第28話「昇る雷」
地を穿とうと、唸りを上げながら落ちる紅炎。
それに立ち向かうように天へと昇る雷。
弾けた白球の中から現れたのは、三千世界とは異なる、薄く、鋭い純白の装甲に身を包んだ紬。背中の杭はもう存在しない。その代わりにそこにあるのは、先ほどのフェリスティナの翼を思わせるブースター。バチバチと音を立てる雷を体に纏い、淡く白色に周囲が発光する中、彼は落ちる紅炎と、その先の敵を睨みつける。
「地から昇る雷…?馬鹿な…貴様はっ……!!」
焦ったような顔で叫ぶアマテラスを横目に、紬は地面を蹴る。
これまでとは段違いの速度で、白く尾を引きながら彼は大きな穴が空いた極東支部の真上に滞空する。
そして、自分を、背後の護るべきものを燃やし尽くそうとする物を見据え、手をゆっくりと前に出す。
「今ならできる気がする。守りたい物が後ろにあるんだ。力を貸してくれ、新世界!」
そう、彼の目の前に刻まれた新たなる機体の名前は新世界。その名が冠する意味は──
「幻影解放。異世界創造ッ!!」
顕現したのは異世界への門。新世界へと続くそれは、貪欲に迫る者を呑み込む口でもある。
熱線の直径を越える門は、それを導き、受け入れる。
そして、熱線の全てを呑み込んだ門は、徐々に収束し、その姿を消した。
「ハアッ……。くそっ…。」
紬は今までに感じたこともない疲労感に包まれ、大きく息を吐く。
「紬さん、戦闘区域に新たな神の反応がっ!って、これは…。紬さんのいる座標……?か、確認します!」
そんな紬の耳に、慌てたような咲の声が響き、一方的に混乱して通信が切られた。
彼は少し苦笑いをして、焦燥と苛立ちを隠せない頭上の敵を見上げる。
「フェー、いくよ。」
「ガッテンです!やっちゃいましょう!」
ブースターが火を吹き、自身が雷となったように一気にアマテラスに接近する。
その手に握られているのは、雷を纏う細身の片刃剣。
振り下ろされるそれを受け止めるアマテラスは、冷や汗をかきながら呟く。
「神を殺せるのは神のみ。それが道理じゃ。特別ではなく、お主は“そう”じゃったのだなっ!」
空気を斬る音と、金属の衝突音が交差する。
「何者かが手を貸した……?人間だけで完成するとも思えぬ……。」
紬の目の前にはこれまでに繰り出されたアマテラスの斬撃の軌跡と、フェリスティナの演算による次の攻撃予測が浮かんでいる。
その軌跡通りにやってくる振り下ろしの斬撃を、右斜め前に滑るように体を捌いてかわし、そこに残すように左後ろに溜めた剣を体の方向に引き戻すように振る。
咄嗟に体を捻ったアマテラスではあるが、その脇腹付近を浅く斬りつけられる。すると、そこを中心として剣が纏う雷の一部が解き放たれ、彼女の体を駆け巡る。
「グッ……。」
自分の背後に抜けていった紬を追うように彼女は体を反転し、彼に手を向ける。
「祭祀・雲割く陽光」
背後から放たれた多くの光線が、彼を射抜こうと迫り来る。
だが、背中に目でもあるようにそれを旋回しつつ避ける。
「フェー、命令・裁きの雷。」
「はいっ!」
新世界の機能、予め定められていた言葉を起点にフェリスティナがそれを実行する。そして、その機能とキーワードを、紬は“知っていた”。
アマテラスの光線の当たらない位置に現れたのは数多の砲塔。ひとつひとつが巨大なライフルのようなそれが、一斉に雷の柱を放つ。
「うおおっ…。おのれ…。おのれっ!!」
回避動作はするものの完全にその雷を避けることはできず、なんども掠ったことによって、彼女の衣の一部は焼け焦げていた。
「この状況を作り出したのは奴か……。だとしたら最初から筋書きはっ……!」
ライフルを構える紬を見上げながら、アマテラスはブツブツと独り言を呟く。
撃ち出された光線を避け、彼女は剣を手に紬に接近する。
応じるように再び剣を出す紬に必死の形相で斬りかかる。
「奴の思い通りにさせぬためには、ここでお主を屠るしかないっ!」
その剣の乱舞も紬はことごとく受けきり、大振りになった瞬間に腹部に回転蹴りを叩き込む。重い一撃に吹き飛ばされたアマテラスは、右手を極東支部の方に向けて光の柱を打ち出す。
「カカッ!さあどうする。あれを止めんと人が死ぬぞ!!」
「──命令・廻転する雷」
紬が手に持っていた剣を柱に向けて投げつけると、回転しつつ飛ぶそれは徐々に輪郭を大きくし、柱に触れるとそれを半ばで両断する。
その光景を唖然と見つめるアマテラスに、紬が迫る。
「くっ……。お主も利用されているのかも知れんのだぞ。思惑通りでよいのかっ!」
吠える彼女の言葉の意味は紬にはわからなかったが、彼にはそういう事ではない、彼女を倒さねばならない理由を持っている。
「そんなことはどうでもいいっ!お前は、みんなを、極東支部を傷つけた。そして、俺の親友を殺したっ!!」
憤怒の形相である紬の頬を、一筋の光がつたう。
感情を爆発させたその様子に、アマテラスは呆れと苛付きを混ぜたような表情を見せる。
「人間というやつはこれだからいかんのだ…。天岩戸!!」
紬の方に手を向けて、障壁を召喚する。
それを見越していたのか、紬は大きく拳を振りかぶりながら、スピードは殺さず、むしろ上げながら敵に迫る。
「──命令・憤怒の雷拳っ!!」
激しいスパークの音を立て、紬の右肘から下が雷に包まれる。
拳に集まるのは凝縮された雷の塊。それが障壁に向けて振り下ろされる。その軌跡を雷が描き、隕石が大地へと落ちるような衝撃が拳を中心に拡散する。遥か下にある地面さえも揺するようなその一撃により、破るのは不可能のように思われた障壁に大きくヒビが入り、拳が振り切られると粉々に弾け飛んだ。
その衝撃で体勢を崩す敵。それを追うように、紬は彼女に肉薄する。そして右手を横に伸ばすと、先ほど投擲した剣がブーメランのように戻ってきた。その柄を掴み、左手を添えると、アマテラスの鳩尾目掛けて真っ直ぐに突き出す。
「お前を、絶対に、許さないっ!!!」
ストンッと突き刺さった剣が自身の胸を貫通していることを確認し、アマテラスは苦悶の表情を浮かべる。
「おのれっ……。人間っ!人間めっ!!」
「おおおおおおおおおっっっっっ!」
アマテラスの断末魔の如き怨嗟の声と、紬の叫びが交錯する。
「──命令・雷龍の脈動っ!!!」
紬の詠唱が引き金となり、アマテラスの体内に侵入した剣から雷が迸る。
「あああああああああああっっっ!!」
内側から雷に灼かれ、アマテラスは剣を胸に突き立てられまま力が抜ける。
そして、その体が端から粒子へと変わり、消えていった。
突き刺すもののいなくなった剣をゆっくりと降ろし、空を見上げる紬。剣は虚空に溶け、光るものが伝うその表情を、太陽だけが照らしていた。
「ん…?」
気を失っていた燐が、小さく声を上げてうっすらと目を開ける。
そして、霞んで見える空に浮かぶ純白の姿を見つけ、呟く。
「紬…くん…?」
どことなく不安そうなその声音は、まるでそこにいるのが、自分の知っているものではなくなってしまったような、彼女が感じた漠然とした感覚を表すようだった。




