第三章 一族の誇り(3)
「……もう少しで氷が崩れる」
総介の妖気は氷塊の内部から噴出し、大量の蒸気を放出している。
吹きつける風は勢いを増し、強烈な雪礫が容赦なく、体を打ちつける。逆襲を恐れたロバートが妖気を高めた証拠だ。
「もう終わりカ!」
氷壁越しに映るロバートが、発破を掛けている。
ここで終わるわけにはいかない!
総介は気勢を高めた。
すると、凍結していた総介の右腕の感覚が戻ってきた。
妖剣士が右腕に妖気を集中させると右腕が発火した。炎の拳は体を拘束していた氷を目掛けて一撃を放った。
氷塊が粉砕した。
猛吹雪はまだ続いている。
人体の組織が凍結しそうな極寒のなか、総介は呪言を唱えた。
「古代より眠りし真紅の魂よ、悪しき者に裁きを下したまえ」
渦巻く紅蓮の炎が水魔神に逆襲した。
「グオッ!」
炎に包まれた水魔神が、この世から消滅する。と同時に、地面に膝をつけたロバートが喀血した。
僕である召喚獣と精霊が、敵から攻撃を食らうと、損傷が召喚士本人に蓄積される。
「まだダ。……俺の野望を断ち切らせてたまるカ!」
執念、その言葉通りロバートは相手に屈することなく立ち上がった。
ロバートの心を動かしているのは魔術師乃血統石に秘められた魔力だ。
父親が持っていた光の魔石を自分の手で取り返そうとしている。紫紺に輝く魔石を携えている彼に光の属性が覚醒すれば、日本を掌握しかねない。
ロバートは本当に日本を掌握する気か?
その思いが総介の心を燻る。
総介は魔刃丸を振り上げた。
しかし、総介は躊躇った。
本来なら、こんな危険人物に止めを刺すべきなのだが、妖剣士に相応しくない惰弱な精神で任務を失敗し、それを嘲笑うかのように沙那が拉致された。取り返しのつかない失態を犯した自分に相棒が呆れても当然だ。
総介は自責の念に駆られると思わず魔刃丸を下ろした。
「その詰めの甘さが死を招くんダ!」
ロバートは右腕から発動した輪刃を、総介に向けて投げた。
咄嗟にかわした輪刃が、総介の胸板を掠めた。
「ウゥ……」
総介は地に膝をついた。胸板から滴り落ちた血が地面を赤く染めた。
ロバートが間合いを縮めた次の瞬間、巨木のような脚が総介の顔を襲った。
体が後方へ飛んだ総介は両腕で鼻元を庇った。
蹴りの衝撃で口角が切り傷を負うと、そこから血飛沫が飛散した。
総介はロバートを睨んだ。
ロバートが上空に向かって輪刃を投げた。
何をする気だ?
総介は身構えた。
宙に浮かび上がった輪刃が一度停止をすると、激しい旋回運動を活かした刃が加速をつけて妖剣士の頭部を襲った。
総介は炎刃で輪刃を振り払った。
輪刃が炎滅したと確信した束の間――、背後から空気を裂く音が迫ってきた。
総介は咄嗟に後方へ振り向いた。
薙いだはずの輪刃が妖剣士の背中を襲ってきた。急いで身を翻すも刃が右肩を斬りつけた。
ロバートが呆れ声を上げた。
「どうした、残像でも斬ったのカ? この術は俺の意思と共鳴して動くことを知らないのカ?」
妖剣士の周囲を縦横無尽に駆けた輪刃が体を斬り刻んでいく。まるで生きているかのような動きだ。
総介の全身を赤く染める。そして血臭が鼻腔を燻った。
体の隅々を斬っているが深手ではない。これはロバートの慈悲なのか、それとも実力の差を実感させるためにあえて力加減をしているのか?
どちらにしろ、総介にとっては屈辱的だ。
輪刃が主の元へ帰った。
武器を手にしたロバートが非情な口調で告げた。
「甘い男は好きではない。そろそろ……、決着をつけルカ」
下半身にしっかりと力を込めて立ち上がった総介が意気込んだ。
「そ……、そうはいくか、おまえの考え方を変えてみせる」
魔刃丸を手にした総介は八相の構えをする。一方、ロバートは右手に輪刃を持ち構えた。
「いくぞ!」
奇声を発した二人が、眼前の敵に向かって突進した。
召喚士の脳天を目掛けて振り下ろす炎の刃に対し、輪刃が妖剣士の首を斬る動作に入った次の瞬間――、二人の争いに待ったをかけるような爆音に襲われた。
妖術士たちの動作が止まった。
音の出所を確かめた総介は、相手の異様な立ち姿に絶句した。
「慶喜様?」
なんと、小銃の銃口を青空目掛けて、発砲した慶喜の姿だった。
慶喜が怒気を孕んだ声で迫ってきた。
「おまえら、こんな時に喧嘩をしている場合か!」
すっかり興醒めしたロバートは、首を引っ込めてしまった。
「おまえら、今、どんな立場に立たされているのか、分かっているのか? 任務に失敗しただけでなく、沙那まで拉致されたのだぞ。責任を擦り付け合っている場合か!」
慶喜が二人の肩に手を添えて激しく揺すり、憤激した。
「慶喜様……」
総介は返す言葉が見つからなかった。
「お言葉ですが、慶喜サン」
平静を装うロバートが張りのある声で弁解する。
「我々は次の戦いに向けて修行をしているのデスヨ。恐らく現場を見た奉公人が勘違いしたと思いますが、決して喧嘩ではありまセン」
「し、しかし……」
たじろぐ慶喜に向けて、総介はコクリと頷いた。
「な、ならば問題はないが、再び闇乃道化師からの犯行声明文が、内務省宛に届いた」
手紙を受け取った総介は、逸り心を抱いたまま内容に目を通した。
「なにが、今世紀最大のエンターテインメントショーだ。賛成派を狙った妖魔騒動も、全ては沙那を誘き出すための口実だった」
総介は憤激した。悔しい気持ちを一枚の紙にぶつけた。
「まずは、怪我を治して作戦を練り直そう」
満身創痍の二人を見た慶喜が、誘った。
しかし、ロバートが誘いを拒んだ。
慶喜は目を丸くした。
「どうしたロバート」
「ご厚意は有り難いがお断りしマス。私、ひとりで妖魔を退治しマス。身内が人質になって動揺する甘チャンとは組めナイ」
「なんだと!」
握り拳でロバートに突っかかる総介を押さえた慶喜が、背を向ける召喚士に言葉を投げた。
「ロバートよ、私は討伐隊の一員として、戻ってきてくれることを期待しているぞ」
ロバートは覚束ない足取りで公園を去った。
執念、その言葉通りロバートは相手に屈することなく立ち上がった。
ロバートの心を動かしているのはウィザードブロードストーンに秘められた魔力だ。彼の父、マーガスが持っていた光の魔石を自分の手で取り返そうとしている。紫紺に輝く魔石を携えている彼に光の属性が覚醒すれば、日本を掌握しかねない。
ロバートは本当に日本を掌握する気か?
その思いが総介の心を燻る。そして魔刃丸を振り上げた。
しかし、総介は躊躇った。
本来なら、こんな危険人物に止めを刺すべきなのだが、妖剣士に相応しくない惰弱な精神で任務を失敗し、それを嘲笑うかのように沙那が拉致された。取り返しのつかない失態を犯した自分に相棒が呆れても当然だ。
総介は自責の念に駆られると思わず魔刃丸を下ろした。
「その詰めの甘さが死を招くんダ!」
ロバートは右腕から発動したチャクラムを、総介に向けて投げた。
咄嗟にかわしたチャクラムが、総介の胸板を掠めた。
「ウゥ……」
総介は地に膝をついた。黒装束が血で染まった。
ロバートが間合いを縮めた次の瞬間、巨木の様な脚が総介の顔を襲った。
躰が後方へ飛んだ総介は左手で口を抑えた。蹴りの衝撃で口腔が裂傷すると口元から溢れた血が中指と薬指の隙間を通って手甲に滴った。
総介はロバートを睨んだ。
何をする気だ?
ロバートが上空に向かってチャクラムを投げた。
宙に浮かび上がったチャクラムが一度停止をする。そして激しい旋回運動を効かした円刃が加速をつけて妖剣士の頭部を襲った。
総介は炎刃でチャクラムを振り払った。
チャクラムが炎滅したと確信した束の間――、背後から空気を裂く音が迫ってきた。
総介は咄嗟に後方へ振り向いた。
薙いだはずのチャクラムが妖剣士の背中を襲ってきた。急いで身を翻すも円刃が右肩を斬りつけた。
ロバートが呆れ声をあげた。
「どうした、残像でも斬ったのカ? この術は私の意思と共鳴して動くことを知らんノカ?」
妖剣士の周囲を縦横無尽に駆けた円刃が躰を斬り刻んでいく。まるで生きているかのような動きだ。
総介の全身を紅く染める。そして血臭が鼻腔を燻った。
躰の隅々を斬っているが深手ではない。これはロバートの慈悲なのか、それとも実力の差を実感させるために敢えて力加減をしているのか?
どちらにしろ総介にとっては屈辱的だ。
チャクラムが主の元へ帰った。
武器を受け取ったロバートが非情な口調で告げた。
「甘い男は好きではない。そろそろ……、決着をつけルカ」
下半身にしっかりと力を込めて立ち上がった総介が意気込んだ。
「そ……、そうはいくか、おまえの考え方を変えてみせる」
魔刃丸を手にした総介は八相の構えをする。一方、ロバートは右手にチャクラムを持ち構えた。
「いくぞ!」
奇声を発した二人が、眼前の敵に向かって突進した。
召喚士の脳天を目がけて振り下ろす魔刃丸に対し、チャクラムが妖剣士の心臓を突く動作に入った次の瞬間、二人の争いに待ったをかけるような爆音に襲われた。
妖術士たちの動作が止まった。
音の出所を確かめた総介は、相手の異様な立ち姿に絶句した。
「慶喜様?」
なんと、小銃の銃口を青空目がけて、発砲した慶喜の姿だった。
慶喜が怒気を孕んだ声で迫ってきた。
「おまえら、こんな時に喧嘩をしている場合か!」
すっかり興醒めしたロバートは、首を引っ込めてしまった。
「おまえら、今、どんな立場に立たされているのか、分かっているのか? 任務に失敗しただけでなく、沙那まで拉致されたのだぞ。責任を擦り付け合っている場合か!」
慶喜が二人の肩に手を添えて激しく揺すり、憤激した。
「慶喜様……」
総介は返す言葉が見つからなかった。
「お言葉ですが、慶喜サン」
平静を装うロバートが張りのある声で弁解する。
「我々は次の戦いに向けて修行をしているのデスヨ。恐らく現場を見た奉公人が勘違いしたと思いますが、決して喧嘩ではありマセン」
「し、しかし……」
たじろぐ慶喜に向けて、総介はコクリと頷いた。
「な、ならば問題はないが、再び闇乃道化師からの犯行声明文が、内務省宛に届いた」 手紙を受け取った総介は、逸り心を抱いたまま内容に目を通した。
「なにが、今世紀最大のエンターテインメントショーだ。賛成派を狙った妖魔騒動も、全ては沙那を誘き出すための口実だった」
総介は憤激した。悔しい気持ちを一枚の紙にぶつけた。
「まずは、怪我を治して作戦を練り直そう」 満身創痍の二人を見た慶喜が、誘った。
しかし、ロバートが誘いを拒んだ。
慶喜は目を丸くした。
「どうしたロバート」
「ご厚意は有り難いがお断りしマス。私、ひとりで妖魔を退治しマス。身内が人質になって動揺する甘チャンとは組めナイ」
「なんだと!」
握り拳でロバートに突っかかる総介を押さえた慶喜が、背を向ける召喚士に言葉を投げた。
「ロバートよ、私は妖魔討伐隊の一員として、戻ってきてくれることを期待しているぞ」
ロバートは覚束ない足取りで公園を去った。