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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
三章 〜心と領地〜
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打つべし

花畑からの帰り道を、シエーナと護衛の兵士達と歩いていた。

陽が傾き、空が赤く染まる。

サルムートは、作業していた村人達と共に帰るらしい。

伸びていく木々や岩の影などを眺めながら、ぼんやりと歩いていた。

シエーナは、ご機嫌で鼻唄を歌っている。

足取りも、行きより軽い。


「あら、バルザックじゃない。」


踏みしめられただけの道の側に植えられた木の下で、バルザックが寝転がっていた。

微かに、いびきも聞こえる。

自由な奴だ。

何にも縛られないその姿は、素直に羨ましい。


「まだ肌寒いのに、風邪とか引かないのかしら。」


シエーナですら、呆れている。

冒険者ともなれば、これぐらいで風邪を引くことはない、とは思うがね。

バルザックに声をかけようとした時、鈍い打撃の音が聞こえた。

目をやると、少し離れたところで、パウロが少年を木刀で打ちのめしている。

肩を打つ、身をよじった少年の腹を打つ、蹲った少年の背を打ち、横腹を蹴り上げる。


「ひどい。」


シエーナが、憤怒の表情を浮かべ、駆けだした。

二人は、まだ気づいていない。


「シエーナ、よせ。」


俺が声を出すのと同時に、寝転がっていたはずのバルザックが、無表情でシエーナの前に立ち塞がっていた。


「退きなさい!あんな小さい子供を虐めるなんて」


金切り声を浴びても、バルザックは表情を変えない。

通す気はないようだ。

シエーナが、バルザックの顔を張る。

痛々しい音が鳴った。


それでも、バルザックは動かない。


「やめろ。シエーナ。」


「アル!なんで」


顔を真っ赤にしたシエーナが振り返る。

本気で怒っているようだ。


その後ろで、紅葉を頬に貼り付けたバルザックと、未だ打ちのめされ続ける少年、淡々と打ちのめすパウロが見える。


「あの子は、まだ木刀を持ち続けている。」


まだ自分の名前さえ口にしない、あの少年が見せる唯一の意思らしい意思だ。

それに、あの少年はもちろん、パウロさえこちらに気づかない。


「邪魔は、しないでやってくれ。」


バルザックが、無表情のまま、ポツリと言った。


「あぁやって、直る奴は多い。だが、あれを子供にやれるのは、俺らの中じゃパウロだけだ。」


見る限り、絶妙な手加減をしている。

骨を折らず、急所打たず、しかし痛みで闘い方を教える。

それだけだが、それだけではない何かが、そこにはある。


「行こう。シエーナ。任せるしかない。」


あの少年は、心を閉ざしている。

そして、どうしようもなく傷ついていた。

身体の傷と痛みが、心の傷を曝け出す。とパウロは言っていた。

毎日、そうやって少年を痛めつけながら、パウロはあの少年に寄り添っている。

言葉では語れない。

だから、あの二人はあぁやって語り合うしかないのだ。


「でも。」


「放っておけ。俺たちが出来ることはない。」


パウロは、ただ打ち続けている。

少年は、どれだけ打たれても、木刀を握って立ち上がる。


あの子は、俺が買わなければ、いずれそこらに捨てられるしかなかったのだ。

値段は銀貨10枚。

悲しいほど、安かった。


売った奴隷商も、ただ拾ったのだと言う。

何処から来て、そこで何があったのかはわからない。

そんな少年を養っていただけでも、あの奴隷商はまともな部類である。


俺が買うと言った時、明らかにホッとしていた。


「旦那、パウロは大した奴だよ。俺にゃ、とてもあんなこたできねぇ。」


また、ポツリとバルザックが呟いた。

無表情だが、声が固い。


俺はただ、頷いて応えた。

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