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第5話 「騎士団の出立」

オーク軍討伐の指令を受けたベルトルド、戦の支度に忙しい城内で彼もまた来る初陣へ向けて覚悟を固めていく。

今回は思うところがあって3人称。

「すまん、ちょっと胸甲の革紐を締めてくれ。」


「おぅ、ちょっと待ってろ。」


 城の中でも重要区画に当たる武器庫を前にした中庭、まだ騎士に満たない若い従騎士らがベンチや木陰に思い思いに腰掛けながら防具を広げ、互いに装着を手伝いながら戦いの支度に励んでいた。

 昨晩の吹雪はすっかり落ち着き、雪雲の去った空は晴れ渡るような明け方、山脈の隙間から差し込む朝日が銀の甲冑を照らし、微かな暖かさは命のやり取りを控える若者達を慮っているかのようだった。




「……僕が彼らを率いるのか。」


 中庭の一角にある塔、青空を望む窓から若者達の姿を眺めながら、ベルは鈴の鳴るような声で呟く。その声は不安を帯び震えていた。


 

「無論ですとも、閣下は指揮官に任ぜられましたからな。」

 

 甲冑を装着する主従が一組、領主ベルトルドとその侍従ヴァルツァーの二人であった。

 ベルは邪魔にならないよう長い髪を持ち上げ、ヴァルツァーが朗らかに微笑みながら太い武骨な指で胸甲を取り付けていく。


 

 今のベルは薄手の間着一枚という姿だった。もともと細身で華奢な彼は、日頃纏う厚手の服を取り去るとますます儚げな風情が強くなる。姫御のような柳腰、白いうなじを見せながら、顔は緊張に強張り、引き結んだ朱唇が彼の内心の不安を示している。


「……僕は、彼らを生きて両親に、家族にまた会わせてあげられるだろうか。」


「覚悟はしていた。将来の為に戦う機会を得たいと願った気持ちは嘘じゃない。――…けど、いざ彼らの命を目の前にすると恐ろしく思うのも事実なんだ。」


 ヴァルツァーは手の先に感じる華奢な体が震えているのを感じて、その震えが寒さばかりに由来するものだけではない事を知り微笑む。節くれだった指で彼の小さな肩を優しく包んだ。


「戦は、運です。 生き延びられる事もあれば、何をしようと死を避けられることもありましょう。」



 二重の分厚い瞳を細めながら、ヴァルツァーはゆっくりと呟く。

 彼の言葉には多くの死を見てきた者の重みが感じられた。思い出すように励ますようにゆっくりと。


「私はいつでも閣下と共にあり、閣下が彼らの生存を望むならそれを助けましょう。――なぁに、この熊男ヴァルツァーが居るかぎりオークなどただの醜い豚の群れに過ぎませぬ! ヌァッハハハ!」


 笑いながら思いっきり肩を叩く熊男、ベルの引き結ばれた唇が少し綻ぶ。後ろで一つに結ったチャコールの髪をずらしながら振り返り、自然と上目遣いに見上げながら悪戯っぽく笑う。


「あはは、熊男って自分で認めちゃうんだ。」


 口元を隠しながらくすくすと笑って、表情を和らげると感謝するように口許を持ち上げる。


「……、でもありがとう。少し気が楽になった。」


「なんの、――さて!できましたぞ。おぉ……これは凛々しい若武者よ、奥方様がご覧になればさぞかしお喜びになるでしょう。」


 手際よくベルに鎧を着せたヴァルツァーは満足げに頷く。

 特別に作られた白銀の甲冑、ふちには金字で緻密な紋様が描かれ、重量の関係でいくつかのパーツは省かれた物のインナーに纏う白の間着と銀の甲冑は上品な色合いを醸し、華奢なベルがそれを纏うことで中性的な騎士姿となる。日頃訓練で纏う武骨な鎧とは一段違う、幼君の凛々しい晴れ姿に熊男の頬は終始緩みっぱなしだった。


「そうかな、そうだと良いな……。」


 照れくさそうに頬をかきながらベルは自分の甲冑姿を見下ろす。

 ふと窓の外を眺めてみれば、従騎士達も装着を終えたらしく、武器を磨く、仲間と談笑するなど思い思いに過ごしていた。寒さに赤い顔をした小姓らが武器や盾を担ぎながら忙しく駆け回っている。

 まだ幼い小姓の何割かも戦場経験を積むために従軍し軍備を手伝う、その彼らの命運を担う重さを肩に感じながら、ベルはもう一つの懸念事に向かうことにする。


「……、僕はそうも思えないんだけどな。」


 


 小さく呟きながらヴァルツァーを連れて母の待つ私室へと歩く。

 ドアをノックし、許しを得て部屋に入れば案の定、お茶をしていた母は息子の甲冑姿を見るなり硬直し、震えると手に持つカップを取り落とす。


「――…あぁ、私のベルトルドッ!」


 目に一杯涙を貯めて矢のごとく胸に飛び込んでくる母。


「戦に行くなんて駄目よ! 家臣に任せて貴方は城に居れば良いじゃない――…貴方はまだほんの子供なのよ、体だってこんなに細くて、小さくて。」


「顔だって女の子みたいで。あぁ可愛いベルトルド、貴方まで失ったら私は何を楽しみに生きていけば良いの……。」


 悲しげに微笑みながら嗚咽を漏らすミリア、甘い匂いのする自分と同じチャコールの髪を撫でながら、なんとか落ち着かせようと言葉を選ぶ。しかし頭に浮かぶのは月並みな台詞ばかり、彼女の不安を拭うことなどできないだろう、なにより自分自身が不安なのだから。


 甲冑越しに震える体温を感じながら、頭を撫でつつなんとか口を開く。


「ごめんなさい、母上。ですが僕は、ベルトルドは領主です……いつかは戦地へ赴かねばなりません、いつか行くのであれば早ければ早いほど良い。やむを得ず初陣を迎えるよりも、こちらから用意して行く方が良いのです。」


 まだ背の小さいベルトルドに、膝をついてイヤイヤと首を振る母、そこまでして心配してくれる彼女に感謝の念を抱きながら困ったように目じりを下げる。


「困ったな……母上がこんなに泣いてしまっては心配で戦えません。」


 泣き止まないミリア、ベルトルドは助けを求めるようにヴァルツァーを見るが彼は苦笑したまま肩を竦めるばかり。自分の関与することではないと、そういうことだろう。頷きつつ、ベルトルドは少々の無理をしながら明るく笑い、ミリアの綺麗な両手を取る。


「そうだ! 母上、戦いから戻ったら編み物を教えていただけませんか?」


「……、編み物?」


 泣きはらした顔で不思議そうに見上げてくるミリアに、にっこりと笑い頷く。


「はい、騎士はその身の安否を願う貴婦人のゆかりの品をお守りに戦地へ赴くと聞きました。僕もぜひ母上の作るお守りが欲しいのです。」


「しかし貰うばかりでは心苦しいですし、母上にも僕の作った品を持っていて頂きたい……ですから、きっと帰ってきますから、その時までに材料を用意してお待ちいただけないでしょうか。」


 きょとんとした視線で見上げてくる母の手を、小首を傾げながら取って微笑むベルトルド。それは一見して平気そうだったが内心では前世では絶対に言えなかったであろう台詞の数々に悶え、恥ずかしさのあまり顔から火が出んばかりであった。


 悶絶する内心を知ってか知らずか、ニヤニヤと腕を組みながら見守るヴァルツァーは同じく楽しげに見守る侍女になにやら耳打ちされてニヤリと口の端を持ち上げる。


(――…この野郎、楽しんでるな。)


 内心でヒクヒクと青筋を浮かべながらも、顔は優しい笑みを浮かべるベルトルド。

 無事に帰還したと思ったら、酒場で吟遊詩人が今の情景を誇張して歌い、次女があれこれとくちさがなく噂する悪夢が容易に想像されて。もしもそうなったら一発殴ってやろうと心に誓う。


「……本当、貴方は変わった子ね。普通男の子は編み物なんかに興味を持たないわ。」


 涙を拭いながら、照れくさそうに泣き笑いを浮かべるミリア。

 意識を彼女に戻し、羞恥心を心の中から盛大に蹴飛ばしてベルトルドは笑う。 


「自覚はしておりますよ、母上。それでお返事をまだ頂いておりません、ベルトルドはもしも母上に拒絶されたらと恐ろしくて仕方がないのです。」


 おどけた口調で述べると、ようやくミリアが声を上げて笑った。


「うふふ、まだ幼いのにお世辞が上手ね。――…いいわ、待っていてあげる。だからちゃんと無事に帰っていらっしゃい、きっとよ。」


 平常心を取り戻し、悠然と笑うミリアはまさしく貴婦人の風情であった。

 悪戯っぽくも、心の篭もったその言葉にベルトルドは軽やかにお辞儀を返す。


「必ずや。――それでは母上、行って参ります。」


「えぇ、ご武運を祈ります。 ヴァルツァー……この子をお願いね。」


 見上げるミリアに熊男は大きな腹を揺らして自らの胸を叩く。


「安んじてお任せあれ。――しかし、」


「しかし?」


「私にも何か証の品を頂ければより奮戦できる気がいたしますがなぁ……、例えば奥方様の香り残る下着など素晴らし――ゴフゥッ。」


 良い笑顔でとんでもなく不敬なことをのたまう蛮人に裁きの鉄槌を。

 ベルトルドは星の速さで走るや、彼の後頭部をガントレットで思い切りぶん殴り、巨体を引きずるようにして歩く。侍女が慌てて扉を開けてくれるので謝意を示して微笑み、慌しく部屋を後にした。


 しかし廊下を歩きながら、背後から聞こえてくる母と侍女の小さな笑い声に、肩の重荷が幾分か軽くなるのを感じて、場を明るくするための気配りだったのかと傍らのヴァルツァーを見上げると、その視線に何を勘違いしたのか。


「おぉ、もちろん閣下の下着でも構いませんぞ。」


 ……駄目だ、こいつは根っからの変態だ。

 盛大にため息を吐き、頭痛を抑えながら騎士らが集う会議室へと向かうのだった。




―――――――――――――――――――――――――――――――



「――…開門! 領主閣下に敬礼、ご武運を!」


 すっかり日の昇った朝。

 騎士達との打ち合わせを終えたベルトルドはヴァルツァーと共に馬上の人となって周囲を兵らに固められながら城門の桟橋を渡る。

 門を預かる騎士が一寸の隙もない動作で敬礼し、それに守備兵が倣う。

 灰色の石壁の上ではイスフェルト家の紋章“黒色の一角獣”の旗が風にはためき、青空の中を泳いでいる。煌びやか……とまでは行かないが、実用的な銀色の甲冑を纏った騎士達が馬を駆りながら二人に続き、更に槍や剣を携えた徒歩の兵がその両脇を固めていく。


「おぉ! あれが領主様か……やはりこうして見るとお若いな。」


「……鎧に着られているようじゃないか。本当にあれで大丈夫なのかね。」


「でも可愛らしいわぁ……奥方様もお美しい方だけど、本当に男の方なのかしら、実は姫様だったりしたら……キャー!」


 沿道には仕事の手を休めて野次馬に集まる平民達が思い思いに感想を口にする。

 不安そうな声、幼君に同情する声、憎しみの篭もったとげとげしい視線、暢気でひときわ目立つ黄色い声。それら一つ一つを記憶に刻みながら、ベルトルドは真っ直ぐ前を見て馬を進めていく。


 傍らのヴァルツァーは慣れたもので、愛想良く手を振ると、彼のファンと思しき娘達の声が沸く。ヒゲもじゃの熊男だというのに、実はこの男は市中の娘に高い人気を持ち、浮名も一つや二つではなかったりする。

 だが時折その視線が鋭くなるのを見ると護衛として周囲を警戒することもかねているらしい、ただの色ボケでないからこその人気というわけか、ベルトルドは内心で分析しながら自分も真似をして手を振ってみる。


「……領主というのはこれでなかなか人気商売ですからな、笑顔で手を振るだけで一人でも人気を買えるなら安いものです。なにせ金がかかりませんからな!」


「違いない。全く貴方はどんなときでも平常体だな。」


 無数の目、目、目。

 彼らの装いは一様に汚れており、現代日本の病棟で暮らしてきたベルトルドには得たいの知れぬ恐ろしい者に写るがゆえ、なおさら緊張してしまう。陽気に笑う熊男を見ながら、本当に自分が人の上に立てるのかと恐ろしくなる……。


 だが、それを表に出すわけにはいかない。

 恐れようが恐れまいが、凶事はいずれ訪れる。ならば今やれることを一つずつ積み上げていくしかない、それが今はオーク討伐というだけのこと。

 目前の目標に集中しよう、心の中で念じながら口の端を持ち上げ民衆に手を振りながら来る戦いに思いを馳せるベルトルド。


 領主が一人、腹心の侍従が一人、騎士20名、従騎士42名、兵130という軍勢。

 軍勢としては小規模だが、野を進む隊としては十分な人数を持つ彼らは大通りを抜け、番兵に見守られながら市壁の門を潜る。


 眼前に開けるのは雪に彩られた平野、まばらに立つ木と、ぬかるんだ土の道。

 軍馬は足高々に、歩兵は軍靴を鳴らして隊は進む。

 向かう先はバクンシュドゥール、街道の先、3日ほどの距離。今やオークの軍勢に蹂躙されようとする村を守るため、騎士団の旅は始まった。

 



 


 

難しい……小説がこんなに難しいなんて思わなかった。(注:口癖です。)

試行錯誤、右往左往しながら執筆していくことになると思いますが、完結までは馬車馬の如く進む予定です。今後ともお付き合いいただければと思います。

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