ドワーフの遊び心。
俺がエルロンドに初めて会ってからの二週間は、あっという間に過ぎて行った。
領地へ引っ越す準備、滞っていた書類の決済、オーガスタ神への挨拶、エリーゼの実家に手紙を書き、ハリーにも手紙を書いた。
鈍った身体をパウロと鍛え直し、ラドマンとポレスの調練にもこっそり参加した。
そんなこんなで、出発の日を迎えた。
季節は、冬。
去年の今頃は、ちょうどハネムーンに出かけたあたりか。
もうエリーゼとの思い出に、涙を流すことはない。
胸が締めつけられるような感覚はあるが、取り乱す事もない。
エルロンドの中に、エリーゼは生きている。
俺は毎日、エルロンドを抱く時間を必ず作った。
エリーゼと俺が注ぐ筈だったモノ以上の愛情を、この子には注がねばならない。
いつか、二人でエリーゼの話しを、酒を飲みながらしよう。
そして、いつか俺がエリーゼのいる所に行く時、この子には出来得る限りのモノを遺していきたい。
俺が望んで良いのは、多分その程度だ。
さて、俺は今日、滅多に着ない絹の礼服を着て、滅多に顔を出さない王城へと足を運んだ。
供は、フィリップとマンシュタインである。
玉座の間に通された俺達に、居並ぶ貴族共の視線が集中する。
王国貴族としては、最大の領地を持ちながら、最も力のない貴族。
貴族としての付き合いの場にも、ほとんど顔を出さず、出て来てもほとんど表情を変えず、ただそこにいるだけ。
しかし、俺には公爵家を潰した実績がある。
得体のしれない、異色の貴族。
「氷の侯爵」と噂されているそうだが、妙なあだ名をつける風習はどこにでもある。
気にする事でもない。
儀式はサクッと終わった。
宰相がエンリッヒ侯爵家の興りを宣言し、俺が陛下に旗を献上し、陛下がそれを下賜する形で返す。
俺は、ははーっありがたき幸せ、みたいな感じで、終了。
その後、パーティと言う名の別の何かに誘われたが、俺はエリーゼの喪を理由に断った。
「嫁の押し売り、かな。」
王城を出て、大通りをフィリップとマンシュタインの三人、馬を並べてのんびりと進む。
「エリーゼ様との仲は、それなりに評判でしたからな。良い夫、と御婦人方からは人気のようです。」
と、フィリップ。
まぁ、まだ先の話しだ。
いずれ、後妻は迎えにゃならんのだが、最低でも一年、それだけの期間、妻は必要ない。
マンシュタインの娘は、後妻を娶ると同時に、俺の妾になる。
行き遅れ、と言う訳でもないが、待たせてばかりで、ちょっと申し訳ない。
王都の門を潜ると、そこに三百人ほどの一行が待っていた。
黒地に太陽と麦の旗。
エンリッヒ侯爵家御一行だ。
「増えたもんだな。」
「まだまだ、これからも増えますぞ。なにせ、エンリッヒ家は、王国最大の貴族になるのですから。」
「そんな事、言ったか?俺。」
「私の夢ですな。」
そう言って、フィリップは笑った。
どこか、悲しみを感じさせる笑みだ。
「マンシュタインの夢は?」
「アルマンド様の夢が、私の夢です。強いて言うなら、その夢を守る事でしょうか。」
「そうか。」
自分の夢を持てる人間は、実は少ない。
マンシュタインのような人間の方が、ずっと多いのだ。
別に、だからどうなんて事はない。
マンシュタインの答えは、それはそれでマンシュタインらしい。
彼は、主に疑念を抱かない。
軍人らしい生き方だと思う。
美徳、と言っても良い。
「行くか。今回は、馬車が多い。気を抜かんようにな。」
言うと、マンシュタインは黙って頷いた。
言うまでもない事だったかも知れない。
王都を発って四日目の昼、盗賊に襲われた。
おおよそ五百といったところか。
どこの誰かはわからないが、ここいらの盗賊団を全て掻き集めたのだろう。
盗賊にしては数が異様に多い。
普通は多くても百名を超えることはない。
もうね、なんというか。
盗賊に同情した。
一糸乱れぬ従士と傭兵達の動きで分断されて指揮系統を乱され
雄叫びを上げて突っ込んだラドマンに蹂躙され
逃げた所をポレスが鹿を狩るように追い詰めトドメを刺し
あえて逃がされた数名を、尾けてアジトを見つけ
マンシュタインの命令で四方八方からの火攻め。
夕方には、大規模と言って良い盗賊連合は壊滅した。
「所詮、食い詰め者の集まり。我らの敵ではありませんな。」
マンシュタインはなんでもないように言ったが、なんとも恐ろしい。
いつの間に、こんな連中を育て上げたんだろう。
いくら飛竜相手に戦ってたと言っても、こんなにも皆が皆強くなるもんなのか。
「死者二名、軽傷六名、重傷一名。戦利品は食糧のみ、馬車に積み込みます。」
ポレスが自ら報告に来た。
今日は、ここで野営する事になりそうだ。
「どこの誰かは知らんが、無駄な事をしてくれる。」
苦笑混じりに言うと、フィリップは真剣な顔で頷いた。
十中八九、王宮貴族の仕業だ。
王国貴族には三つの派閥がある。
王宮で政務を司り、各役職を世襲する事を特権としている政治派。
軍事を司り、近衛や騎士等を直接掌握し軍閥のような形で要衝や国境に領地を持つ軍事派。
王国の内側に領地を有し、地方から財政的な意味合いで王宮を支える領主派。
俺やオーガスタ神、エリーゼの実家であるラトゥール家なんかは、領主派である。
中でもタチが悪いのは政治派の連中で、三派閥の中でも特に謀略を好み、得意としている。
ちなみに、俺が潰した豚公爵は政治派の貴族である。
公爵は特権として領主と中央の役職の兼任が認められている為、そのほとんどが政治派である。
一家だけ、例外の家があるのだが、今回は置いておく。
今回の襲撃は、政治派の誰かが仕組んだ事なのだろう。
それを知ったところで、くだらない争いになる事は目に見えているので、証拠が残らないように殲滅したのだ。
誰がやったのかわからなければ、追求のしようがない。
一応、シュナには後始末を命じておいたので、近日中に結果が出るだろう。
そんなアクシデントもあったが、前回と同じくラドマンの部隊三千とも合流し、俺達は無事渓谷の入り口に到着した。
何やら石積みの関所ができていて、エンリッヒ家の旗が立てられている。
「ドワーフが張り切ったようですな。こんなものまで造ってしまうとは。」
フィリップが感嘆したように言った。
城壁と言っても良い立派な石の壁に、門は鉄格子、城壁の上に二十名ほど、門の所にも十名ほどが立っている。
門は、大型の馬車が四台は並んで通れるほど、でかい。
関所と言うより、小規模な砦みたいになってる。
「必要と言えば、必要なんだろうが。」
俺は感嘆を通り越して呆れていた。
こんなものが必要になるのは、まだまだ先だろうに。
「関所を越えたら、もっと驚きますよ。」
ラドマンが、ニヤリ、と笑って言う。
火傷の後が、笑顔を不気味なものにしてしまう。
どうにも、慣れない。
関所を越えると、確かに驚いた。
道が出来ている。
それも、石畳の道だ。
「おい、これだけの石材、どこから持ってきた?」
「当家の蓄えから出しました。マンシュタインの村の近くに、良質の石がある岩山を見つけましたので、これからは自力で供給できます。」
うへぇ。
どんだけの備蓄あるんだよ。
村と屋敷じゃどう考えたって収容できないから、と金だけ払って商会に預かってもらってたらしい。
具体的な量を問うと、今回放出した石以外なら、王都をもう一回造れるか造れないかぐらいはあるそうだ。
皆さん頑張り過ぎです。




