酒場にて。
「おい、席六つ、空いてるか?」
パウロの大声が、酒場の騒音に負けず、響いた。
「向こうに空いてるとこがあるだろ!適当に座ってくれ!」
酒場の親父が、怒鳴り返して来る。
まだ、日が落ちて間もないが、酒場は大層な賑わいだ。
看板娘を呼ぶ声、冒険者達の歌声、親父の怒声もよくあがる。
だが、一番多いのは笑い声だった。
店の中は、松明の灯りしかなく、影が揺れる。
それが、なんとも言えない不思議な雰囲気を醸し出していた。
気を抜くと、吸い込まれそうな気がする。
「すごい。こんなの初めて。」
うん、シエーナ。すごくエロい。
「此処は特別ですよ。ローヌや、マルガンダより、随分と命が安いですから。」
バックスが、ポツリと呟く。
「バックス、余計な事は言わんで良い。おい、エールを六つ持ってこい!すぐに!」
パウロが、軽くバックスの頭を叩いた。
ちなみに、アルファドだけは宿屋でお留守番である。
一応、荷物の管理なんかもあるからな。
ちゃんと公平に籤引きして決めた。
本人は、物凄く悔しそうだったが、諦めてもらうしかない。
「こっから北は、騎士団が入ってませんからね。どうしても魔物が多くなるんです。」
ドヤ顏で、オーズが言って来る。
うん、まぁ知ってんのはすごいと思うよ。
「俄か仕込みの騎士じゃ仕方ないだろう。南の町や村じゃ、これまでの魔物の被害は少な過ぎるぐらいだ。連中、よくやってるよ。」
とは、イェーガーの言である。
皆、口調も砕けて来たようで、何よりだ。
俺も、少しは気を遣わずに飲めるかも知れない。
「マンシュタインって、あまりマルガンダにいないもんね。そんなに忙しいの?」
「忙しいなんてもんじゃないですよ。シエーナ様。ローフェンと第二隊が、神殿跡に取られた時なんて、連中、半分死んでましたね。アンデットを見ている気分でしたよ。」
「あら、バックス。なんで知ってるの?」
「俺は元々、騎士団にいましたからね。伝手があるんですよ。」
「ふーん。誰のとこにいたの?」
「最初はマンシュタイン殿の直属で、すぐにラドマン殿の下に入りました。まだ、ローヌが集落だった頃の話ですが。」
ラドマンと言う名を聞いて、シエーナは少し顔を顰めた。
なんだこいつ、あいつの暴言、まだ気にしてんのか。
「あいつは、今頃土まみれだろうな。」
言うと、バックスはニヤリと笑った。
「案外、あの人には合っているかも知れません。村人なんかに、稽古つけたりしてそうです。」
あぁ、やってそうだ。
開拓地に行ったとしても、鍬より剣を振る事の方が多そうな男だ。
まだ、騎士団が数百の規模しかなかった頃、王都の屋敷の庭で、ポレスや傭兵達と毎日稽古していたのを思い出す。
戦う事に関しては、誰よりも熱心だった。
「お待たせ!大銅貨四枚ね!」
細腕に、木のジョッキを六つ持ったおばちゃんが割って入ってきた。
ドン、ドン、と勢いよくジョッキが卓に並ぶ。
中々見事なお身体のおばちゃんで、いかにも肝っ玉かあちゃんと言った貫禄がある。
ちなみに、大銅貨は銅貨十枚分、だいたい千円ぐらいだ。
「みみっちい事言うんじゃねぇ。空いたらすぐ次の持ってこい!」
パウロは、大声でそう言って大銀貨を、おばちゃんに押し付けた。
大銀貨は銀貨十枚、銀貨一枚で銅貨百枚分。だいたい十万円ぐらいか。
「これっぽっちで偉そうにすんじゃないよ!」
言いながらも、おばちゃんは大銀貨をしっかり握りしめていた。
表情も、心なしか緩んでいる。
「パウロ、一々喧しい。すまんな、連れが迷惑かけて。」
「良いんだよ。ここいらは、こんなのばかりだし。じゃ、楽しんでっとくれ。」
大きな身体を揺らして、おばちゃんは忙しそうに混雑している店内を掻き分けて行った。
見た目に紛う事なく、正しく酒場の女房なおばちゃんだ。
「すいません、アルマンド様。」
「もう良い。さっさと、乾杯しようか。」
言うと、皆揃って、エッ!?と言う表情をした。
しまった。乾杯の文化、こっちにはなかったんだ。
久しぶりに、やっちまった気がする。




