終章
闇乃道化師との戦いが終結してから、一ヶ月が経過した。
肌寒い風が吹き抜けるなか、陽魂寺の境内では、桜宮沙那が今日も妙見菩薩像の修復に専念している。
しかし、一ヶ月前の光景と違うところがある。それは、召喚士のロバートが陰陽師の指導者として彼女に付き添っている。
その後ろで総介は優しく二人を見守った。
ロバートが檄を飛ばしている。
「もっと妖気を高めテ、脳波の律動を巧く制御するんダ!」
「はい!」
沙那の返事に覇気が籠もっていた。
この話は二週間前に遡る。ロバートの指導を仰ぐ話は、沙那自らが志願したことだ。
「私の両親とマーガスさんから受け継いだこの魔石を自由に扱えるように、ロバートさんに弟子入り志願します」
この話を聞いた総介は頭の中が真っ白になった。
ロバートの企てを察している総介の気持ちは複雑だった。
それでも桜宮一族が代々受け継いだ陰陽師の能力と魔術師乃血統石を用いた妖気を高めるにはロバートが適任だった。
それはかつて、魔石の持ち主だったマーガスの遺子であり、親父の妖気と共鳴できた沙那を、一人前の陰陽師に育てる使命感が昂っていたのだ。
「総介の補佐ができる立派な妖術士に育ててみセル。だから、以前、おまえの父親を揶揄したことを許してクレ」
ロバートの詫び言に嘘偽りを感じなかった。何故ならば、父親を殺されたことで、懊悩煩悶な人生を歩んだ者が共感できる感情だ。
総介はふと、寒空を見上げた。
透明感のある青空に薄雲が漂う。
そこには、和泉鶴子の優しい笑顔が浮かんだ。
沙那が弟子入り志願を打ち明けてから五日後のことだった。
有馬総介が病院へ見舞いに行った際、鶴子は寝台から起き上がると、悲しみを堪え、気丈に話した。
「私は生きる希望を失った人を助けたいです。甘い考えかもしれません。……けど、それが父と兄に対する供養だと思います」
そして、出した答えが『看護師』という道だ。彼女の不撓不屈な心は健在だ。
総介の心に淡い感動が沁みた。
維新が始まって十年目を迎えた今、人々の思いが様々な形で交差する。
ひとつの苦難を乗り越えて大きく成長を遂げた者もいれば、矢印を逆に向けて悪事を働く者もいる。
心の成長は難しい。それでも、三人の妖術士は心の成長を見せた。
平和な世になるには、まだ前途多難だ。しかし、人々の思いは新たな世代に継承される。
誰もが笑顔になれる新時代を創るという思いが、討伐隊の結束力を強くした。 (完)