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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
三章 〜心と領地〜
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夢のかたち。

壁の無い、柱と屋根だけの建物で、サルムートは立ったまま待っていた。

平面でみれば六角形の建物で、床も柱も黒い石でできている。三段の階段がついており、地面より少し高い。

屋根は銅張なのか、青緑である。


「随分、ゆっくりと来られたのですね。」


「見惚れていた。良い場所を作ったな。サルムート。」


出迎えたサルムートは、笑顔だった。

俺の言葉にも、嬉しそうに頷いている。


「花の蜜を使った菓子などを用意しています。少し休憩していきませんか。」


建物の中央に目をやると、石造りの円卓があった。

これも、黒い石だ。背凭れのない丸椅子も、同じものでできている。


「俺はいい。」


「あ、私は頂くね!」


言ってシエーナが小走りでテーブルにつく。

果物を持った皿と、色とりどりの菓子、水差しが置いてある。

両手を使って、自分の小皿に盛っていくシエーナは、良くも悪くもシエーナである。


「本当に、良い場所を作ったな。」


彼女から目をそらし、外に目をやった。

窪地の中にある花畑の、一番低い場所である。

どこを見ても、様々な色の花畑だ。

前世でも、これほどの場所はなかっただろうと思える。


「一年中、花が咲き乱れる庭は、私の夢の1つでしたから。」


「夢、か。」


「アルマンド様に叶えて頂いたようなものです。」


「お前の力だ。俺は何もしてないさ。」


と言うより、出来ない。

俺には、ここにある一輪の花でさえ、満足に世話をすることも出来ないだろう。


サルムートは、ローヌ河南岸の開発を行うに当たって、拠点の候補地は全て自分の足を使って確かめている。

一時期ではあるが、シュリの一党やマンシュタインの騎士団からかなりの人数を護衛につけた。


数百に達する候補から、このローツェと、ここから南東にある巨大湖の畔にまで候補地を絞り、このローツェに拠点を定めた。


それから受け入れた移民に各地に村を建設させ、既にある程度の物流を生んでいる。

騎士団が、領民の自衛でもある程度の安全を確保できるレベルまで魔物を狩りさえすれば、そこにはすぐに村が築かれていた。

人の手が入っていれば、魔物はそれほど増えないのだと、サルムートはここ数年、小規模でも村の数を増やす事にこだわっていた。


その全てが成功した訳ではないだろうが、農業に限れば、かなり開発が進んでいるのだ。

あと三年もすれば、天災の為の備蓄も始められる。


俺がやるべき多くの仕事を、サルムートは一人でやってのけた。


「私一人の力じゃありませんよ。みんな、よく働いてくれました。」


サルムートの顔を見ると、彼も花畑に目をやっていた。

笑顔は変わっていないが、遠くを見ている。

その顔は、ひどく歳をとっていた。

当たり前だが、時間は等しく流れているのだ。


「この畑を維持するだけでも、三百人ほど割いています。私一人じゃ、とても無理ですからね。村の方も、私がいじってる畑は殆どないんですよ。」


「身体が、ついてこない、か?」


言うと、サルムートは苦笑してこちらを見た。

禿げ上がった頭に残る髪には、白いものが多い。


「そう言う事ではなく、私は他にも仕事がありますからね。本当はずっと畑をいじっていたいんですが。」


「そうか。」


「そりゃあ、若い頃に比べたら老いぼれたかもしれませんが。身体が動かないほどじゃないですよ。」


「お前は、いくつになった?」


「四十八です。この歳で、一つでも夢を叶えた。私は幸せ者ですよ。」


そんなものか。

思えば、サルムートとは長い。

俺が子供の頃から、エンリッヒ家の庭師だった。

ただの庭師が、今まで裏切る事も離れていく事もなく、重臣として此処にいる。


「俺の夢は、遠いな。」


「どうでしょうか。遠いと分かるぐらいには、近づいたのかも知れませんよ。」


何処にあるかもわからないモノを目指した。

その場所が、途轍もなく遠い場所にあった。

俺はただ迷っただけなのか。


言葉にはならない。

答えが欲しいとも思わない。


シエーナが、護衛の兵士に菓子を勧めている。

兵士達は遠慮して断っているようだ。


そんな喧しさが、俺の思考を乱した。

それを理由にして、考える事を止めたのは、自分がよくわかっている。


サルムートは、ジッと俺の目を見ていた。

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