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天罰戦線の殺神者  作者: 有栖
第一章『入隊』
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第1話『入隊』




‐反神憲章序文‐


『人間よ、心から神を捨てよ。信仰を捨てよ。これは、世界を護るための聖戦である。』








‐プロローグ‐





日本の名峰、富士山。世界遺産でもあり、言わずと知れた日本人の信仰の対象である。


その信仰の起源は遥か昔まで遡ることとなる。


日本においては、1月1日の初日の出もまた神聖なものだ。まして、富士山の頂上から見る初日の出など、まさに至高である。


2517年1月1日。人類において大きな転機を迎えることとなるこの日もまた、富士山の頂上に初日の出を見ようと大勢の人が集まっていた。


徐々に眼下の雲海が白みだし、いよいよ日の出だ。人々は太陽に向けて手を合わせ、1年の健康と安全を祈る。人々の眼は、その神々しい光景に奪われる。


「ねえ、あれなぁに?」


そんな中、ひとりの少年が何かを見つけて声を上げる。その指は、太陽に方を向けられていた。


少年の周りの人が目を凝らしてそちらを見ると、太陽の中にポツンと何かの影が…。その影はみるみる大きくなり、その場にいた全員に映る。


ザワッっと、人々の間に衝撃が伝播していく。


人々の目には、それが浮いている人のように見えた。


人の形をしているにも関わらず、浮いている。


その異常性はすさまじいものだ。


あまりのことに人々の思考が追いつかないさまを見てかは定かではないが、その“なにか”は口角を少し上げて笑う。


太陽を背にしているため、細かい表情はわからない。だが、人々はその“なにか”の額に眼のようなものが開くのを見る。それが背後の太陽と同じ。いや、それ以上に光り輝くのも…。


それを認識したかしないか、そんな刹那の後に、





――山頂は業火に包まれる。





家族の安全を祈ったものも、健康を祈ったものも、最期の断末魔を残し、その願いごと無残にその命を燃やし尽くされる。





ある少年は家族が燃え尽きるのをその眼で見届け、命からがら地獄のような富士山から逃げる。命以外のすべてを失った少年は、比喩ではなく家族を失ったこの時の記憶以外のすべてを失っていた。


家族も、名前も、記憶も失った少年は、気がつくと人類の最後の希望、最後の砦である、地下都市にたどり着いていた。





‐第一章‐『入隊』





2017年1月1日、俗に『天罰の日』と呼ばれることとなったその日に、夜明けとともに人類はその歴史で初めて『神災』にあった。


もとを正せば人災だったのかもしれないが…。


ともかくこの日、自分たちの空想の産物だと思っていた神の襲来を受けて、人類はその人口を急激に減らすこととなった。


80億ほどいた人口が2億人に。これは、ほぼ絶滅と言っても過言ではないかもしれない。事実、生き残った人間は地下に建造されていた都市に避難し、地上からその姿を消した。


避難した地下都市は、皮肉のように『アンダーフォート』と名付けられ、8か所あるそれは、人類再興の拠点にして最後の砦となったのであった。


アンダーフォートに立てこもる人類は、反神憲章を採択して、神に対して反旗を翻すことを決意する。


――たとえそれが無謀な戦いであっても…。


かくして、AGF(Anti God Force)と名付けられた人類連合軍は、神と戦うための着装型武器『ヴィトレイヤー』を開発し、神から地上を奪還すべく、戦いを開始した。





‐2527年4月1日‐AGF極東支部第5階層‐中央棟前‐








愛知県の名古屋市を中心に、豊田市、岐阜県の県境、三重県の県境。


その地下に位置する、AGF極東支部。


そんなAGF極東支部の心臓部を担う中央棟を見上げ、ひとりの少年が深呼吸をする。


「いよいよか…。」


そう、彼こそあの日、富士山の頂上で家族を、記憶を失った少年。


その名は神楽(かぐら)(つむぎ)。からっぽになったその心に、胸のうちに、神への復讐の炎を灯し、燻らせ、6歳からの10年の歳月を過ごしてきた。


16歳になった彼はAGF へ志願し、ついに来た入隊の日。彼にとっては待ちに待った日である。再びその建物を見上げてその拳をグっと握り絞める。


「神は絶対、この手で倒す…。」


そんな誓いの言葉を胸に、彼は入隊式へと向かった。





‐同日‐AGF極東支部第5階層‐集会場‐





集会場に紬は足を踏み入れた。ぐるりと辺りを見回し、ボソッと感想をつぶやく。


「へえ…。意外といるんだ…。」


集会所の中には、300人ほどの人が。その全員が、紬と同じ新兵だ。これから紬は彼らと共に人類の未来を背負うこととなる。


入隊式は指定席であり、紬は自分の席を探して広い集会所の中をうろうろする。3分ほどさまよった彼は、ようやくのことで自分の席を見つけ、腰かける。すると、横から声がかかる。


「よっ、紬。隣の席か!」


「凌一か…。」


毬栗いがぐり凌一(りょういち)。特徴的な金髪が目を引くが、実際はかなり人懐っこくいいやつであるというのが周りからの評価だ。紬と同じく天罰の日に家族を失っており、同じ施設で育った紬にとってはいわば腐れ縁のようなものだ。凌一に対しての嫌々そうな受け答えも一周回って友好の証のようなものである。


「お前はここまでついてくるのか…。」


「はははっ! いいじゃないかよ、親友っ!」


凌一が、紬の肩にじゃれついていると、集会所のスピーカーから声が響く。


「静粛に! 只今より、第9回AGF入隊式を始める。」


その一声で、集会所全体がシン…と静まり、緊張感が辺りを支配する。


「極東支部司令の挨拶だ、心して聞け。」


司会役の兵士の声に応じるように部隊の上に登ったのは、ひとりの“少女”。


「出た…。『剣神姫』愛染(あいぜん)S(サムライ)(りん)…。」


 凌一がボソッと呟く。


――AGF極東支部司令、愛染燐。


15歳で士官後、みるみるうちに戦果を積み上げ、士官から1年後には、功績の証であるミドルネームを手にして、その後もみるみる地位を築き、弱冠18歳で司令となり、事実上極東支部をまとめる立場となった。


彼女の実力は、司令に抜擢されるほどの指揮能力はもちろんのこと、戦闘能力も極東支部では頭一つ抜けている。数々の神迎撃戦において剣2本で神を退けた。彼女の白い軍帽と、それと対をなすように綺麗な黒い髪をなびかせて指揮し、戦う姿は極東の象徴のようになっている。


――まるで、新たな信仰の対象であるかのように。


そんな彼女が壇上で歩き、自分たちの方を見ている。その事実で、新兵たちは心が震えた。


燐は、ぐるりと集会所全体を見回し、その声を発する。


「AGFに志願したお前たちはこれからの極東の、ひいては世界の守護者となっていくだろう。その自覚を持つことが第一だ。第二に自分の力を磨け。戦いで死なないように。無駄に命を散らすな。全員、数少ない大切な極東の仲間だ。生き延びることが任務における最優先事項のひとつだ。今日から君たちは我々と共に戦う同志。いつ出撃命令があってもおかしくはない。日々、緊張感を持って行動するように。諸君の健闘を祈っている。」


洗練された動きで敬礼をし、舞台を降りようと向きを変えた燐が、なにかを思い出したようにピタッと動きを止める。


「すまない。忘れていた。入隊時適性検査の結果、この中からひとり守護隊に配属されることとなった。」


燐のそんな言葉に、集会所がざわつく。


――守護隊。


AGFの各支部に存在するエリート部隊である。攻めてきた神と直接戦闘を交え、それを撃退するために訓練を積んでいる。神と戦うためには、相当の戦闘技術を必要としている。守護隊に属する者はそのほとんどが個人専用機を所持しており、それを繰り、神と戦うその姿は、宗教という心の拠り所を失った人々の象徴となっている。


そんな守護隊への配属はAGFに所属する者ならば誰しも夢見ることであり、まして入隊早々の配属というのは異例中の異例なのである。


凄い人がいるんだなあ…。という月並みな感想を持ちつつ、紬は他人顔で燐の次の言葉を聞き流す。


「神楽紬新兵を今日付けで守護隊に配属する。」


「神楽紬ねえ…。」


聞き流すつもりで聞いていたため、聞いたまま名前をそのまま復唱する。


そして、数瞬の硬直の後、紬はバッと顔を上げる。そのまま燐のほうを見ると、彼女の目はまさに紬をとらえており、ばっちり目が合った。


「え…。俺…?」


「神楽紬新兵は、この後中央棟前まで来るように、以上。」


業務連絡を淡々とこなし、舞台を降りる燐を、紬はただただ茫然と見送った。


凌一がバンバン背中を叩きながら何かを言っていた気がしたが、混乱していた紬にはよく聞こえなかった。





‐同日‐AGF極東支部第5階層‐中央棟前‐





入隊式が終わり、場所を移動した今になってもなお自分が守護隊に配属されたという事実を理解できていない紬は、喜びよりも困惑が大きく、かつてのテレビ番組であったというドッキリなる企画に嵌められた気分で中央棟までやってきていた。


―いっそ、ドッキリ大成功と言ってくれれば楽なのに…。


そう考える紬の視界に入った人物はどう考えてもそんなことは言ってくれなさそうな人物であった。


「やあ、神楽紬君…だね?」


声をかけてきたのは、紛れもなくさっきまで見上げていた人物。


「し…司令…?」


「司令は嫌だな。同じ守護隊の仲間になるんだから。隊長とでも呼んで欲しいな。」


「は…はあ…。」


司令直々の登場に面喰った紬の頭の中は、どちらにせよ役職で呼ぶのか…。という状況とは全く関係ないものだった。


「さあ、紬君。まずは施設を案内しながら守護隊のみんなを紹介しようか。」


「あのっ!」


「ん? どうした。何か質問でもあるか?」


「俺は…。どうして守護隊に…?」


「君は、守護隊に入って嬉しくないのか?」


紬の問いに、燐は真顔で質問を返す。燐の真剣なまなざしに、紬は戸惑いつつも、素直に答える。


「もちろん、嬉しいです。」


これは、紛れもない彼の本心だ。現状、彼の目的である神への復讐を完遂するのに、守護隊への配属はこれ以上ない最短経路である。


そんな彼の内心を知ってか知らずかは定かではないが、燐は満足げな表情を浮かべる。


「なら、今はそれでいいじゃないか。実を言うと、君を守護隊に配属したのは私じゃないんだ。詳しいことは残念ながら私にもわからない。さあ、着いてこい紬君。話は歩きながらでもできるよ。」


燐は、笑顔で紬に手招きをしながら、中央棟へ入っていく。翻った黒髪からは、いい匂いがした。





‐同日‐AGF極東支部第5階層‐中央棟1F廊下‐


 


先導して歩く燐の後を、紬はされるがままついていく。


「我々は任務がない時は基本的に自由だ。上の階層に行って何かするもよし、自室でゆっくりするもよし、訓練所で戦闘訓練をするもよしだ。」


「訓練所ですか?」


「ああ。この第5階層の中央が、今我々のいるAGFの施設だ。これは、第5階層のほんの2、3%に過ぎない。他の土地は、訓練所として我々に解放されているんだ。」





――アンダーフォートは、地上から1~5階層で構築されている。


第1~3階層は居住区だ。


直接攻撃にさらされることの少ない第3階層は極東支部の理事などの立場のあるものの居住区が。そしてその周りに食品生産プラントがある。対して、危険の多い第1階層は、貧困層の住人が住んでいる。


第4階層はヴィトレイヤーなどの兵器の研究所、工業品生産プラントなどが立ち並び、第5階層はAGFの設備と兵士の居住区。これが、人類の最後の砦、アンダーフォートである。





「訓練所を使いたいときはヴィトレイヤーについている昨日でリザーブを…」


燐が、自分の前で手を動かしながら言ってはっと気づく。


「――そうか、紬君はヴィトレイヤーをまだ支給されていなかったな。じゃあこの話はまた…。」


と、燐が歩いている前にひとりの少女を見つける。


「おーい、レイ!」


すぐさま声をかけると、その少女はピクッと反応しキョロキョロしてからバッと振り返る。そこに燐の姿を確認し、パッと明るい笑みを浮かべる。


「燐っ!」


そう声を出した瞬間少女はすさまじい勢いで駆け出し、その勢いのまま燐に飛びついた。


「燐の匂いだぁ! クンクン…。」


司令の名を呼び捨て、あまつさえ飛びつき犬のように匂いを嗅ぐ。そんな大胆な行為を行う少女を、紬は驚愕の表情で見つめる。


「おいおい、レイ。今は新人くんの案内中だぞ。」


「えっ!? 新人くん??」


その単語を耳にして、少女は再びキョロキョロと辺りを見回し、紬とばっちり目が合う。


「あはっ!」


 少女の笑い声が響いたと同時に、ドスンッと紬の腰に衝撃が。


「うわっ!?」


いきなりのことに対応できず、バランスを崩して倒れる紬。その目には揺れる桜色の髪が。完全に仰向けで倒れた紬の顔を、少女は紬の腰のあたりに腰かけながら覗き込む。


「アタシは七瀬(ななせ)M(マジカル)・レイだよ! よろしくね!」


今にも息がかかりそうなほどの距離にある顔と、ほのかに感じるレイの温もりに紬には彼女の自己紹介を聞く余裕がない。


紬とレイの様子を見て、燐はひとつ溜息をつき、助け舟を出す。


「レイ…。どいてやれ…。」


「はーい!」


燐の言葉で、レイはすぐに紬の上からどく。それを見て、燐は苦笑いをして紬に語りかける。


「すまないな、紬君。レイはすぐに人に抱きつく癖があるんだ…。」


「えへへー。」


レイは、ギュッと燐の腕に自分の腕を絡ませながらニコニコしている。


これは後にわかることであるが、このふたりは同期入隊であり、昔から仲が良かったのだという。落ち着きのある燐と、落ち着かないレイのコンビは、なかなかどうして噛み合っており、それは神との戦闘でも言えることであるが、それを語るのはまたの機会になるだろう。


「さて、我々は指令室へ向かうとしよう。レイはこのあとはどうするんだ?」


「アタシはひとっ飛びしてくるよ! またねー!!」


 そう言うと、レイはダダダダッと玄関方面へ駆けていった。


嵐のような人だな…。と、紬は思った。





‐同日‐AGF極東支部第5階層‐中央指令室‐





レイとの、嵐のような出会いの余韻をのこしつつ歩いていると、大きなドアの前についた。


「ここがAGF極東支部の中枢、指令室だ。」


燐が、少し手を挙げて何かを操作するような操作をすると、ドアが自動で開きだした。


「おお…。」


そこに広がる物を見て、紬は感嘆の声を上げる。


5階建ての中央棟の3階分を占めるその部屋の正面には、地上の映像や、偵察部隊の映像が映し出される巨大な画面。その下では、数十名の人間がコンピュータを操作している。


「ここは作戦の立案、地上の状況の把握、戦闘の指揮などを行う部屋だ。最近では、神の襲撃は少ないが、依然目下の敵である“ヒト”との戦闘は絶えない。多く使用する部屋となるだろう。」


「ヒト…。」


――ヒト


神の造りし新たなる生命。


その性質は神への忠誠。


性格は無感情、無感動、機械的。


神が、自らの手を下さずとも人間の殲滅をするために造った自律兵器であるという説が有力である。それぞれのヒトがさまざまな役割を有しており、その姿もさまざま。


強さもタイプによりけりだ。


現在直接人類を脅かしているヒトとの戦闘は、毎日のように行われている。





「そう、ヒトだ。」


燐はコクンと頷き、再度その言葉を口にする。


「やつらは昼夜を問わず襲ってくる。よって我々も24時間いつでも迎撃できる体制を整えなければならない。そんな我々の手伝いをしてくれるのが彼女だ。」


そういって、燐が手を向けた方を見ると、コンピュータの前で画面を見つめるひとりの少女。


「我ら守護隊のオペレーターをしてくれている、時藤ときふじ(さき)少尉だ。」


 紹介されて、咲は紬のほうを向き一礼する。


「時藤咲です。これからよろしくお願いしますね。」


 可憐な笑顔を浮かべてそう言う咲に会釈しつつ、ふと思った疑問を口にした。


「24時間体制なのにオペレーターさんはひとりなんですか?」


「ああ、彼女は半分ずつ寝ることができるのだ。」


燐の解答に、紬は首をかしげる。ちなみに動物などが脳の半分ずつで睡眠をとることを半球睡眠というそうだ。


と、いうわけで時藤咲は半球睡眠人間なのだ。


そんな人間離れした咲を訝しげに見ている紬の肩を、燐が叩く。


「君にもうひとつ紹介しなければいけないものがある。あれだ。」


そう言って燐が指差したのは、咲の目の前にある卵形の何か。その中では、さまざまな色の光が美しく瞬いている。


「あれはこの指令室の、すなわち極東の中枢を担うコンピュータだ。自動索敵、極東支部内の環境管理、食物生産の管理など、極東支部と名のつくものすべてを受け持っている。フェー!」


燐が何者かに呼びかける。すると、卵状の部分で点滅していたさまざまな色の光が消えて、かわりに白い光がパカパカっと明滅し、


「ふぇ……?はっ!? 燐隊長さん!! すいませんねてましたごめんなさい。」


非常に頼りなさそうな声がコンピュータから響いた。


「喋った!?」


紬がビクッとすると、コンピュータもびっくりしたように赤く瞬く。


「ふぇ!? みみみ、見たことない方が! 私が寝ている間に侵入者に侵入されましたか!?」


「いや、お前は寝ていても最低限の仕事はしているから安心しろ。ほら、こいつはこの前話した新人だ。」


燐が苦笑いしながら説明すると、なにかを思い出したように青く瞬く。


「ふぇ…。この前言ってた紬さんはこの方だったんですね…。」


「ああ、そうだ。紬君、紹介しよう。彼女はコンピュータ内の人格“フェリスティナ”だ。このコンピュータも同じ名前で呼ばれている。彼女はこの極東を司る人格。すなわちこの極東を管理している人格だ。見ての通り話せる奴だから暇なときは相手をしてやってほしい。」


そう言う燐の目には、どこか『頼むから誰かこいつの相手をしてくれ…。』という疲労感のようなものが浮かんでいるように見える。


「仲良くしてくださいね、紬さん!」


 紬は、キラキラとした目で見られた気がして、フェリスティナをジトーっとみる。


「フェーってさあ…。そんなんで仕事できてるの…?」


「ふぇっ!?でででっ…できてますよぉ!!」


「ほんと? バカっぽい喋り方だから不安なんだけど。」


「ふぇぇ…。私は“スーパーコンピュータ”ですよ? おバカさんなわけないじゃないですか!」


「へえ…。ほんとに?」


「ふふーん! 私、円周率1京桁突破しましたよ?」


「ふーん…。で?」


「ふぇ!? もっと驚いてくださいよぉ!!」


「暇なんだね。そんなんでちゃんと仕事してるの?」


「ふぇぇぇぇっ!?」


紬は、自分でも驚くほどスラスラとフェリスティナを言葉でいじる。


その結果、フェリスティナは興奮したように赤くパカパカと瞬く。


「紬君…。すごいな。初めてでここまでフェーをいじり倒すとは…。」


「そうですね…。彼にはフェーの話し相手の才能があるかもしれませんね…。」


燐と咲の間で、紬の株が妙なベクトルで上昇した。


赤く明滅し続けるフェリスティナをちらっと横目で見て、燐は苦笑いしながら話しかける。


「フェー!」


「つむぎさんにわたしのすごさをわかってもらわないと…。つむぎさんにわたしのすごさをわかってもらわないと…。つむぎさんにわたしのすごさをわかってもらわないと…。つむぎさんにつむぎさんにつむぎさんに…。」


「フェー…?」


「ふぇっ!? 燐隊長さん!? どうしましたか!?」


「アリシアとロベルトはどこにいる。」


「ふぇ…。アリシアさんは自室ですね。ロベルトさんはいつも通り…。」


「まあそうか…。じゃあ紬君への紹介はまただな…。」


「その代わりといってはなんですが、ユウイチさんはそこにいますよ?」


「そんなことは見ればわかる…。」


そう言う燐の目線が向いた先では、ソファに寝転がりながら大量の紫煙を吐き出す男が。





「紬君、紹介しよう。君の教官を当面務める…。」


燐がそこまで言うと、男がむくっと起き上がり、ボサボサの頭を掻きながらいう。


茅葺(かやぶき)N(ノーブル)・ユウイチだ。よろしく。」


軽く手をあげて、再びソファにボフッと倒れこむ。そんなユウイチを燐は苦笑いしながら見る。


「と、まあこんなやつだが一応守護隊最年長で経験も腕もある。戦いの基本は彼から叩き込んでもらうといい。」


「だが、今日は私が訓練に付き合おう。君にレイヤーの支給と、機能の説明もしておきたいしな。」


「はい、わかりました。」


「よし、ではいこうか。」


歩き出した燐の背中を追う紬は、ふと思う。


―極東支部司令直々の訓練って…。


彼の額を、冷や汗が流れた。


そんな紬の心などつゆ知らず、燐はずんずんと訓練場向けて歩いていく。


「この極東支部にはおおきく分けて4つの訓練場がある。この本棟を中心に東西南北の4つがな。さっきも言いかけたが、この訓練場を使うためには、ヴィトレイヤーの機能を使って予約する必要がある。」


燐は自分の目の前に手をかざし、なにかを操作するような動きをする。


「うむ。西側がとれたな。君のヴィトレイヤーはそこで支給しよう。」


紬は、コクンと頷く。


「では、行こうか。西側訓練場へ。」





‐同日‐AGF極東支部第5階層‐西側訓練場‐





「さて、君に最初のヴィトレイヤーを支給しようと思う。君の最初の機体は…。ユリアⅡ型か…。改修機ではなく通常機…。紬君、適性は?」


それを隊長が知らないのですかと思わなくもなかったが、紬は答える。


「Aですね。」


紬がそういうと、燐は少し驚いたような顔をする。


「Aだと? 守護隊の最低ラインではないか…。特殊適性は?」


「ありません。」


「ふむう…。」


 燐が顎に手を当てて考え込む。





――適性


ヴィトレイヤーを運用するにあたって、その人物がその程度向いているかを示す指標である。


Çを最低としてB、Aと上がっていき、そこから上はAA、AAAとなりAAAが最高である。


その適性に付随して、特殊適性も存在する。


特殊適性とは、言ってみれば特殊技能のようなものである。


適性がAAA(C)となっている燐の場合、基礎的な適性が最高ランクである上にC(commander)の特殊適性を持っていることになる。


この特殊適性の特徴は、自分の部隊全体の状況を感覚的に把握できるという指令頭向けの適性である。


守護隊の隊員は例外なく特殊適性をもっている。


紬の適性を聞き、燐が考え込んだのはそのためである。





「おそらく紬君の、適性には現れないなにかを上は見抜いているのだろう…。」


うんうんとうなづき自己解釈する燐。まだその表情には納得の色は薄いように見える


「とはいえ、適性がすべてではない。さあ、君の相棒となる機体を渡すとしよう。」


燐の手に握られていたのは、時計のような形をしたもの。


「これが我々の命運を握るモノ、ヴィトレイヤーだ。我々はこれを肌身離さず身に着けている。さあ、紬君もつけてみるといい。」 


そっと差し出されたそれを手に取り右腕にはめると、紬の視界が何か薄い膜のようなものに覆われた感覚がした。


その違和感で閉じた目を開くと、目の前に『You are my master』の文字が。


紬のその様子をみて、燐が大きく頷く。


「うむ。どうやら初期展開が終わったようだな。さあ、ではヴィトレイヤーを展開してみよう。」


と、燐が言った瞬間、紬の耳に先ほど聞いたような声が響く。


「お、紬さん! 登録終わりましたね?? これで紬さんの状態は私にすっけすけですよっ??」


紬の目の前には『Calling;Pheristina』の文字が。


「隊長…。これ、すごく取りたいんですが…。」


「すまん…。バイタル管理とかも彼女がやってるんだ。我慢してくれ…。」


「えへへへへ、これで紬さんもわたしのも…」


「仕事しろ!」


紬はそう叫んで通話を終了する。


「すまない…。あんなでも一応仕事はしているんだ…。」


燐が、『頭が痛い…。』とでもいうようなポーズでそう言う。


「と、まあ気を取り直して…。紬君にヴィトレイヤーの着装方法を教えようと思う。」


そういうと、燐は腕を自分の前でひと振りする。


すると、瞬時に彼女の体を薄い鎧のようなものが覆っていた。


「まあ、こんな感じだ。」


「わかりませんよっ!」


紬が悲鳴のように声を上げる。


「む…。そうかな…。」


「なにが起きたのかすらわかりませんよ…。」


「そうだな…。ならば最初は『着装』などと発声してイメージを膨らませるのはどうだろう? ヴィトレイヤーの操縦はほとんどのウエイトを精神力と想像力が占めるからな。」


「想像…ですか。」


そう言われて、紬は一瞬目を閉じる。


脳裏に浮かぶのはあの日の記憶。


全てを奪われた忌々しい日の…。


―あの神を倒す。そのために俺は存在している。力を貸してくれ…。


「着装。」


紬の言葉に応えるように周りの空間が輝き、彼の体の周りを鎧が覆う。


彼のヴィトレイヤー、ユリアⅡ型は極東製の量産機である。肩部、腰部にそれぞれ浮遊する2対の装甲が特徴的な、バランスの良い機体である。


「ふむ。無事装着できたようだな。では、最初にして最大の関門に挑んでもらおうか。」


「最初にして最大の関門…ですか?」


「ああ、そうだ。もう私はやっていることだが…。」


燐は、そこまで言うと自分の足元を指で指し示す。


「このように、宙に浮き、飛行するということだ。」


指差された燐の足元。確かに燐の足は地面から離れていた。


「ヴィトレイヤーは想像力と感情をエネルギーとして動く。人をひとり浮かせるためには、大きな感情エネルギーと想像力がいる。」


「具体的にはどうすれば…?」


「最初は浮かぶということをイメージしつつ『浮け!』と念じることが大事だろう。さあ、やってみたまえ。今日はこれができるまで帰さんぞ?」


「勘弁してくださいっ!」


苦笑いしながらそう言いつつも、紬は目を閉じて精神を集中させる。


―浮け…。


「もっとだ!」


―浮けっ!


「まだだっ! まだ足りないぞ!!」


―浮けっ!!


燐の叱咤に呼応するように紬が念を強くする。


すると、紬は自分の体が何かに押し上げられているように感じた。


「これは…?」


「よくやった紬君! 無事一番の関門を越えることができたな。」


燐は弱冠興奮気味にそういうと、紬に向けて手招きをする。


「一度浮けば体がその感覚を覚えてイメージしやすくなる。そのうち歩くのと同じくらいの感覚で浮けるようになるだろう。さあ、動いてみよう。こっちへ来るんだ、紬君。」


「は、はいっ!」


まだ、浮いているという状況に慣れていない紬はおっかなびっくりといった様子で燐の方へ動こうとする。


ヴィトレイヤーもその紬の意思に応えるように動く。


まだノロノロとした動きではあるが、彼にとっては大きな一歩である。


「そう、その調子だ。少し慣らせばすぐに高速で動けるようになるだろう。」


燐がゆっくり動くのを追って動いていた紬は、ふと何かに気付いたような顔をする。


「ああ、なんかわかってきました。」


「そうか。では、少し遠くまで飛ばしてみよう。」


燐は少しニヤッと笑う。


「ちなみに私の今の機体はユリアⅠ型だ。初心者とはいえ、旧型機に置いて行かれるなよ?」


そう言って、燐は一気に加速する。


紬には、燐が光の線になったようにしか見えなかった。


「えっ!? 隊長!?」


置いて行かれるなと言った割にフライングをした燐を、紬は慌てて追うのであった。





飛行を開始してから数分後。


燐は内心舌を巻いていた。


「隊長! 待ってくださいよ!」


彼女の後ろにはなんとか追いついてきた紬の姿があった。


―よもや、本当に追いついてくるとは…。


置いて行かれるなとは言ったものの、まさか自分が追いつかれると燐は思っていなかった。


機体の性能の差があり、力をセーブしているとはいえ仮にも紬は初心者だ。


―もしや、彼は本当に何かを持っているのかもしれないな…。


「隊長! どこまで行くんですか?」


と、思考しながら無意識に飛んでいた燐は、自分が結構飛んできていたことに気がつく。


「あ、ああ。すまない。この辺にしよう。」


慌てて止まり、紬に向き直る。


「紬君はなかなかセンスがいいようだな。さすがは守護隊に選ばれるだけはある。」


「そうなんですか?」


紬は少しびっくりしたような顔をする。


「ああ。最初でこれだけ動ければ十分だ。」


―十分すぎるくらいだ…。


内心で別の言葉をつぶやきつつ、燐は話を先に進める。


「さあ、では次に武装の展開をしてみよう。」


「武装ですか?」


「ああ。このユリアシリーズには基本装備として3つの武器が実装されている。近距離の剣、中距離のマシンガン、遠距離のビームライフルといった具合だ。全距離で対応できるような武器編成になっている。」


「どうすれば出せるんですか?」


「例のごとく呼び出すといった感じだ。必要な武器の種類をイメージする。それだけだ。」


そう言うと、燐は手を軽く振る。


その手には大きなライフルが。


「撃つのにも感情のエネルギーを用いる。その時の感情エネルギーの大きさ次第では大きな攻撃をすることだって可能だ。訓練すれば意識して調整することができるようにもなるだろう。」


もっとも…。と少し言いよどんだ上で、燐は言葉を続ける。


「装備されている武器以外だろうが、エネルギーさえこと足りてしまえば臨機応変に作り出すことだって可能だ。何もないところからビームを打ち出す者もいる。」


―そんなことができるのか…。そんなのは想像なんて次元じゃない…。想像じゃなく、創造じゃないか…。


「まるで神にでもなったみたいですね…。」


紬の発言に、少し驚いたような顔をするが、次の瞬間にはきつく口を結び直して答える。


「当然、我々は神と戦うんだ。ならばやつらに少しでも近づかねばならない。そのために我々は訓練を続けている。私とてまだやつらの足元に及んだとも言い難いよ。」


「隊長でも…ですか?」


数々の戦いにおいて神を撃退してきた燐の言葉に、今度は紬が驚いたような顔をする。


そんな紬をかすかに笑いながら真っ直ぐ見つめ、燐は答える。


「当然だ。私は馬鹿正直に突っ込んでいくことしかできないからな…。奴らの足元になどたどり着けもしていない。」


――だが…。と言いながら、燐は極東支部の方を向きながら言葉を続ける。


「奴らと戦うのは私だけではない。極東のみんながいる。それならば神の1体や2体屠ることもできるだろう。我らには仲間が必要だ。もちろん、紬君も。キミも自分の力を信じ、訓練に励み、この極東でともに戦ってくれ。」


「はいっ!」


燐の真っ直ぐな瞳とその言葉に、紬は心が震えるのを感じていた。


その瞳に見える強い意志と、言葉に宿る力の大きさにただただ心酔する。


きっとそれが彼女が人々をひきつける所以なのだろうと。


そう、紬は感じたのだった。


「さて、では少し私と戦ってみようか。」


「なっ!?」


思考していた彼の頭に衝撃が走る。


―戦う…? 極東最強の戦士と?


「そんなに驚いた顔をしなくたっていい。キミに慣れてもらうための軽い模擬戦だ。なにも殺しあうわけではない。」


紬のあまりにも驚いた顔に、燐は今日何度目かわからない苦笑いを浮かべる。


「でも…。相手になりませんよ?」


「構わないさ。私は模擬刀1本でやらしてもらおう。君は好きな武器を使えばいいさ。」


「えっ!?でも…。」


それではあまりにも燐が不利すぎる。


そう言いかけた紬を見て、燐は不敵に笑う。


「おいおい、私を誰だと思っている。初心者相手に攻撃を受けているようでは隊長失格だ。遠慮せずにかかってこい。」


そう言うと燐は紬から距離をとり、会話を通信に切り替える。


「開始距離は500m。1発でも攻撃を当てた方が勝ちだ。」


「わかりました。」


「フェー、開始の合図を任せる。」


燐がそう言うと、通信にフェーが割り込んでくる。


「ふぇ!? わかりました!!」


その声を最後に、静寂がふたりの周りを包む。


そして、程よい緊張感が現れた頃に、非常に緊張感のない声が辺りを包む。


「スタートですっ!」


その声とともに、ふたりは同時に動きだした。


一気に加速して距離を詰めようとする燐は前方に急加速。


対して近距離は不利と判断し、距離をとりたい紬は後ろ向きに加速する。


紬のマシンガンが、実弾とは違う高めの小気味よい音と共にビーム弾を吐き出す。


「ふふふ、甘いな紬君…。攻撃が単調だぞ!!」


常人には反応できるかも怪しいその弾を、燐は超人的な反応で避けていく。


「当たらないっ!?」


縦横無尽に動き続ける燐の動きに、紬は翻弄されていく。


「動きを見るな! 読むんだ!!」


燐の言葉に、紬は少し銃口の動かし方を変えてみる。


燐を追う方向から動きを遮る方向へ。


「なかなかいい判断だ!」


紬の弾幕により動きを誘導されつつある燐は、それでも笑みを浮かべていた。


機体の性能差がありつつも、紬と燐の距離は縮まりつつある。


圧倒的な操縦者の力の差である。


―やっぱり…すごい…。


燐の強さをその身をもって実感する紬。


感心し、感動している間にも、燐はグングンと紬に迫ってくる。


その距離、25メートル。


「ふっ!!」


燐が小さく息を吐き、ユリア-Ⅰ型が急加速。


常人には認識できないような速度で弾幕の間を綺麗に抜けつつ、一気に剣の間合いへと入る。


「もらった!!」


剣は死角から紬に襲い掛かる。


超速、不可避のまさに必中の一撃。


「っ!!」


「何っ!?」


だが、燐の剣は紬の横をすり抜ける。


―避けられた…!?


「おおおっ!!」


紬の銃口が燐へと向く。


「させんっ!!」


紬が引き金を引く直前、燐は全力で後ろへブーストする。


直後に放たれた弾を、すべて切り伏せる。


「はあっ…。はあっ…。」


息を切らす紬を見て、燐は剣を下す。


「よくあれをかわしたな…。」


少し驚嘆の色を浮かべつつ、燐は紬に話しかける。


「無我夢中で…。自分でも何が何だか…。」


―避けれる一撃ではなかったのだがな…。


自分の技への自信もあいまって、彼女は大きな衝撃を与えられた。


―しかも、あの動き…。よもやユリアⅡ型の最高出力すらも上回っていたのではないか…。


紬が避けた瞬間、紬のⅡ型が薄く白く輝いたように見えたのだ。


「君は…。」


――本当に特殊適性を持っていないのか?


燐がそう続けようとした瞬間、大きなサイレンの音が辺りに響く。


それと同時に、ふたりの目の前に『EMERGENCY』の文字が。


「どうしたフェー!」


燐が、叫ぶようにそう言う。


「ヒトの部隊が豊橋方面から進行してますです! 数は100、番人型(キーパータイプ)30、剣士型(ソードタイプ)50、射手型(アーチャータイプ)20の編隊と推測です!」


「了解! すぐ戻る!!」


そう言って、紬の方に向き直る。


「敵襲だ。一度指令室に戻るぞ!」


「は、はいっ!」


紬の返事を聞き、頷くと、すぐさま反転して指令室に向かうために加速する。


「レイ、ロベルト! 指令室にこい! 大至急だ!!」


燐の後を必死に追う紬の耳に、燐の怒号のような呼びかけが響いた。

第二章からは話分けしていくため一回投稿毎の分量が減っていきますがご容赦下さい。

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