#1 銀髪の少女と暗緑の髪の少女との出会い。
「……なさい、起きなさいって言ってるでしょ!」
ふかふかで柔らかいベットが誰かの手で揺すられ、その上で快く眠っていた悠は眠りを妨げられ、意識朦朧の中、開眼する。
目を開いた悠のつぶらな瞳は、ベットの側からこちらを覗き見る、朱色に煌めく花形の華美な装飾品を頭につけた一人の少女をとらえる。年齢にして十五、十六歳だろうか。子供とは言えず、だからと大人とも言えない、幼くも整った顔付きはベット横の木製の机に置かれた蝋燭によって照らされ、よく映えた。格好良い、と女性に言うのは失礼にあたりそうなので、言わないが、灯火の僅な光を照り返す銀髪に憤怒を常に抱いていると見紛うほどのつり目を格好良いと言わずして何と言おう。美麗、華麗、秀麗など思い付く単語を上げてみるも、格好良い以外考えられない。
「見知らぬ女性に半ば強制的に殴り起こされるというのも、なかなかできない経験だよね」
ふらつく頭を押さえながら、身体を起こした悠は少女のほうを見る。途端に身震いも起こす。真っ直ぐ見つめるだけで鳥肌が立つことが本当にあるんだな、と感じる。それほど、彼女の緋色の瞳は恐ろしい。睨んでいるわけでもないのに、ここまでの恐ろしさを放つ彼女を直視せず、あえて視線をずらす。
「ようやく起きたのね」
鋭利な口調の割りに、ふぅー、と口をすぼめて安堵の吐息をもらす少女。
「ようやく?」
「そうよ、ようやくよ!私が貴女をこの世界に呼び出して、そうね、三時間ほど経ったのに、貴女全然起きないでしょう。危うく堪忍袋の緒が切れるところだったわ!」
「軽く死語を言うんだね……。堪忍袋なんて今では言わないんじゃないかな」
「っさい!」
いきなりキレ出した少女は、悠が起きるまで読んでいたであろう栞を挟んだぶ厚い本を蝋燭の乗った机から取り、投げつけてくる。すんでのところで攻撃を避けたものの、かすかに触れた悠の前髪が大きく揺れる。もし避けていなかったら、痛いではすまなかったはずだ。物凄い勢いで前を通りすぎた本を悠がぎりぎり回避できたのは、偶然だ。
「貴女は黙って私の話を聞いていれば良いのよ!」
「わかっ「なんか言った?」……た」
分かったと言い切る前に、どすのきいた声で吠えられ、すぐ黙る。
「貴女、人の話を聞く時は正座をするのが礼儀ってもんでしょ」
「ひど「黙りなさい」……」
何か一言言おうとしても遮られると知った悠はふかふかベットで正座。これ以上、文句を言っても少女には通じまい。諦めた悠。
「私が貴女をここに召喚魔法を使ってまでして、呼び出した理由を聞きたいんでしょう?」
「召喚っ!?」
「五月蝿い。一度で聞き取りなさいよね。召喚よ、召喚。召喚くらい知ってるでしょ。まさか、貴女。そんなことも知らないの?」
「いや、召喚くらい僕にでも分かりますけど。僕が聞いているのは召喚された理由と、ここがどこなのかです」
悠は周囲を見回す。驚くことに、天井には電球なる室内を明るくさせる物がない。部屋を灯すのはそれぞれ部屋の隅に置かれた四本と、中央で浮遊する大きな一本の蝋燭である。召喚とか魔法とかの言葉から何らかの魔力が浮遊物にあたっていると安易に予想できる。四本の蝋燭にしても一本のそれにしても、豪華なランタンに入っていて、部屋の放つ古めかしさには合わない。床は絨毯が敷かれている。あまりにも飾り気のない部屋だった。
「貴女を召喚した理由を説明するにはこの狭い部屋では難しいわ。シー、入ってきなさい」
と言うと、ドアのほうを見る少女。
「はい」
その呼び掛けを合図に腰のあたりまである長い暗緑色の髪を持つ少女ーーシーが入ってきた。銀髪の少女が高飛車なら、シーは物静かといったところか、短く言い放つ。
少女はシーを手招きし、自分の近くに呼び寄せると、「ちょっと」と耳を借りる。悠からは聞き取り難いように、こそこそ二人で密談に興じているらしかった。こくりとシーが頷いたり、かと思ったら少女は親指をたてたり。しばらくして、蹴りがついたのか、二人して悠を見、少女が
「悠、外に出るわよ」
「外って?」
「窓の向こうよ」
取り付け窓を指さして、にやりと微笑む少女。つり目がさらに鋭くなり、口角がつり上がると、何だか悪党みたいだ。
悪い笑顔を見せられた悠は、「あはははは………」と笑う。否、声では取り繕うように笑っているが、顔は笑うどころか目頭に涙を浮かべて泣いていた。
「いや?」
シーが不安気に尋ねる。
「いやじゃないけど、シーとそこにいる何か良からぬことを企てているであろう悪人がーー
「メイヴ、もしくはメイヴ様と呼びなさい」
ーーメイヴが僕を置いてきぼりにするから、その……」
左右の人差し指を向かい合わせ、回す悠は続きを言うのは恥ずかしいと思い、言い淀む。
「その?」
「寂しいです……」
すると、シーはベットの側まで近付いてきて、悠の頭をよしよしと撫で始める。撫でたことが少ないのだろう。シーは、柔らかい手つきで愛撫した。
「大丈夫」
どこが大丈夫か、何が大丈夫か分からないけれど、悠の心はシーの言葉を信頼しきっていた。淡々とした口調なのに、シーは説得力があるというか何というか、漢字にすればたった三文字の言葉でも、彼女の発言にはその通りだと思えるだけの何かが込められていた。
「むっ……。貴女、鼻の下伸ばしすぎよ」
疎外感を味わった銀髪の少女ーーメイヴは腕組みをして、悠とシーの形容しがたい甘い空間にどかどか踏み込んできた。シーは即座に悠の頭上から手をどかし、今度はメイヴの頭に手を乗せ、撫で回す。シーに手を乗せられたメイヴは最初、「違うでしょ。どうして私がシーに撫でられなきゃならないのよ!」と怒鳴っていたが、やがて目を閉じて、完全に癒される。
「そうそう、そこ。もっと……はぁ、はぁ」と艶かしい声を漏らして撫でられるメイヴの仕草を、悠は見ていられなくなり、二人から背き、茶色がかった壁の黒ずんだ斑点、その一点だけを凝視する。聞こえない、聞こえない。甘美な声が耳に届かぬよう、押さえる悠は身を丸めると、自分の世界に入り浸った。
(さすがに男子が見ていて良いものじゃないよね……)
自分の世界に入ってしまった悠を見たメイヴとシーの二人は、会話を始める。
「シー」
撫で回されて乱れた髪を手櫛で整えながら、シーの名前を呼ぶ。
「分かった」
という声とともに一つ肯んじたシーはベットの上で膝を抱える悠の脇を掴む。からの、抱え上げる。
突然、我が身が蝋燭よろしく空中浮遊したのかと驚いた悠は
「え?え、えっ!?」
と、驚きすぎだろうとメイヴに腹を抱えて笑われるくらいに驚愕に満ちた声をあげた。子供とはいえ、一人の男性を細い腕一本で軽々しく持ち上げるシーに、一体どれだけの筋力があるのか。気になる。
「行くわよ」
メイヴはさきほどまでの爆笑を抑え、引き締まった顔を窓にむける。
「い、いや。ちょっと待とっか、待って!僕まだ心のーー」