第11話「対峙」
-2527年4月20日‐地上‐極東支部上空‐
―ついに奴と対峙できる時が来たか…。
アンダーフォート上空にて、ロベルトはヒトの部隊を待ち構えていた。
いつもは微動だにせず冷静に敵を待つ彼だが、今回は少し焦れている。家族を殺したヒトがやすさってくるのかもしれないのだから当然かもしれないが…。
10年間、彼はこの日を待っていた。
道化師型を自らの手で倒す日を。
ブリーフィングで志願し、彼は守護隊の中でただ一人この戦場に立っている。
志願した際、ロベルトの過去を知っている燐はただ頷き、今日二度目の出撃にも関わらず「行ってこい。」と送り出した。
『敵、間もなく目視可能距離です!』
オペレーターの咲が、敵の接近を知らせる。
ロベルトはゆっくりと息を吐き、武器である双斧を出現させる。
すると、視界にヒトの編隊らしき群体が映った。
その時、チカッとヒトのあたりが瞬き、赤い光球がAGFの部隊に向けて飛んでくる。
『魔術師型による先制攻撃です!!防御姿勢を!!』
空偵隊が慌てるように動き、隊列を組んで盾を張る。光球はその盾に当たって爆散した。
「ふん…。」
ロベルトはうっとうしそうな顔で空偵隊の陣の横を抜け、光球が飛ぶ中を突っ切る。
目の前に現れた光球を斧で斬り飛ばしつつ、ロベルトはグングンと加速する。
「悪いが貴様らなど眼中にないんだ。消えろっ!!!」
グンっと上昇して光球の射線から外れ、ロベルトはグッと双斧を振りかぶる。
「『開拓する双斧!!』」
振り下ろされた斧の軌道にいたヒトが切り刻まれるのを確認する前に、彼はグンッと加速してその軌道を突き進む。
そのロベルトを遮るように、剣士型のヒトが動くが、斧の一閃で真っ二つになる。
「どいつもこいつもうっとうしいぞ!!」
チラッと後ろを見ると、ようやく空偵隊がヒトの前線部隊と戦闘を始めていた。
「おせえんだよ!」
そう叫び、前に進もうとしたその時、
『ロベルトさん!背後から狙われてます!』
咲からの通信に、ロベルトは斧を目の前でクロスさせ反転する。
その刹那に衝撃が走り、斧に当たった光球が爆散する。
「あぶねえな!」
ブンッ斧を投擲すると、回転した斧が光球を放った魔術師型を斬りつつ戻ってくる。
それをつかみ、辺りを見回す。
ようやく、自分の位置まで前線がやってきた。
―これでよし…。
上下左右から向かってくるヒトを斧で斬りつつ進み、目的のヒトを探す。
―どこだっ!!
気が付くとヒトの部隊の最後端にたどり着いていた。
ロベルトを発見した剣士型が、剣を構えつつ迫る。
「何度来ても…」
同じだ!と叫びつつ斬ろうとしたが、ロベルトの斧は剣士型の剣に止められる。
「なんだと…?」
いつもはその剣ごと斬ることができるだけに、驚愕を顔に浮かべる。だが、よく見るとそのヒトの体は、通常のものより精緻な造形であるように思えた。
「ふん、少しは歯ごたえがあるか?だったら少し体を温めさせてもらおうか!」
ブンッと振るわれた斧を、ヒトは受け流すように剣で避け、手首を返して斬りかかる。
その剣を斧の柄で受け止め、ニヤリと笑う。
「もらった!」
ヒトの斜め下から斧が振り上げられる。その斧はヒトの装甲を破り、一刀両断にする。
ロベルトは「ふむ…。」と呟きつつ肩を回す。
「まあ、一太刀受けられただけでも剣士型にしては強いか…。」
そう言いつつ顔を上げたロベルトの顔が、一瞬怒りとも哀しみともとれぬ表情になるが、すぐさまキュッと引き締まる。
その視線の先には、ゆらゆらと揺れる夕日をバックに静止する一体のヒトが…。
それは、『あの日』と同じようにハットを取り、ロベルトに向けて優雅に一礼をする。
ロベルトの脳裏に家族の最期の姿が浮かぶ。
「やっと見つけたぞっ!!道化師型!!」
爆発のような加速でロベルトは一気に道化師型に肉薄し、あらかじめ振りかぶっていた斧を勢いのままに振りおろす。
だが、道化師型は少し横に動く動作のみでそれをかわし、空中を滑るようにロベルトから距離をとる。
「ちっ…。まあ、一撃で倒れてもらっても困る…。」
気を取り直し、ロベルトは斧を構えなおす。それに呼応するように道化師型はハットを振り、光球を召喚する。
一見、魔術師型のものよりも小さいそれであるが、内包されているエネルギー量の差は一目瞭然である。
―今ならわかる…。こいつの持っている力の大きさが。伊達に希少種じゃない訳か…。
最初はひとつで会ったその光球も次々とその数を増やし、道化師型の周りに数えきれないほど浮かんでいる。
大きく息を吸い、斧をグッと振りかぶって、ロベルトは道化師型の動きを見る。と、笑みを張り付けたような口がさらにその成分を強めたように感じた。
その瞬間、道化師型がハットを横に一閃し、周囲の光球が一斉にロベルトの方へ向かってくる。
「開拓する双斧!!」
それを待っていたかのようにロベルトも斧を振り、幻影解放を発動させる。
「あの日とは違う。俺はもう為す術もなく闇雲に突っ込むだけじゃない。お前を殴る術を手に入れた。」
相対するふたりの間に強烈な爆発が大量に起こる。だがロベルトは一切それに動じず、道化師型のいる方向を注視する。
徐々に晴れていく爆風の中で、道化師型は平然とたたずんでいる。
「行くぞっ!!」
斧を構え、ロベルトは高速で道化師型に迫る。上段から斧を振り下ろすと、道化師型はステッキを取り出してそれを受け止める。
武器に圧倒的な質量差があるにも関わらず、易々とである。
―たまらんな…。
内心歯噛みしつつも、両手の斧を絶え間なく振り続け、道化師型も応じ続ける。
絶え間ない打突音は他の介入を許さず、まるでこの戦場にふたりしかいないように感じる。
数十にも及ぶ応酬。先に動いたのは道化師型であった。
防御姿勢をとったロベルトの斧をステッキで叩き、その勢いで上に跳ね上がり、ロベルトの視界から消える。
「何っ!?」
すぐさま上に体を向ける。と、道化師型の周囲には小さな光球が無数に浮いていた。
それは、ステッキを振る合図で雨のようにロベルトに降り注ぐ。
「うおおっ!?」
その攻撃に驚愕を隠し切れないロベルトだが、辛うじて反応して腕を交差させて防御姿勢をとる。
そこに光球が直撃し、閃光と爆音が響き渡る。
『ロベルトさんっ!?』
指令室の咲が悲鳴のような声で呼びかける。
「生きているっ!」
それに対して叫ぶように応じたものの、機体にかなりの損傷が見られる。
『腕部装甲50%、脚部装甲45%の損傷です。気をつけてください!』
「言われなくてもっ!!」
道化師型が新たな光球を召喚しているのを見て、ロベルトはすぐさま左方向へダッシュする。
その直後にロベルトのいた場所に光球が降り注いでおり、あと数秒遅かったら吹き飛んでいた。
「あの野郎…。」
斧を構えて斬りかかろうとするも、無数に飛んでくる光球が弾幕となり、それを阻む。
さらに、光球すべてをよけることはできず、徐々に装甲が削られてゆく。
ジリ貧な状況に、ロベルトは焦りを募らせる。
「『開拓する双斧!!』」
隙を見て、幻影解放を打ち込む。
巨大な衝撃波が迫るが、道化師型は身をひるがえしてあっさりとそれをかわす。
―畜生…。
歯噛みをして道化師型を見据える。
―弾幕が厚くて接近しようにもできねえ…。かといってこのままだと徐々に削られて負けるだけ…。
ロベルトにある思いが去来する。
―また…。俺はまたあいつを殴れねえのか…。武器を手にした今でも…。
それは、“あの日”と同じ思い。悔しさ無力感が募ってゆく。
天罰の日以後の日々が脳裏に浮かんでくる。家族を殺された瞬間が、奪われゆく故郷の姿が…。
その時、サッとロベルトの頭が冷えてゆく。
思い出したのは神が故郷を壊す姿。振るわれた槍から走る閃光と衝撃波。
そして自分の幻影解放。振るう斧から放たれる衝撃波。その破壊力はその進路の敵を一掃する。だが…。
―どうして威力がいるんだっ!ここでいるのは手数だろうっ!!
彼の“想像”がヴィトレイヤーに流れ込み、それは“創造”された。
「『一掃する双斧』」
それは、新たな幻影解放。
ロベルトが斧を振る動きに合わせ、大量の衝撃波が放たれる。
それは道化師型の光球を砕き、ロベルトに道を作る。
「おおおおおおおおおっ!!」
雄たけびをあげながら、道化師型に向けて突撃する。
光球を衝撃波で砕きつつ、ついに道化師型の目の前に。
「やっと届いたぞっ!!」
斧を振り下ろす。それはステッキで受け止められたが、道化師型はたまらず距離を取ろうとする。
「逃がすかっ!」
動こうとする方向に向けて衝撃波を放ち、その動きを阻害する。
「近距離でやろうぜ。」
ロベルトがそう言うと、それに応えるかのように道化師型もステッキを構える。
先に動いたのはロベルトで、右の斧を振り下ろす。それをひらりとかわし、道化師型はロベルトの横に回り込む。
ステッキの先に光球が生んで、それを至近距離から放つ。
「そう来るかっ!」
ロベルトはブースターを吹かして少し体を動かし、紙一重でそれを避ける。
道化師型は上下左右に動くたびに、その進路に光球を残し、それがロベルトを狙って飛翔する。
それをギリギリでかわしては、衝撃波で動きを封じつつ、光球を出す隙を与えないように斧を振り続ける。
息もつけぬような応酬の中、ロベルトが道化師型に語りかけるように話し出す。
「お前が俺の家族を殺してからもうかなりの時間が経ったな。だが、俺はお前のことを一度も忘れなかった。あの日届かなかった拳をいつかはお前にってな。お前には恨みしかないが、ある意味では感謝もしている。お前への恨みでおれはここまで生き続けることができた。だがっ!!」
その場で旋回し、その勢いでステッキを強く打ち払う。
ステッキは手を離れ、回転しながら飛んでゆく。
道化師型は、驚いたようにその動きを止める。
「これで終わりだっ!やっとお前をぶん殴れるっ!!」
斧ふたつを左手に持ち、右手は固く握って振りかぶる。
回転方向に加速度をかけて威力を重ねつつ、その拳を道化師型の仮面に向けて叩き込んだ。
その勢いで仮面が砕け、道化師型は大きく吹き飛ぶ。
それを追いつつ、斧を構える。
「じゃあな、俺の仇。」
斧を振り下ろし、道化師型の胴を切り裂いた。
その瞬間、ロベルトには砕けた仮面からあらわになった口元が笑みを浮かべたように見えた。
―笑った…?
周りの戦闘も落ち着き初めており、どうやら終わりが近いようだ。
仇を倒したものの、釈然としない思いを残しつつロベルトは帰投するのであった。
-同日‐AGF極東支部第5階層‐指令室‐
戦闘を終え帰ってきたロベルトを、紬が迎える。
「お疲れ様です。ロベルトさん。」
「おう。さすがに大規模戦闘を一日二回は堪えるな…。」
「さっきのヒトって…?」
「ああ。俺の家族の仇だ。俺の目的は終わった。」
その言葉を聞いて、紬は少し不安そうな顔をする。
その不安はおそらく、ここから先彼が目的を失って戦いから降りないかというものだろう。
「だが、新たな目的ができた。必ず人を地上に戻して見せる。もちろん、お前の復讐もな。」
―たぶん、あいつの笑みはそういうことだ…。『俺を倒したくらいで満足するのか?』ってな。
そう思い、スッキリとした笑みを浮かべたロベルトはスッと手を上げる。
紬は少し首をかしげるものの、その意図をくみ取り、笑顔になる。
応じるように手を上げた紬と、パンっと小気味よい音を鳴らしてハイタッチをするとロベルトは燐に向けて声をかける。
「今日はもう部屋に戻るぞ!」
「ああ、構わん。ゆっくり休め!」
そう言うと、燐は指令室全体に向けて号令を出す。
「皆も今日はお疲れ様!ゆっくり体を休めてくれ!」
こうして、長い一日が終わった。
第四章『道化師型』了