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緊急招集会議

昔、むかし……天文学者や哲学者、精神科医、芸術家、大富豪、政治家、知識豊富な博識ある人たちがあるギャラリーに集まった。新たに発見された1枚の絵画を見て、彼らは次々意見し合った。

 絵画は、小さなキャンバスに描かれた油絵だった。黄色やグリーン、茶色に赤、青……色とりどりの油絵の具を用い、キャンバスに塗り付けられ、黒い曲線が何十にも乱雑になって絡み合っていた。

「抽象画ですね……はて、誰の作品やら」

 政治家は、自分の蓄えた長い顎鬚を撫でながら答えた。それに続いて、大富豪がルーペを片手にまじまじと絵を嘗め回し、金に繋がる匂いを見出そうとしていた。

「私が知る範囲であれば、これはあの抽象画の代表する画家の絵画に似てますね……彼の描いた未発表の作品だとしたら、巨大な金になるでしょう!」

 哲学者は、ぎらぎらした目をした大富豪を呆れ顔で見ていたが、絵について話し始めた。

「この作品の作者は、混乱を表現しているに違いないでしょう。この、絡み合う曲線は作者自身の精神。背景の色は作者を取り巻く世界なのではないでしょうか。君はどう思うかね? 同じ芸術家として」

 哲学者は隣に立っていた芸術家に尋ねた。彼は、目を輝かせ磨かれた感性をまるで自分がその作者にでもなったかのように、語り始めた。

「いえ、これは言葉で表現するならば“飛躍”でしょう。この色使いからは、事が大きく変化し新たな未来へ向けて前進するエネルギッシュな感覚が伝わります」

「ふむ……」

 哲学者は間逆な事を言われ、少し顔を赤くして黙っていた。

「そうでしょうか……?」

 彼らの間をおずおずとした声が割って入った。彼らはギロリとした目をして声の主をみた。彼らの視線を集めたのは、町の商人だった。

「ふんっ。骨董屋の息子か。お前のオヤジさんは飲んだくれだな……。ろくに勉強もしていないお前さんに何が分かるというのかね?」

 若い商人は緊張で顔を赤らめ、ぎゅっと服を両手で掴んでドキドキした気持ちを落ち着かせた。

「……賢い皆さんに比べたら確かに、僕は脳の弱い人間です。けど、それが僕には何なのか分かります」

 真剣に、一つ一つ言葉を選んで若い商人は大勢の博識ある大人たちの前で話した。

「ほう……。若者にこの絵画の何が分かるというのかね? 教えていただこうとするか」

 政治家がお手並み拝見と言った態度をとると、全員が声を上げて笑い出した。若い商人は、笑われて惨めな思いをぐっと堪えて、息を吸い気持ちを落ち着かせた。

「だって、それは……。僕が3歳のときに描いた落書きだからです!」

「---------!!」

 若い商人がきっぱりと言い切ると、その場がざわつき驚愕していた。

「馬鹿な……。何かの間違いだ!」

「そうだ! 骨董屋! お前は嘘つきだ」

 博識ある大人たちは、事実を受け入れようとせず、自分達の知ったかぶりの見栄を押し通そうとしていた。若い商人は嘘つきのレッテルを貼られ、町の人たちや家族からも非難を浴びてしまい、町から追い出されてしまった。

「……僕は、試したかったんだ。“本当の事”を見る目を。賢い人達は自分で得た知識や考えを織り交ぜてやたら難しい言葉で物事を話すんだ……。でも、“本当の事”は、実はとてもシンプルで単純で簡単すぎるんだ。みんな、難しく考えすぎてるだけなんだ……」


 若い商人は、後に世界中から脚光を浴びた絵描きになった。

 昔、むかしのお話。まさか、あの時のその若い商人が、後に俺らの仕事を脅かすなんて思いもせず、神の使者である俺は、ひたすら人間達の“偶然ではなく、必然に起こる事”を創る仕事をしていた……。



「カートさん、お疲れ様です! 今日は、お勤めおしまいですか?」

 神の世界に戻ってくるや否や、いつもちょろちょろとまとわりつく後輩のマットに俺は出迎えられた。

「あぁ」

「僕、このあと大天使の方の講演聞きに行くんですけど、カートさんも一緒にいかがですか? “漲る愛が生まれる瞬間”についてなんですけど」

 高揚して話すマットを後にして俺は退勤する支度を始めていた。

「いかねーよ。お前一人で行け」

「えーっ! どうしてですかっ!? カートさん、死の使いの方ではトップの腕だって聞きましたけど、今後、愛の使いの方で腕を上げられたらステキじゃないですか! その為のスキルアップですよぉ」

 っつたく、こいつは俺のマネージャーなのか? 俺が何しようと何処に向かおうと勝手だろーが……。俺は事務所を出て廊下を颯爽と歩いた。それでも、マットは諦めきれずちょろちょろと俺の後を付いてきていた。

「金魚のクソみたいだな? 何? お前、カートの追っかけでもしてんのか?」

 マットの更に後ろから、フリッツの声が聞こえ俺は振り向いた。

「こ……これは、フリッツさん。お、お疲れ様ですっ!! ぼ、僕はカートさんの下で修行中の見習い使者でマットと言います!! 死の使いのトップのフリッツさんに声をかけられて、僕……光栄です!!」

 マットは身を硬直させてフリッツに挨拶をしていた。俺の前で見せる態度とはまったく持って間逆だ。少しは俺にもあんなふーに威厳を感じる態度とってもらいたいもんだ……。

「お前よく喋るな? キンキンとデカイ声で話してたから、カート捜すのに助かったが。コイツは先約で俺と時間とってんだ。悪いな。それに、コイツは死の使いの前に既に愛の使いで腕を上げてる。あとは、老いぼれが集まる呑気な誕生の使いか、超エリートの大天使くらいだな……」

「へー……。カートさん、そうだったんですね!? さすが、カートさんです。僕、まだまだ知らないことがたくさんあるので、これからもっとカートさんを勉強させていただきます!」

「いや、お前が学ばねーといけないのは、使者としての技術だ。俺を知る必要は一切ない。フリッツ、お前もよけーな事喋るな。行くぞ」

 俺はマットの前から立ち去った。

「くーっ……。2人ともカッコいいなぁ。まさか、あのフリッツさんにまで会えるとは、思いがけない出来事!! さっそく、友達に自慢しちゃおっと」

 マットは興奮冷めやらない様子で俺達を見送っていた。

「カート、雑用は楽しいか? 今日はどんな仕事だったんだ?」

「雑用言うなよ。愛や死よりはいろんな仕事があって、面白いな。それが、次に結びつく意味があるし、後に続くのがお前の仕事に繋がったりするだろーが。大役と言って欲しいぜ。今日はな、後に有名になるバンドを生み出すきっかけをしてきた。いいよなぁ。ロックはやっぱり」

「はいはい。使者様様。いつも大変誠にお世話になっております。……カート、お前人間界の物に興味が強いよな?」

「フリッツ、お前のその淡白な性格と冷酷さは今の部署に最適だろうな。お前の言い方には全く感謝されている気がしない」

「感情は、要らないだろ? そう言えばお前、その仕事か? “そのままの格好”で行ってショーンに注意くらったのは?」

「あー。そうだ。あんな仕事ちょろいだろ? 時間もそんなにかからないし。姿を変える時間も必要ないと思ってたんだ」

 人間界で仕事する鉄則の一つとして、例えその世界のヤツらに俺達の姿が見えなくても、同じ世界の風貌で仕事をする事。存在する人間だったり、死んだヤツだったり、適当に目と鼻と口と骨格作り上げればちょろいもんなんだが。俺は、人間界で一番興味があるロックにあやかって、死んじまったミュージシャンの顔を寄せて人間界で仕事しに行ってる。動物は俺達の気配感じ取ったり、稀に見えたりするから、それなりにその世界に存在する姿の方が馴染みやすいんだろうし、人間がひょんな拍子に一瞬だけ俺達が見えたりして、人間界ではドッペルケンガーと呼ばれるものがあると勉強したが、多分だが、俺達との凄く稀な確立でそいつの顔と遭遇しちまったんだろうと、俺達の世界では考えられている。あれには冷や汗がでちまう……。

「手抜きしてると、仕事も何かしら抜けが出てくるぞ。そろそろ時間だな」

「へいへい。気をつけますよ」

 俺達各部署のトップの使者達が神に召集を受けたが、その内容については一切知らされていなかった。

「めんどくさいよな……一体、なんの会議なんだ?」

「さぁな。上層部だけの極秘召集だから相当重要な事なんだろう」

 会議室の入り口で出欠の確認を取られ、俺はボードにサインした。係りのヤツから会議内容についての冊子を渡され中に入った。冊子は見た目白紙状態で中身も開かない。神の技だろう。会議が始まれば、そこに重要な何かが記載されているに違いない。会議室は、眩しいほどの光でその中に席はわずか11席。神の側近大天使、誕生の使い、愛の使い、死の使い、そして俺のいる必然なきっかけを司る使い。各部署のツートップと神。

 俺は、嫌々ながらにして部署のトップに席を構えているが、本音を言えば上にのし上がって書類の整理だの同僚の使者の管理をするのは大嫌いで、部署の管理はショーンのヤツに任せ、俺はとりあえず好きに現場の仕事をさせてもらいながら、今後伸びて生きそうな新人の仕事を見たりしていた。と、言っても後者はあまり気が進まない。他人の面倒はできれば見たくないのが正直な気持ちだが、俺が選んだ“必然なきっかけを司る使者”の部署に置かせてもらうための、交換条件だったためやむを得ず飲んだ。

 神の場所を最前に、俺たちは半円を描くように置かれたイスに腰掛けた。全員が揃うと、時間通り神は現れた。

「今日、集まっていただいたのは他でもありません」

 神が話し始めると、すっと大天使の2人が両サイドに立ち説明を始めた。

「お手元にある冊子をご覧下さい」

 俺は視線を落としてさっきまで白紙だった冊子を見た。神が現れたとたんに、白紙の冊子には今回の会議内容が記載された。

「古き時代に現れ、今も人間界の中で生息しているとみなされている、能力者が再び姿を現したようです」

「なんだって!!」

「……能力者だなんて」

「あの、未来を予測し人の行く末を自由に操るという……」

「あれは、逸話だと思ったが……実在するなんて」

 周囲はざわめき、各々が能力者の存在に驚愕させられていた。

「お静かに!」

 大天使が声を張り上げ、ざわめきを止めさせた。

「……我々は、人間界の全てを既に決められた定めへと導く役割があります。それを意図的に狂わせる事がどんなに恐ろしいことになるでしょう。ある、一人の男が石ころ一つでつまずく予定が、それがなされなかったが為に人間界が滅亡してしまう恐れがあるからです。そうなっては、私たち天界の者でも手には追えなくなります」

 神は目を閉じ胸に手を当てていた。

「人間界のざわつきは、今もこうして感じられます……」

「冊子にも記載してある通り、その昔、能力者は先の未来を予測しそれを人々にしらしめた。人間の手によって、本来起こるべき事が操作され我々が行う、必然に起こるべき事態を塗り替えられてしまっていた。事の根源は小さな石ころにつまづく予定でした。そこからどんどん雪玉の様に事態は膨らみ、人々が争いを起こすまでに至りました。これは、我々が能力者の力を抑えることが出来なかった大きな失態として、天界の歴史に傷となって残っている」

 大天使は、神の両隣で交互に説明していた。俺は、それを冊子を見ながら聞いていた。

「能力者は当時、数人いました。ただ、我々の力では見抜くことが困難なほど、ごく普通の人間に等しい事が最大の難点でした」

「ページを捲って頂きたい。最近、我々の部署の中でケアレスミスとも思われる、些細な失態が立て続けに報告されている。これは、そのデータを表にしたものだ」

 円グラフと折れ線と棒グラフに分けられ、円のほうは各部署のミスの割合。折れ線と棒グラフには時期と件数が表されていた。

「ご覧の通り、どの部署にもほぼ均一に影響している。これは、前回の失態に比べるとまた新たな傾向だ。しかし、見ていただきたいのは、隣のグラフです」

 大天使に言われ、俺はその折れ線と棒グラフを見てあることを察した。

「……1000年に1度のペースで起きているようですね。と言うことは、またそのサイクルがやって来ている……」

 俺の隣で、同じ部署の同僚と言うか、俺の上司と言うだろうか。ショーンがそう言うと、全員がコイツに注目した。俺は、コイツの使者達を見下すような感覚がいけ好かないから顔は見ずにいた。

「その通り。ほぼ、1000年に1度起きていて、まさにそれが起きようとされているのです。我々は、同じ過ちを繰り返さないよう君達の力を借り、その力を合わせてそれを防いでいこうと言う事です」

「しかし、どうやって……」

 愛の使いがすかさず大天使に尋ねた。俺もそれが知りたい。顔もどこにいるヤツなのかも分からずに、どうすりゃいいんだ……と。

「次のページをご覧下さい。これは、大天使の内部で進めていった調査記録です」

 うっ……。なんだ、このすげー膨大な情報量は。調査記録の情報は、冊子一面が黒く塗りつぶされるほどで、それが何十ページにも渡っていた。すげーな……大天使って暇なのか? こんなことして他にやることねーのかよ……。

「これは、大天使の中だけで分かる範囲内です。しかし、他の部署でも確実に起こっているはずです」

「……つまり。その微妙なケアレスミスを探し、そこから最終的には能力者を突き止める……と言う訳でしょうか? 随分と骨の折れる地味な作業ですね」

 ショーンはシニカルな雰囲気をかもし出して大天使に尋ねた。

「その通りです。今後、しばらくの間はここにお集まりの役職の方々には極秘で調査に当たって頂きます。定期的な報告を忘れずに。もちろん、ケアレスミスの微調整も部下に悟られないよう指示を出し、人間界に小石の一つの狂いもなく定めに導くのです」

 なんつー地道な作業だよ……。俺、そういうのニガテだ……。ショーンのやつ、やってくれないか……いや、そういうわけにもいかねーか。事が事なだけに。

「ご理解いただけたところで、今日の緊急会議は解散致します」

 大天使がそう言うと、神が一瞬にして俺達の手元に持っていた冊子を消してしまった。口外厳禁と無言で言っているようなものか。

「さ。君にも勿論お願いしますからね。現場の仕事が多いでしょうから、その分お気づきも早そうでじゃないか?」

 相変わらずのシニカルな雰囲気をぷんぷんかもし出して、ショーンは俺に向かって言った。

「そうか? お前の“持ち駒達”は優秀だからそういう事はないと、余計な心配するなって言ってくれんのかと思ったけどな」

 俺は、そのまま皮肉をお返ししてやった。ショーンは俺がそんな事を言うもんだとは思いもしなかったのか、少し驚きそして声を出して笑った。

「ははは。いいですねぇ。威勢がいいといいましょうか。君が来てから、君に続けとうちの部署もエントリーするものが増えてありがたいんだがね。全員が全員、君みたいな優秀な者ではないからね。僕は内心ヒヤヒヤしながら、彼らに常に目を光らせてるよ。“余計な仕事”はお互いしたくないようですしね」

「てめーでなんとかしろって、言いたいのか?」

「まさか。僕だってそんな鬼じゃありませんよ。ここは、大天使が仰っていた通り、協力し合って大惨事を避けましょう」

「あ……あぁ」

 俺達使者は、人間みたいに顔に表情がない。目や口、鼻がない。だけど、感情が感覚で伝わる。今の、ショーンはシニカルさがなく上司として、同僚としての協力する態度が感じられて拍子抜けした。アイツ珍しいな……。いつも気味悪いヤツだけど、今のは別な類の気味悪さだ……。

 俺は会議室を出てショーンと別れ、廊下で待っていたフリッツを見つけた。

「能力者だってよ。俺、昔勉強したけどあいつらは、俺達を脅かす為の意図的な考えは持っていないようじゃん?」

「あぁ。だから、滅ぼすわけにも行かない。それすら、大きく事が変わってしまうだろう」

「しかし、調査と微調整だとよ。すげー、地味な作業だぜ? なんだか、めんどくさい事になったな。フリッツの所でも思い当たる節あるか?」

「…………」

「どうした?」

 フリッツは深く考え込んでしばらく黙り続けていた。歩きながら俺達は“職場”を後にした。フリッツの沈黙があまりにも長いために俺は痺れを切らし、声をかけた。

「なぁ、フリッツ。黙っちまって、どうしたって言うんだ?」

「記憶を……掘り起こしてたんだ。気になる事があってな……。資料館に寄るぞ」

 普段は冷静沈着なフリッツが、微妙に気を崩しかけていたのが俺には分かった。








前作『カラーリバーサル』の最後に登場した、神の使者カート。

今回は、ファンタジーにしてみました。けれど、ちょっと現代に寄せたく、サラリーマンとしての立ち位置で……。


少しばかり、哲学チックに進めていければ……。と、思います。

第1話をご覧頂きまして、ありがとうございます。m(__)m




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