第3話『幻影解放(イマジネーション・ブースト)』
白く輝いていた視界が徐々にはっきりしてくる。
「おお…。」
戦闘をの前ではあるが、紬は思わず感嘆の声をあげる。
彼の記憶の大部分を占めているのはアンダーフォートで過ごした記憶。
果てのある狭い世界。
しかし、いま彼の目の前に広がっているのは果てのない広い世界。
地面は緑に覆われ、青い空を鳥などの野生生物が飛び、太陽が輝いている。
「すごい…。」
思わず目を奪われた紬を見て、燐が声をかけてくる。
「我らはこれを取り戻すために戦っているのだ。」
「負けられませんね…。」
しばし景色に見とれていると、ロベルトが声を出す。
「来たぞ。」
その声と同時に目の前に表示されているレーダーに赤い丸が大量に映る。
レーダーの示す方角をバッと見ると、確かに黒い点が徐々に近づいてきている。
ヴィトレイヤーの機能で視力が向上している紬には、その黒い点がどのような姿をしているかはっきりと見えた。
「あれが…ヒト?」
巨大な盾から西洋の兜のみを覗かせたようなもの、身の丈程の剣を持ったもの、大きな弓を持ったものも見えた。
「見えたか、紬くん。あれが番人型、剣士型、射手型のヒトだ。もっとも多くやりあうことになるヒトでもある。」
そう言われて再びヒトの方を見るも、顔を全て覆うような兜をかぶっておりその表情はうかがい知れない。
「表情がよくわかんないな…。」
「難しいこと考えちゃダメだよ新人君!」
レイが声をかけてくる。
「あいつらは敵だよ! 難しいこと考えずに倒しちゃえばオッケー!」
「そんなもんですか…。」
「ああ、そんなもんだ。」
レイの代わりに燐が応える。
「さて、そろそろ宣戦布告とするか。フェー!」
「ふぇい!」
「作戦に参加している部隊に通信を頼む。」
「どうぞっ!」
フェリスティナによる通信で、地上にいる部隊すべてに通信が来る。
「全軍に告ぐ。今から我らが攻撃を仕掛ける。それを合図にして戦闘を開始しろ。誰も欠けることなくこの戦いを終われることを祈っている。」
通信が切れると、スーっとロベルトが燐の横に進み出る。
「俺が崩せばいいんだな?」
「ああ、頼む。」
短いやり取りの後にロベルトは更に前へ、自軍の誰よりも前に出る。
彼の手には身の丈程の長さがある斧が二双。
それをそれぞれ両方の手に持っている。
そして彼のヴィトレイヤーの装甲は、まるで古代西洋の闘技場で戦っていた武人のような…。
――厳島・A・ロベルト専用機『T-AX』
耐久性の高い全身装甲と、巨大な双斧が特徴的な機体だ。
飛び道具を持っていないが、その斧の一撃は銃弾をも容易く弾く番人型の盾すらも砕く。
極東支部屈指の前衛機であり、常に最前線でその斧を振るっている。
「いくぞ…。」
ロベルトは、ゆっくりと息を吸いつつ手を大きく横に広げる。
「見ておけ、紬くん。」
燐が紬の横に来て呟く。
「あれが我らが神と戦うための最大の武器、ヴィトレイヤーの力。その極地だ。」
そう言われ、紬は燐に向けていた目をロベルトの方に戻すと、
その両手の先に、ビルのような大きさの巨大な斧が輝きながら浮いていた。
「あれはいったい…。」
紬は、ロベルトの構える巨大な斧を驚いたように見つめる。
「ヴィトレイヤーを操縦する者が、一定の能力をもっていると使えるものだ。多くは特殊適正を持つものがあの力に目覚める場合が多い。我らはあれを、幻影解放と呼んでいる。」
――幻影解放
ヴィトレイヤーの機能、人間の想像や感情を力に変換すること。
それを最大出力で行い、大規模な現実への干渉をする。
その必要とする力の大きさから、想像をより早くより具体的にするために、自分の幻影解放に名前をつけている者も多い。
どのようなものになるかはは操縦者ごとに異なるが、その力は人類がヒトや神と戦う上での切り札となっている。
「おおおっ!!」
雄叫びと共に、両腕をを後ろにグッと引き、力を溜めるようにする。
「道を拓くっ! 我らが進む道をっ! 『開拓する双斧』!!」
そう叫んだ瞬間、後ろに引いていた手を思い切り振り切る。
その動きに同調し、巨大な双斧が投擲される。
その質量の物では到底考えられないような速度で回転しながら進む双斧は、接近してきたヒトの陣に突っ込む。
斧に触れた瞬間ヒトの体は裂け、虫のように地面に落下していく。
双斧が通った所にヒトはなく、文字通り引き裂かれたようだった。
「おお…。」
その威力に紬が驚愕していると、レイが叫ぶ。
「新人くん! 来るよ!!」
レイの声にビクッと反応すると、攻撃されたヒトたちが、その動きを変化させていた。
チカッと瞬いたと思った瞬間、ヒトの方から光の矢が大量に放たれた。
「陸偵隊、空偵隊は射撃を開始しろ!私とロベルトは敵陣に切り込む!!レイと紬くんは後方援護!」
燐が全軍に指示をしつつ、グンッと加速して敵の方へ突っ込んでいく。
味方と敵の弾を全て避けつつ、赤い光を尾のように引きつつ飛ぶ。
そして番人型に肉薄すると、二本の剣を装備し一振りで切り捨てる。
――飛龍
愛染・S・燐専用機である。
その特徴は、極限まで上げた機動性と操縦への反応速度だ。
装備している武器は二本の剣のみ。
赤い鎧を模した姿をしており、かつての武士を思わせる。
空を赤い光を引きながら飛び敵を斬り伏せる姿は、極東の象徴だ。
「おおおっ!!」
ジグザグと動きながらヒトを次々と斬り伏せる燐と、敵陣の目の前で近寄ってくる敵を叩き伏せるロベルト。
ふたりが戦場を支配する。
空偵と陸偵の作り出す弾幕も、光の矢や進もうとするヒトを阻んでいる。
「来たっ!」
しかし、弾幕をかいくぐった剣士型のヒトが紬たちのもとに迫る。
―やるしかない…。
ライフルを構え、迫るヒトに狙いを定めると、息を止めて引き金を引き絞る。
紬のライフルから放たれたビーム弾はヒトの胸部に吸い込まれ、貫く。
「やった!」
初の戦果に、思わず喜びの声を上げると、レイから叱責の声が飛ぶ。
「油断しちゃダメだよ! 後ろから2体、上下方向からそれぞれ3体ずつ!」
慌ててレーダーを確認すると、確かに反応があった。
「おおおっ!!」
機体を後方に向けて、ライフルを放つ。
放った2発はヒトを貫いたが、まだ上下からヒトは迫る。
「いいセンスだね新人くん!」
レイがスッと紬に近づいてくる。
「あとは任せて!」
胸の前で手をグッとクロスする。
―武器は…?
レイの手には何も武器がなく、それを紬が疑問に思った瞬間、
「やああああっ!」
レイの周りの『空間』からレーザーが四方八方に放たれた。
「なっ!?」
迫るヒト全てを貫き、レイはレーザーを止める。
「どーだっ!」
――七瀬・M・レイ
極東支部守護隊の中距離支援を担当している。
光線系のイマジネーションに秀でており、自分の周りの空間からレーザーを放つことができる。
機体はユリアⅢ型-MR。
レイ専用に改修されたカスタム機である。
イマジネーションへの対応速度を大幅に向上させており、近距離武器は装備していない。
その明るい性格から、守護隊に欠かせぬムードメーカーである。
「よーしっ! 新人くん上手いからもっと前にいこっ?」
笑顔でそう言うと、レイは紬の返事を聞くことなく前線の方へ飛んでいく。
「ええっ!?」
慌ててそのあとに続く。
空偵隊の防衛ラインを越え、敵陣の真っ只中へ。
射手型の矢が飛び交い、剣士型が斬りかかってくる。
「あははっ!!」
その全てを光線で迎撃しながらレイは進む。
「ちょっ!! レイさんっ!!」
紬も、マシンガンを乱射しながら辛くも被弾は避ける。
近くで見ると、ヒトが異形であることに気づく。
剣士型は両手が剣になっており、射手型は腕に弓がついているような形である。
―これが俺たちの敵…。
戦場の空気と敵の存在をその体で知り、紬の気持ちは引き締まった。
「燐ーっ!!」
グングン進んでいたレイが、燐を発見して止まる。
無我夢中であとに続いていた紬は、疲れきったように呼吸している。
それを見た燐は、あきれた顔をする。
「おい、レイ…。なんでこんな前線に出てきてるんだ…。」
「えへへ、なんか楽しくなってきちゃって!」
紬の護衛という役割を完全に無視したレイをジトッとした目で見た後に、紬に同情した目を向ける。
「なんというか、災難だったな。とはいえよく生きてここまでたどり着いた。」
燐が優しい笑みを浮かべる。
余裕そうに話す燐達ではあるが、周囲からヒトが接近してきている。
「隊長!」
紬が慌てたような声を出すと、燐は少し周りを見渡し、頷く。
「紬君に戦闘の空気を感じさせることはもうできたかな…。」
「燐、あれやるのっ?」
「ああ、だいぶヒト共の数も減ってきたしな…。みんな、極力まとまってくれ。」
そう言われて、レイとロベルトは迷わず燐の近くへ寄る。
紬も訳もわからずに続く。
これは後に知ることであるが、極東支部の空偵隊には、燐の戦闘中に彼女の近くに寄ってはいけないいう暗黙の了解があるという。
なぜなら…
――苛烈すぎる彼女の幻影解放に巻き込まれるからだ。
『剣神乱舞ッ!!』
手を上に大きく突き上げつつ、叫ぶ。
すると、その手の動きに合わせるように巨大な腕が燐の上に現れる。
その巨大な手には、天に届きそうなほどの大剣が。
「せえええええいっ!!!」
ブンッと燐が腕を降り下ろすと、その手に合わせて大剣も振るわれる。
衝撃波のようなものを纏いつつ進む大剣は、軌道とその周りにいるヒトをすべて消滅させる。
間髪入れずに燐は次の動きをして、大剣もその通りに動く。
まさに乱舞。
巻き込まれた者を消し去る死の乱舞。
紬は、その強大な力をただただ呆然と見ていた。
そして、燐の動きが止まったときにはもう辺りにヒトはいなかった。
『ヒトの反応、ロストでふっ!』
若干噛んでいたものの、フェリスティナからの勝利を知らせる通信が入り、参加していた部隊から勝ち鬨が上がった。
各話の長さがまちまちになってしまい申し訳ないです