ないね。じゃあ、この騒動の原因を排除することにしようか!」


 次の瞬間、彼女の姿がぶれる。俺の動体視力ギリギリで追いかけられる彼女の姿は、炎を浮かべる魔術師でもなく、闘気を漲らせる武闘家でもなく、俺の目の前に現れる。

 そして――、


「じゃ、レイドくんは貰ったよ!」


「え!?」


「ちょ!!」


「ふえぇ?」


 俺は彼女に拉致られた。

 遠くに見える3人の少女たちは驚いたり怒ったり今すぐ追いかけようとしているが、当の俺としてはこの状況を諦めている。


「さ、レイド君。お姉さんと逃避行でもしようじゃないか」


「…………はい」






 さて、俺はこの時あの男の娘のことをすっかり失念していたのだが、向こうはそうではなかったらしい。

 後日、彼(彼女?)とも一騒動あり、めでたくなくハーレムの9人目として加わった。


 そして、それから半年の月日が流れ、その間にもう1人変な美少女がハーレムメンバーに加わり、総勢10人となり――話は冒頭に戻る。


 “ソフィア”での1年の生活を終え、卒業生を見送り、春休みを挟んで、入学式を翌日に迎える始業式の日。

 俺は2年生となり――また新たな騒動を迎えようとしていた。


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