#3 了承印。
久々の投稿で、腕が多少鈍っているかと思いますが、飽きないように極力明るい話を書いていくつもりですので、最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。今回ははちゃけていないのですが。
疲労感や緊張感が募るに募り、果たしてぐっすりと眠った悠を肩に担いで、拠点地ーー華刻城に帰還したシーたちであったが、帰ってきた時にはすでに草木も眠る丑三つ時を越しており、華刻城近辺の空気は閑散としていた。夜が深いため、村の灯りはすっかり消えており、草木と共に村までもが眠りについているかのようだった。
唯一の灯りは、メイヴとシーの顔を照らす蝋燭の火影だけ。シーの暗く沈んだ顔と、メイヴのペレストロイカ(建て直し)計画を企てる満面の笑顔がそこにはあった。
「本当に良いの?」
まず口を開いたのはシーである。
「何が?」
「悠に、ーーに植民地にされた一国の再建を手伝わせても」
ベッドで横になる悠を一瞥するシーは普段の一言二言しか話さない性格とはうってかわって、捲し立てるように蝋燭の火影に照らされたメイヴに話す。
植民地にされたメイヴ率いる我が国は現在、相手国に人口の大半を吸収され、人口が百人程度と非常に苦しい状況におかれている。百人あまりしかいない国民は誰も彼もが鍬や鋤などの農具を片手にせっせと畑を耕していた農民ばかりで、何百年も前、植民地にされるより前に起きた一国を崩壊寸前まで導いた一揆が、二度と起きないようにと武具を回収されて以来、武器を触れたことがない人が増えていき、現在では見たこと自体ない人が多い。このような農民に建て直しを手伝わせても、何の戦力にもならないのは明白だ。
武器で闘ったことがあるのは、一時剣を奮って振るっていたものの、故あって一切剣を持つどころか、触ることすらしなくなったメイヴだが、無論戦力外。シーは武器でも闘えるのだが、極力能力を使うのをモットーとしているので、基本武器は使わない。となると、もう一人『最強の短刀士』と謳われる彼女を味方に引き連れるしかないわけだが、そのためには彼女と戦い、彼女との戦いに勝つのが条件だから、悠に契約書に印鑑を押させ、その上、戦術を習得させない限り今はまだ無理だ。さらに問題はまだある。どれだけ悠が自分の強さを見て魅せられても、その能力を使って助けてくれるかどうかすら分からない現状。この難問だらけを、いかに乗り越えたものか。
メイヴは何か算段があるようで、シーとは違い眉を寄せたりはしない。
「まずは戦力不足を補ってくれる人を集めなければならないわけね。どう? シー。シーのありったけの魔力を以て、人員確保はできそう?」
魔力を使いすぎると、体力面や健康面にも支障をきたしてしまう。悠が味方に着いて就いていないまま、シーに倒れられてしまうと、一国は刹那のうちに壊滅へと追い込まれるだろう。いつかの振り返しになるのだけは避けたい。そうでなくともシーに倒れられるのはごめん。テレポーテーションを完璧に操るシーは最早、国になくてはならない存在となっている。完全に頼りすぎだと自重するメイヴだったが、頼らなすぎて逆に心配をかけるのも悪いので、しばらくはこのままでいようと思い直す。仲間にだけは心配させまい。かと言って、頼らないわけにもいくまい。頼るときは頼り、頼られるときは頼られてーー信頼と依頼はまさに瓜二つなのだ。
「できなくはない……けど、私のテレポートとは相性が悪い敵も出てくるだろうから、その時は」
始めは捲し立てるように話すシーだったが、「その時は」の言葉が重たくのしかかる。
一瞬、室内に沈黙が流れる。一秒。
十秒にも満たないそのわずかな時間の沈黙でさえも、空気を加重するのには十分すぎた。ついには重苦しい雰囲気にいたたまれなくなったメイヴは、これ以上この雰囲気に浸っていると押し潰されてしまいそうだと感じ、シーに続きを促す。
「その時は?」
対面していたシーはメイヴの言葉を浴び、目をそらす。悠の眠るベッドのほうに。
「悠に助けてもらうしかない」
シーがベッドの上で眠る悠に目線を向けると、悠は寝返りを打ち、可愛らしくも陰りを見せる寝顔を隠す。
「……まなつ……」
妹の真夏が夢に出てきているのか、ぽつりと呟く。一体どんな夢を見ているのやら、メイヴには到底分からないことだが、気にとめず悠の長い黒髪を撫でる。顔はやはりメイヴ側からも見られない。しかし今日、自分が召喚した最強の戦士の顔を忘れるはずがなく、むしろ鮮明に思い浮かべる。
喚んでおきながら、悠はなかなか風変わりな女の子だった。か弱いのかと思わせぶりな行動、ドジを踏む行動をよくするくせに、ガルグイユとの勝負では男気を見せてくる悠は馴れない世界でもそこそこの実力を見せてくれたのだ。お礼に髪を撫でるくらいしても罰はあたらないだろうと、メイヴは自分に言い聞かせる。
「それまでは今までと同様」
一呼吸置いて、
「いや、今まで以上に戦う」
「そう、分かったわ。ずっと私の側にいてくれたシーのことは、シー以上に知っているつもりよ。シーが知るシーも、知らないシーも。誰よりも何よりも、何でもを知っているから、シーのことも知っている。伊達に一緒にいたわけじゃないんだからね?」
「……?」
「つーまーりっ! シーは悠よりも信頼も信用もできて、最高のパートナーだってこと!」
恥ずかしそうに一瞬にして、顔を真っ赤に染めたメイヴに、シーは微笑む。目視しただけでは、微笑んでいるかどうか分からないほど微かに笑う。
「私もメイヴを信じてる。いかなる手を使ってでも、メイヴは悠を味方につけてくれるって」
「いかなる手、ね。ふふっ♪ 分かってるじゃん! 明日から、悠にいかなる手を使っていくつもりよ」
すやすや眠る悠は身の危険を感じ、身震いをする。
「そう…………」
眠たそうに返事をするシー。時刻はまもなく午前四時を回ろうとしていた。
(もう、寝ないとね)
メイヴは蝋燭の火を消したあと、明日ーー日付的には今日のことを、特に悠に何をしてもてなすかを考えながら、眠りについた。