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路地裏のマリア

 早速俺とフリッツは職場の近くにある資料館に向かった。ここには、過去の携わった仕事の記録が詰め込まれていた。俺達天界での保管は無限ゆえに、膨大な記録の中からその調査をしなくてはいけない……。ま、フリッツは何か思い当たる節があると言っていたから、そんなにたいしたことはないだろうと、俺は単純に身構えていた。

 資料館は暗黒な雰囲気でいつもここに来るのは気が重い。

「1000年のサイクルなら、少しは絞れて探す手間も減るか? なぁ。フリッツ、何があったんだ?」

 フリッツは意識の中で調べたい記録をピックアップして書棚から呼び寄せると、机が一気に山積みになった。

「!? 気になる事っていうやつは、こんなにたくさんあるのか?」

「いや、さっき大天使も言っていたろう。ひとつの事が雪玉のように膨らんだ……と。それが、この結果だ」

 フリッツは淡々と俺に言いながら、次々記録に目を通していった。

「虱潰しは、少ないほうがいい。ならば、さっさと見つけてそいつを増やす事を防ぐのが効率いいとは思わないか?」

「……あ、あぁ。たしかにそうだが。俺たちの中にもあんのかなぁ。あー。めんどくせー」

「他人事ではない。みろ、この記録」

 フリッツは分厚い書物の中のあるページを俺に見せた。

「あー。これか。この男に死ぬ前にこの場所に呼び寄せたんだったな。そういや、これはその後お前の所のヤツが後引き継いだケースだろ?」

「そうだ。このサギヌマという男の死には、死ぬ前に自分が写した写真から、屋上に居た人物を思い出すため、一度学校の裏庭に来る必要があった」

「時間通り、引き継いだぞ? その後、こいつは死んだはず。何がミスに繋がるんだ? ……!!」

 俺は、記録を読み身を凍りつかせてしまった。

「気づいたか? 本来ならば、このサギヌマという男と一緒に死ぬはずの男が、この時この裏庭にいなくてはいけなかった。しかし、必然的な流れが何者かによって塗り替えら、この場所に現れたのは別な男だ」

「こいつ、俺が今日仕事したヤツだ。今後、未来のミュージシャンになる予定だぞ」

「この、ハヤトと言う男がこの時誰と接触したかだ」

 俺とフリッツは手分けして記録に目を通し始めた。俺達が仕事する必然なきっかけは、人間達としては偶然であり更には無意識の中で起きた出来事に過ぎないと捕らわれがちだが、ポイントである必然のきっかけは俺達の仕事であって、それは些細な事でも途轍もなく重要なものだということ。そこから、様々な事が枝別れし個人だけではなく人々に影響を及ぼす。

 何百冊も目を通し、埒が明かないと俺は諦めかけそうになった。

「あった! フリッツ! これだ!!」

 俺は567冊目でようやくハヤトがあの時接触した男を見つけた。

「学校の守衛か……こいつの周りで何が誘発したんだ?」

「数日後、学校であのサギヌマともう一人の男が死んだ。これは、元々俺達の所に来ていた仕事だから間違いない」

 俺は、手早く本のページを捲り目で追った。

「カート、手を止めろ。これを見ろ」

 フリッツが指差した箇所には、守衛がこの日、ハヤトに傘を渡したのも違っていて、サギヌマとすれ違うはずのカクダジンと言う男は、傘を持参していたため守衛と接触する事はなかった。しかし、ハヤトとの接触で守衛は同じ年頃の海外に語学留学中の息子と話がしたくなり、電話のやり取りをしていた。その数日後、本来ならばホームステイ先の家でパーティーのはずだが、何故か友達の家にいる。友達と酒を飲み、誘われるがままにドラックにも手を出し精神が錯乱状態になる。数日前に父親の電話で励まされた事を思い出し、それが引き鉄となり更にこの息子を追い詰めた。

「なぁ、フリッツ。この男はお前の所に仕事で上がってんのか?」

「…………」

 フリッツは記録を見つめたまま黙っていた。何かを考えているように見えた俺は、少し様子を見ていた。

「この男は、死ぬ予定では“なかった”」

「? なかったって。おい! まさか、この男……」

 フリッツは顔を記録から背け、小さく溜息を吐いた。

「……俺とした事が。これは、昨日、部下が終わらせた仕事だ。報告書がまだ俺の手元にあるから、ここには記載されていないが、この男は友達の家のバスタブで銃を頭に突きつけ自殺した。ミスとなった事柄の合間を縫って、予定していなかった仕事が泡のように沸いてきたのだろう……こんなことが起きるとは……」

 フリッツは落胆し頭を抱えていた。

「済んでしまった事だ、仕方あるまい。早めに神に報告し、この後に影響を及ぼすであろう事態を見つけ微調整していかないとな。これ以上ないと思いたいところだが……」

「そうだな。それに、過去の事からの微調整もだけどさ、これからも何かしら怪しいの出てくるかもしれないだろ? その辺は各部署蜜に連絡取り合って確認していこうぜ」

「あぁ。これ以上肥大させたくないしな。カート、お前の所も安心できないぞ」

 フリッツに言われ、俺は少し前から胸騒ぎがしていたのを感じていた。けれど、まだ何がどう不安なのかすら分からないでいたし、フリッツみたいに心当たりになるような出来事もなかった。調査していくしかないのか……と思うと、気が重い。


翌日、フリッツが確認した予定外の死について神から他部署に警告が出された。しかし、それだけではなく、探せば探すほど、他部署からも能力者の仕業で起きたズレによって誘発された出来事が多々浮上していた。俺とショーンは手分けしてこれまでの中に何か起きていないかを調べ、浮上した15件をかたっぱしから微調整することにした。ただ、今もこうして能力者が何かしらの仕業を起こしているとすれば、それこそさっさと突き詰めて何とかしないと……と俺は焦る気持ちを抑えていた。

「カートはマットにこの件を処理してもらいたい」

 俺は渡された依頼書に目を通した。本来ならば、もう既に愛の使いに仕事が回っていないといけない仕事だが、誘発によってそこに至っていない事が分かった。

「時間がありません。僕達の仕事は時間厳守です。速やかに微調整が行えるよう、カートは監視役でお願いします」

「んなもん、俺がちょちょいとやっちまえば、早いことだろ?」

 ショーンは掌をひらひらさせて振り、

「それじゃぁ、彼らが育たないでしょう。ここは、上司としてしっかり見守って置いてください」

 ショーンはシニカルな雰囲気を俺に見せて言った。

「分かったよ。早速、人間界行ってくるからな」

「カート!」

 資料館を出ようとする俺をすぐさまショーンは呼び止めた。

「何だ?」

「身なりを整えて出かけてくださいね」

 ショーンの警告は、なんとなくねっとりと俺の感覚にまとわりついて、気持ちが悪かった。

「あぁ。分かった分かった」

 俺はショーンの顔を見ずにそう答えて、資料館を後にして事務所に向かった。その途中で依頼書を再確認し、それを頭の中に入れた。

 メイと言う女性とカイと言う男に、テレビに意識を傾けさせ映し出されていたアミューズメントスポットにある観覧車に乗る約束をしてもらい、出かける予定だった。その後は愛の使いが彼のプロポーズから結婚を取り持つ予定だったんだろうが……事は、変化し仕事に追われ責任感の強いメイは、鬱病を抱える。カイの理解も少なく二人はすれ違いの状態だ……。俺達の以前の情報から大きく狂っている。しかし、なんとか微調整をして観覧車までたどり着かないといけない。今回は、2人が気づくはずの意識を、カイと言う男に向けさせその後メイにも意識を傾けさせる予定だ。そんなに難しいことではないから、マットも失敗なく仕事を仕上げられるだろう。けれど、全て決められた事だから、時間が差し迫っている。愛の使いも既に手元に依頼書が来ているはずだ。後は、時間さえしっかり守れば……。

「マット、仕事だ。出かけるぞ」

 俺は、事務所で書類を整理していたマットに声をかけた。

「はい!」

 俺はマットに依頼書を渡すと、事務所を後にした。

「あ……ま、待ってくださいよー」

「ぐずぐずしてる暇はねーんだ。ポイントさえ抑えれば、難しい事はない。落ち着いてやれば大丈夫だ」

「この依頼書って、今朝は見なかったですけど?」

「あぁ、さっきショーンから俺が直接受け取ったばかりだからな」

 俺は話を上手くはぐらかし、マットはすんなりとそれを納得してくれた。

「このカイと言う男に、アミューズメントスポットのパンフレットに意識を向ければいいんですね」

「そうだ。できるな?」

「はい!」

「ただし、時間が余りない。時間を気にして焦るとミスに繋がることもあるから、気をつけろ」

「分かりましたー」

 ……調子狂うんだよなぁ。コイツの天真爛漫とした態度。なんでショーンはコイツを俺に担当させたかね。当てつけ……まさかな。

 俺とマットは、天界から一気に人間界に向かった。40階建てのビルの30階でカイはデスクに向かい仕事をしているはずだ。マットのリミットは人間界の時間で3時間10分。俺達は腕時計のスイッチをつけた。時間内に何かしらの方法で意識を傾けさせ、メイのいる部屋に向かいそれをメイにも見せれば完了だが、なんとなく俺の中であの時から胸騒ぎがしてならない。

「じゃぁ、僕行ってきます」

「……いつも思うが、すげーガキだよな?」

 ビルの屋上で俺は身なりを整えたマットの姿を見て俺は、思わず口に出した。10歳くらいの少年の容姿をしていて、顔のそばかすと茶色にカールした短い髪と俺と同じ青い目をしてマットはニカッと笑って見せた。

「身軽な感じで、僕好きなんです。そういうカートさんは、なんて言うか……男の人なのに肩まで伸びたブロンドの髪に、無精髭にそれ、スニーカーという履物ですよね? さっぱりしないといいますか……本当のカートさんのほうがカッコいいと思うんですが」

「誉められ半分貶されてんな。俺は、この格好がいいんだ」

「そーですかぁ……」

 マットは腑に落ちないような顔をして口を尖らせた。んな事言ったって、俺が好きでしてんだからいいだろーが。

「ほら、時間ないぞ。行って来い。俺はここで見てるからな」

「はい。行ってきます」

 マットの姿が一瞬にして消えると、俺はその姿を目で追っていた。カイはどうやらサラリーマンらしく、事務所の中でデスクを構え仕事を処理したり電話を掛けたりしていた。あまり俺達と変わらない……。人間界も、天界も同じか。上司がいて仕事に追われ、時に俺達の世界じゃ横の繋がりの使者に頭を下げることもある。あぁ……。なんか、カイを見てると俺達を描いているみたいで少し気が塞ぐな……。

 マットは、会社の福利厚生に使われるパンフレットの配布として、デスクに置かれる予定を考えていた。しかし、すでにそれは配布されていて、カイの足元のゴミ箱に捨てられていた。マットは少し考え、次に営業周りで挨拶に来た来客の荷物にそれを予定変更した。営業マンは束でそれを渡さずに一人ひとりクソ忙しそうにしている事務所のヤツらに挨拶をしながら名刺と一緒にパンフレットを渡していた。ここで、カイが気を止めてくれるはず……と祈りたい。

「こちら、どうぞ。うちの新しく出来たアミューズメントスポットです。招待券もペアでご用意させていただきましたので、よろしかったら是非どうぞ」

「ありがとうございます」

 カイは営業マンからパンフレットと招待券を受け取り視線を落とした。これで、ゴミ箱にまた行かなければ、大丈夫だろう……。マットはカイの気を鞄に当て、ゴミ箱を避けるようにする作戦だ。カイはゆっくりデスクの中の引き出しを開け、鞄の中にそれをしまってくれた。

 マットはすぐに俺の元に戻り、満面の笑みで現れた。

「どーでしたか?」

「あぁ。良くやったと言いたいが、気を抜くな。この後メイの意識を傾けるまではな」

 俺がそう言うと、マットから笑みが少しずつ消え暗い顔になっていた。

「……? どうした?」

「あの……なんか、変なんです。さっきの仕事。カートさんはお気づきでしょう?」

「……あぁ。既にパンフレットがゴミ箱にあったな。あれは、こちらの表記ミスかもしれんな。ショーンに言っておこう」

「びっくりしましたよ~。最初から躓いたって思いましたから」

 マットは胸を撫で下ろしホッとしていたが、俺は一連のズレをどう説明していいか言い訳にヒヤヒヤした。マットが素直に信じてくれたのが、不幸中の幸い……か。いつまでもつやら。

「そろそろ、カイが仕事あがりますね。僕、後を付いていきます」

「あぁ。俺は、メイの家に着くまでこのビルの屋上で監視しておく」

 俺達はその場で分かれ、俺はビルの屋上に上がる前に街の繁華街の路地裏へ移動し、1匹の黒猫に会った。

「おや、随分久しぶりだね?」

 黒猫は毛づくろいしていた顔を起こし、俺を見ていた。琥珀色の瞳が澄んで綺麗だ。

「マリア、久しぶりだな」

「カートはいつも野暮ったい格好してるねぇ。けど、アタシはその椿の葉みたいな濃いグリーンのカーディガン、好きだけどね」

「ははは。俺は、人間界で好きな物に単純に肖っているだけなんだがな。どうも、俺らの世界でもこの格好は不評なんだ。カーディガン、誉めてくれてありがと」

 マリアは形のいい目を丸くして、カートを見た。

「おやおや、随分丸くなったこと。お前が、アタシに素直に礼を言うなんて」

「そりゃぁ、マリアには世話になってるからな」

 俺がそう言うと、マリアはすとんと積み上げられたダンボールの上から降り、ビルとビルの細い隙間に顔を入れもぞもぞと動いていた。

「これだろ?」

 マリアは預かってくれていたイヤフォンとMP3プレーヤーをくわえて俺の前に差し出した。

「サンキュー」

 俺はそれを見て思わず笑顔になってしまった。

「ホント、カートは音楽が好きだねぇ」

「あぁ。俺達の世界にはないからな。それに、この世界の物を持ち込むこともできないし。せめてこの世界にいる間は、楽しく仕事したいしな」

 マリアは目を細め髭をピンと伸ばして微笑んだ。

「カートには、命を助けてもらったからね。少しでも役に立つならアタシも嬉しいよ。……そうだ、カート」

 マリアはまっすぐ俺を見た。その顔からは笑みが消え真剣な表情をしていた。

「どうした?」

「感じるんだよ……。人間でもない、カート達とも違う、何か不思議な気味悪い感じが」

「……マリアは、さすが魔女の使いの末裔だけあるな? 人間界で言う千里眼の力を持った俺達の世界で言う能力者が色々としでかしてるんだ……だから、多分近くにもいるのかも知れないな……」

「!!」

 マリアは瞳孔を大きく開き、身を震わせていた。

「マリア、大丈夫だ。俺達は今、ヤツらの動向を探って阻止しようとしてるから。マリアも何かあったら教えてくれよな」

「……そう。それなら、カート気をつけな。感じるんだよ……途轍もなく気味悪い感じ……」

「あ……あぁ。じゃ、これ持って行くな。また、終わったら預かってもらうのに来るから」

 マリアはニャーと小さく声をだして、俺に返事をしてくれた。俺は再びカイの居たビルの屋上の隅に座りイヤフォンを耳にかけプレーヤーのスイッチをONにした。死んじまったミュージシャンのロックが、時は止っても俺の耳の中では鮮明に響き、身体中を興奮させる。風が強く吹きつけ、身に纏っているカーディガンが激しくはためく。顔にかかる髪を耳にかけ俺はマットの様子を遠めで見ていた。

 マットの言うとおり、最初から事柄が狂っていたのは、能力者の影響だろう。マリアの身にも能力者を感じられていたし、ちょろいと思っていたが最後まで気が抜けない気がしている。






能力者の仕業によって、カート達の仕事に影響が浮上してきました。その中には前作『カラーリバーサル』の一部が出てきました。(この後『靴擦れ』もどこかで出てくる予定です)


カートの容姿ですが。作者が好きなミュージシャンをイメージしています。(名前からして、ですが……。)

お話に出てくるカートの感性や好みなども少し出して行きたいな……と思います。

ここまで読んでくださいまして、ありがとうございました。m(__)m

お話が続くので、またお付き合い頂けましたら嬉しいです。

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