第16話『地獄の咆哮』
『地獄の咆哮だ(です)!!』
フェリスティナと燐の言葉の意味は解らなかったが、紬がヴィトレイヤーを操作して聴覚を遮断しようとしたとき、心を躍らせるようなアップテンポの音楽が流れ始めた。
どうやら謎の少女のあたりから流れているようだ。
音楽に触れるということが久しぶりであるため、紬が少し聞き入っていると、フェリスティナの必死の叫びが彼の耳を打つ。
「紬さん! 早く聴覚遮断しないと大変なことになりますよ!!」
大変なことというのがなにかはわからなかったが、彼女の珍しく必死な剣幕に押されて聴覚を遮断する。
聴覚を遮断して周りを見ると、今まで紬たちを見ていた操られた者たちの目が少女の方を向いていた。
少女は音楽に合わせてダンスを踊り、息を吸い込んで歌い始める。
――その瞬間に、戦場が揺れた。
操られていた者たちは、体の中を何かが通り抜けて行ったように痙攣し、白目をむいて地面に落下してゆく。
聴覚を遮断していた紬も、耳を塞いでいるにも関わらず体を伝ってくる振動を感じて目を白黒させて驚く。そしてアレスも一瞬だけ意識が飛んだようにビクンッと跳ね、慌てて耳を塞ぐ。
「おおおっ……。な、なんだこの下手な歌ぁぁぁぁぁぁっ!?」
この戦いの中で初めてアレスが驚愕の色を顔に出す。
「その歌を止めろぉぉぉぉぉぉ!!!」
片耳を塞いでいた手を離して槍を少女に向けると、それを突き出して衝撃波を放った。少女はチラッとそちらを向き、右手に持っていた拡声器を口元に当てると歌に合わせるように様々な音符が形となって砲弾のように放たれた。
まるで声そのものが嵐となって暴力的に吹き荒れるように。
その音符はアレスの衝撃波を相殺する。
「歌の邪魔するのはマナー違反だよ~?」
星が弾けるようなウインクと共にそういう少女を紬は状況がわからないまま茫然と眺めていた。
「隊長、あの人は……?」
「ああ…。あれは我々守護隊のもうひとりのメンバー、音沢・I・リリだ……。普段はミドルネームにある通り、世界各国の支部で慰安ライブなどを行っているため不在だがな。そういえばそろそろ一時帰国であったな……。」
そう言っている燐の目は少し死んでいる。
「ライブ……。でも隊長、音は聞こえないですが、周りの反応とこの体に伝わってくる感じ的に……」
「――ああ、彼女は壊滅的に音痴だ……。周りに被害を及ぼすほどにな……。」
―音沢・I・リリ
日本の文化のひとつであったアイドルという形で戦闘ばかりのAGF諸支部に安息の時間を与えんとしている少女で、極東支部守護隊所属である。
専用機はポップ・ノイズ。ピンク色に装飾されたこの機体は戦闘向きではなく明らかにライブ向きである。
しかし、ライブ向きであるがために運動性は高い。また、彼女の声を音符型の砲弾として飛ばす拡声器を武器とする。
彼女のライブの観客は必ず脳へ入る音を5~8割遮断するように設定する。なぜなら彼女は超絶音痴であり、彼女の歌は『地獄の咆哮』と呼ばれるほどであり、それはそのまま幻影解放の名前となっている。いかに音量を遮断しないかで彼女へのファン度合を示すというファンの風習があるが、気絶の危険性が高いのでAGFは注意を呼び掛けている。
そんな彼女の歌であるが、つかの間の休息を与えんと一生懸命な彼女はとてもファンが多く、慰安ライブの要請は、各支部から絶えない。
「――だが、今回は彼女に助けられた。アレスによる洗脳を上回るほどの暴力的な音波によって、洗脳されていたものたちは意識を失い、戦場で立っているのはリリと紬君と私、そしてアレスのみとなった。」
燐と紬が話している間にふたりに気づいたリリは、手を振りながら声をかけてきた。
「隊長さ~ん! 久しぶり~!!」
「ああ、久しぶりだな。 救援、心から感謝する。到着早々で申し訳ないが力を貸してくれ。」
「は~い!」
そのやり取りをして、リリは敬礼をしてアレスの方に体を向ける。
「さて、あとはお前を倒すだけだな。アレス。」
それを見届け、燐は鋭い目つきでアレスを睨む。そんな燐を、アレスもにらみ返す。
「ふん、洗脳などただの遊び。もとより貴様らなんぞ我だけで十分だ。」
その手の大槍を持ち直し、息を吐き出す。
「力が高まっています。注意してください、紬さん!」
フェーの注意に紬も警戒を強める。
「行くぞっ!!」
その気合と共にアレスの姿が掻き消える。そして瞬く間に紬の目の前に現れる。
「っ!? 四番!」
アレスの槍を空中に出した壁で阻み、一番の剣を召喚して攻勢に出る。自らの出した壁の右から飛びだし、斜め下から剣を振り上げる。
そんなアレスに、音符の砲弾が次々と飛来し、舌打ちしながら槍を振ってそれを弾く。その隙に燐が斬りかかろうとするが、それも見切っていたかのように体を捌いて燐に槍を振るう。辛うじて槍でそれを捌くと、燐は紬とリリにアイコンタクトをする。
それに応じて紬は二番と六番で、リリは曲調をアップテンポに切り替えてアレスに激しい砲撃をする。燐はアレスに組み付き、避けようとする動きを妨害する。
「うっとうしいぞ!!」
燐の剣を下から弾き、頭上で槍を回転させる。
「憤怒の大槍!」
その発声に反応するように、アレスの槍に周囲を焦がすのではないかというほどの熱量の炎がまとわりつく。
「オラッ!!」
気合とともに自分の周りを薙ぎ払うようにそれを振るうと、炎が尾のようにその軌道に残り、弾幕を消し去り、燐は防御姿勢をとりつつ後退した。
「なんというエネルギーだ……。」
ヴィトレイヤー越しからでも身を焼くような炎に、内心舌を巻く。
「隊長! 俺も組み付きます!!」
燐ひとりでの接近戦は辛いと判断した紬は、武器を剣に変えてアレスに体を向けて突撃する。
「おおおっ!!」
雷が飛び出すイメージを剣に乗せて剣を振る。その剣から出た雷が衝撃波のようにアレスの方へ放たれた。アレスはそれを炎をまとった槍の一振りで打ち消すが、その間に燐は再度アレスに接近している。
アレスは慌てて振り返り、燐の斬撃を槍で受けて炎を爆散させて燐を吹き飛ばす。燐の装甲は少し焦げたようだが、彼女自体は装甲が守ったようですぐに体勢を立て直す。
「三番! アレスを縛るぞ!」
紬のその声に合わせて召喚された飛翔体は、雷の尾を引きながらアレスの周りを飛び回り、彼の動きを阻害する。
「このっ……。ちょこまかとっ!!」
苛立ちを顔に出し、アレスは槍を頭の上でブンッと振るう。
「ハァッ!!」
その起動に沿うように円を描いていた炎の尾が、その気合いに合わせて爆散し、紬の放った飛翔体を一掃する。
――だが、大振りになって生じた隙を燐が逃さない。
「神剣乱舞」
技名詠唱と共に幻影解放が起動する。
巨大な二振りの剣がアレスを襲う。
「そうは……させんっ!!」
振り切っていた槍を力ずくで頭上にかかげ、神剣乱舞を受け止める。
身体中の筋肉が隆起し、血管を浮かべながら悲鳴を上げる。
にもかかわらずアレスの力は衰えずに受け止め続ける。
しかし、
「地獄の咆哮!!」
――リリの幻影解放がアレスの聴覚を襲う。
耳に入る轟音が、彼の意識を飛ばそうとする。それに抗おうとアレスは必死の形相を浮かべるが、ついに意識が刈り取られ、体から一瞬力が抜ける。
その一瞬で十分だった。
持ち主の意思を失った槍は、易々と大剣に押し込まれ、大剣はアレスの体を引き裂く。
「がああっ!!」
その痛みにアレスは意識を取り戻すが、その時にはもう眼前に紬が迫っていた。
「アレスッ!!!」
紬の剣がアレスの胸に突き立ち、彼の神としての命を奪い去る。
「くそがあああああっ!!!!」
アレスは断末魔を上げながらその体を透かして、虚空へと消えた。
その光景を見届け、意識のあるものはほっと息を吐く。
「やったねみんなっ!それじゃあ記念に一曲っ!!」
『大丈夫だ(です)っ!』
こうしてアレス討伐戦は終わりを迎え、これを境に神やヒトからの襲撃は全くなくなった。
次に戦局が動くのは、三ヶ月後のことになる…。