第13話 「プライドを持って敗者となれ」
デュランダルの攻撃を通せばこちらの勝ちだ。だから、デュランダルの為の隙を作るということに重点を置いて策を練った。
障害になったのは、シャルロット嬢の反応速度だ。
こちらの攻撃を察知し、即座に迎撃を決められるそれを考えれば、単純な奇襲では十分な威力の攻撃を放てないだろう。
だから、彼女の反応速度を上回る奇襲を考えた。
第一に、奇襲する際の隠れ場所だ。これは、簡単に予想、もしくは対応されてはいけない。……床下はいい線いったと思ったんだけどなぁ。メインは覗きだったとはいえ。
ともかく、そのために思い付いたのが、授業中の教室という、通常では隠れ場所と考えない場所だ。デュランダルならば『闇行』と『幽闇無形』の組み合わせで中の人たちに気付かれずに教室に入れるし、流石のシャルロット嬢もこの場所には考えが及ばなかっただろう。
ちなみに、授業中の教室を選んだのにはまた別の理由があるのだが、それは追々だ。
第二に考えたのは、奇襲のタイミングだ。正確にいうならば、シャルロット嬢がデュランダルの奇襲に反応しきれない瞬間を作り出すということ。
俺がわざわざ彼女に本気を出させたのは、そのためだ。
いくら場所が良くても、通常状態の彼女に対して、デュランダルの攻撃を通すだけの時間をつくれるかどうかというと、絶対とは言い切れない。俺たちはそう判断した。
そのための、“本気”だ。
俺のみが相対し、挑発を行い、彼女の意識を俺だけに向けさせる。
問題は俺が彼女の本気を避け切れるかということだったが、それは何とかいった。
こうした、戦術や、布石や、頑張りや、運があって、今の状況が作られた。
デュランダルのことを意識外においているシャルロット嬢に対し、その真横――授業中の教室の扉から奇襲するデュランダルという、今だ。
「ぁぁぁああ――!」
彼は、左足の踏み込みから一気に跳躍し、シャルロット嬢の前まで移動する。
踏み込んだ足を床からの反発力のままに前に出し、左足で接地。そこで生じる直線のエネルギーを、左足を軸として回転エネルギーへと変えた。
デュランダルは時計回りに回転する。
フリーになっている右足は、膝を曲げ、その身を宙においている。
そして、彼の背中がシャルロット嬢の方を向く頃に、不意に回転が止まった。
違う。流れは止まっていない。
彼がその身を回転とは逆方向に捻っているが故、そう見えるだけだ。
生じる回転とは逆に力を加えたがため、そこには反発という力が生じる。
その行き先は、回転の外周部。彼の脚だ。
その“溜め”によって、彼の体内にあったエネルギーは、ただ一点に集まる。
そこに、デュランダル自身の鋼の魔力が加わる。
一瞬の空白の後、彼の業が放たれた。
「行くぜ姫様。『剣脚牙突』!」
シャルロット嬢に向かって一直線に穿ち行く蹴り。
それは見た目にも威力が高そうで、シャルロット嬢が隙を見せている今、彼女の纏う砂鉄の防壁を破れるのだと確信した。
しかし、次に聞こえた言葉は驚愕に落胆を含む声で。
「姫様――やっぱ貴女は凄いですよ。……悔しいですけど」
「当然ですわ。わたくしですもの……!」
見えた光景は、業を撃ち終えたデュランダルの脚と、その足に撃ち抜かれ、破壊されたであろう幾本もの石触手槍。
そして、破壊のない砂防壁であった。
「デュランダル。ええ、貴方は、わたくしに仕えるに相応しい力を持っていますわ。そこの………………庶民と組んで、ここまでわたくしを追い詰めたのは素直に褒めますわ。けれど、当然ながら、わたくしを倒すことなど出来はしませんの。――大人しく、私の傍に仕えていればいいのですわ」
「ああ、姫様。俺は確かに、貴女に拾われ、助けられた姫様の執事だ。――けどな、俺はアンタに仕えるだけの存在じゃないんだ。……俺は姫様を諌めるべき立場でもあるんです!」
2人の会話には、何か、当事者だけしか知らない事情がありそうだとわかる。
正直、俺としても興味はあるが、今はそんなことどうでもいい。
俺は、俺の目的のために、シャルロット嬢を倒さなくてはならないのだ。
デュランダルの脚は、確かに防壁に届いている。
砂鉄の嵐も、業の影響によって歪んでいるのも見て取れる。
あと一押しがあれば、あの防壁は敗れるのだ。
だから、出来れば使いたくなかった、最後のカードを切った。
「――リーンベル!」
デュランダルが開いた教室扉の向こう。並ぶ机の、その最前列に銀髪が見える。
その髪の持ち主――リーンベルと俺は視線を躱し、1つの意思を疎通させた。
「わかったのですよ、レイド様……!」
彼女は右手をこちらに向け、その周囲に陽炎が舞う。
「『幻灯火』」
そして、1つの言葉が紡がれると同時、シャルロット嬢に変化が起こった。
「……お祖父様!?」
目が彼方を見つめ、その後、まるで俺らには見えない誰かが目の前にいるかのように声を出した。
「……いいえ、これはげん……!」
しかしそれもほんの数瞬。すぐに正気に戻り、警戒を露わにした。
けれどその瞬きは、彼にとっては十分な時間だった。
「アリエス……サンクス! ――『剣脚閃刺』!」
デュランダルは、全身のバネを使って、防壁に接着している右足を、さらに押し込んだ。
その切っ先は先程よりも鋭く細く、貫通力をさらに高めた一撃だ。
シャルロット嬢はまだ残弾のあった待機魔術で対応しようとするも、それはすでに手遅れだった。
砂鉄の砂嵐が弾け、解け、音もなく落ちた。
シャルロット嬢は、衝撃で後方に飛ばされるが。
「違う、アリエス! 自分から後ろに飛んだ!」
技後硬直で動けないデュランダルは俺に声をとばした。
彼女は飛ばされながら――否、バックステップをしながら、言葉を紡いでいた。
「《鋼鉄混じる流砂は流るっ――!」
「俺も、大人しく黙って見てるほど優しくねえよ!」
それは、恐らく砂鉄防壁の詠唱だろう。再度あれを張られたら、今度こそ破るのは厄介だ。
けれど、俺にも『迅雷』がある。
彼女までの距離を一直線で走り抜き、その勢いのまま体当たり――彼女を押し倒したのだ。
抵抗できないように、両手両足で彼女の四肢を抑え込む。
けれど、魔術の詠唱はリセットされていなかったようで、その続きを声に出していた。
「《――嵐のように、全てを弾き――》」
それより先は、言わせない。
右手を抑えから外し、俺はポケットからあるものを取り出して、彼女の口に当てる。
「これでも食らえ!」
「《一切合財をきょぜ――!?」
“それ”が彼女の口内に入ると同時、何とも言えない絶叫を発し、口に片手を当て悶え始めた。
「何をしたんですか、アリエス?」
後ろ、聞いてきたデュランダルに対して、“それ”を見せる。
デュランダルも見たことがあるものだ。その反応はすぐに返ってきた。
「それ、あんときのめちゃくちゃ甘い飴じゃないですか!?」
そう。シャルロット嬢の口に突っ込んだのは、デュランダルにも食わせた、レヴィナさん印のよくわからん飴だ。
あの時は適当にぼかしたが、その特性はと言うと。
「食べた人の魔力属性によって味が変わる飴なんだ、これ」
どうして魔力を回復させるために作った飴がそう言った性質を持つようになったかは、レヴィナさんの要研究、ということなのだが。
それはさておき、人体実験によってその味が変わる法則はわかっている。
「火属性は辛み、木属性は渋み、光属性は酸味、水属性は塩味、といった感じか」
後、定義しにくいが、雷属性は炭酸の様なピリピリした刺激、風属性はしょうがの様なすっとした爽味、みたいな感じだな。合わさるとペプシバオバブになります、マジで。
「闇属性は甘味ってことですね。となると、姫様の土属性はほかの味覚から考えて……苦味あたりでしょうか?」
「あ、正解。そこで悶絶してるシャルロット嬢、顔見ればなんとなくわかりそうだけど」
未だに口を抑えて、俺に片手両足を抑えられている状態で身動ぎしている彼女。とっても苦しそうです。ていうか苦そう。
「俺、甘味でよかったですわ……ところで、基本属性と二元属性はわかりますけど、希少属性の場合はどうなるんですか?」
「いいところに気が付いたな」
希少属性は、基本・二元属性に区分されない、それ以外の属性という定義のされ方をしている以上、ある意味、無限に存在する。
ならば、味の種類も無限にあるのかと言えば、そうでもない。
「希少属性には味はない。無味と言えるかもしれないけどな」
レヴィナさんいわく、希少属性はそれ単体で属性として表れることはほとんどなく、基本・二元属性を持っているうえで、さらに発現するといった形なのだそうだ。
シャルロット嬢のように、土属性を持っており、さらに鋼属性を持っている。そういう形がほとんどで、例えば、影属性のみを持っているなんて言うのは、ほんとに一握りの例外らしい。
だから、基本・二元属性にはあるものが、希少属性にはないのだとレヴィナさんは見ているらしい。目下研究中で詳しいことはわかっていないみたいだが。
ともかく、希少属性に味がないのは、その何かがないからだろうということらしい。
ただし、味に影響を与えないというわけではないのだ。
「希少属性を持っている人はな、その飴の味を数倍から数十倍に引き上げるんだ」
「あの阿保みたいな甘味はそのせいですか……。もしかして、普通の人には普通に美味しいんで?」
「渋みだけの飴とかが美味しいかはともかくとして、まぁ、普通の味だな。保有魔力の大小で味に強弱もつくけど」
「……つまり、姫様の感じている苦味は、俺の時の甘々ショックよりもひどいと?」
「デュランダル、お前、魔力容量多い方?」
「いえ、師匠には、“お前は魔力容量が少ないから、あまり業の無駄撃ちはするな”って言われていますが」
「となると……」
俺は、シャルロット嬢が今までぶっぱなしまくってた魔術の数と、それで疲弊しているかどうかを考える。それによる彼女の魔力量の概算と、デュランダルの自己申告による代替の魔力量とを比べ、思案すると結果は出た。
「多分だけど、デュランダルの10倍くらいじゃね?」
それを聞いた途端本気でシャルロット嬢に同情の視線を向けるデュランダル。正直、俺の言葉も投げやり入っている。俺自身、魔力容量は多い方だが、希少属性持っていないからよくわからんし。
ただ、以前“彼女ら”に配った時、一人猛烈な辛さで苦しんでいる奴いたなぁ、というのは覚えている。
それはさておき。
「さて、詠唱は封じたけど……これどうしよう?」
陸に打ち上げられた魚のようにビクンビクン痙攣しているシャルロット嬢を見て、この後の対処についての事をデュランダルに投げかける。
けれど返ってきたのは彼の声ではなかった。
「どうしてくれよう、というのはレイド様の方ではないのですか?」
背後。姿を見ることは出来ないが、声からわかる。リーンベルだ。
最後の手段として頼った彼女だが、当然、こちらへの追及は来るものだ。だからできるだけ使いたくなかったものでもあるが。
「まぁ待てリーンベル。お前は誤解している」
「誤解? していないのですよ。ただ、目の前でレイド様がガリア王国の第二王女を押し倒しているという事実がはっきりとわかるだけなのです」
「オーケイ、それが誤解だと言っているんだ。まず、シャルロット嬢が襲ってきた。だから迎撃した。抵抗できないように抑え込んだ。俺被害者、コイツ加害者。わかったか?」
「わかったのですよ。つまりレイド様のかっこよさに惚れたその人が欲情振り切って突撃したのをレイド様がひいこら言いながら逆転大勝利を決め込んでハイテンションで狼モードなのですね?」
駄目だ。どことなく合っているようでいて全く違うことを想像している。
リーンベルの思い込みの激しさと頑固さは筋金入りだ。ジュリウスが居ればまだ対応できるが、そう都合よくもいかないしなぁ。
「逃げんじゃねえぞ、デュランダル」
「――! あ、ははは。俺が逃げるわけないじゃないですか」
すべてを投げ捨て逃亡の体勢に入っていたデュランダルを俺が呼び止める。
安心しろ、俺でも逃げる。だが逃がさん。
「……しかし、これが噂のアルビニア第一王女ですか。――こんな美少女に想われるなんて、アリエスは何とも羨ましいですね」
小声で俺に話しかけるデュランダル。
痙攣魚を抑えていて動きの取れない俺は、眼で彼を威嚇しながら返す。
「舐めんな糞執事。今の状況見てんだろ。どう考えても幸せの比率よりも辛さの方が大きすぎる」
「またまた、そんなこと言ってー。実は内心ヒャッハーしているんじゃないんですかぁ?」
なんかコイツキャラ違くない?
「お前それ、シャルロット嬢相手に同じこと言えんの?」
「あ、無理ですね。すみませんでした」
デュランダルはノータイムで無理を返した。
納得してくれたようで何よりだ。
コイツもシャルロット嬢に苦労しているのだ。あとでそこらへんの話について盛り上がれそうな気がする。
さて、閑話休題だ。というか現実逃避なのだが。
「レイド様。私というものがありながら……さぁ、マウントポジションで羽交い絞めなら私にどうぞなのですよ!」
カモン体制なリーンベルに何と言えば丸く収まるのだろうか。
というか、シャルロット嬢相手に立ち回るよりもきつい気がする。
「いいか? 俺は、このシャルロット嬢との戦闘の結果として押さえつけているのであって、それ以外の意図はないんだ。だから落ち着け、リーンベル」
「レイド様は魅力的なのですよ」
いきなり話が飛ぶのはいつもの事なので気にしない。
隣、デュランダルが若干引いているが、リーンベルの王女様スマイルで顔を赤くしている。まぁそれはどうでもいいが。
言葉は続く。
「ですから、戦いから始まる恋的なアレで、羽交い絞めでビクンビクンしている彼女もレイド様に惚れてしまう可能性も十分あるのです。――レイド様は、もう少しそこらへんをわかって行動してほしいのですよ」
片手を前に出され、憂い気な声色でそう言われては、俺としても言葉に詰まらざるを得ない。
これは非常に不味い。
リーンベルの言動は、一見周りの言葉を聞いていないようでいて、その実、流れを切ってはいない。ただ、こちらの言葉の意味を理解したうえで無視しているため、どこか破綻した言動に聞こえるのだ。
そして、こちらが対応しきれないタイミングで、彼女の本当に言いたいことが放たれる。
俺は、まったく準備のできていない状態で彼女の本心を突き付けられたのだ。
「いや、大丈夫だ。……シャルロット嬢が俺に好意を持つことはないだろうからな。――なあ、デュランダル?」
とっさに俺はそれを受け流した。
俺と彼女にとって第三者と言えるデュランダルに意見を――俺にとって有利になる言質を求めたのだ。
「ぅえ――。あー……こほん。そうですね、アルビニア第一王女様。うちの姫様――そこで悶えてるの――は、超自己中心的でプライド高い奇人なので、名前も憶えられていない庶民風情を好きになるというのはあり得ないと思いますよ」
あとで一撃確定なデュランダルの言葉に、しかしリーンベルは素直に頷くはずがない。
「いいえ、デュランダル君、でしたか? ――レイド様は、そんじょそこらの庶民とは違うのです。私他、数々の女の子を落として来た女たらし庶民なのですよ。……きっと、彼女もイチコロに違いがないのです」
リーンベルは、デュランダルの“ありえない”を“違いない”で一蹴し、俺をヨイショすると同時に、シャルロット嬢が俺に好意を寄せる“可能性”を、“違いない”という事実に言い換えた。
それは、彼女の中で勝手に生じた結論だが、俺にとっては危険極まりない。
俺の目的は、“彼女を説き伏せること”であるから、その彼女がセルフサーブで防御を強化するのは厄介である他ないのだ。ていうか俺庶民じゃないし。
こうなった彼女は、頑固だ。
自分の意思を固めながら、自分の意志を貫きとおす。
決して、周りの意見を聞かないわけじゃない。ただ、その内容を自分の都合の良いように解釈をして、さらに自分の意思を固めていくのだ。
「あー……仕方ないかな」
厄介極まりないし、このまま泥沼にはまりかねない。
だから、俺は即座の判断で奥の手を切った。
「リーンベル。俺に疚しい気持ちは一切ない。――その証拠に、明日デートに行こう」
「わかったのですよレイド様。レイド様は、そんな淫らな方ではないのですよね。――明日はデートなのですよっ!」
リーンベルがルンルン気分で俺の背中に抱き付いてくる。体にその柔らかさが感じられ、男冥利に尽きると思いはする。
悶絶している金髪縦ロールの四肢を抑え込んでいる男の背中に張り付く銀髪お姫様とかどんな絵面だこれ。
そんな感じで自分でも若干引いていると。
「めちゃくちゃ苦いですわ!!」
ガリア王国第二王女様が復帰した。
というか反応遅いな。
数度口をもごもご動かした後、軽く深呼吸した彼女は口を開いた。
「……わたくしから退きなさい。貴方ごときが触れていい体ではないですわ」
それはこの状況に対する照れ隠し……ではなく、眼を見る限り、本気でそういう意味で言っているものだとわかる。
それに対し、最初に反応したのはデュランダルだ。無言のリーンベルが怖い。
「……はぁ。姫様、大人しく投降してください」
ため息とともに吐き出されたのは、負けを認めさせる台詞だ。
一応、俺、侮辱されたんだけど、それに対してのフォローはないのな。
まぁ、まったく気にしてはいないのだが。慣れた。
それに対するシャルロット嬢の返答は激情であった。
「なぜ、わたくしが負けを認めなければなりませんの! わたくしが負けるだなんてありえませんもの――まだ十分戦えますわ!」
先程までの余裕なく、ただ自身の誇りのみでそう答える彼女。首を上げ、金髪縦ロールを上に引きながら、押さえつけられている四肢に力を込めていた、
その言葉にまた、デュランダルがまた息を吸い込もうとしたのを感じて、しかし俺はそれを制した。
デュランダルの言おうとしている言葉はなんとなく想像がつく。
――なら、それは俺が言った方は効果的なはずだ。
だから言った。
「追い詰められ、無力化された状況で、それでも負けを認めないお前のそれは、不撓不屈でも、抵抗ですらない。――惨めな、負けを認められない、敗者にすら劣る存在だ」
その言葉を聞いて、怒りか、また別の何かか、彼女はぶるりと身を震わせた。
未だ、四肢には抵抗が残るが。
「……なぁ、お前の誇りはそうなのか? お前のプライドはその程度なのか? ――答えろよ、シャルロット・ヴァロワ=ポワソン!」
俺の言葉に一瞬身を固くし、その後、脱力のままに体を横にした。
金髪縦ロールが扇状に広がり、俺が抑えていた四肢に抵抗の力はもう感じられない。
「わたくしの、負けですわね……」
彼女は、少しの間虚空を見つめたかと思うと、おもむろに俺に向かって話しかけた。
「あなた、名前は何と言いますの?」
「レイド・アリエス。覚えとけよ……!」
やはり名前は憶えられていなかったかという思いはともかく、今度こそ忘れてくれないだろうという気持ちとともに、俺は再度名乗りを上げた。
後ろ、リーンベルが何か言いたそうだったのでヘッドスイングで黙らせておく。
そして、この場にいる5人で無言の状況が出来上がった。
とりあえず、この空気はともかく、この件は一件落着ということでいいだろうか。
どことない違和感を覚えてはいるのだが、伺いを立てるためにもデュランダルに話しかけた。
「デュランダル。これで終わりだな?」
するとコイツは呆けた顔をして。
「……アリエス。アンタ凄いですわホント。男として尊敬すると同時にそれ鈍感マジでやってるんですか?」
「質問に質問で返すなよ。あと、俺鈍感じゃなくてもはやすでに諦観入っているから」
そもそも、『識別眼』で見た情報の中に3サイズが出ていた時点でもう覚悟的な何かは出来ていました。最後のアレ、臭いセリフは、もう半分オートで口から言葉の出るままにって感じですかね。なんかあそこでフラグ経った気もするけどもうどうでもいいや、疲れた。明日デートがあるから早く寝たい。
――と、また違和感だ。
このまま終わっていいのだろうかという不安がある。
「なぁ、デュランダル。これで終わりでいいんだよな?」
「そうですね。あとはうちらで事後処理をするんで、アリエスたちは帰ってもらっても結構だと」
そうだ。もう終わりなのだ。早くこの場を立ち去ってしまおう。
今日はもう、面倒事に巻き込まれるのは御免だ。
……そういう意味では、この騒動の発端はリーシャ会長だったか。あとで説教しよう。
と、そこで残りのピースがかちりと嵌った。
そうだ、この違和感の正体は――!
「では、ここで勝利者インタビューに入ろうと思います」
突如聞こえる声。それは廊下を淡々と歩きながらこちらに近づいてくるミューズ先輩だ。
となると当然傍にいるのは――。
「ふむ。流石はレイド君だ。君ならばシャルロット嬢に勝つと思っていたよ」
紫色のロングストレートが、肩に箱のような物体を担いで隣にいた。
その筐体から覗くガラス――いや、レンズが向こうに魔力の火を灯しながら俺を映している。
この2人は、この第3旧校舎に戦場を映して以降、何の動きも見せなかった。
それもそのはず。魔導通信網が設置されていなければ、魔導放送は出来ないのだから。
それは、こちらから見ることも出来なければ、こちらの映像を外に発信することもできないのだ。
だから、もう彼女らの影響はないものとばかり、頭から外して考えていたのだが。
「どうして魔導放送をしている……!」
ここにいる目的は、インタビューという言葉と、リーシャ会長が持っているビデオカメラで十分にわかる。
しかし、それは不可能なはずだとミューズ先輩自体が言っていたのだが。
……いや、1つ方法があるか? 技術的にも、無線があってそっちがないのはおかしい気がするし。
「そう! このビデオカメラは、さっき私が技術科の研究室ひっくり返して超速で組み上げた“有線”カメラというわけですよ!」
どうですか、すごくないですかと言う先輩は無視を決め込むとして、問題はその時間だ。
「リーシャ会長。何時から撮っていました?」
帰ってくるのは、ある意味最悪な答えだ。
「そうだね。レイド君が床下でパンツ見てた辺りからかな?」
「人聞き悪いですね!?」
そう言う後ろ、背中から重圧を感じる。
「パンツ……レイド様?」
「デート、デートだぞ、リーンベルぅー」
「デート……!」
デート。リーンベルを落ち着かせる魔法の言葉。代償は俺の未来かな?
「人聞き悪いって言いますけどねー。そもそもレイドさん、忘れていませんか今の状況?」
ミューズ先輩の言に、俺は周りを見渡す。
マイク片手のキチガイに、カメラを担いだ生徒会長。帰り支度をまとめているデュランダルもいる。さらに、未だ仰向けで五体を広げているシャルロット嬢、その四肢を抑え込んで傍から見れば襲い掛かっている俺。そしてその背中に張り付いているリーンベル。
どう考えても頭のおかしい光景だ。特に俺周りがヤバい。
「ちなみにこれ、リアルタイムで学園中に放送されているので悪しからず」
「じゃ、またなデュランダル。あとリーンベル、詳しい話はジュリウス経由で送っとく。――アデュ!」
俺は速攻逃げた。
翌日。リーンベルとのデート中だ。
「ん。優しく吹く春の風は気持ちいいのですね、レイド様」
「ああ。このまま寝ると気持ちいいかもな」
「では、膝枕で?」
「おおう、そう来たか……」
庭園区画を散歩中。俺とリーンベルで協力して追手から逃れた末の平和な一時だ。
俺は別に彼女たち個人が嫌いなわけじゃない。むしろ好意を抱いている。
ただ、一人ならまだしも集団を相手にする能力がないだけなのだ。
……こういうところが甲斐性ないと言われる所以なのだろうが。
「そう言えばレイド様、どことなく、いつもより疲れているのですか?」
「あー……昨日の件で少しな。誤解を解くのに結構労力を使った」
ミューズ会長による魔導放送というテロルのせいで、俺がシャルロット嬢を押し倒したという無慈悲な噂が流れているのだ。
とりあえず男共の襲撃が3割増し程度に増えていたのはどうでもいいとして、女性陣の誤解を解くのは面倒だった。俺をゴミの様に見るし、無言マジで怖いです。ジュリウスに手伝ってもらってなんとかなったが。
後、いつもの事のように受け止める層の友人たちが多かったのも、それはそれで納得がいかない。
最大の難関であった“彼女たち”については、誠心誠意、土下座外交で乗り切った。俺が悪いわけじゃないが、何もしないと後が酷いので。
後、リーシャ会長とミューズ先輩のせい、で納得するのが過半数ってどうなんだろう。
「では、その疲れを癒すためにも、こちらはいかがですか?」
「……おーう」
リーンベルが草原の上にシーツをしいて、その絵に正座しているカモン体制なので、俺も誘惑に負けて膝枕を堪能しようとしたその時だ。
「見つけましたわ、レイド・アリエス!」
高貴なオーラを振りまく金髪縦ロールが腕を組んで仁王立ちをしていた。
それを見た俺は眉を顰める。
隣のリーンベルは若干怒りモード入っているようだ。
「そうかわかった帰れ」
「どうしてこう毎度毎度、レイド様といるときは邪魔が……!」
俺ら2人の拒絶の言葉に、しかしシャルロット嬢は意に介した様子はなく。
「レイド・アリエス、わたくしとデートをするのですわ!」
俺はその言葉に、暫しの思案をする。
いや、こうなることは予想してはいたが、実際にそうなってみると結構面倒だな。
シャルロット嬢の言葉には、俺ではなくリーンベルが返した。
「やっぱりこの子もレイド様の魅力にノックアウトだったのですね。……ですが、今は私とデート中。お引き取り願うのですよ」
「当然――お断りしますわ。だって……レイド・アリエスは私と結ばれる運命ですもの……!」
当然聞く耳持たない。
そして隣。暑い暑いリーンベル炎漏れてる。
「ふざけるのも大概にするのですよ。……レイド様と私は、深い絆――赤い糸で結ばれた仲なのですから!」
「いいえ、わたくしとレイド・アリエスはもっと深い、運命で決められた夫婦なのですわ!」
板挟みの俺としては苦しいわけで。
シャルロット嬢の向こう、デュランダルがいるから助けを求める。
けれど、帰ってきたのは、無理、という意味のアイコンタクトであったため、後で私刑決定。
「――レイド様は私となのですよ……!」
「――レイド・アリエスはわたくしとですわ……!」
俺としては面倒極まりないので、抜き足差し足忍び足でこの場から逃れようと試みる。
「あ、レイド様!」 「レイド・アリエス!」
しかし、二人同時に見つかった。
「――ちっ! こうなったら全速力で逃げる!」
その言葉とともに俺は走り出す。
後ろ、リーンベルとシャルロット嬢が言い争いをしながら俺にその魔力を向けたのを感じた。
「……ギアチェンジ!」
俺は速度をもう一段回上げて、彼我の距離を離す。
しかし、追手からの威圧感は途切れることはない。
結局いつも通りの格好となったわけだ。
――11人目が増えたということを確かな事実として。