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第14話 「棒術使いの衝撃娘」

 シャルロットの事件――第十九次入学式事変から数日。

 学園都市国家『ソフィア』は、春休みの生活リズムから元の学生生活へと戻りつつある2年生以上の学生に、未だ学園に慣れずにいる新入生の初々しさを交えた雰囲気を醸し出していた。

 入学式と同時に起こったシャルロットの事件は、2年生以上の学生に対して、またか……! という面白半分慣れ半分の反応を残すと同時に、入学生にとっては学園都市国家『ソフィア』の空気に慣れる良い出来事だったと思う。


 そしてその第十九次入学式事変において、俺は歩法を使いまくるなどして結構な無茶をした。

 特に『疾風迅雷』が良くなかったのだろう。少しの間武闘系の授業を休んでいたのだ。

 まぁ、その間にも美少女共の襲撃は相次いでいたので、運動していないというわけではなかったのだが。


 そんなことはあったものの、流石俺の体力だということで、医者の許しを得て今現在、俺は今年度初の武闘系授業“実践剣術”に出ているのである。


 というわけで、俺は今戦闘中だ。


「せいっ!」


 掛け声とともに、両手で持った片刃剣で左斜めの一刀を放つ。

 振りを小さく、手首で打つ一撃だ。


「軽いぜ、アリエスぅ!」


 対して相手は、左手に持った小剣で俺の剣を受け、右手の両刃剣で袈裟切りを放つ。

 しかし、右からの攻撃を左手で防いでいるため、若干の窮屈があったようだ。袈裟切りの軌道が浅く、高い位置になっていた。


「甘い!」


 俺は、その空いた剣線の下に身を落とし、攻撃が頭上を通り過ぎたのを感じる。

 そしてそのまま後方に重心を落とし、踵で押し出すようにバックステップ。それと同時に構え直した剣で横薙ぎの一閃を放った。

 狙いは足下。対して相手も動く。


「あッぶねえ……な!」


 先程俺の剣を防いだ左手の小剣で俺の刀を弾き流した。

 俺は流れた剣を戻しつつ後方に接地。一応として正眼に構えるが、向こうも窮屈な体制で防御したせいか、追撃はない。

 互いに、一拍置いた後、ふっ、と力を抜いた。


「お前、相変わらず避けるな。少しは掠れよ」


「やだね。俺、防御力無いし」


「自信があるのかないのかどっちだ……!」


 右手の両刃剣を地面に突き立ててそう言う男は、俺の学友兼悪友、ヴィルハルト・シルト。長身で、それに見合うだけの筋肉を纏っている、騎士志望の二刀使いだ。

 この男とは去年のこの授業で一緒になってから、割と仲の良い付き合いをしている。寮も同じ天秤寮ということも大きいだろうか。


「しかしあれだな。レイド、お前相変わらず目立ってんな。この前、ガリアのお姫様のファンクラブが暗殺計画立ててんの聞いたぞ」


「それもう来たよ。ちょうどリーシャ会長と居たから返り討ちだけど」


「……は!? テメエ、誰に断わって俺の会長と居るんだ、あぁ?」


 いきなり凄みをつけて俺を睨んでくるヴィルハルト。

 見ての通り、コイツはリーシャ会長に惚れている。若干変態入っているが。

 会長に憧れて、騎士としてはマイナーな二刀流を選んだ程の入れ込みようだ。


「リーシャ会長はお前のじゃないだろ。俺のでもないが。つーかいきなりキレんな。別にデートとかじゃなくて、むしろ俺がストークされてたから」


「なんだレイド、自慢か? くそ、何故会長はこんな男に惚れているのか……!」


 それは俺も知りたい。言ったらまた突っかかられるので言わないが。俺、学習しました!


「なぁ、ヴィルハルト。俺を羨むよりも、自分を磨いてリーシャ会長に振り向いてもらうことに力を入れたらどうだ?」


「……なるほどな、レイド。つまりそれは今。よし、俺と死合おうぜ、レイド!」


「やべえ、墓穴掘った!」  


 調子乗って説教の様な事をしていたら、目の前のガタイがいい男に襲われた。

 斜めに振るわれる両刃剣を避けた俺は、無駄だとわかりつつも文句を言う。


「暴力反対……!」


「暴力じゃない。これは友情の戦いだ。……なぁ?」


「知らん!」


 左手に持った小剣を織り込みながらの連撃に、俺は武器を使ったり、時には転げまわりながら対応していく。

 というか、反撃をする隙間がない。

 そんなわけで、笑いながら剣を繰り出すヴィルハルトの攻撃を避けまくる俺、という姿は教師が静止を掛けるするまで続いた。






「……ふぅ。結構すっきりしたな」


「お前はそれでいのかもしれないが、俺は疲れ損だぞ」


 授業が一区切り付き、この場にいる学生全員が、戦闘行為をやめてその場にとどまっている状態だ。その学生一人一人に、30代ほどに見える隻腕の教師から言葉がかけられる。

 それはもちろん俺たちもだ。


「シルト。君は少し力に頼り過ぎだな。もっと体全体を使っていけば無駄がない。ただ、さっきの連撃はなかなかいい繋ぎ方だったぞ」


「うす」


「逆にアリエスはもっと攻撃に勢いをつけた方が良い。軽い攻撃は弾かれてしまうからな。君の回避能力の高さは流石なのだから、そのチャンスを攻めに有効利用できるようにな」


「わかりました」


 元冒険者だというこの教師は、わかりやすく、的を射ている説明をしてくれる。片腕を失って教師職に就いたという話だが、元々は結構なセンスのあった冒険者だったのかもしれないと専らの噂だ。


「さて、この後の予定だが……“中距離武器演習”との合同授業とする」


 その言葉に、俺たちの一部――というか男子陣が嬉しさを露わにした声を出す。

 “中距離武器演習”を受講している生徒は、文字通り中距離武器――槍や棍など――を得物にしている学生であるのだが、その内訳として、我ら近距離武器勢よりも――女子の比率が多いのである。

 そんなわけで、必然として、“中距離武器演習”との合同授業は、女子と合法的に戦闘できる場となるのだ。その教師も美人だから、喜びようはさらに上がる。


「ルドっさんも、粋な計らいするな」


 隣のヴィルハルトは、我らが隻腕のガチ系教師、ルドルフ・ヴォルカノフのその言葉に嬉しさを見せた。


「まぁ、ヴォルカノフ先生の方針としても、別種の武器との戦闘経験は積んでおけってことなんだろうさ」


 なんて話しているうちに、件の“中距離武器演習”の学生たちが、この第二武闘場へと入ってきた。

 茶髪をテールにしている美人教師がヴォルカノフ先生と言葉を交わし、それぞれの生徒同士の組を作っていく。


「ンじゃあ、カレン先生。コイツと実力が近そうな生徒。ちょうどいいの、います?」


「そうですね……。この子なんてどうでしょうか。得物は鎖鎌と変わっていますが、それなりの実力者ですよ」


「お、ナイスですな。コイツ、剣の腕はいいですが、如何せん真っ直ぐすぎるので、こういった変わり種もいいでしょうな」


「では、次の組ですね……」


 そうして、あっという間に大半の生徒の組が出来上がった。

 “中距離武器演習”の生徒たちも、女子が多いとは言えど、半分は男であるので、こちらの男共も歓喜半分、消沈半分といった感じだ。


 そして、俺の隣にもそんな男が一人。


「くそ、何で俺がコイツと組み手をしなければならないんだ……!」


「それは僕のセリフだぞ、ヴィルハルト。なんで毎度毎度、貴様と顔を合わせなければならんのだ」


 ヴィルハルトの相手は、奴と同じ騎士系の授業を選択している、騎士槍を持った正当派の騎士志望の男子学生だ。俺も何度か会ったことがある。


「ええい、女子と試合えなかった恨み、お前で晴らしてくれる!」


「ふん。僕としても貴様への鬱憤はたまっているんだ。成敗してくれる」


 まぁ、仲が良さそうで何よりなことだ。

 教師の号令がある前に動くんじゃないぞと思いながら、俺はその教師二人の声を聞く。


「では、最後ですが……彼女、優秀なのですが、こういう時は誰と組ませるか、迷うものですね」


「ええ。やはり、コイツと組ませるほかないのでしょうな」


 そして、最後の組が決まった。


「……あなたに私の相手が務まるとは思えないけど、カレン先生の言うことなら仕方ないわね。――さぁ、構えなさい、レイド。授業が始まるわよ」


 エルザ・ファーフナー。訓練用の六尺棒を両手で持った彼女が俺の戦闘相手だ。






 エルザ・ファーフナー

 16歳

 160cm 80・56・80

 軍事国家『ニーベルン』の将軍の娘で、現在は学園都市国家『ソフィア』の中距離戦闘科2年。『衝撃』と呼ばれる、ファーフナーの血筋に伝わる異能を使う。

 目を引く緋色のショートカットにスレンダーな体形、凛々しい切れ長の目や面倒見の良い性格から、女子生徒にとても人気がある。本人は迷惑そうにしつつなんだかんだで嬉しいようである。

 ツンデレであるがツインテールではない。



 以上、識別眼による情報。

 軍事国家の将軍の娘というだけあって、幼い頃から武術の訓練をしていたらしく、今俺に向けられている棒術の腕は見事なものだ。


「ふふん。レイド、逃げてばっかじゃ情けないわよ」


 というか、繰り出される連撃に俺としてはなかなか手が出ない。

 突きの連打から広範囲の払いのコンボに対して、ステップを使って避けてはいるものの、武器である片刃剣は防御のみに使用されている状態だ。


「……ふっ、甘いよ、エルザ」


 しかし俺は不敵に笑う。悔しいからだ。


「な、なによレイド……気持ちの悪い笑みを浮かべて」


「キモ……まあいいや。気付いているかエルザ。お前の攻撃は一発も当たっていないことに」


「レイドは攻撃すらしていないけどね」


「ああそうだ。出来ないんじゃない、していないんだ」


 半分嘘で半分本当だ。

 確かに、この連撃に対して防戦一方だけれど、俺もただ手を出していないわけじゃない。まぁ、出したらカウンターで死ぬけど。


「そんな見栄、はっちゃっ……て!」


 そう言って突きを繰り出すエルザだが、言葉とは裏腹に俺のはったりに対して内心ビビっている。

 今の攻撃、俺の急所に真っ直ぐに突いてこなかった。恐らく、手が震えた影響だろう。

 その後の連打では真っ直ぐな打撃に戻ったが、俺の目はごまかせない。 

 それにしても躊躇いなく喉を狙い続けるこの女怖え。


「見栄じゃないさ。俺はずっとお前の攻撃を見続けていた。そして隙を見つけた。あとは切り込むだけだ」


「――っ。ずっと見てたって、そんな……やれるものならやって見なさいよね!」


 そう言うと同時、エルザの持つ棍による横薙ぎが振るわれる。


「おう、やってみるさ」


 俺は重心をその場に残したまま半歩下がり、その横薙ぎを躱す。その直後、加速をつけて一歩踏み込み、長剣による突きを繰り出す。


「隙あり――、てところでどうだよ!」


 長剣の先がエルザの肩に当たる。――そう思えた瞬間、その肩が不意に消えた。


 横薙ぎの勢いを利用して体を半身ずらしたのだ。半キャラずらしである。


「あ、あぶな……甘いわよ、レイド!」


 そして、エルザは右手のスナップを利かせ、振り終えた棒を右掌中心に回転させる。

 狙いはもちろん、攻撃を外した俺だ。


「器用な真似を……ところがどっこい、当たるかよ!」


 棒の回転する隙間に体を滑り込ませ、回転する動きに合わせてバク転し、その場から逃れる。


「んな……! 器用なのはどっちよ!」


「ユエとかイズミとか見てると大したことじゃないぞ?」


「あれと比べられる時点で大概よ!」


「……お前が言うか」


 確かに、ユエは地上5階の校舎を垂直に駆け上れるし、イズミなんて今そこで数が余った“中距離武器演習”の学生5人相手に余裕で立ち回っているけれど、このエルザ・ファーフナーという女も凄い。

 確かに体術では今あげた二人に劣るものの、実家が武闘系だからと言って、剣から槍から弓矢や鎌に至るまで、古今東西あらゆる武器を使うことが出来る。

 そしてそれは、どれをとっても一流と呼べるほどの熟練度を誇っており、例えばイズミの持つ刀という珍しい武器にしたって、イズミ本人からもお墨付きをもらうほどだ。


「エルザ、お前も十分半端じゃないからな」


 俺のその言葉に対してエルザは顔を赤らめ、高速の突きを放ちながら言い返した。


「べ、別に、大したことじゃないわよ。……まぁ、レイドからしたらそうなんでしょうけど!」


「しかし、珍しい武器のコレクションが趣味とは、女子として如何なものだろうか?」


「余計なお世話よ!」


 エルザはフェイントを含めた鋭い攻撃を何度も放ち、俺はそれを本気半分挑発半分で避け続け、時折俺からも反撃をしつつそれをエルザに凌がれる。そんな攻防を続けていた。






 そして休憩中。


「そういえば、何でエルザは棍を主武装として使っているんだ?」


 先程、武器の話が出たついでに、俺は以前から気になっていたことを聞く。

 すると、隣で休んでいたヴィルハルトも話に交じってきた。


「ああ、それは俺も気になってたんだ。受けてる授業からしてファーフナーは多分中衛なんだろうけど、中距離武器って言ったら普通、槍なんじゃないのか?」


 そこに、ヴィルハルトの相手だった正統派騎士の学生――名前忘れた――も口を出す。


「もちろん、中距離武器と言っても幅が広いから、槍以外を使うものも多くいる。この授業でも、鎖鎌を主武装としている生徒だっているわけであるしな。けれど、棍というのは、槍と比べて似通っている部分が多いにも拘らず、棍にはない刃というものを槍は持っている。そういう意味で、棍を武器に使う戦士はあまり見たことがないな。――無論、騎士の武器は槍に決まっているが」


 現に、今この場にいる“中距離武器演習”の生徒を見ても、その多くが槍を持っている――まぁ、槍と言っても薙刀風な物や三叉槍、両刃槍など、バリエーションに富んではいるが。

 パッと見ても、刃のない棒状の武器を持っているのは、エルザを含めても5人に満たないだろう。


「あらゆる武器を使えるお前が、わざわざ棍をメインにする理由って、なんかあるのか?」


 2人の意見も汲んだうえで改めて問いかけた俺に対して、エルザはただでさえ勝気な目をさらに鋭くさせて言った。


「レイドとその他2人。まず初めに言っておくわ――決して棍は槍に劣る武器なんかじゃないの!」


 怒気を含んだ声でもってエルザは俺たちを叱咤する。

 その勢いに押されて、俺は辟易ろぎ、他2人は俺の後ろに隠れる。オイ。

 そして、俺、ヴィルハルト、正統派騎士志望、と縦に並んだ状態でエルザに謝罪した。


「……悪い。確かに自分の武器が貶されるのは嫌だな」


「すまんファーフナー。どこぞの騎士槍と違って、二刀流が劣ると言われるのは気持ちが良くないな」


「僕もすまない。異端な二刀流はともかく、騎士槍を馬鹿にされるのは不本意だ。先の言葉は取り消そう」


「なんだと、貴様!」


「やるか、痴れ者が」


「お前ら、少しは黙ってろ」


 後ろの馬鹿二人の喧嘩にエルザの眼が更に険しくなったため、後ろ蹴り一発でまとめて黙らせる。


「はぁ……分かればいいのよ分かれば。それじゃあ、棍という武器の素晴らしさについて語るわね?」


 あ、これは不味い流れだ。エルザの武器の話は長い。


「あのさ、エルザ。その話はもっと時間があるときにゆっくり聞くからさ、今はどうして棍を使っているのかについてだけ頼む」


「…………仕方ないわね。――あ、別にレイドと二人きりで話した方が良いからってわけじゃないんだからね!」


「……おう」


 後日、エルザ先生による二人きりの武器講座が決定した。後ろを振り返ったらヴィルハルトがどうかしたか、という表情をしていたのでとりあえず恨みの肘鉄を食らわせておいた。


「と言っても、単純な話よ。私が子供の時、父さんから初めて扱いを教えてもらったのが棍なの」


 手元にあった六尺の長さの棍を器用に回しながらそう言う。


「ほかの武器よりも、愛着があるってことか?」


「文句ある? 言ったじゃない、単純な話だって」


「――いや、それでいいんじゃないか? なんて言うかエルザらしいし」


 この女、見かけによらず単純なのだ。

 初めての武器で愛着があるからずっと使っているだなんて、可愛いところもあるじゃないか。口が裂けても本人には言えないが。

 むしろほかの少女たちに言う方が血、流れるか。


「ふ、ふん! それに、棍って『衝撃』と相性がいいから使っているってこともあるし、別にそんな、私らしいとか……」


 最後の方はごにょごにょ言っていて聞き取れなかったが、それはともかく。


「混って、『衝撃』と相性いいんだ?」


 小声で悶えていたエルザは、話題が変わったと見るや否や、ここぞとばかりに食いついて答えを返した。


「うん、そうよ」


「ファーフナー。『衝撃』って、お前の特殊能力のことだよな、確か」


 俺はその理由を尋ねようとしたが、それは後ろからの声に遮られる。

 俺の肘鉄によって二人まとめて倒れ込んだ後、互いに取っ組み合っていたヴィルハルトの声だ。

 当然、それに続く声がある。


「ああ、僕も聞いたことがあるな。……実際に見たことはないが」


「ええ、みだりに使うものでもないでしょうし。それに危ないわ」


「俺にはしょっちゅう使っている気がするのだが?」


「気のせいね」


「そんなわけあるか! 何回死にかけたと思っている!」


 3人とも俺の訴えをスルーして話を進める。この握り固めた拳はどこに突き出せばいいのか。

 とりあえずヴィルハルトを殴った。流石に今回は反撃された。


「指定した物体に衝撃を与えて破壊する――これがファーフナーの血筋に伝わる『衝撃』という異能。その性質上、近接武器だと自分にもダメージを食らう可能性があるから、中距離武器である棍は相性がいいのよ」


「弓は?」


「逆に遠すぎて狙いづらいわ」


 一部引っかかるところもあるが、俺たち三人はなるほど、と頷いた。


「だから父さんも、最初にこの武器を教えてくれたと思うのよね」


「違うと思うけど?」


 俺のその言葉に、エルザ以下二名がこちらを見た。

 まぁ、エルザが昔を懐かしんで和やかな雰囲気の中にそんなことを言ったらそうなるか。

 けれど、ちゃんと根拠はあるのだ。


「ああいや、多分そういう意味でもあるんだと思うけど、一番の理由は違うと思うぞ」


「どういうこと?」


 エルザに促され、俺は咳払い1つ、説明をした。


「『衝撃』と相性がいいっていうだけなら、別に槍でも矛でもいいだろ。同じ長柄物なんだし」


「……確かに」


「じゃあなんでわざわざこんなのかと言うと、エルザの父さん――ニーベルンの将軍も、一人の父親ってことなんだろうさ」


 俺の言葉に、エルザはいまいち理解できていないのか、きょとんとした顔をしている。

 ヴィルハルトは気づいたようで、エルザを見ながら顔をにやけさせているが、まぁ、これに関しては“親の愛情”というものを理解していないとわからないか。

 俺も前世で死の淵に迫って、ようやくわかったものだけどな。


「エルザの言葉を借りるのなら――単純な話、ということだよ。エルザの父さんは父親として、いかに武家の子供だろうと、娘に対して、危険な武器――刃のある武器を渡したく無かったんじゃないか?」


 武器というのは危険なものだ。

 俺も実家にいたころ、兄に剣術を習っていたが、その訓練中に刃で自らの体を切ってしまったことは何度もあった。人を傷つける物――とりわけ刃物はリスクが高いのだ。


 もちろん、棍に代表される打撃武器も、危なくないわけではない。扱いを間違えれば、怪我をすることもあるだろう。

 それでも、剣や槍を使うよりかは、幾分も安全なはずだ。

 恐らく、エルザの父親もそう思って棍を始めに薦めたのだと思う。――もちろん、俺の憶測に過ぎないのだが、何故か自信があったりする。


「そっか。父さん、そんなこと思ってたんだ……そういえば、思い当たる節がいくつかあるかも……」


 当のエルザも、そのことに思い至ったようで、若干恥ずかしそうにしながらも、父親との思い出に耽っていた。


 そして俺らはそれを見て感想を言う。


「ファーフナーさんが、こんな表情を見せるなどとは……」


「恐れ入ったぜ、レイド」


「ま、温かく見守ってようか……くれぐれも余計なことは言うなよな」


 と、そんな感じではやし立てたのも束の間、エルザは我に返った。


「――え? あ、う……」


 頬が桜色に染まったかと思うと、一瞬にして髪と同じ緋色が顔中に広がる。

 両手で顔を覆ってしばらく停止したかと思うと、すっくと立ちあがった。そして周囲を威嚇した後、手に持った六尺棒を俺の目の前に突き出す。


「立ちなさい、レイド! 闘うわよ!」


 俺は思わず両手を掲げ、答えた。


「いきなりなんだよ、もう少し休憩を……」


「却下するわ」


「問答無用かコンチクショウ!」


 突き出された六尺棒を転がって躱し、無慈悲に吹き飛ばされたヴィルハルトと正統派(以下略)を障害物としながら、エルザの連打を躱していく。


「ほらエルザ、授業の進行を無視して進めるのもどうかと思うぞ」


「ヴォルカノフ先生。休憩早めに切り上げてレイドと戦闘してもいいですか?」


「構わんぞー。アリエスもいいリハビリになるだろ」


 使い物にならないどころかむしろ推奨してきたぞあの隻腕教師。あとでルサルカ先生経由でカレン先生に悪評流してやろう。

 そう報復を心に決めつつ、腰の長剣を抜いて棍の突きをそらした。


「観念しなさいよね、レイド!」


「なんだかよくわからんが断固として断る!」


「よくわからないなら大人しく受けなさいよ!」


 そうして、俺は休憩前よりも攻撃力の増したエルザの連撃を避け続けた。

 授業ということで、俺もエルザも全力――『衝撃』や歩法――を出せないというハンデはあったものの、それ以外では本気でやり合ったため、戦闘も終わりに近づくと、かなりの充実感と、確実に自分の技術が向上しているということがわかったので、結果的には良かったと言えるだろう。

 でもぶっちゃけ、めちゃくちゃ疲れた。一応病み上がりだぞ、俺。


 


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