第14話『軍神』
-2527年7月16日-地上-極東支部上空-
「現在、警戒空域においてヒトの姿は確認されていません。ですが、急襲をかけてくる可能性もありますので注意してください。」
通信によって現在の状況が入ってくる。それによると、今回の神は単騎で乗り込んできているようだ。
「――なお、単体で協力な神であることが予想されます。御武運を。」
そう言い、咲の通信がいったん切れる。終わりを聞き届け、紬は少し息を吐く。
今回の布陣は、前衛に紬、燐、ロベルト。中衛にレイ、アリシア。後衛に空偵隊の精鋭というものである。
「いいな、先ほど伝えた通りだ。倒そうとするのではなく、大きな隙を作れ。そして、そこを紬君に突いてもらう。彼が神を殺せる存在なのかはわからない。だが、その可能性に賭けるのだ!」
燐の通信により、再度全軍に作戦が通達される。
―責任重大だ…。俺にできるのか…?
紬は少し緊張したような面持ちだ。
「紬さん、心拍数上がってますよ? もしかして緊張ですかー??」
と、耳元に三千世界へと姿を変えているフェーの明るい声が響く。
「そ、そうじゃない! 大丈夫。」
「そうです、大丈夫です!」
フェリスティナの言葉に背中を押されたように、紬の心は平静さを取り戻してその顔からは緊張が抜けてゆく。
そのとき、レーダーに高速でこちらに向かってくる敵が映る。
「速いぞ! 総員戦闘準備!!」
同じく、それに気づいた燐がすぐさま号令を出す。すると、ロベルトがスッと燐と紬の前に出る。
「隊長、一番槍は俺が貰います。」
「ロベルト?」
「あの神の名は、軍神アレス。俺の街を襲った神です。」
紬はロベルトから聞いた話を思いだしてハッとした。もしや、ロベルトは再びひとりで強大な敵に挑もうとしているのではないかと。
「ロベルトさん…。」
紬の心配そうな声に、ロベルトは紬の方を見る。そして、微かに笑みを浮かべた。
「そんなに心配そうな顔をするな紬。今回は復讐じゃない。純粋にあいつに一太刀目を叩き込みたいだけだ。頼りにしてるぞ。」
そう言うと、ロベルトは通信を全軍向けに切り替えて続ける。
「――奴は軍神アレス。奴の振る槍からの衝撃波は強力だ。注意しろ。」
その注意が終わったとき、肉眼で姿を捉えられるほどの位置までアレスは近づいて来ていた。
4頭の神馬にによって引かれる戦車。それが静止し、青銅の鎧を纏った大男が二本の槍を携えて降りてくる。
そしてAGFの部隊を一瞥して叫んだ。
「我は軍神アレス。力なき人どもよ、我に挑み屈するは自明。其をしりながら我に挑む勇気ある者は前へ出て、我と剣を交えよ!!」
その叫びに応じるように、ロベルトがブースターを吹かして突っ込む。
「厳島・A・ロベルトだ! 行くぞっ!!」
「その心意気よしっ!!」
突っ込んでくるロベルトに向けてアレスは槍を振る。だが、まだ距離があるためそれがあたるとはとても思えない。
にもかかわらず、ロベルトは槍の振られた軌道を避けるようにステップを踏む。その瞬間に、彼の傍を風のような物が通ってゆく。
それを避けたのを確認し、一気に距離を詰めると、右手の斧をアレスに向けて降り下ろした。
「ぬうっ!!」
だが、アレスは左手の槍でそれを受けとめてニヤリと笑う。
「はははははっ! 初見であれを避けるとはっ!!」
―見たことがあるからだっ!
そう叫びだしたくなる衝動をグッと抑え、冷静に部隊の動きを待つ。
―今ので衝撃波がどのようなものか皆は悟ったはずだ…。これでいい。
「ダアッ!!」
右手の斧にかける力の向きを変え、斧を槍に沿わせる。そして槍の先端で力を入れて槍を弾くと、渾身の蹴りを腹部に入れて離脱する。
「小癪なっ!」
蹴りで崩れた体勢を立て直し、ロベルトの方を見たアレス。だが、その視界に入ったのはロベルトではなかった。
「AGF極東支部司令、愛染・S・燐だ! アレスよ、お相手願う!!」
その言葉と共に、アレスに向けて二振りの剣が迫る。
「いい太刀筋だっ!」
アレスはその剣を槍で受けとめニヤリと笑う。そして槍に力を込めると一気に振り抜いて燐を吹き飛ばす。
慌てて体勢を立て直そうとするも、その隙を逃さずにアレスが槍の衝撃波を放つ。
迫ってくる衝撃波を見て、燐は慌てて防御姿勢をとる。
「――騎士」
それか燐に直撃しようとする直前、アリシアの声が戦場に響く。それに呼応するように現れた鎧を纏った人形が燐の目の前に躍り出て、衝撃波を受ける。その威力で人形は消えてしまったものの、燐の体に傷はなかった。
「さすがだアリシアッ!」
燐がそう叫んだ瞬間、大量のビームがアレスに向けて放たれる。
「援護は任せて!」
レイの声に、燐は笑顔で応える。
彼女の放ったビームが次々とアレスに着弾する。だが――
「なんだこの蚊が刺したような攻撃は…。邪魔だっ!!」
全く効いた気配がない上に、槍のひと振りで叩き落とされる。
「どうしたどうした! 最初の威勢はどこだっ!!」
『一掃する双斧!』
アレスの怒号のような声に応じたのはロベルトの幻影解放。元はアレスの攻撃をイメージしたそれが、元となった彼めがけて撃ち込まれる。
「おおおおおおおおっ!!!」
ロベルトの雄叫びが戦場を揺らす。だが、それに負けず劣らずの声が響く。それはアレスの笑い声だ。
「はははははははっ! 面白いっ!!」
受けてたつように槍を振るい、それを相殺する。衝撃波同士がぶつかり合う轟音が戦場にいる者すべての体を揺さぶる。
『人形達の行進』
そんな中、ロベルトの作っている隙を生かそうとアリシアの人形達がアレスに向かって行き、各々の武器をアレスに向ける。
「邪魔すんじゃねえっ!」
しかし、アレスはロベルトとの衝撃波の撃ち合いの僅かな隙に、人形たちに向けてもそれを放って迎撃する。
人形と衝撃波。そのふたつを同時に捌きながらも、徐々に押し返してゆく。
「ぬおおっ!!」
気合いの籠った声と共に放たれたふたつの衝撃波が人形達の行進の最後の一体を砕き、ロベルトの体をかすめる。
「アリシア下がって!」
「ごめん。」
アリシアは、悔しそうな顔でレイの後ろへ下がる。
『魔法の旋律!』
レイの放ったレーザーは、ロベルトに迫っていた衝撃波を横から撃ち抜く。
『神剣乱舞ッ!!』
――そして、ロベルトに意識を向けていたアレスの横を突き、燐の操る巨大な剣が叩き込まれる。
「なにっ!?」
大きく傷つけられた鎧を見て、アレスは少し驚いたような顔を浮かべながら体勢を整え、燐の方を睨む。
「ちったあ痛てえんだぞ!!」
燐に向けて槍を振ろうとするアレスの背後、彼に向かうのは一筋の閃光。
「おおおおっ!!」
――機を待っていた紬が剣を刺突の体勢で構えながら突き進む。
「後ろかっ!?」
すんでのところで感ずいたアレスが慌てて身を翻し避けようとする。しかし、反応が遅れたせいでアレスの脇腹を剣が捉え、燐によって傷がついていた部分の鎧を破りアレスの体に突き刺さる。
「っ!?」
痛みからか少し顔をしかめつつ紬の腕を掴むと、力ずくで押し返して剣を体から抜く。
「てめえかこの前神を殺したってのはっ!!」
――そして、 紬の腕を拘束したまま思いきり彼を蹴り飛ばした。
回転しながら吹き飛ばされる紬を、ロベルトが受けとめる。
「あ、ありがとうございます。」
「礼は後だ。ここからだぞ。」
紬は一瞬なんのことか分からなかったが、アレスの様子を見てすぐに察する。
その顔は憤怒の色に覆われていた。
「てめえら…。よくも俺に傷をつけてくれたな…。」
怒りという感情そのものが現れているかのようにアレスの周りが鈍い赤色に見える。
「人間ごときがちょこまかと…。うざってえにも程がある…。」
ジロリとAGFの部隊を見回しつつ、アレスはニヤリと笑う。
「――見せてやるよ…。本当の神の御技ってやつを…。」
その様子を見て、燐が叫ぶ。
「奴を止めろっ!」
その言葉に反応し、戦場にいる全員が武器を構えてアレスに向かう。だが――
『我はアレスッ!!』
その一言で動きが止まる。動こうとしても体が、ヴィトレイヤーが拒否するように。
『軍神アレスッ! 誰に刃を向けているつもりだ? 貴様ら軍人の神であるぞ!』
一言一言が空間を揺らすような重みを持って伝わってくる。まるで、アレスの魂そのものが声となっているようだ。
『――ならば向けるのは刃ではなく服従であるぞ。我に従え! 我に従えっ!!』
このままではまずいと誰もが思っている。しかし体は言うことを聞かず、心までも吸い寄せられて行くようだ。
『――我が言葉に従い、我が敵を滅せよ!!』
アレスは、地平線の彼方まで届くのではないかと錯覚するほどの声で叫ぶ。
『――大号令 (léxi̱ ti̱s entolí̱s)!!』
その声の刹那、紬に向けて斧が降り下ろされた。