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第10話 「機動魔術師 VS 逃走者」

 前世では“かくれんぼ”という遊びがある。

 障害物の多い場所と、人が二人以上いれば出来る遊びなので、たいていの人がやったことのあるものだと思う。

 さておき、俺が転生したこの世界でも似たような遊びがある。細部で異なる点はあるものの、鬼が隠れた人を見つけるものだという点には変わりない。

 前世ではかくれんぼをすることが出来なかった俺も、実家近くの村の子たちと、その遊びをした思い出がある。


 まさに人を食らう鬼の如く草の根掻き分けて隠れた人たちを探す鬼。

 そんな鬼の視線をかいくぐって物陰に隠れ、いつ見つかってしまうのかと心臓を鳴らす隠れ手達。

 1人、また1人と仲間が見つかっていき、そのたびに自分の残りの時間を計算し、自らの鼓動を速めるあの瞬間。

 鬼は鬼で、一人孤独と戦いながら全神経を集中させて隠れ得る場所全てを探していく。

 既に見つかった者は一か所に集められ、ただ鬼が残りの隠れ手を見つけるのを待ち、元仲間に対して早く見つかれと、裏切りにも似た感情を抱く。

 

 ――ああ。

 いくら時間をかけても最後の一人が見つからない。すでに見つけた友達からの催促の視線が突き刺さる。どこだよ、出て来いよ。お前は優越感に浸っているのかもしれないが、こっちは精神が狂いそうだ。くそ、どこだよ、早く見つかれよ――――!


 ――っと、昔を思い出して少しトリップしてしまった。

 それはさておき、かくれんぼの難易度は、捜査範囲の広さと複雑さに比例して難しくなっていく。

 そういう意味では、学園都市国家『ソフィア』は、かくれんぼにおいて、隠れる側がとても有利な場所であると言えるだろう。

 だからこそ、シャルロット・ヴァロワ=ポワソンにリーシャ会長が言い渡した、俺に勝利するという条件は、まず俺を見つけることから困難だと言える――はずなのだが。


「レイド・アリエスとやらはどこにいますの? ……このあたりのはずですわよね?」


 俺が今潜んでいる脇道。そこから覗ける大通りに、金髪縦ロールはいる。

 ――なんかすっげえデジャヴ!






 さて、なんで今回、絶対的アドバンテージを持つはずの俺がこんなに早く見つかったかという理由だが。

 先日同様、イリアスたちの仕業――というわけではない。

 上空は注意深く観察していたが、ストークされている痕跡はなかった。

 何より、彼女たちには俺の居場所をシャルロット嬢に教える理由がない。

 むしろ、俺が彼女に捕まったら何をされるかわからないので、積極的に邪魔をする立場だろう。どうやらリーシャ会長がそうさせないように生徒会執行部を動かしているようだが、それは別の話。ユエが拘束されるのは見ました。

 ならば、どうして俺の居場所がばれているかということだが――。


「あー、あー。こちら、“シャルロット・ヴァロワ=ポワソンVSレイド・アリエス”、定時放送です。実況は私、ミューズ・フェイスフル。解説は、『最強の生徒会長』リーシャ・エルスティンさんで御送りしています。現在、レイドさんは、学園都市国家『ソフィア』商業区画の南東、ちりめん問屋『赤ずきん』のあたりの裏路地を移動中。シャルロットさんはその付近の大通りを捜索中ですね。――いえ、レイドさんが移動を始めました。そのまま東に向かうようです――」


 このように、各地の通信塔からこんな放送が流れているから、俺の居場所が筒抜けなわけだ。救いは、シャルロット嬢の居場所も判明することだろうか。

 どうやって俺の居場所を察知しているかというと、学園長から提供された謎技術を使っているらしい。どうやら、『ソフィア』内にいる学生の動向がわかる魔術の類だそうだが、プライバシーの侵害にはならないのだろうか。


 そして、その放送の中では、シャルロット嬢が金髪縦ロールを揺らしながら捜索する映像をバックに、2人が話し合っている。


「すでに入学式も終わって1時間ほど経過していますが、お二人の決着がつくどころか、シャルロットさんがレイドさんを見つけてすらいませんね。リーシャ会長はどう思いますか?」


「レイド君は、特技:逃走、趣味:逃走、の様な男だからな。未だにシャルロット君が見つけられていないのも不思議ではないよ。実際、今も、レイド君が裏道や脇道を通っているのに対して、シャルロット君はほとんど大通りを通っているからね。――ただ、時間の問題だとは思うけれどね」


「と、いいますと?」


「今までの経過を見てもらえばわかるのだけれど、シャルロット君がレイド君に近づいてからレイド君が逃げる時間が、だんだん短くなっていっているんだ」


「なるほど――確かに、レイドさんの逃走がギリギリになってきていますね。慌てています。なんかこけそうですね」


「こけたらレイド君の萌ポイント高いのだけれどね。……どうしてこうなっているのかの説明の前に――ちょっと話をずらそうか」


 一息入れて。


「――レイド君が、私や、いろんな女の子から逃げ切っている話は知っているよね?」


「はい、それはもう。美少女共から言い寄られていながらそれを拒絶する頭のいかれた話ですよね。『最狂』の名にふさわしい、男性からも女性からも評価が低いと同時にむしろそんな事をするなんてマジハンパねえと一部では崇拝されているとかなんとか」


「ああ、確かにそれも事実ではあるけどね――レイド君を侮辱するなら容赦はしないよ?」


「ってヅラが言ってましたー」


 遠く、放送の奥から、えええ!? という声が聞こえた気がする。


「教頭は後でシメル。……と、そっちではなくて、レイド君が“逃げ切っている”という点に注目してほしいな」


「……なるほど。美少女ハーレムから逃げるというインパクトに気を取られていましたが、言われてみれば確かに、この学園でも上位の実力者たちから逃げ切るというのは凄いことですね」


「そう。では、どうやってレイド君が私たちから逃げられているかというと――大きく分けて、3つの理由がある。――磨き上げた脚力と、天性の戦術眼と、培われた経験だ」


 リーシャ会長が自信満々に解説する俺についての話。

 それについて、俺自身が全面的に同意する。


 そもそも、真正面から戦闘したら彼女たちに歯が立たない俺が、曲がりなりにも同等以上に立ち回れているのは、逃げることに特化しているからだ。 

 そのための脚力、そのための戦術、そのための経験だ。


「その中でも特筆すべきは経験だね。何度も何度も私たちの攻撃を受けた彼は、私たちの戦い方を誰よりも知っている。何度も何度もこの学園都市国家を逃げ回った彼は、この土地の走り方について誰よりも知っている。そう言ったアドバンテージが、着実に積み重ねられて、今の彼があると言ってもいいと思う」


 恐らく、彼女たちの戦闘能力と俺の戦闘能力を数値化したならば、その差は歴然だろうと思う。戦闘力2のゴミとまではいかないだろうけど。

 それでも彼女たちの攻撃が避けられるのは、彼女らが攻撃を放つタイミング、予備動作、呼吸、目線の動きなどから、どんな技を放つのか、どこに向かって、どれくらいの強さで放つのかを予測できるからだ。


 そして、初め、入学式で迷子になっていた俺は、もうこの学園内で迷うことはない。イズミは今でも迷子になることがあるようだが。

 そこにどんな店が、建物が、風景があるのかわかる。獣道や隠れデートスポットも知っている。

 だから、逃げるための最適な道を導き出せる。


 これらはつまり、言い換えるならば――。


「レイド君は、この場所における、私たちからの逃走に特化している。――逆に言うならば、学園都市国家『ソフィア』でなければ、戦う相手が私たちでなければ、逃走ではなく戦闘ならば――彼は、決して強くない」






 俺は今、商業区画の外周に沿って走っている。区画内にいるシャルロット嬢がこちらに来たらすぐ見つけられるような位置だ。

 足は止めず、周囲に向けている注意も途切らせずに、しかし“魔導放送”は聞き漏らさない。


「今、戦闘場所こそレイド君のホームグラウンドだが、シャルロット君は初めて戦う相手だ。レイド君自慢の脚力、戦術眼は、彼女の能力と相殺されているだろうから、レイド君が有利な点は土地勘しかない。だが――」


「なるほど。シャルロットさんが『ソフィア』の土地での戦闘に慣れるごとに、レイドさんが追い詰められていっているというわけですね。私、賢い!」


「……そういうことだね」


 あ、台詞を取られて拗ねている。

 ともかく、彼女たちの言う通り、俺は追い詰められている。

 今は、この放送によってシャルロット嬢の位置がわかるから何とか逃げられているが、それがなければすでに把捉されているだろう。いや、そもそもこの放送がなければ俺の位置がばれることはないのだが。


「……と、出てきたか」


 商業区画から出てくる彼女を発見。大通りから出てきて、きょろきょろと周囲を見回す彼女を確認した。

 俺はすかさず商業区画内に戻り、次、俺の位置が放送されるまでの間に、出来るだけ複雑な建物が多い場所――学園区画へと向かう。

 ――しかし、この短期間で商業区画を掌握しかけるか。

 追手は、想像以上に手ごわい。

 ……金髪縦ロールもやるもんだな。






「――さて、商業区画から学園区画に向かって走るレイドさん。今まで商業区画を中心に逃げてきた彼がこっちに逃げてくるのは初めてですね」


「これは、シャルロット君が商業区画に慣れてきたのを感じて、戦場を別の場所へと移動しようとする動きだろうね」


「なるほど。……一方のシャルロットさんは、先程まで庭園区画をうろうろとしていましたが、いきなり商業区画へ戻って、これは――猛スピードで学園区画へと移動していますが……」


「数分前のレイド君の位置情報を聞いて、レイド君が戦場を変えようという魂胆に気づいたんだろうね。それで、慣れてきた商業区画から抜け出される前に勝負を決めようとしているんだと思われるよ」


「それでこんなめっちゃ速く移動しているわけですか……って、これ、建物とかも関係なくまっすぐ移動しているように見えるのですが……あのお姫様、壁でも突き破って進んでいるんですかねー」


「いや、それをされると生徒会としても甚だ困るんだけどね!? ……確かにまっすぐ進んでいるけれど――別に地面を移動しているとは限らないだろう?」


「どうしたんですか、指を上に向けて? ――なるほど、カッコつけですね!」


「上だから、これ、上って意味だからね!?」


「はいはーい。つまり、建物の上を移動しているわけですか。……とんだアグレッシブなお姫様もいたもんですね」


「……うん、まぁ、リーンベル君とかも大概だとは思うけれども――そうだね、この動きは、彼女の戦闘スタイルを説明すれば分かってもらえると思う」


「シャルロットさんの戦闘スタイル……ですか。彼女はガリア王国の第二王女ですから、必然として魔術師だと思いますけど……あんな魔術師がいるんですか?」


「いる。剣士だって、軽装剣士や重鎧剣士、魔剣士なんかのバリエーションがあるのだから、魔術師にも様々な戦い方があって当然だろう? ――まぁ、“魔術を使える者”はそれなりにいても、“魔術師”事態の数は多くないからね。その中でも数の少ない“機動魔術師”は、知られていなくても不思議ではないだろう」


「機動魔術師――ですか。確かに聞き覚えのない単語ですが、シャルロットさんがそうだと?」


「ああ。彼女の動きを見る限り、その可能性が高いと考えるよ。――魔術師としては高水準の身体能力。詠唱の短い魔術を好んで使う魔術運び。どれも機動魔術師の特徴だ」


「――基本的に、魔術師とは、じっと動かないで魔術を練り上げ、高火力長詠唱の魔術をぶち込むものだと記憶していますが」


「確かに、そういう魔術師が多いよね。けれど、機動魔術師はその真逆を行く。――常に身体強化魔術を自身に掛け、決して一か所にとどまらない動き。短詠唱の魔術を組み合わせて、着実に相手を追い詰めていく攻撃。そして、補助魔術を巧みに使い、戦いの流れを二転三転させる変則的な試合運び。――それが、機動魔術師だ」


「説明、ありがとうございました。――それでは、彼女がレイドさんに追いついた場合、どうなるとお考えですか?」


「先程、レイド君は決して強くない、と言ったけれど、逆に、彼も決して弱くはないんだ。彼は眼が良くてね――私たちの攻撃で鍛えられているから、生半可な攻撃は避けてしまうんだよ。――当たらないのなら、負けない。彼の模擬戦記録を見れば、多分、中の上から上の下位はいっているんじゃないかな?」


「つまり、善戦するだろうと?」


「――けれど、シャルロット君はそれ以上に強い。この学園の上位陣に匹敵するだろうね。勿論、私には勝てないだろうけど。レイド君自身に機動魔術師との戦闘経験がないことも相まって――レイド君とシャルロット君が戦闘したら、“逃走者”が“機動魔術師”と戦ったら……レイド君は、勝てないだろうね」






 上空から降り注ぐ飛礫をギリギリで避けた俺は、隆起した地面に不安定な着地を決め、絶えず動き回る金色を視界に捉える。

 攻撃という選択肢はない。武器がない状態で、あの砂嵐の防壁を破る方法は俺にはない。

 彼女を突破して逃げることだけを考え、俺は頭をフル回転させていた。


「ふふ。今のを避けますのね。攻撃してこないとはいえ、なかなかに楽しめる相手ですわね」


「そりゃどうも。お姫さんのお眼鏡にかなって光栄ですぜ。――まぁ、これ以上姫枠はいらないけど」


 学園区画を目前として、シャルロット嬢に見つかったのが数分前だ。

 翻弄させるために複雑な道順で移動したのが裏目に出た。余計に時間を掛けたくせに一瞬で見つかった。誰が建物の上を移動すると考えるのか。石柱に乗って空中を飛んで来るのは反則です。


「では、これはいかがですの? 《穿ちの礫は彼に追いすがる》『追石弾』!」


 放たれたそれは、石の追尾弾。ご丁寧に螺旋回転で打ち出されている。移動しながら放たれたそれは計5つ。走り出す俺を、時間差で追ってきた。


「レヴィナさんがもっとエグイのぶち込んできたことあるからモーマンタイ!」


 追尾式の雷を打ち出しまくる雲を召喚しやがった時には、流石の俺も死を覚悟しました。頑張って避けた俺に向かってレヴィナさんが言った、モルモットありがとう、という言葉は決して忘れない。


 と、トラウマを若干思い出しながら、石の弾丸を避けていく。シビアなタイミングで切り返しを行いながら、石弾同士を潰し合わせていく。最後、1個だけ残った石弾については、上から下へと俺に向かう動きに誘導して、地面に当てて砕かせた。


「あら、見事に避けきったようですが――油断は禁物ですのよ?」


 直後、俺の周囲の地面が突然流砂に変わる。

 俺が避けている間に詠唱を完成させていたのだろう。

 だが――、


「いくらなんでも早いだろ!?」


「当然ですわ。わたくしですもの」


「やばい、話が通じてない気がする!」


「大丈夫ですわ。全く問題ありませんの」


「俺には問題ありまくりだ!」


 漫才やってる場合じゃない。

 一部とはいえ地形を変化させる魔術の詠唱が早すぎるのは気になるが……どうやら、それどころじゃないようだ。

 不安定な足場に不安を抱きながら俺は見た。


「《石の杭が乱れ落ちる》『乱れ杭』」


 いくつもの石杭が俺の頭上に現れ、落ちてくる。

 大きさは様々であるが、俺に直撃したならば一溜まりもないことに変わりはない。

 すぐさま避けようと、足に力を込めるが――しかし、ずるりと滑りかける。

 やはり、流砂の影響で、十分な動きは出来なさそうだ。


「――――、ふぅ――」


 呼吸を整え、姿勢を正し、脚に力を込める。

 全身を巡る気力を脚に集中させ、そこに、風の魔力を混ぜ合わせる。

 そして、足の下、不安定な流砂に踏み込む瞬間、脚に気力を通し、解放させた。


「――ふっ!」


 風を纏った足を動かし、俺は、乱れ落ちる石杭の間を通り抜ける。


 ――歩法『疾風』。

 足に風の気力を纏い、吹き荒ぶ風のように、速く、障害を避けながら移動する業だ。

 走り、止まり、曲がり、また走る。

 それはさながら、疾風の如く――。


「避けきったぁ!」


 十数の石杭から避けきった俺は、一瞬安堵し――それがいけなかった。


「流石わたくし、これで決まりですわね――!」


 死角から聞こえた声は先程まで遠くで呪文詠唱していた魔術師のもの。

 それがすぐ傍から聞こえるということは。


「今の数瞬でここまで移動したのか!?」


「当然ですわ。わたくしですもの」


 先程と同じ返答。

 違うのは、俺に打撃が撃ち込まれているということ。


「うっ、ぐ――!」


 デフォルトの身体強化に加え、恐らく、腕に強化魔術を重ね掛けしたと思われるほどの威力。

 とっさに腕で防御したものの、殺せたのはその威力の幾分のみかだ。

 通った力は、俺の体にダメージを与え、その威力の反動で俺は吹き飛ばされた。

 荒れた地面を転がりながら、しかし、壁に激突する前に何とか止まった。


「魔術師が体術を使うかよ……」


「ほかの魔術師の方は知りませんが、わたくしは特別で天才ですの。貴方の敗因は、わたくしという存在を常識でとらえたことですわね――まぁ、庶民ごときにわたくしの優雅さを理解できるとは思いませんが」


「おい、俺は貴族だぞ、一応」


「見栄を張っても仕方のないことですのよ?」


「オイ」


 ……よし、まだ軽口を言える程度の体力はあるか。

 地面にうつ伏せの状態で、しかし脚にだけは力を込める。


 ……次は俺の攻撃ターンだ、そう思い、踏み込もうと――しかし。

 まだ、彼女の攻撃は終わっていなかった。


「《穿つ石杭の群れは彼に落ちる》『追石杭』」


 その術によって生み出される数十の石杭は、俺の頭上だ。

 うつ伏せの状態で、螺旋回転をするそれを見れば、杭の切っ先が全て、俺に向いている。

 さっきの攻撃を、追尾付加で――。


 避けられるだろうか。

 いつもなら、彼女たちの攻撃なら、避けられる。

 何度も何度も食らってきた彼女たちの攻撃ならば、避けられるレベルの魔術だ。


 けれど、目の前にいるのは彼女たちではなく。目の前の攻撃も、始めて見る攻撃だ。

 普通に避けようとしたのでは、恐らく、途中で捌き切れずに直撃を食らうだろう。

 『疾風』を使って、ギリギリか。


 頭上。出現した直後、初速度が加えられて勢い良く落ちてくる石杭との距離を測る。

 石杭が落ちて来る範囲から抜け出せればいいのだが、そこまで移動する猶予はないようだ。

 『疾風』とは別に、直線を高速で移動する歩法もあるが――使えない。

 あの金髪縦ロールが遭遇直後にぶっ放した地割れの魔術でここら一体の地面が隆起しているせいで、その歩法の制御がきかずに、十中八九こけて死ぬ。

 石杭群が落ちて来る、俺を中心とした狭い範囲の中で避けるしかないということだ。


 やれるだろうか。

 やるしかない。

 やるか。


「ふっざけんなよ、金髪縦ロール――――!」


 うつ伏せの状態から、腕で体を跳ね上げ、膝を曲げ、腰を落とし、両手両足を着いて、上を見据える。

 脚に疾風を纏った俺は、迫りくる石杭の間をすり抜ける。


 一本目は真上から。追尾対策のため、限界まで引きつけてから紙一重で躱す。頬に掠って血が一筋流れた。

 二本目はその避けた先に向かって斜めから抉るように来た。体の軸を石杭と平行にして、螺旋回転に沿うように避ける。軽く当てた掌の皮が剥けた。

 三本目と四本目は、前と後ろからだ。視界に映る方に気を取られて死角に入った方の対応が遅れた。体を半身ずらし、両の石杭を互いにぶつける。しかしその衝撃で体勢が崩れた。

 そこに来たのが五本目だ。カーブを描きながら迫るそれを、出来る限り体勢を立て直すため、眼面に切っ先が突き刺さる寸前で、下を潜り抜けて避ける。肩の肉を一部、抉られた。

 そして、残りの石杭も、地面に突き刺さった石柱を障害物として、避け続ける。


 ――最後の一本が地面を抉った時、俺は、体中に傷を負いながらも、立っていた。

 その傷も、主に腕や上半身だ。走る脚に問題はない。


「どうだよ、お姫様?」


 乱立する石柱の中、俺は問いかける。

 それは、なんとなく俺を見下している彼女への対抗心だ。

 そして、先程まで聞こえていた“魔導放送”で、リーシャ会長が言っていた、“俺が決して強くない”という言葉への対抗心でもある。

 “機動魔術師”とかいう、初めて戦う相手でも、俺は十分に闘えるのだという――そんな思いだ。


 口角を上げ、砂塵の向こうに見える金色を睨みつける。


 術者を守るように回転する砂嵐の向こう。

 豪奢な衣装に身を包み、華麗に巻かれた金髪縦ロールが動きの慣性によって宙を舞う。

 身体強化魔術の淡い光を纏った少女は――笑っていた。


「《――い、爆ぜる》『石爆』」


「――な!?」


 紡がれる詠唱は、内容を推察する限り、爆撃系の魔術のようだ。

 戦術的観点と、『石爆』という名称から察するに、俺の周りにある石杭を爆破させるのであろう。

 対応が間に合わない。周囲の石杭が障害となって爆破の前までに逃げることは不可能だ。俺は紙装甲だから、受け切るという選択肢も存在しない。

 ……完璧にしてやられた。


 そもそも、詠唱が短すぎるのだ。

 今までの詠唱も短かったが、今回のはそれ以上だ。

 広範囲爆撃魔術をたった5文字で発動させるなんて、聞いたことがない。

 ……さすがの俺も、逃げ切れない。たとえ切り札を切ったとしても、無理だろうな。


 絶体絶命。万事休すだ。

 そんな俺に対して、向こう、お姫様が何やら言っている。


「『追石杭』を避け切るとは、なかなかに楽しめましたわ。褒めてあげましょう。――ですが、このわたくしの華麗なる“連携魔術”には敵いませんですのね。……いえ、それも当然ですわ。わたくしが負けることなど――いいえ、わたくしの思い通りにならないことなどありませんもの」


 むしろ聞いていて清々しくなるほどの高慢姫っぷり。リーンベルは特にそういうことないんだけど、どっちが普通なのだろうか。

 こういう奴はこういう奴で面白いとは思う。

 ……見た目に反してかなり強いけどなー。


 今の状況。

 逃げる場所もなく、広範囲の魔術が発動する直前。

 彼女の魔術に惑わされ、俺の勝ち筋が封じられている――。


 これは、勝てないだろう。

 というか、そもそも負けたって問題はないのだ。

 俺にデメリットはないし、負けて困るのはリーシャ会長だ。

 そのリーシャ会長にしても、彼女が負けるところは想像が出来ないから、多分問題ないだろう。

 だから、ここでギブアップしても一切構わないのだが。


 ――だが、負けるのは悔しい。

 幾度となく負けてきた俺が言うのもなんだが――やはり、負けたくない。


「負けて、たまるかよ――――!!」


 俺の叫び。

 誰が聞いているかも知らぬ叫び。

 どんな意味があるかもわからぬ叫び。


 ――それを聞き、意味をもたらす奴がいるのだろうか。


「――――」


 いた。


「――ふぅ。ようやく見つけましたよ、姫様。アンタ何やってるんですか……」


 石柱群が爆発する寸前、一人の男が、俺を爆発から助けてくれた。

 俺を抱えたその男は、燕尾服を着て、白い手袋をつけた、黒髪の――執事だった。


「それはこっちのセリフですわ、ジル。貴方、わたくしの執事のくせして、傍にいないならまだしも、せっかくの戦闘を邪魔するとはどういった了見ですの?」


「傍にいないのは姫様が勝手に突っ走っていったからで、戦闘の邪魔をするのは彼に危害が及びそうになったからですよ」


「執事が主の傍を離れないのは当然ですわ。――それに、むしろ彼は、わたくしと戦えて光栄ですのよ?」


 何やら言い合っているようだが、まったく話が読めん。

 このまま担がれているのもなんかアレなので、ちょいと文句を言ってみる。


「おい、俺をほっぽって話をしないでほしいのだが……」


 ジルと呼ばれた執事が、一瞬めんどくさそうな顔を俺に向け、次に笑顔で言ってきた。


「ああ、すみません、アリエス様」


「おい、今の顔――」


「そうですね――ここで話すのも都合が悪いでしょうし、アリエス様も怪我をしているみたいですから、一回体勢を立て直しますか」


 無視してきたよオイ。


「逃げるんですの、ジル!」


「戦略的撤退ですよ、姫様」


 そう言って彼が一歩を踏み出すと、地面が闇に染まった。

 二歩目で、体全体が闇に包まれる。


「なあ、逃げるんならいい場所を知っているんだが……」


 どうやら、逃げるための何らかの術の様なので、俺は彼に、とある場所について耳打ちする。

 それは、俺が学園区画に逃げて向かおうとした場所だ。


「……なるほど、わかりました」


 闇の中、表情の見えない彼に俺は追加で言った。


「……君が来なきゃ負けてた。助かった、ありがとう」


 すると、どことなく驚いたような声色で。


「いえいえ、俺も打算有りで動いてましたから――」


「そっか」


「そうです」


 ――そして、闇が晴れた時、俺は学園区画、第3旧校舎の中にいた。


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