王国建国史。
作者の趣味回。
読まなくても、多分だいじょぶ。
あと、ちょっと長い。
朝食を終え、俺は自室に戻った。
シエーナはエルロンドに、昨日の屋台の土産を渡されて、嬉しそうにしていた。
そのままエルロンドは、昨夜の事を話し始めたので、俺は用があると言って抜け出して来たのだ。
資料棚から、王国史を綴った分厚い本を取り出す。
もう何度読んだかわからないが、読むたびに何かを見落としている気分になる。
年号や、人名を、ではない。
俺が考察した論に、パーツが何か足りてない気がするのだ。
そして、何度も何度も始めから読み直してしまう。
王国の始まりは、ファレオン・マルゴーと言う若者だった。
彼の出自は詳しくは記載されていない。
ただ、彼の旗揚げ当時、配下にいた人数が二十名程で、それを養う財力があった事から、おそらくは有力な地元の豪族、もしくは地主のようなモノだと考えられる。
前世の漢を興した劉邦のような感じか。
当時、現在の王国領にあたる地域を含め、大陸全体が群雄割拠の戦国時代。
三百年ほど小国が興っては滅び、毎日のように戦を繰り返していたと言われている。
そんな時代、現在の王都にあたるカイスト村、戦乱渦巻く真っ只中で、ファレオンの一党は旗揚げした。
当時からの配下には、『智の侯爵』マルク・パルメ、『日輪の盾』カーティス・レフォールド、『真竜の乗り手』レイガル・オーブリオン、『政聖』トルバルト・ラヴィル、『無言の魔法使い』アクアス・キルヴァン。
後の歴史を知っていると、なにこのチートといった豪華な面子である。
ちなみに、エンリッヒ家の始祖『忠義の騎士』ラズマンド・エンリッヒも、この中に名を連ねている。
更に蛇足だが、二つ名は全て後々付けられたものだ。
彼等がどのようにして、戦乱の中心部にある小さな村に集ったのか、それはそれで興味は尽きないが、詳細はまったくわかっていない。
ファレオンの没年から逆算すると、この時二十四歳。
当代最高の人材を有していたと言っても過言ではない彼は、瞬く間に勢力を膨張させ、およそ三年で小国と呼べるほどの地域を支配下に収めた。
この時、ファレオンはトルバルトに命じて自領の孤児を集め、読み書きや四則演算を始めとする様々な教育を施している。
後に成長した彼らは、他国に類を見ない程の強力な官僚となり、ファレオンの戦を支え続ける事になった。
さて、カイスト村周辺の平原を手中にしたファレオンは、まず南侵を始めた。
折良く、と言うかおそらくは事前に察知していたと思うが、南に隣接する丘陵地帯を治める国で、兄弟による跡目争いが勃発していたのだ。
マルクの策略によってこれを激化させ、ついには軍を率いて殺し合いまで始めた兄弟の横槍をつき、散々に打ち破って二人を捕らえ一族を処断、ファレオンは領土を広げた。
彼はこの丘陵地帯に砦を築き、カーティスに守らせると、次は東に転身する。
カイストの村の東には現在も鉄を産出するアウストレーゼ大鉱山がある。
俺が奴隷として送り込まれた鉱山だ。
当時はドワーフが領有していたらしいが、余り詳しくわかっていない。
一族の名はギーヤール、一度の戦闘の後、族長とファレオンの間で会談が開かれ、ギーヤールの一族は降伏し、魔力の淀みが起こらないよう最低限の人数を地中深くに住まわせ、残りは立ち退く事になった、とだけ記述がある。
俺はあそこでドワーフを見なかったが、鉱夫達は一緒に仕事をしてたのかも知れない。
ファレオン軍は、そのままアウストレーゼ大鉱山から南下し、シュワルツの森に入った。
この森は現存しておらず、今は辺り一帯が沼地になっている。
ここでファレオンは一人のエルフと出会う。
後に王国で国父と呼ばれる、ミルーヴァン・グリである。
ミルーヴァンは初め、金属を纏ったファレオン軍に嫌悪を示したと言われているが、エルフにしては珍しく、森の外の事情に明るかった。
三百年もの間続いた戦乱で、人間だけでなく多くの亜人も犠牲になっており、途絶えた一族も少なくなかった。
乱世を憂いたミルーヴァンは、ファレオンに王者の風格を見たのだろうか。
今となってはわからないし、彼は当時の事に関する言葉をほとんど遺さなかった。
とにかく彼は一族を率いてファレオンの傘下に入り、森を切り拓いて大量の木材とする事を了承した。
次にファレオンが向かったのは西である。
彼は山脈の麓に辿り着くまで、快進撃を続けた。
レイガル率いる騎士達は恐れを知らず、文字通りの血路を開き続け、カーティス率いる歩兵は敵の動きを封じ込めた。
マルクの智謀は悉く敵の裏をかき、アクアスの魔法は度々味方の窮地を救った。
また、ギーヤールのドワーフが造った剣は敵の鎧を紙のように斬り裂き、ミルーヴァン達の石矢は敵の魔法使いには脅威であり続けた。
そんな彼らは、山脈の麓で初めての敗北を味わう事になる。
この世界の始まりから現在に至るまで、記録に残っている最後の真竜『真紅のフィロキセラ』に襲われたのだ。
ファレオン軍は壊滅的打撃を被った。
エンリッヒ家の始祖、ラズマンドはこの時ファレオンを庇って戦死している。
子のジャルダン・エンリッヒが跡をついだ。
ファレオンは獲得した西部を放棄してカイストまで敗走し、軍の建て直しを余儀無くさせられた。
領地の守備はカーティスが受け持ち、寡兵での戦いを強いられながらも、彼はカイスト周辺を守り抜いた。
マルクは、外交に力を注いで東部の小国のほとんどと同盟を結び、彼らから金銭や物資の援助を引き出した。
トルバルトは国力の増強に力を注いだ。
当時は、戦で家も土地も失った難民は溢れており、彼らを掻き集めて土地を与えて麦を作らせた。
また、ギーヤールのドワーフに丘陵地帯に生産拠点を構えさせ、武器ではなく鉄製の農具や輸送に使う馬車の車輪、建築資材を増産するよう命じた。
当時のトルバルトが、カーティスに武器の補給を求められた際、言い放った言葉がある。
『戦に勝てば戦場に武器は転がってるだろう。拾えるモノを造ってどうするんだ。』
アクアスは、新たに魔導党と名付けた魔法使いを集めた軍を設立した。
戦闘に主眼を置いた組織だったが、どうも変態的研究者肌の者が多かったらしく、古代技術の復活や収集、新たな魔法の開発や既存魔法の改良など、研究機関としての色合いが強く、結局一度も組織として戦闘に加わる事はなかった。
それぞれが必死に自らの仕事をこなしている中、ただ一人レイガルだけがファレオンのもとを去った。
彼が再びファレオンの前に現れたのは、絶望的な敗北から五年後、再び西進できる程に国力が回復した時である。
始め、カイストの人々は恐怖の渦に叩き込まれた。
あの『真紅のフィロキセラ』がカイスト上空に現れたのだ。
ファレオンは、この時ばかりは死を覚悟したと後に言い残しており、実際にその時に書いた遺書の写しも現存している。
お察しの通り、フィロキセラの背にはレイガルが跨っていた。
人類史上二人目の『真竜の乗り手』が誕生した。
この後のレイガルの活躍は、神話を思わせるほど神がかったモノだ。
手始めに、彼は一人と一頭のみで、山脈までの諸国を陥落させた。
かかった期間は、たったの三日。
千年以上経った今でも、彼を越える武人は出現していない。
ファレオンはその後、南と西に領土を広げていった。
現在では、カイストの南西部は貴金属の鉱山が多かった事、南部は気候が良く、農産に向いていた為、というのが定説になっている。
この頃にはカイストが現在の規模まで拡張されており、トルバルトの手腕もあって当時世界有数の巨大都市と化していた。
次にファレオンが軍を向けたのは北方である。
平野が広がり、攻めるに易く守るに難い土地で、農耕よりも牧畜が盛んな地域だった。
前世でもそうだったが、牧畜が盛んな地域は伝統的に騎兵が強い。
幼い頃から馬に慣れ親しんだ遊牧民達は、守るべき拠点を持たず、恐れを知らない勇猛な戦士が多い。
レイガルは不穏な気配を漂わせていた東部諸国の抑えとして、北方の戦には参戦できなかった。
結果として、精強な騎馬隊にファレオン軍は敗北。
カーティスとアクアスが戦死した。
ファレオンは、旗揚げ当時から従っていた家臣の死を深く嘆き悲しみ、二人の仇をとる事を誓った。
彼は二人の息子達を軍指揮官として取り立て、レイガルを召喚し、すぐに北伐の軍を起こした。
マルクとトルバルトは、時期尚早と諫言を行ったが、ファレオンは強行した。
出陣の日、北伐の中止を尚も言い募るマルクに激怒したファレオンは、マルクを処断。
感情に任せてその場で斬り捨てたと伝わっている。
己の行為を後悔したと言われているが、北伐が中止される事はなかった。
レイガルの活躍もあり、局地戦で勝利を積み重ねはしたものの、北伐そのものは北に領土を広げただけで終わった。
遊牧民達は馬に乗って逃げ回りつつも、奇襲をかけ、輸送隊を襲い、引き回された挙句に個別撃破したりと、ファレオン軍を散々に疲弊させた。
ついには、領内で反乱が起こり、ファレオンはカーティスの息子、カルディンに北方の守りを任せ、カイストに帰還した。
これが、ファレオンの最後の戦になった。
それからファレオンはトルバルトに命じて領内の慰撫に努めたが、今度は東部諸国が同盟を破り戦を挑んできた。
マルクと言うパイプがなくなり、度重なる遠征を行って国力が疲弊した上に、ファレオンは病に倒れていたのだ。
ファレオンは病床にあったが、レイガルを総大将に軍を派遣して東方連合軍を撃破。
逆に東の砂漠に追いやった。
凱旋したレイガルを迎えた後、ファレオンはカイスト王国建国を宣言。
初代国王に即位した。
この即位はいかにも性急で、おそらくは死期を悟ったのだろう。
ファレオン王、この時五十八歳であった。
即位したファレオンは、功臣に次々と爵位を与えた。
また、ファレオンの即位を見る事なくこの世を去った家臣にも爵位を追贈し、その子等も貴族に列した。
ファレオンには十六人の息子がおり、長男のヴェルガンを太子に。他の兄弟には公爵位を授けた。
おそらく、一門や譜代の家臣を持っていなかったファレオンは、自らの血縁で王家の基盤を作ろうとしたのだろう。
唯一、建国の功並ぶ者なしとされたレイガルも公爵に列した。
現在も、軍事派の筆頭としてオーブリオン家は、王国の軍事力のトップに君臨している。
『真紅のフィロキセラ』は、彼の死後もその子孫と契約を結び続けているからだ。
トルバルトも公爵を打診されたが、子孫に害が及ぶと直言し、彼の希望により格としては侯爵として扱われる子爵となった。
彼の直系は途絶えたが、傍流としてラフィット家が存続している。
カーティスの息子、カルディンは侯爵に叙され、父に恥じない戦いを遊牧民と繰り返していたが、彼の孫の代で家督争いが起き、家中が混乱した為に王家から領地を分割され、左遷される形で王国各地に別れた。
その一つがエリーゼの実家であるラトゥール家である。
アクアスの子孫も直系は途絶えたが、公爵家に婿入りした子孫が、足跡を遺している。
つい最近、血筋は完全に途絶えてしまったのだが、変態的研究者を集めただけあって、その収集癖は家訓のように受け継がれている。
うちの家宝が欲しいが為に俺の親父を殺し、俺が転落させたあの豚公爵、今は今世陛下の第三王子が継いだ家こそ、彼の名が残っている公爵家、パヴィヨン・キルヴァン・マルゴー家である。
マルクは独身だった為、その血を引いた貴族は存在しない。
だが、存在しない公爵家初代当主として、彼の名は王宮に遺されている。
晩年のファレオン王は、彼を斬った事を常に後悔していたと言う。
俺の祖先、ジャルダン・エンリッヒは侯爵を打診されたが、断って男爵となった。
ジャルダンはトルバルトを尊敬しており、彼に倣ったと言われている。
ミルーヴァンは、表舞台に立つ事を嫌がり、政治的な地位も領地も受け取ろうとしなかった。
彼は、太子の教育係を望み、ファレオンはそれを許した。
ミルーヴァンが何を思っていたのかは誰にもわからない。
彼はその後も表舞台に出てくる事はなく、カイスト王国建国から五百年後、天寿を全うした。
ギーヤールの一族は、ファレオンの死後、徐々に姿を消した。
一説には、アウシュレーゼ大鉱山の地下にドワーフ王国を築いたなどと言われているが、よくわかっていない。
ファレオンは、その後六十四歳でこの世を去った。
彼は、マルクを斬った事を後悔し続けており、王が家臣を傷つけぬよう、国王と王家の実権を大きく制限した。
宰相は公爵家の中でも特に大きな四つの家に、六年毎に交代で務めさせるよう定め、特定個人ではなく、公爵家そのものに権限を与えた。
また、領主派の基盤を築いたトルバルトを始めとする地方領主には徴税の権利を与えながらも、戦時の兵役を課し、一部の産業、貴金属の採掘等は王宮、つまり政府の特権として財政的な制限を設けた。
オーブリオン家を始めとする軍事派には、政治的権限を一切与えず、ほぼ軍事力の行使の権限しかない。
軍事力の維持さえ、王宮に頼る図式となり、これは後に南北の王国との戦争を泥沼化させる事になる。
不意に、ノックの音が聞こえた。
いつの間にか、薄暗い。
「なんだ。」
「アルマンド様、コーヒーをお持ちしました。」
サラの声。
言われると、喉が渇いて張り付いたようになっている。
ここまで熱中して読み耽ったのは久しぶりだった。
読み続けられる時間が、最近はない。
「入ってくれ。」
目頭を抑える。
目の疲れが、心地よい。
「随分と、長いこと篭ってらっしゃるそうじゃないですか。」
「時間を忘れたよ。朝から読んでたんだが、もう夜か。」
「明かりぐらい入れて下さいな。それに、ほどほどにしないと目が悪くなりますよ。」
コーヒーを受け取り、すすった。美味い。
この世界に眼鏡はない。
目が悪くなれば、それで終わりだ。
もっとも、金を積めば魔法で治るんだかな。
「相変わらず、美味いな。」
言うと、サラはちょっと顔を赤くして、口やかましく説教を始める。
俺はそれを聞き流しながら、ぼんやりと窓の外を眺めながら、コーヒーを楽しんでいた。




