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乙女ゲーム、らしい?

ヒロインらしい妹をいじめる双子の姉、らしい

作者: 日文

一人の少女が自分の両親ってアレなの?と思い動く話。

 幼稚園でお昼を食べる頃、妹が熱を出した。

 私も同じように熱を出して、姉妹揃っての高熱に両親が泡を食って病院に駆け込んだら、どうやら妹はただの熱じゃ無くって難しい病気だったみたいでその後どたばたと。

 熱が高かったから大事を取って入院させてもらえたけれど、その間一度も両親は私に会いに来ることなくただただ寂しかった。

 そして熱でモーローとしながらその寂しさと戦っていたとき、理解した。

 前世のようなモノを。

 この世界のことを。

 この世界のヒロインは妹で、私はその妹を苛める意地悪な姉で、だからこそ放置されても仕方がないのだと。

 中学に入学するくらいの年には妹の身体は健常に戻るけれど、それまで私はほぼ放置され続け、だからこそぐれてひねて妹を苛めるようになるのだと。

 ゲームのような物語の世界で、様々な男性と出会う妹と、その妹が男性と仲良くなって行くのをじゃまする姉。

 素直で明るいその名前のとおり真昼のような輝かしい妹と、影でこそこそと苛めや妨害を画策する暗い姉。

 姉が妹を苛めるのは、妹が入院することになってから両親の関心が完全に妹に向いてしまったからという。

 後八年近く、病気だろうと熱があろうと放置され続けるのか……それって虐待じゃないの?

 それともそうなるためには仕方がないの?

 嫌だ。

 どうして私が。

 涙が出た。

 熱が上がった。

 こうして三日くらいで治るのではと思われていた私は生死の境を彷徨うことになり、それでも様子を見に来てくれない両親に絶望し、医師や看護師に同情された。

 少なくとも妹の病状は現在命に関わるほどではなく、だからといって退院して生活が出来るほどではないくらいだと。

 緊急性で言えば私の方が死ぬ可能性が高かったと、熱が下がってから教えられた。

 哀れまれて。

 そして今後身を守れるようにと。

 熱があっても怪我をしても、おそらく今の両親の感じでは放置されるだろうからと。

 医師や看護師に哀れまれるってどれだけなんだろうと思ったけれど、確かにそうだ。

 自分で自分の命を守らないと危ない。

 それに妹に関わろうとするたびに邪険にされもするだろうと……だったらまずは種をまこう。

 周りに。

 私のために。




 退院後、幼稚園にほぼ放置で、帰っても一人という状況を理解した。

 まずは幼稚園でまだ退院できない妹のために千羽鶴を作りたいと保母さんに相談し、完成したら驚かせたいと言って幼稚園で作らせて貰った。

 幼稚園が終わった後、何度か妹のお見舞いに行くと行ったが連れて行ってもらえず、だったらと友達と約束をしても母親に妹が入院しているときに遊ぶなんて酷い姉だと、友達や迎えに来た保護者に聞こえるように何度か怒らせた。

 私が退院してから二週間。

 妹が入院してから一ヶ月経過した頃、千羽鶴が完成した。

 それを幼稚園の迎えの保護者が大勢いる前で、早く妹が元気になるようにとお願いしながら折ったからきっとすぐに元気になるから妹に持って行くと言ったら、そんなモノ渡して惨めな気持ちにさせるつもりだなんてなんて酷い姉だと罵られた。

 一月、だ。

 いくら心に余裕がないとはいえ、病み上がりの子供を放置してもう一人の子供に掛かりきりになり、さらにその子供の心がこもったお見舞いの品ですら罵る様は異様だった。

 多分私がやることに対しての世界の修正なんだろうと若干思わなくもないけれど、よく考えてみると思い出す以前から両親は妹の方をかわいがっていたなと記憶にあった。

 お年玉とか、誕生日プレゼントとか差があった。

 そして親戚から貰ったお年玉、私のは回収して妹のはそのままだった。

 かなり差別されてるよね、これ。

 だから泣きついた。

 祖父母に。

 父方のと母方両方。

 電話をかけて、私はいらない子なんだと泣きながら言って、熱が出て倒れてからの一月を話した。

 双方の祖父母が驚いて来てくれました。

 両親は未だ病院に行ったまま、夜に一軒家に一人留守番させられている五歳児。

 しかも高熱が出て退院が伸びた後だというのに、食事も世話も割合放置であることを我が家に来た二人の祖母は家捜しで把握し、今までよく頑張ったと祖父達に慰められた。

 というか、両親共に祖父母に子供が入院したことすら連絡していなかったってどんだけー

 呆れた。

 あの日、高熱にうなされながら思い出し、理解しなかったら、私は健康な自分が悪いんだと思い始めただろう。

 こんな風に抱きしめられ、頑張ったと褒められることもなかった。

 寂しいなんて思うのは間違いだと思いこまされるところだった。

 声を上げても良いのだ。

 助けを求めても良いのだ。

 病院で、私を哀れんだ医師と看護師。

 保育園で、顔をしかめた保母さんと保護者達。

 一人家に残される私を心配して、夜預かりましょうかと声をかけて気にかけてくれたご近所さん達。

 みな、みな心配してくれた。

 父と母が私にくれない物をくれた。

 だけどよその家のことだから踏み込めないでもいた。

 だからこうして助けを求めた。

 祖父母に。

 親戚に。

 だから、大丈夫。

 私はあの子から離れる。

 両親から離れる。

 この世界の中心から、一歩離れる。



 泣きついて、抱きしめられて、ごたごたがあって、結局私は父方の祖父母の所に引き取られることになった。

 どうやら病院で聞き込みも行い、死にかけている私を放置して妹につきっきりだったという情報を手に入れたらしい。

 このままでは私が放置という虐待で死ぬだろうと想像が付くと言うことで、多少の両親の抵抗もあったが割合すんなりと祖父母の家に行くことになった。

 ご近所さんに挨拶して、保育園で挨拶してとやっていたら、何処ででも良かったわねぇと泣かれた。

 うん、ウチの両親の評判かなり悪くなってるね。

 多少はそうしようとして動いた結果だけど、だからってここまで私に同情が集まるとは思わなかった。


「真夜ちゃん元気でね」


 何処ででもそう言って笑いかけてくれるので、私も笑う。

 祖父母がいるから大丈夫、と。 

 これでだいぶ前提条件が変わったはずだけど、今後どうなるかは判らないからまだまだ油断は出来ない。

 でも、放置されて、寂しくて、妹が憎くて仕方がないという状態は脱することが出来たと思う。

 両親の評判を犠牲にして……

 


 

ちなみに私、弟が生まれるときに父方母方双方に預けられ、両方で腕の関節がすっぽ抜けると言うことがありましたが、父方の祖母には放置され(関節が抜けているので、動かすと痛いため動けずに大人しくせざるを得ない)病院から帰ってきた祖父があわてて病院に連れて行ったという事があります。

母方の方は直ぐに病院に連れて行ってくれましたよ。

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