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第12話 「地獄に吹き抜ける雷風」

「で、どういうわけ?」


 逃げた先、第3旧校舎4階の角にある空き教室で、俺たちは合流した。

 そして作戦会議としてまず初めに、先程デュランダルの『剣脚』が防がれたことについて、その理由を話し合う。


「蹴った感触としては、柔らかい金属ですね。金属の強固さを持ちながら、力を受け流す柔軟性を持っています」


「なるほど。防壁を蹴破れなかった理由はそれか」


「ええ、面目ない」


 デュランダルは眉を顰めてそう言う。だが、それを言うなら俺もそうだ。

 陽動役の仕事として、もっとシャルロット嬢の気を引くことが出来たならば、デュランダルも『剣脚』以上の業を放つ余裕が出来たかもしれない。


 事前会議にて、その業の存在自体は聞かされていたのだが、“溜め”によってできる隙が大きいということで、使うならば十分余裕を持ってからという話だったのだ。

 だが、俺が作れた隙は一瞬だけだったので、デュランダルは『剣脚』を放った。

 予定ならばそれで砂塵の防壁を壊せたのだが、実際はそうはうまくいかないということなのだろう。


 その砂防壁の話だ。

 デュランダルからの話を聞く限り、それはただの砂ではないということになる。


「砂の柔らかさを持ち、金属の硬度を持つ物体、か」


「――砂鉄、でしょうね」


 考えられるのは、そういうことだろう。

 だが、それについて1つ問題がある。


「シャルロット嬢は、鋼属性の魔術を使えるということなのか?」


 魔術には、基本7属性と呼ばれるものがある。

 火、水、氷、木、土、風、雷、の7つだ。以前レヴィナさんが使っていた『7色爆撃薬』も、その7つの属性を使っている。

 一般的な魔術師は、この中の1つないし2つの属性に適性を持ち、その属性の魔術を使いこなすこととなる。適性がない魔術でも使えないということはないが、魔力効率が悪かったり、威力が弱すぎたりと、実戦では使えたものではない。

 ちなみに俺は、風と雷を使える。 


 それに、二元属性と呼ばれる、光と闇。

 この2つは、適性がなければ全く使えないという、特別な魔術だ。イリアスなんかは、光の魔力を弓矢に通して業として使っている。一応、魔術としても使えるみたいだが。


 そして、希少属性と呼ばれるものだ。

 ざっくばらんに言えば、以上の9属性に当てはまらない魔術となる。

 俺の知っているもので言えば、毒、音、影、それに……鋼。


 希少属性は、先天的に身に着ける場合もあれば、後天的に身に着けられる場合もある。

 影は先天的で、毒や音、鋼は後天的な部類に入る。後天的なものは、希少属性といえども、使い手はそこそこ多い。

 シャルロット嬢もその一人なのだろうが。


「俺も姫様が使えるなんて知りませんでしたよ……」


 嘆息しながらそう言うデュランダルだが、はいそうですかと見逃すほど俺も甘くはない。


「デュランダル。お前、鋼の魔力持ってるだろ」


「……なんですか、いきなり?」


「シャルロット嬢の方は砂鉄でいいとしても、片方だけが金属でもあの音は鳴らんだろ。お前の『剣脚』という業、鋼の魔力通してんな?」


 身体強化自体は、気力だけでできる。体に気を通し、自身の肉体を強化するのだ。

 ただし、それ以上に肉体を強化するとなると、別の方法が必要になる。

 気力だけではなく、属性付きの魔力を通す――業と呼ばれるのはそれだ。

 そして、デュランダルの蹴りほどの硬度を持つために必要なのは、鋼の魔力だと思う。


 そして、俺はそのことを知らされていない。

 『剣脚』という蹴り技があるという程度で、それがどういった仕組みの業かはわからないのだ。

 まぁ、俺も自分のタネをすべて明かしているわけじゃないから、お互い様っちゃそうなんだけど。

 こういうのは言ったもん勝ちな気がする。


「……ああもう。その通りですよ。俺の『剣脚』は、脚に鋼属性の魔力を通して硬度を上げる業です。……ついでに言いますが、姫様が鋼属性の魔術を使える理由も、なんとなく見当はついてます」


 頭を掻きながらそう言うデュランダル。コイツが鋼の魔力を持ち、その主であるシャルロット嬢も鋼の魔術を使うのであれば、そこに繋がりがあったとしてもおかしくないだろう。


「俺に脚技を教えてくれた師匠、姫様んとこの執事長なんですけどね?」


「シャルロット嬢ンとこって、つまり王室だろ? そこの執事長って、結構すごい人物な気がするんだけど……」


「ただのスケベジジイですよ……と、それはともかく、その糞ジジイ、鋼属性の使い手なワケでして」


 そこまで聞いて、俺は得心がいった。


「なるほど。その人から鋼の魔力について教わったと」


「十中八九、そうでしょう。流石に姫様といっても、自力で希少属性を身に着けるのは難しいってレベルじゃないんで」


 ただし、とデュランダルは言葉を加える。


「さっき、姫様が撃った石弾を蹴った感触は、以前と変わりなかったんですよね。なので、鋼属性を使えると言ってもまだ覚えたてなんだと。……たぶん、使えるとしてもせいぜい防御系の土魔術に混ぜ合わせるくらいで、攻撃に使用は無理なんじゃないですかね」


 それを聞いて俺は一安心をする。

 防御を強化されているだけでも厄介なのに、攻撃にも鋼魔術を使われるのはさらに面倒だ。

 地面から離れて威力が落ちるのは土魔術であって、鋼魔術はその限りじゃないからな。


「俺もそうだと思う。もし鋼魔術で攻撃できるとしても、今まで使ってこなかったのはその存在を隠すためなら納得できる。だが、お前の蹴りを防いだ後にまで鋼魔術を使わないメリットは少ないからな。もし使えるのなら最後に撃ってきた石槍は鉄槍になっていたはずだ」


 もちろん、警戒は怠らないように、と但し書きをつけて、“何故”デュランダルの攻撃が通らなかったかの話を終える。

 次は、“どうやって”攻撃を通すかの話だ。


「まぁ、火力については俺に期待しないでくれよ?」


 俺もこいつも、得意分野は脚であるのに、そのベクトルが違いすぎる。

 俺は、声に多少の申し訳なさを含めてそう言った。


「……大丈夫です。実際に蹴った感触、姫様の防御を貫ける業は――ありますから」


 対して、デュランダルの放つ言葉には、確かな自信が感じられる。例の、『剣脚』以上の業の事だろう。

 恐らくシャルロット嬢のことを最も知っているデュランダルが、先程実際にあの砂鉄防壁を蹴った上で下した決断だ。

 ならば、俺が言うことは特にない。

 決め手なく、逃げることしかできない俺は、ただただ、デュランダルがその業を放つ手はずを整えるだけだ。


 それは、信頼というにはお互いのことを信じていないのだけれど、しかし、お互いがやるべきことをなしてくれるという信用。

 仲間というにはどこか足りないのだが、お互いの目的を裏切らないという関係。

 いうなれば、共犯者だ。


「やってくれるな、デュランダル」


「アリエスの陽動によりますけどね」


「……それを確実にするために、これから作戦を詰めていくんだよ」


 シャルロット嬢が来る前に、もちろん、初めの奇襲が失敗したパターンの動きも考えていた。

 もともと、1回で成功するとも思っていなかったのだ。

 アリエスの攻撃で多少のダメージが与えられたとしても、倒すまでには至らず、向こうのペースに嵌ってしまった場合や、俺がシャルロット嬢の隙を作れなかった場合など、いくつか想定はあった。流石に『剣脚』が通らないほどの防壁は想定外だったが、それはともかく。


 罠や奇襲によるゲリラ戦術で、向こうが体勢を立て直す前にこちらが撤退するという方針に変わりはなく、それは今後も貫くつもりだ。

 ただ、その内容はもっと濃いものとなる。

 実力で劣る俺が、シャルロット嬢を、しっかりと引き受けなければならないのだ。


 火力が足りないならば脚力で。

 センスが足りないならば、経験で。

 能力が足らないならば、戦術で。


 デュランダルはお姫様の防壁を破るため。

 俺はシャルロット嬢の隙を作るために。

 俺たちは策を練り上げる。


 ――そして、二度の奇襲と撤退を繰り返し、シャルロット嬢を追い詰めるための布石を打ち終えた。


 これから、勝負を決めに行く。






 戦闘は、もちろん奇襲から入る。

 シャルロット嬢が歩くこの場所は、第三旧校舎一階。左右に教室を置く廊下だ。

 その片方の教室では授業が行われている。

 授業を行っている横で戦闘をして五月蠅くないのかと思うかもしれないが、実は問題なかったりする。

 というのも、この横でやっている授業は“魔術概論”であるため、その講師である魔術師が“防音魔術”を使用することにより、外のなんやかんやを気にせず授業をできるのである。

 まぁ、あれだ。この学園において騒動は日常茶飯事なので、その対策は完璧という話なのだ。

 その騒動の数割が俺の身内関係で申し訳ないと若干思っていたりもしなかったりするが。

 余談であるが、戦闘系の実践授業である場合、その騒動に自ら乗り込んでいって授業とすることがある。戦闘系のノリはマジでヤバい。


 そして、そのそばを歩くシャルロット嬢の足音が聞こえる。

 たん、たん、たん、という軽快な音が絶えず響き、木製の校舎に吸収されていく。

 こちらへと向かってくる音だ。


 そして、そのままこちらの思うままの場所に来ると思っていた時、不意にその音が止まる。

 まさか、奇襲がばれたかと思う答えはすぐに来た。


「ジル。…………庶民。そこにいるのですわよね。出てくるがいいですわ」


 俺の名前憶えていないな今畜生。

 ともかく、奇襲がばれた。

 数度の奇襲で、流石のシャルロット嬢も警戒するということを覚えたのだろう。もともと、野生のカンは鋭そうなお姫様だ。なんとなく、俺らが潜みそうな場所と、現れそうなタイミングがわかってきたということだと思う。 

 というか、この姫様の戦闘勘も半端ないのだが。

 ルサルカ先生直伝のゲリラ戦術を破るとは、流石と言うほかない。ルサルカ先生、後で反省会な。


 だが、俺も数度にわたる奇襲を提案したのだ。それによるリスクを考えていないはずがない。

 奇襲の場所とタイミングがばれているとしても、それを意に介さないほどの奇襲をすればいいのだ。


 一回目は、横と後ろ、時間差で襲った。二回目、三回目は教室の左右からだ。

 では、今回はどこからだろうか。

 左の教室は授業中であるから、右の教室からだろうか。それとも、天井裏から襲ってくるのだろうか。

 シャルロット嬢はそう考えるだろう。


 果たして。


「下から来たぜ、シャルロット嬢!」


 足元から迅雷を迸らせると同時、床板を跳ね上げて彼女の足元から躍り出る。

 その先にあったのは、魔力の篭められた右掌だ。


「そうくるかも、とは思っていましたわ。いつでも庶民は私を見上げる立場にいるのが当然ですものね。――褒めていますのよ?」


「サンクス。それでこそお姫様だな。――でもそのパンツは、黒のレースって結構派手すぎねえ?」


「――!? 『石弾』っ!!」


 シャルロット嬢の顔が赤くなったり紅くなったり朱くなったりした後、速攻で石の弾丸を撃ってきた。変人を絵にかいたようなお姫様も、パンツを見られたときの反応は十人並だということに、どこか微笑ましく思う。ソッコで魔術ぶっ放すのが普通かは置いておいて。


「けど、全然読みやすい軌道だ!」


 怒りのままに放たれた弾丸を躱すのは容易だ。俺の眼はリーシャ会長のお墨付きだぜ。


 斜めに撃ち込まれた石の弾丸は床板を貫き、先程まで俺がいた地面にあたる。

 その弾を放った本人は、感情の暴発と術後の硬直で動きが鈍い。

 定石ならば、俺がこの場で攻撃するのが正しいのだろうが、術者の混乱に関わらず砂鉄の嵐壁は相変わらずそこにある。

 それを破れぬ俺は、彼女から一旦距離を取り、バックステップで教室の扉付近へと退避する。


「うふ、うふふふふふふ。……わたくしの下着を盗み見るなんて、高くつきますわよ?」


 シャルロット嬢の眼が座り、不気味なオーラを立ち昇らせながら、俺は見つめられる。

 なんか、蛇に睨まれた蛙の気持ちがわかる気がする。


「地面に膝まずき、許しを請うのですわ!」


 奔流する感情によって生み出される魔力の暴圧を身に纏い、彼女は俺への殺気を滾らせる。

 殺気に当てられ震えそうになる体を抑え、俺は啖呵を切った。


「良いぜ、お姫様。ジャパニーズ土下座を見せてやる。――俺に勝てたらな!」






 シャルロット嬢の第一手は、速度を重視した一撃だった。


「《駆ける石撃》『迅礫はやつぶて


 同時、俺は腰をかがめる。

 短い詠唱から撃たれた一筋の軌跡は先程まで俺の頭があった位置を通り過ぎ、後ろの扉に突き刺さった。


「《穿ちの礫は――》」


 一息も経たず、紡がれる詠唱。俺はその隙に体勢を立て直し、狭い廊下を駈けはじめる。


「《――彼に追いすがる》『追石弾』」


 俺に向かい放たれる追尾の石弾。

 それは商業区画のと同じように面倒なものであるが。


「見切った!」


 幾方向から襲い掛かる石礫を、俺は紙一重で躱す。

 追尾のために旋回軌道をとった弾が廊下の壁に当たり、木々が割れる音が聞こえる。


「さぁ、とりあえずは凌いだ。……どうしたシャルロット嬢、俺はまだ業すら使ってねえぞ?」


 挑発した向こう、彼女はすでに詠唱を始めていた。


「《――追い駆ける》『駆礫かけつぶて


 一瞬、何も起こらない空白が生まれた。

 俺は前方――シャルロット嬢の方へと『迅雷』で走る。


「どうしてこちらに来ますの!?」


「そりゃ、避けるためだよ、っと」


 彼女の眼前、迎撃される前にもう一度『迅雷』で走り抜けた。

 振り向いた向こう、俺が先程までいた場所を幾筋の線が走るのが見える。


 それは先程俺が躱した石の弾丸だ。

 『駆礫』によって運動を与えられた石礫は空中で交叉し、その追尾能力のままに俺を追いかけようとして、シャルロット嬢が張る砂鉄の防壁に弾かれ、壁にめり込む。


 もしあれ、バックステップとかで避けてたら、多分やられてたかも。


「……どうして当たりませんの?」


 不機嫌オーラを増幅してそう言うシャルロット嬢。

 では、説明しよう。


「『追石弾』の追尾性は直角移動ではなく円形移動だ。その偏向には限界点というものが存在する。だからその限界ギリギリで躱した」


「そんなの理屈の上だけで実践するには様々な障害が……それに、初見の『駆礫』を完全に躱すなんてありえませんわ!」


「――言ったろ、見切ったって。俺には見えているんだよ、お前の未来の軌跡が!」


 俺は言った。

 出来るだけ彼女を挑発するように。

 彼女から理性と警戒を吹き飛ばすように。


 そしてシャルロット嬢は吠えた。


「ふざけるんじゃありませんわ! ――庶民、貴方はわたくしが“本気で”潰してあげますわ!!」


 さらに魔力濃度を濃くした彼女を見て、俺は息を一つ吐く。

 ――シャルロット嬢の言う通り、俺は十分にふざけている。


 もちろん、彼女の動きを見切ったなんて言うのは嘘だ。

 今の回避だって、内心ひやひやしながら避けていた。

 いくら俺の眼が良くたって、強大な美少女達に鍛えられているからって、この魔術師の攻撃を完全回避できるほどの地力はない。


 ならばと言うと、これこそが幾度もの奇襲の成果だ。

 彼女に奇襲がばれるというリスクを冒してまで行った理由は二つある。


 一つ目は、俺がシャルロット嬢相手の戦い方を覚えるためだ。

 数度の奇襲で、僅かながらに彼女の攻撃の癖や前兆を知ることが出来た。

 『駆礫』を避けられたのも、その予兆を感じた故だ。


 そして二つ目。彼女に対して、奇襲というものに警戒心を植え付けるのが目的だ。ある意味、本末転倒ともいえるが、ちゃんと理由はある。

 今現在、俺だけがシャルロット嬢と接敵している状態。では、デュランダルはどこにいるのかというと、当然、奇襲の機会をうかがっている。

 罠もふんだんに使って度重なる奇襲をしてきたのだ。シャルロット嬢も感じているだろう。――隙を見せたならばもう1人(デュランダル)が襲ってくると。


 それは危機感であり、危機感は対策を施す。

 つまり、シャルロット嬢は、常にデュランダルの奇襲に対応できる状態を保ちつつ、俺と戦っていたということだ。

 それが意識的にか、無意識でかは知らないが、当然、俺に全力を向けることは出来ない。結果として、彼女の強さは商業区画で俺を追い詰めた時よりも劣っていたのだ。


「《響き、轟く命の律動。鋭く、硬くあるのは敵を貫くために――》」


 けれど、彼女が言った通りここから先は“本気”だ。

 彼女の魔術の神髄が放たれる。

 俺がそれを避けられるかというのはわからない。

 だが。


「――ここが正念場だ!」


 叫ぶ。

 己を奮い立たせるために。

 俺の準部は整ったと知らせるために。


「《――穿つ石槍》『螺旋槍』」


 一本の石の槍が射出された。

 鋭い切っ先と抉るような螺旋は、見ただけでも破壊力に満ちていることがわかる。


「当たったら痛いだろうなぁ……当たったらの話だけど」


 追尾もなしの直線移動だ。斜め前に回避する。 

 抉られる風を感じながら、そのままシャルロット嬢へと突撃する。


「《――速く、猛く、しかしその身は崩れることなく――》」


 けれど彼女は強化された身体能力で後ろへと跳び、しかしそのまま詠唱は続けられる。


「《――走る石槍》『瞬激槍』《――大地は無限に広がりを見せ、その果てを知る者はいない》」


 次いで放たれたのも石の槍。

 しかしその速度は先程とは比べ物にならないほど速い。


「まっず……!」


 近距離で放たれたそれは『迅雷』でさえ避けられないと判断した俺は、咄嗟に『疾風』を纏い宙に飛ぶ。

 そのまま飛んできた石槍に足を置き、上に向かって跳ぼうとして――きりもみしながら地面にぶつけられた。


「――っが!?」


 その理由は1つ。撃たれた石槍――『瞬激槍』が螺旋回転をしていたからだ。

 しかし、螺旋の槍はその前の魔術――『螺旋槍』の筈だ。その特性が『瞬激槍』にもあるというのならば、それはつまり――。


「前に発動した魔術の特性を受け継ぐってことだよな」


 しかし、答えは返って来ず、その応えは絶えない詠唱だ。


「《――数多の石槍》『乱打槍』」


 詠唱から、恐らく多数の石槍が放たれるということはわかる。

 けれど、それだけではなく、『螺旋槍』の破壊力も『瞬激槍』の速さも備えているというのだろう。


 これ自体の存在はデュランダルから聞いていて知っていた。

 だから、石槍に足を乗せるときもわざわざ『疾風』を使ったのだが、想定以上のせん断力に足を持っていかれた。


「百聞は一見に如かずってまさにこのことだよなぁ」


 とりあえず、寝ていた体を起こしたと同時、廊下を埋め尽くす石槍が射出された。


「――『疾風』!」


 互いがかち合わないように段々になって直進する石槍。その間に存在する僅かな隙間に俺は身を滑らせる。

 空を切り裂くその槍に僅かでも触れれば、その威力と回転によって体をもっていかれ、一気に蹂躙されるだろう。

 俺を貫かず、床を貫いた石槍が足場を崩すが、突き刺さった槍を足場として俺はただ動く。


「見える、見えるぞぉ!」


 嘘です見えません。

 さすがに速すぎて反応が追い付かない。


 だが、どうやらこの石槍群は追尾性なしの直線機動のようだ。ならばどうやって俺を狙っているかというと、恐らくシャルロット嬢による制御だろう。

 だから、彼女の視線を見ることによって、何とか避けることが出来る。


 ――瞳が下から上へと動いたのを見て、足元の石槍を蹴って左へと跳ぶ。その後、右側に5つの石槍が縦に降り注いだ。

 そのまま壁に足をつけ、斜めに駆け上がるその後ろのラインを石槍が追って貫く。

 これ、治すの大変だろうなー、と思いながらシャルロット嬢の視線が全体を見渡すのを感じて、雨のように降ってくる石槍を、互いをぶつけ合わせながらなんとか空間を作って躱す。

 そして最後の一本が頬を掠め通り過ぎるのを横目で見た。


「《――大いなる大地の脈動は、悪鬼羅刹を己に還す》『地獄送槍』!」


 同時、彼女の詠唱が終わった。


「……こりゃ、地獄ってーのも大袈裟じゃねえな」


 廊下の床板の下。建物の土台である地面から、いくつもの石槍が現れた。

 しかしその姿はさっきまでのそれとは違い胴体部は曲線を描いており、石突の部分がフリーではなく地面に繋がっているのだ。

 まるで触手のように見えるそれの意味に俺は気づく。


「術者自体が地面に接触していなくても、地面からの力を直接魔術に送り込んでいるってことか……ホント厄介だな、おい」


「もう逃げられませんわ。大人しく蹂躙されるがいいですのよ」


「そこは降伏を促す場面じゃねえの?」


「なんでわたくしが?」


 本気で不思議そうな顔をしている。

 これはあれですね、俺、死亡確定かな?


 恐らく、先程までに加えて追尾性も持っていそうな石槍を見て、俺は結構絶望する。

 かなり本気を出してきているこの状況、彼女を倒すための条件は出そろい、後はタイミングだけなのだが――。


「あと少しがつらいー」


「ええ、すぐ楽になりますわ」


 それ死ぬ前に言われるセリフだよな、と思いながら、俺は後ろ向きに『迅雷』で走った。


 即座に動く石触手。

 ある程度距離をとったと思ったら、左右から2本ずつが俺に向かってその切っ先を向けて動く。


 『迅雷』は急には止まれない。このままなら串刺しコースだろう。


「仕方ない。本気の本気だぞ今畜生め!」


 俺は既に雷を帯びている脚に、さらに風を纏わせる。

 雷の迅さと風の疾さを重ね合わせた歩法――『疾風迅雷』だ。


「俺にここまで使わせるとは、流石だぜシャルロット嬢……! つーかアイツら、割と手加減してくれてたんだなぁ」


 俺の見立てではシャルロット嬢と美少女共の戦闘能力は大体同じくらいだ。『疾風迅雷』を使う機会なんて大人数で襲われた時に逃げるくらいだったから、彼女たちも本気じゃなかったということになる。

 ……そう言えば、彼女たちと戦闘したのは、大体が好意を抱かれてからだったな。


「そういう意味では、結構貴重な体験なのかもな、これ」


「何をブツブツと言っていますの?」


「お姫様に感謝をしているんだよ」


「なるほど、戦闘中でもわたくしへの経緯は損なわない。――良い姿勢ですわね。では大人しく貫かれなさい」


 うわーブレねー。

 なんて思いながら、速度の緩急と高速のサイドステップで石触手を躱す。

 さらに追加された十数の攻撃も回避しながら交代するが、その俺を追うためにシャルロット嬢も前進。

 結果、俺と彼女との距離は縮まらず、互いの位置は、俺が彼女を奇襲した場所まで戻る。


「っは! 余裕だぜ、お姫様!」


 当然、その言葉の裏ではものすごく疲弊している俺がいる。

 『疾風迅雷』は、肉体的にも精神的にもきつい業だ。多分もう1度使うことは出来ない――俺の切り札というわけだ。

 だが、そのカードを切った意味は出来た。


「このタイミングだ――」


 俺が呟くと同時、シャルロット嬢の横の扉が開き、一人の執事が現れた。

 俺はただひたすらその男のためにこの状況を演出し。

 彼女は俺に本気を出すことでその男の存在を脳裏から追い出した。


 俺らは、まったく意味の正反対な叫びをする。


「デュランダル!」 「ジル!」


 そして黒髪の執事――ジル・楼蘭・デュランダルは動いた。




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