表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Desperado Wizards  作者: バナナオサル
2/19

第一章 ロンドンからの帰還(1)

日本の首都が東京に移ってから今年で十年目を迎えた。

上野戦争があった当時の様相とは百八十度変わり、昼間は洋式建造物が立ち並ぶ街の中を、人力車と馬車が忙しく縦横無尽に駆け巡り、夜間は淡い橙色の炎が燃える瓦斯灯(ガスとう)が、帝都の街に文明開化の光を照らす。   

近年、洋式建造物の建築が堰を切ったように各地区で進むなか、武家屋敷が存在した東京府赤坂界隈は、今尚、徳川幕府二百六十五年の名残をとどめている。

鬱蒼とした氷川神社の境内の真ん中に、悠然と枝を伸ばし、黄金色の葉が生い茂る樹齢二百六十年の大銀杏が、風格を醸し出している。

明治十年(一八七七年)十一月二十二日、本氷川坂下にある邸宅では、日本の存亡をかけた会合が行われる。

暖炉を設けた洋間には、直火の温もりを感じる雰囲気とは対照的に、厳粛な面持ちで洋式卓を囲む五人の男がいる。

上座にどっしりと腰を下ろす洋装の男は、端正に整った顎髭が特徴であり、英国紳士さながらの気品を漂わせる。

紳士の名は、大久保利通。元薩摩藩士であり、明治政府内務卿を務める近代日本の先駆者だ。

倒幕への気運が高まる激動の時代に、維新志士たちを率いた革命家は殖産興業を政策目標に掲げて経済効果を促進し、近代国家の礎を築く壮大な事業を進めている。

この男が持つカリスマ性は、現在(いま)も健在だ。

内務卿の左隣の席には、黒い制服を着た男がいる。

 内務卿の懐刀という異名を持つ警視庁警視長、川路利良だ。

「これで全員揃ったな」

参加者の顔を一通り見渡した大久保が、下座に座る三人に向けて、挨拶をした。

「忙しい中、集まってくれて感謝する」

こっちに顔を向けた大久保が、穏やかに話しかけた。

「まず有馬総介君、倫敦(ロンドン)での長い修行生活、ご苦労であった。君の手紙を読ませてもらったよ。元気に修行に励んでいるのを、勝殿が喜んでいた」

総介はむっつりした顔をした。

その隣では、白髪頭を掻いて頬を紅潮させた初老の男が、照れ臭そうに言った。

「やめて下さい、小っ恥ずかしい」

一見、好々爺に見えるこの男の名は、旧幕臣であり、元参議兼海軍卿の勝安房守義邦(かつあわのかみよしくに)、またの名を勝海舟だ。

一八六〇年(万延元年)、幕府の遣米使節団の艦長だった海舟は、日米修好通商条約の批准書交換のために亜米利加(アメリカ)桑港(サンフランシスコ)へ渡航した。

英国(イギリス)との戦争終結から七十七年が経った亜米利加(アメリカ)の急速な経済発展に日本の行く末を懸念した海舟は帰国後、国が一丸となって欧米列強と対等に渡り合う幕府海軍の人材育成に尽力した。

その後、戊辰戦争が勃発したことで旧徳川家の存続と江戸の町が戦渦に巻き込まれることを恐れた海舟は、新政府軍の参謀である西郷隆盛と薩摩藩邸で会見し、無血開城を実現した。

もし海舟の機転と絶対恭順という思想がなければ、江戸城ならびに町は廃墟と化し、百万人以上の戦災者が出たであろう。

海舟は総介を窘めた。

「有馬、大久保卿が此処に見えてから、ろくに挨拶すらしてねぇ。最近の若者は礼儀作法すら知らねえのか」

総介は陰鬱な顔で会釈を済ませると、大久保に顔面を射る様な鋭い眼力を浴びせた。

その一方で、二人と同じ並びに座る純白の祭服を着た異人が、上座に向けて丁寧に頭を下げる。

彼の額に装着しているのは金色に輝く冠だ。その中央には、紫色の宝石のような物が施されている。黒装束を纏う総介とは一線を画すかのような奇抜な衣装を纏う青年だ。

「初めまして、私はロバート・エリックと申しマス。総介サンと共に英国(イギリス)で修行に励みまシタ」

切れ長の目と鼻筋が通った金髪男が爽やかに話す流暢な日本語に、総介以外の日本人は感嘆した。

武家屋敷から一転して近代都市化を目指すようになったのは、日本が欧米諸国と互角に渡り合える文明を築くことも一理あるが、総介が日本を発ってから二年後の明治五年に起きた銀座大火だった。

江戸城和田倉門内にある旧会津藩邸から火の手が上がると、折からの烈風に煽られ、銀座から築地一帯を焼き尽くした。

そこで復興にあたって、東京を倫敦や巴里のように不燃都市にする計画が持ち上がった。

焼け野原になった銀座はその後、木造の建家から耐火性のある煉瓦造りになり、歩道も煉瓦で舗装された日本初の洋風街区である。

ロバートは日本の印象を歯切れの良い口調で述べた。

「十五年程前に私は一度、江戸を訪れてイマス。一年程、江戸に居ましたが、木造建家は清潔感があり、景観は絶えず美しく変化していまシタ」

周囲が少し和やかになったところで、大久保が話の本題に入った。

「本日、皆さんに集まっていただいたのは、東京府内を張り巡る結界を破壊した妖魔が、長期に亘って繰り広げる殺人事件についてだ」

徳川魔方陣の中枢部である陽魂寺(ようこんじ)は皇城(旧江戸城)西丸付近にある小高い丘に建立された寺院だ。

この寺の創建者である徳川家康は、戦病没者の魂を差別することなく、霊魂が黄泉の国に向かうために建立した。

陽魂寺の境内に建立してある(みよう)(けん)()(さつ)像の霊力と本堂の霊力は共鳴しており、結界の効果が薄れてきたことで封印が解け、妖魔が下界へ解放される危険がある。

「陰陽師の桜宮沙那(さくらのみやさな)殿の話によると、本堂に封印していた妖気が結界に圧力をかけたことで結界が弱まり、妖魔が脱走したという見解だ」

大久保の口から出たひとりの名前が総介の耳に入った。

「桜宮沙那……」

目を見開いた総介は、此処に来て初めてボソッと呟いた。

小声が耳に入ったのか、大久保がこっちを一瞥した。そして、何事もなかったかのように話を続けた。

「これによって、民間人が妖魔に惨殺される事件が、二年間で計百四十三件も発生した」

大久保は一度話を止めた後、川路に命じた。

「川路君、あれを出したまえ」

川路は木箱を卓子(テーブル)に置くと、おもむろに蓋を開けた。そして、中から腐臭漂う黒い物体を手にすると、それを妖術士たちの前に置いた。

川路は少し語気を強めて言った。

「これは、三日前に麻布霞町の和泉家に送られた犯行予告状だ」

総介は生臭い物体に鼻を曲げながらも、手に持って熟視した。そして、抑揚のない声を出した。

「蝙蝠の死骸ですね。死骸に貼ってある書状には『十一月二十九日の深夜零時に、麻布霞町の和泉家を襲撃する。闇乃道化師』と明記してあります」

「そうだ。奴は事件が起きる三日前に標的者へ犯行予告状を送り付ける。当初、闇乃道化師は無差別殺人を快楽的に行う殺人犯と想像した」

「だが――」と、大久保が気迫に溢れた顔で言葉を続けた。

「警護にあたり、重傷を負った警察官は皆、『獣臭が漂う翼の生えた悪魔』と証言した」

「翼の生えた悪魔……」

大久保の話を耳にする総介たちの表情が、より引き締まった。

これまで不本意な結果に終わった怒りと、悔しさで握り拳を震わせていた川路が声を絞り出す様に言った。

「先月までに妖魔の討伐に向かった警官隊は計五百名。その内、死亡者三百九十八名に重傷者六十九名、戦病死亡者が三十三名も出ている」

「戦病死亡者とはどういうことですか?」

総介は訝しんだ。

「重傷者の中には虎狼痢(コレラ)に感染して死んだ者が多くいる。おそらく伝染病を媒介させる能力がある妖魔かもしれない」

川路の顔が苦渋に満ちている。

ここで想定外のことが起きた。なんと、大久保が卓子(テーブル)に両手をついて深々と頭を下げたのだ。

内務卿自らが、妖術士を相手に頭を下げて懇願することなど、あり得ない行為だ。

「妖魔を斃してほしい。西南戦争が終結してまだ二ヶ月しか経っていない今、こんなことで軍隊を動かすわけにはいかないのだ」

しかし、それを見た総介は呆れた口調で大久保を責めた。

「軍隊を動かすわけにはいかない……。つまり内政を諸外国に露呈するのを恐れているのですか?」

「なにっ?」

大久保が目を剥いた。

総介は言葉を迸った。

「随分、勝手な話ですね。反政府主義の士族に対しては軍隊を動かせて、妖魔に対しては腰が重いですね」

大久保は血相を変えた。

分不相応な言葉を冷静に受け入れているように見えるが、ピクッと目尻が吊り上がった。

川路はすかさず声を荒らげた。

「バカモン! 再び内乱でも起きようものなら当然、国力低下に繋がる。そのような事態になったら、欧米列強は日本を植民地にしようと襲いかかってくるだろう!」

「しかし、いつまでも世間体を気にしていて、日本を守れますか? 妖魔相手では逃げ腰ですか?」

「逃げ腰だと……」

川路が怒りで体を震わせていると、海舟が割り込んできた。そして、総介に向けて一喝した。

「いい加減にしねぇか、何も政府は、国民を見捨てるとは言っていない。軍隊を使うだけで事が片付くなら、おまえたちを呼ぶわけないだろ!」

「私が言いたいのは政府の心意気のことです。世間体を気にせず、一致団結して事に当たらなければ国民の不安を煽るだけです!」

激しい舌戦を繰り広げる中で、総介はロバートを一瞥した。

なんと、この男は緑茶を啜りながら、呑気に舌戦を傍観している。当惑することなく太々しい態度を示すこの男に、総介は半ば呆れた。

その時だった、周囲に撒き散らす程の怒鳴り声が聞こえた。

「静かにせんか!」

総介の背筋がビクンと大きく揺れ動いた。

そして、周囲を警戒するかの様に恐る恐ると声の出所に振り向いた。

大久保だ。

怒りを含んだ鋭い目は正面を睨み、静脈が浮かび上がった形相は、殺気立った髭鬼そのものだ。

あまりの結束力の無さに一喝したのだ。

大久保が厚みのある声で言葉を迸らせた。

「いくら装いを繕うとしても、国民の安息を脅かす悪魔を排除しなければ、維新はいつまでも完成しない!」

言葉の意味は単純だ。だが、この男が発した言葉は張り詰めた空気と重なることで、鋼鉄のように重く溶銑(ようせん)の様に熱かった。

内務卿の熱意に触発された総介は、胸の内に熱いものが込み上がってきた。

さらに、自分を覆う闇に細かい亀裂が生じると、鱗の様な欠片がボロボロと剥がされていく感覚に陥った。

ここで情緒不安定な総介の背中を一押しした男がいた。

ロバートだ。

「総介、あなたが人間味に溢れた人だということは分かってマス。しかし、政府にも事情がありマス。ここは私たちの力を駆使しまショウ。先ほど言ったように、私は日本が好きデス。妖魔に支配された日本なんて見たくもナイ」

総介は親日家の意気込みに暫く思案する。そして腹を括った。

「分かりました、お引き受け致しましょう。だが、これだけはお約束下さい。十年前の戦で幕府を倒して維新を起こしたあなた方が、薄汚い政治で民衆を失望させるようなことがないように、国民が国の行く末を決める理想の国家を目指して下さい」

「約束しよう」

十年前、日本の覇権を懸けて維新志士と戦い、そして敗れた有馬総介は今、妖魔の手から民衆を守ろうと、再び死地に赴くことを決意した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ