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中庭  作者: たおる
2/2

中庭(2)

朝、目が覚めると、ユーゴは洗面所にいた。


シャワーを浴びていたようで、上半身裸で髪をセットしていた。


後ろから抱きつく、大きな背中。


爽やかなボディソープの香りがした。


「起きたか?」


ユーゴがドライヤーをかけながら言った。


「一軒家っていいね。新婚生活してるみたい」


「気に入ったか?」


「うん」




その日から、私たちはケイの家に住むようになった。


一人で住むには広すぎる家だが、ケイ以外の家族はいないようだった。


私たちは、毎日のように飲んで騒いでいたが、ケイは咎めるでもなく、加わるでもなく

静かに自分の生活を送っているようだった。



程なくしてユーゴがいなくなった。


ユーゴは無神経で無粋な男だったが、どこか人を惹きつける魅力をもっていた。


そのため、男女問わず友達が多く、友達以上の相手も幾人かいたようだ。


自分の欲望に素直な男だ、ユーゴを見かけなくなっても誰も不思議に思わなかった。




それから2ヶ月ほどが過ぎる。


はじめてこの家に来たとき、足首ほどにしかなかったはずの雑草が、今はもう腰丈まで伸びていた。



これじゃ外で飲めないじゃない。



私はじっと中庭を見た。


ケイの部屋の前だけ雑草が生えていなかった。


軒下だからかしら?


日が当たらないと、生命力強い雑草でさえ生きられないのか。



私はじっと中庭を見ていた。


ユーゴと笑っていた自分を見ていた。


ユーゴの笑顔を思いだし

ユーゴの声を思いだし

ユーゴの熱を思いだす


指が火照り

痒みが目を覚ます。


気がつくと私は中指を噛んでいた。


指にはくっきりと歯形がついて白く変色していた。


それを見て、私の中の靄が晴れたように記憶が鮮明に蘇った。



どうして指が痛むのか。



その答えが明確に浮かび上がる。


景色が高校の教室に変わった。


休み時間、皆が輪になって騒いでいる。


私は一人で席に座って指を噛んでいた。


外されるのは決して私だけではなかったはずだ。


私以外は、皆上手く他のグループを渡り歩いていたのだ。


一人見せしめを作ることで、自分達の繋がりに利用していたのだ。


クラスメイトが私を見る目。


私を見下し

私を馬鹿にし

私をなめている


自分の指を噛むことで、私は現実と戦っていた。


居酒屋の光景がダブって見えた。


皆が楽しく騒いでいる中で、私は一人黙々とお酒を運ぶ。



何も変わっていないじゃない!


私は裸足のまま庭に降り、雑草をむしり出した。



バカにして! バカにして !バカにして!!



驚いたケイが縁側で立ち尽くしていた。


「これじゃ外で飲めないじゃない!」


私はケイに向かって叫んだ。


「私のこと馬鹿にしてるんでしょ! 頭悪くて礼儀も常識もない馬鹿な女だと思っているんでしょ!

ユーゴに遊ばれてるのに気づきもしないで楽しげに騒いで哀れな女だって!


あんたなんか嫌いよ! あんたもユーゴも私をいじめたあいつらも! みんなみんな大嫌いよ!」



自分でも何を言っているのか分からなかった。

ただ、わき出てくる感情をわめき散らした。


最後の方は嗚咽と重なって、言葉にならなかった。



ユーゴが私を見る顔、私をいじめたあいつらと同じ顔だ。


見下して、都合のいいように扱っている。


そんな相手に私は心を許して、体を許して。


一番馬鹿なのは私だ。


私は座り込んで泣き崩れていた。







目を覚ますと、もう太陽が高く上っていた。



私はあのまま泣き疲れて寝てしまっていたようだ 。


お腹にタオルケットがかけられていた。


ケイは仕事に行ったようでいなかった。


私は節々が痛む体を起こして、シャワーを浴びた。


ユーゴがいなくなった今、私がこの家にいる理由がない。



早くお金を貯めてこの家を出ないと。



容赦なく襲いかかってくる夏の抱擁の中、うつむいてバイトへ向かった。





バイト先の仲間は、私が目が腫れていても何も言わなかった。


ユーゴが連絡なくいなくなっても誰も何も言わない。


陰では格好のネタなのだろう。


私の回りはそんな人間しかいない。



バイトから帰ると家に明かりがついていた。


居間にいくと縁側に腰かけているケイがいた。


「お帰り」


ケイは私を見上げて言った。


その時、私ははじめてケイの顔をちゃんと見た。


色白で細面。くっきりした二重のせいで少し眠そうにみえる瞳は、綺麗な漆黒だった。


艶のある黒髪が、夜風に吹かれてさやかにゆれた。


「全部やりたかったんだけど」


そう言ってケイは庭を向いた。


庭の雑草は3分の2ほど抜かれていた。


ケイが一人でやったのだろうか。


仕事が終わって帰ったから?


そんな短時間で、こんな華奢なケイがたった一人で、これだけのことが出来るのだろうか。



「ビ ールあるよ。プリンも」


「プリン?」


「プリン食べたかったでしょ?」


「え……私そんなこと言った?」


「言ってたよ、寝言で。私のプリン~プリンなのに~って」


「え!? うそ!? ホントに? やだ!」


ケイは右肩に頭を載せて、ふふふと笑った。


そんな笑顔を私にする人今まで見たことなかった。


まるで花が咲くように、柔らかに、たおやかに、笑った。



「ケイ」


私は自然と口から言葉がこぼれていた。


「本当に今までごめんなさい。私ちゃんとするから。毎月いくらかお金いれるし、まとまったお金が出来たらちゃんと出て行くから。

それまでここに住まわせてもらえませんか。お願いします」


ケイはまた笑った。

私も嬉しくなり笑った。




「今年は綺麗な南天の実がなりそう。

艶のある真っ赤なやつが」








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