第1話 「辺境領主の後継者」
こんにちは赤ちゃん、と。しかし状況はノッケから香ばしいことになります。
「……っ……○○。」
『………、…………。』
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「若奥様! お生まれになりました、立派な男の子ですよ!」
「あぁ、あぁ!私の赤ちゃん、大切な私の赤ちゃん!」
『奥方様万歳! イスフェルト伯爵家万歳!』
初め、暗くて暖かい水の中に漂っていたと思ったら突如瞼の向こうに刺激を感じて、それまでただの雑音でしかなかった声が急に意味を持ち出した。感極まって叫ぶ中年の侍女の声、そして廊下で歓声を上げる家臣らの声を聞きながら、赤子、悠は自分がそれなりに偉い家に生まれたのだと知覚した。
しかし、妙だとも思う。
悪魔シレジアに転生させられたなら、彼女の言葉どおり酷い場所に送られるはず。しかし貴族とは……何か裏があるのだろうか、そう考えるものの赤子の身体は休息と栄養を要求する。
「ンギャアアアアアッ! ゲホッ!」
湧き上がる抑えがたい本能に従って初めて泣いてみる、しかしどうも窮屈で、その上胸まで痛むとはどういうことか。一抹の不安を覚える赤子を他所に周囲は元気?な赤子の様子に沸き立った。
「これは頼もしい、元気なお子でございますこと。」
「しかしちょっと咽たような、気のせいかな。」
ざわめく声を他所に、目を開けば豊かな双丘が口元に近づいてくる。
綺麗なチャコールの髪に澄んだ碧眼が可愛い優しい感じの美女が微笑んでいる。
前世の記憶はエマージェンシーコールを唱えるが、しかし抑えがたい本能によって赤子は初めての食事を採った。
「うふふ……本当に良い子だわ。」
穏やかな顔で微笑む女性は、胸に赤子を抱きながら告げた。
「貴方の名前はベルトルド・クリストファー・イスフェルトよ。今は亡きあなたのおじいさまとお父様から頂いたのよ。」
長い名前だ、覚えきれるかなとごちる悠、もといベルトルド、長いので略してベルは言葉の中に気になるフレーズがあったことに気づく。“今は亡き?”。
しかしその疑問を口にしようにも無意味な鳴き声以上のものは出せず、それに無性に眠い。
「報告! ノルデンの森に一揆軍が出現、北方街道の関所を破り城に接近中!」
「またかッ! おのれ若君様が生まれためでたい日だというのに無粋な農民どもめ。出陣じゃ!騎士どもを集めィ!」
……うん、シレジアさんのあの様子でタダの貴族なわけはないよね。ギロチンにかけられたりしたら嫌だなぁ……などとごちながら、生まれたばかりのベルは一揆にももはや慣れた様子の母親に抱かれて眠りにつくのだった。
次の章は一人称でいきます。
転生後はベルの視点、ということで。