第4話『特訓』
-2527年4月20日‐AGF極東支部第5階層‐西訓練場‐
初陣からおよそ3週間が経った。
あの日から、紬は訓練漬けの日々を送っていた。
「はあっ…。はあっ…。」
苦悶の表情を浮かべながら必死にヴィトレイヤーを操っている。
「足が止まってきたぞ!」
そんな彼の教官は、茅葺・N・ユウイチ。
彼は今、紬に向けてマシンガンを乱射していた。
「足を止めるな、止めたら死ぬだけだ!」
ユウイチの放つ弾は紬を正確に狙い、足を止める余裕を持たせない。
「神の攻撃はこんなもんじゃないぞ。これくらい鼻唄混じりで避けれるようになれ。」
「は、はいっ!」
「生きて帰るのは俺たちに与えられた至上命令だ。被弾しないための訓練は最重要だぞ。」
これは毎日聞いている。
ここ3週間は来る日も来る日もユウイチの攻撃を避けさせられる毎日だ。
最初はペイント弾入りのピストルだった。
そこから徐々に武器が変化していき、攻撃は苛烈になっていった。
そんな日々の中で、紬は着実に成長していた。
「おおおっ!!」
螺旋状の軌道を描いて上昇し、弾幕から逃れる。
そして、ユウイチにビームライフルを向けて引き金を引く。
「おっと」
だが、ユウイチは慌てた様子もなく、ブースターをふかして紬の反撃を避ける。
「そろそろマシンガンは読まれるか…。」
それなら…。と呟いて、ユウイチはマシンガンを放り投げる。
「『I - forge system』起動。」
ユウイチの手元に光の球が集まってくる。
「創造」
光が消えたとき、手元には大型のビーム砲が。
――ユリアⅢ型-NC
ユウイチ専用にカスタマイズされたユリアⅢ型である。
ユウイチの持つ特殊適性[f]を強化するためのシステム『I - forge system』をすべての枠を使って搭載している。
fは、イマジネーションによって武器を作り出すことができるというものだ。
造り出される幅の広い武器の数々によって状況によらず活躍できる万能機だ。
「避けてみろ!」
まばゆい光とともに直径2mはあろうかというビームが、ビームライフルを構えたままの紬に向かう。
「っ!!」
―横に避けるか?いや…。
紬は、斜め前に向けて加速する。
そして、肩部と腰部にあるシールドをすべて前面に移動させる。
紬とビームの距離はグングンと縮まり、轟音とともにビームによってシールドが消滅した。
――しかし、紬は動じない。
「もらったっ!!」
ビームに沿うように紬はぐんぐんと加速する。
「おおおっ!!」
手に持った剣でその勢いのまま突きにいく。
「『高貴なる威圧』」
ピタッと紬の体が自分の意思に反して静止する。
「な、なにが…。」
「紬…。剣突き刺すのはいくらなんでもあぶねぇよ…。」
―さっきまでビーム乱射してたユウイチさんに言われたくありません!
心の中でそう叫びながら、紬はユウイチの方を見る。
すると、ユウイチのヴィトレイヤーが、薄緑に発光している。
「幻影解放…。」
ユウイチの幻影解放、『高貴なる威圧』は、自分に敵対しているものの動きを一時的に止めるというものだ。
「うし、まあお前もだいぶ成長したな。神とはさておき、ヒトとだったら余裕で戦えるだろ。」
「はいっ! ありがとうございました!」
「まあ、あとは実戦で学ぶってこったな。さてと…。帰るか。フェリスティナー!」
ユウイチが呼びかけると、いつものごとく、回線にフェリスティナが割り込んでくる。
「ふぇっ!? およびですか?」
「帰るのめんどいから指令室まで転送してくれ。」
「わかりましたぁ!」
「えっ!?そんなんありなんですか!?」
―いままで自力で帰ってたのはなんだったんだ!?
そう思った瞬間には、紬の体は光に包まれていた。
‐同日‐AGF極東支部第5階層‐中央指令室‐
「紬君、お疲れ様。」
目を開けると、目の前に燐が立っていた。
「うわっ!?ありがとうございます!」
「『うわっ!?』とは失礼な…。」
紬の反応に、燐は少し拗ねたような顔をする。
「まあいい…。かなり成長したな、紬君。これで安心して戦場に出せる。」
「まだまだ自信はないですが…。」
燐と紬が話していると、頭をボリボリと掻きながらユウイチが近づいてきた。
「隊長さん、ちょっとこいつ借りてっていいか?」
「む、別に構わんが…。お前が積極的に誰かとどこかに行こうとするとは…。珍しいな。」
「まあ可愛い教え子ってことでひとつ…。」
そういうと、ユウイチは指令室の扉の方へ歩き出す。
どうすればいいかわからず立っていると、ユウイチはチラッと紬の方を見る。
「ついてこい。」
「あっ、はいっ!」
慌ててユウイチのあとを追った。
‐同日‐AGF極東支部第3階層‐階層移動エレベータ前‐
「ここが、第3階層…?」
「紬は来るの初めてか?」
「はい」
「そうか。お前はこの建物がなにか知っているか?」
ユウイチは、目の前に広がるたくさんの建物を指し示して問いかける。
「確か、食品生産プラントですよね?」
「ああ、そうだ。」
そう言うと、煙草に火をつけてくわえながら話し出す。
「あの中では野菜はもちろん、食用の家畜が人工的に作り上げられ、収穫されていま俺たちは食いつないでいる…。」
『ふぅー…。』と煙を吐き出してボソッと呟く。
「命を創り、薬で育て、すぐに殺す。人間は何様のつもりなんだろうな…。」
紬は少しその横顔を見つめ、考えたあとにプラントの方を向いて言う。
「神様にでもなったつもりなんですかね…。」
ユウイチは、そう言った紬の方を虚を突かれたような顔をしてみると、すぐに笑い始めた。
「はははははっ! 確かに、そうかもしれんな!」
しばらく大笑いして、落ち着くためにか再び煙草をくわえて紬の方を見る。
「お前をこの階層に連れてきたのはこれを見せたかったからじゃない。他に見せたいものがあるんだ。」
「見せたいもの…ですか?」
「ああ、まあついてこればわかる。」
そう言って、ユウイチはプラントの間を縫うように、第3階層の端の方へと進んでいく。
「あの、ユウイチさん…。」
「着いたぞ。」
「え?」
確かにプラントの列が目の前で終わっており、少し開けた場所があった。
「うーい、ロベルトいるかー?」
そう言いながらそこに入っていくユウイチ。
紬もそのあとに続いていくと、
何かの資料でみた、かつての地上にあったという「畑」の姿があった。
様々な植物の葉が生き生きと繁り、揺れている。
「おい、ユウイチ。煙草吸いながら入ってくるな。」
「おっと、すまんすまん。」
「ったく…。」
そこで、ロベルトが紬に気づく。
「新人か…。」
「こ、こんにちは!」
紬が挨拶をすると、ユウイチがニヤニヤと笑いながらロベルトに言う。
「なあなあ、こいつにちゃんと土で育てた無添加の野菜ってやつを食わせてやれよ。」
「それで連れてきたのか…。だがまあ別に構わん。こっちへこい。」
手招きされ、紬はロベルトの方へ行く。
「お前は、野菜がこうやって育てられていたことを知っているか?」
「はい。記憶がないので本物を見たのは初めてですが、資料で読んだことはあります。」
「そうか。」
そう言って、近くにあったトマトをひとつもぎ取る。
それは、光を反射して宝石のように輝いていた。
「本来、食べ物を食べるためには我々人間もそれを育てるのに必要な労力を払い、丹精をこめて作り、その命を頂いていた。だが、ここでは家畜も野菜もすべて薬品漬けのようなものだ。」
まわりの畑を見回し、ロベルトは続ける。
「地上で行われていた営みを無くさないためにも、俺はこうやって畑を耕し、作物を作っている。」
ポーンっと手にあったトマトを紬に向けて放り投げる。
「わわっ!?」
パシッとキャッチして、ロベルトの顔を見る。
「食ってみろ。」
「いただきます。」
恐る恐る一口かじると、トマトの瑞々しさや野菜の甘さ、酸っぱさがジュワッと紬の口一杯に広がる。
いままでに食べたどんな野菜よりも美味しかった。
「…おいしい。」
「そうだろう。だが、それが本来の野菜というものだ。」
そう言うと、手に持っていた鍬を地面につき、少し上を見る。
その表情は、どこか物憂げだ。
「地上で人間が再び営みをする日は来るのだろうか…。」
紬が何かを言おうか迷って口を開いたり閉じたりしていると、ロベルトの後ろにユウイチが立っていた。
そして手を振り上げると、パシーンッとロベルトの頭を叩く。
「いてえな!」
「なーにしみったれてんだよ。そんなこと考えるくらいなら作業しようぜ。俺らも手伝うし。なあ紬!」
「え? あ、はいっ!」
そう言うユウイチをじっと見て、ロベルトは少し微笑む。
「素人は草でもむしってろ!」
そう言うと、鍬を持って地面を耕し出した。
ユウイチは少し肩をすくめると、紬を見る。
「だってさ、やるか。」
「はいっ!」
しばし、黙々と草むしりをする。
――気がつくと、辺りは薄暗くなっていた。
「ふたりとも、今日は終わりだ。」
ロベルトの号令で農作業は終わり、ふたりは再び階層移動エレベータの前に戻ってきていた。
「ふう、やっぱ農作業は心が無になるからいいねえ…。」
「初めてで楽しかったです。」
「そうかそうか、俺はたまに手伝ってたんだが、お前もこれから手伝ってやってくれ。」
「はいっ!」
そこで、ユウイチが少し考え込むようにする。
「紬ー、お前麻雀打てるか? 俺、好きなんだがなかなか打つ相手がいなくてな…。」
その唐突な質問に少し戸惑いつつも答える。
「ええ、一応…。」
「そうか! なら今から第2階層の雀荘に打ちにいかねえか?」
「いいですよ?」
その答えを聞き、ユウイチは今までで一番の笑顔を浮かべる。
「そうか! じゃあ…」
その時――
『時藤咲から守護隊の皆様へ! ヒト接近中です! 近年最大規模です! 至急指令室に集合してください!』
咲からの通信が入り、ユウイチは心底残念そうな顔をして舌打ちをする。
「チッ、タイミングわりいよ…。行くぞ紬!」
「は、はいっ!」
「終わったら麻雀な!」
「はいっ!」
ふたりは階層エレベータに乗り込み、指令室へ向かった。