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とある貴族の開拓日誌  作者: かぱぱん
三章 〜心と領地〜
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マルガンダ。

マルガンダを出て、北へ向かった。

人の往来で踏み固められただけの道を、のんびりと進む。

視察で慣れた筈だった風景が、今はただ新鮮だった。

仕事の重圧がなくなった訳ではないが、いくらか気持ちが軽い。


「随分と、畑が増えたな。」


マルガンダを出ると、すぐに麦畑が広がっていた。

見渡す限り、と思わず形容したくなるほど、広い。

所々に、かつて草原だったまま残されている所もあるが、そこは柵で囲まれて、牛や馬を飼う牧場になっている。

風車や、倉庫らしき建物も、チラホラ建っている。


「まだ若い畑ですから、収穫できるのはそれほど大した量じゃないんですけどね。」


応えたのは、供の使用人の一人、オーズ・グリュオーだ。

百年ほど前に没落した政治派貴族の傍流出身で、家名を守ってはいるが、出自は平民となんら変わりない。

何でも卒なくこなせる器用な男で、フィリップが山に篭った頃に同行した者の一人だ。

歳は確か三十になるかならないかといったところで、この旅が終わると内務官として誰かの下につく事になっている。

親父がいた頃は、まだ若過ぎた事もあり、下男として雑用をこなしていたそうだ。

俺とは奴隷から解放された後、知り合った。


「いつの間に、ここまで拡げたんだ?」


俺がローフェン達の所に行った頃は、これほど広い麦畑はなかった。

この広さの麦畑が八方に広がっていれば、二年か三年で、一万弱は養えるようになるだろう。


「つい最近ですね。マンシュタイン殿が、新兵の調練って名目で、死ぬもの狂いで耕させてましたよ。」


苦笑しながら、オーズが応えた。

これほどの畑を作るのはさぞかし大変だっただろう。


「管理はどうなっている。いつまでも、畑を耕してばかりじゃ、まずいと思うが。」


「アル、仕事の話は良いでしょ。マンシュタインなら上手くやるわよ。」


シエーナが、口を挟んだ。

少々、ムッとしたが、確かにその通りではある。

だが、一度疑問を持ってしまうと、聞かないと言うのは精神衛生上よろしくない。


「ちょっと気になっただけだ。」


「お休みなんだから。」


「わかってるが、仕方ないだろ。」


シエーナは、唇を尖らしていた。

あたし、拗ねてます。とアピールしたいのか、と思うほどにわかりやすい。

美人なのだが、こういう所は本当に残念な女だ。


「オーズ、かまわん。教えてくれ。」


「一応、私もアルマンド様には休んで頂くように言われてるんですが。」


「少なくとも、書類はない。それだけでも、随分と気が楽だよ。」


「良いんですか?」


「気になるんだ。観光地の歴史を聞かれてると思ってくれ。」


「なにその例え。」


また、シエーナが口を挟む。

構って欲しいのは、わかった。

だから、とりあえず話を進めさせてくれ。


「ローフェン殿のとこの負傷兵が、ここの畑をもらうんですよ。渓谷で戦ってた傭兵なんかが、前からある畑をもらって農民になったりしてますからね。」


なるほど。

確かに、足が不自由だったり、腕が上がらなくなったりしたら、戦えはしないだろうが農耕なら耐えられるかも知れない。

いずれは、老いて退役する者も出てくる。

そういった者達の生活を保障してもらえるのは、命を賭けて戦う者には大きな事なのだろう。


「だから、マルガンダの住民は騎士団関係の者が多いんです。お屋敷の周りだけだと、あんまりわからないんですけど。」


あぁ、そう言えばエルロンドと行った屋台のおっさんは、やたらと厳ついのが多かった気がする。

前世ではヤのつく方々の関係者やご本人がやってたりするので、なんだかんだで違和感がなかったのだが、そういう事か。


「騎士団の連中は、皆いずれ農民になるのか。」


「大抵は、そうでしょうね。食堂をやったり宿屋をやったりする人もいますが。」


「ほう。」


「後は、ローヌで武具屋をやってる人がいるってのも聞いた事があります。」


「それは、うちから何かしら援助があるのか?」


「商売を始める人には、特に何も。ただ平等に畑はもらえますから、貯めた給金と畑を売ったお金を元手にしてるみたいですよ。」


四年前、ゲーリングが死んだ時の事を、俺は思い出していた。

あの時、俺はキートスに兵の遺族に対して何かしらの保障ができないか考えてくれ、と頼んだ。

今では、領内に定住している遺族に関しては、死んだ兵の階級と戦功によって、それなりの額の見舞金が支払われる事になっている。


多分、その制度の影響を受けたのだろう。

うちの領地は、王国内でも騎士や兵士に対する保障はかなり手厚い方になっていた。

この目の前に広がる麦畑しか、俺には見えていなかった。

フィリップやキートスは、いつの間にかこんな制度を作り上げ、その運用を軌道に乗せていたのだ。


「アル。」


シエーナ。

俺はいつの間にか俯いていた。


「余計な事、考えてたでしょ。」


ハッとした。

いや、誰にでもわかるか。


「だから、仕事の話はダメって言ったのに。」


「すまない。」


「聞くのは良いけど、あんまり掘り下げちゃダメ。貴方が思ってる以上に、貴方の領地はちゃんと上手くいってるんだから。」


そうか。

そうだな。

うちには、優秀な家臣がいる。

俺がしていたのは、彼らの至らない点を、探すようなモノだ。

それは、彼らに対して失礼なのではないだろうか。

少なくとも、俺はこの眼で彼らがどれだけ奮闘していたか、見ていたのだ。

それでダメなら、ダメで仕方ない。

すぐにそう思い込むのは無理だろうが、少しずつ、慣れて行けば良い。

旅は、始まったばかりだ。

慣れていく為の時間は、たっぷりあった。

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