第四章 陽魂寺の死闘(2)
総介が山門に目を向けると、ひとりの大男が門の前に佇んでいるではないか。
そちらに向けて行灯を掲げてみる。長い金髪に純白の祭服を羽織った男は、我が相棒のロバートだった。
総介はホッとした表情で言った。
「単独行動するのではなかったのか?」
「したくてもできないですヨ。俺ひとりでは破壊できない結界が張られていましてネ」
ぶっきらぼうに答えるロバートが門に向かって親指を突き付けた。
総介は門の前に立った。
そんなに強い妖気ではない。
総介はロバートに振り向く。そして心を燻っていた気持ちを打ち明けた。
「……俺は十年前に親父を亡くした。その時の記憶が和泉邸での闘いで甦ってしまい、自分を見失っていた」
「……」
ロバートは真っ直ぐ外壁を見据えたまま話に聞き入っている。総介は気丈な声であとを続けた。
「だが、今の俺に迷いはない。もう一度、俺と手を組んでくれ。佐那を救出するには冷静で的確な判断力ができるおまえが必要だ。魔石のことは彼女を救ったあと、三人で話し合えばいい!」
「総介……」
ロバートが目を見張った。この男は冷静な態度で寡黙を続けるが、目を吊り上げ鋭く睨み返した。
二人の間には鋭利な刃物のような殺伐とした空気が流れた。
この空気を破ったのはロバートだ。一瞬ではあるが微笑を浮かべたこの男は、神妙な面持ちで答えた。
「やっと、迷いを断ち切ったカ。分かりマシタ、今回はあなたの考えに付き合いますヨ」
「俺の言っていることを理解してくれたのか?」
「いや、そうではありまセン。まだ光の魔石を諦めていまセン。ただ、父の意思を確かめタイ」
「父の意思?」
「はい。本当に沙那サンに託していいのカ。窮地に陥った彼女に光が発動すれば、父の遺志と共鳴したことにナル」
「まさか本当に彼女を英国に連れて行くわけじゃないよな?」
脅しの利いた声でロバートに圧力を掛ける。 しかし相棒ははぐらかした。
「その答えは、この戦いが終わってから教えマショウ、時間がナイ」
急ぐロバートに総介が釘を刺すように言った。
「沙那の救助は慶喜様他二名にお任せしている。慌てなくてもいいぞ」
「慶喜様他二名?」
ロバートが想像力を掻き立てている。そして、「フッ」と冷笑した。
総介は大扉に両手を添えた。
「扉を開けよう」
「ああ」
ロバートは、大扉に両手を添えた。
「アンギラ、ソンボ、メタンボ、アンギラ、ソンボ、メタンボ、この地に張られし結界を破壊したまえ」
呪言に呼応した大地が揺れ動くと、白壁の至る所に亀裂が入り、屋根瓦が落ちていく。
そして、稲妻の如き青白い光が山門に向かって発光した次の瞬間、耳を劈く轟音と共に微弱な衝撃波が全身を打ちつけた。
地震が時間をかけて鎮静していく。結界が解けたのだ。空気中に濛々と立ちこもる風塵が二人の視界を塞ぐ。
砂埃が舞うなか、二人は大扉を押したあと、境内に足を踏み込んだ。
大地を踏みしめて勇猛に進む二人の目に、妙見菩薩像の上半身が映った。
和泉邸で感じた妖気とは比べものにならないものを感じる。
二人は歩みを止める。そして総介が声を張り上げた。
「隠れていないで出てこい!」
人が吸い込まれそうな程深く暗い夜空に声が木霊する。
「ケケケ!」
血液が凍りそうな笑い声と共に二体の人影が現れた。
一人は和泉邸の執事に変装していた吸血人狼、その隣にはなんと、占術士バロム・ロビンソンだ。
総介は我が目を疑った。
何故、あの男が吸血人狼と肩を並べているんだ?
総介の心に靄が広がった。
内務卿の懐刀が妖魔に魂を売ったのか?
それとも――。
考えても埒が明かない。
総介が問い詰めた。
「バロム・ロビンソン、なんであんたが此処にいるんだ?」
「倒幕を果たした新政府がのうのうと胡座をかいでいる間に付け入ったのさ、すべては魔界建国のためにな」
「つまり、初めから日本掌握のために政府を利用していたということか、幕末からだと随分手間暇かけたようダナ」
ロバートが嘲笑した。
バロムが高らかに講釈を垂れた。
「旧徳川軍と新政府軍との勢力が均衡していた幕末の世、いくら我らでも下手に相手をすれば骨が折れることは目に見えていた。だから、私が新政府に荷担して動乱を鎮めたのだよ」
「つまり動乱が過ぎて間もない日本ならば、心置きなく魔方陣を破壊することができるという魂胆だったのか」
総介は唇を噛むと、バロムに睨みを利かした。
バロムが嘲笑した。奴の下劣な笑い声は鼓膜を伝って、聴覚神経を強く刺激した。
「ケケケケ、私が陽魂寺の扉を開放して、下界と魔界が直結した隧道を造ろうと画策したのだ。和泉の旦那も馬鹿な奴よ。明治魔方陣に造り替えるという嘘を信じて資金繰りをしていた。我々は将門の祟りや少彦名命の勧請など眼中にない!」
バロムの皮膚がボロボロと崩れていく。そして白金色の妖気が彼を覆った。
眩しい光の向こう側から、現世では見たことがない妖魔が現れた。茶褐色の体毛に覆われた妖魔は、巨大な飛膜を持つ狼のような風貌だった。
バロムは吸血人狼に命令した。
「あの召喚士はおまえに任せよう」
さらに総介へ顔を向けたバロムが挑発するかのように誘ったのだ。
「貴様の死に場所は妙見菩薩像の麓と決めてある、ついてまいれ!」
バロムは姿を消した。
「待て、バロム!」
総介は妙見菩薩像の元へ駆け走った。