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第0話 「悪魔シレジア」

地獄というブラック企業に勤める、勤勉な悪魔さんの登場です。

「……ほぅ、これはなんともまぁ。」


 悪魔、その単語の意味するところはたくさんあるが、今病室のイスに足を組んで腰掛けて楽しそうに口元を歪める美女は文字通りの悪魔であった。性格的な意味というより種族というか、存在というか……ともあれ彼女は一日24時間労働かつ無給という条件で悪魔をやっている。


「年齢は……22歳? それにしちゃあなんとも未熟な魂ねぇ。」


 彼女の視線の先、寝台の上に横たわる青年の眼は硬く閉じられ、口元は開き、胸は微動だにせず呼吸が停止していることを示している。生命維持装置の音を聞きつけて慌てて駆け寄る医師の身体が、悠然と座る悪魔の身体をすり抜けた。

 それを意に介する様子も無く、悪魔は楽しげに表情を作りながらニヤニヤと青年、三上悠の魂を干渉し続ける。


「ねぇ貴方。女の子を好きになったこともないんじゃなくって?」


 悪魔が掌を差し出せば、ぼんやりとした光の弾が掌の上で踊る。

 そして数度ゆらめき、一度大きく身じろきするように揺れた。


「え、へ? なんだろう、身体が痛くないし浮いてるような……って浮いてる!?僕浮いてるし、っていうか下に居るの僕――?というか貴女は誰で……。」


 チカチカと眩しく点滅する悠の魂は素っ頓狂な声を上げて慌てだす。そんな様子に悪魔は楽しげに口元を歪め、「静まりなさいな。」と長い詰めで魂を撫でた。まるで絡みつくような得たいの知れない感覚、肉体以上に生々しい、魂を直接触られる感覚に悠は言葉を失う。

 

「まぁ色々驚くでしょうけど端的に言うわね。貴方は死んで魂になった、それで私は悪魔。理解しまして?」


 いや、まぁ予測はしてたけど。と悠は内心ごちながら、目はないが感覚的に意識を悪魔のほうに向けて頷く。見た目には変化はないが、悪魔が目を細めたので伝わりはしたのだろう、言葉を発さず笑みを浮かべているのはこちらが質問するのを待っていてくれてるからだと判断した悠は慌てて口を開く。


「えーと、驚きはしましたけど、信じますよ。理解しました。」


 満足げに頷く悪魔。なるほど、悪魔だと思わせるような悪い笑顔だが不思議と嫌な感じはしなかった。というか死んだなら天使が迎えに来てくれるんじゃと思う悠だったが、きっと天使は願いをかなえるので忙しいだろうし、この見た目ゆったりとして微笑む悪魔はきっと天使より暇なのだ。悪魔が暇なのは良いことである。

 とりあえず人生初めての経験で戸惑いはしているが、死後の世界は永遠に続くのかもしれないし始めが肝心だ、無礼にならないように気をつけなければと緊張しながら伺うようにおずおずと口を開く。


「それで、えーと……。」


「シレジアよ。」


 ぴしゃり、と端的に返ってきた返答に若干頭を下げながら頷く。


「あぁえと……はい。僕は悠といいます、多分ご存知なんでしょうけど。えと、それで、シレジアさんという悪魔さんがいらっしゃったということは、僕はやっぱり地獄行きですか?」


 実はこれ、病気がわかったときからずっと気になっていたことだった。

 数年前、早世する可能性がある以上はと聖書や仏典で死後の世界についてあれこれ考察したことがあった。そして悠なりの結論として人間は動物以上の知恵を持った時点で欲を満たすために動物以上に効率よく行動するし、欲を満たすのに効率が良いということは往々にして道徳に反することが多い。


 つまり自分達人間は、宗教的な視点から見たら根本的に悪なんじゃないかと考えた悠は、天国と地獄があるなら、人間の、自分の行く先はたぶん地獄だろうと考えていたのである。だから死を理解したときと同じように漠然と嫌だなぁという感覚はあったもののなんとか尋ねることは出来た。


「そうねぇ……戒律違反なんて数え切れないでしょうし。」


 そんな悠の強がる様子を楽しげに見やりながらシレジアは頷く。


「イエス、だったかしら? 彼が人間の原罪を代わりに償ったけれど、それでも人間はちょっとやりすぎよね。」


 あー、やっぱりイエス様は居たのか。などと脈絡もなく考えながら地獄行きとの知らせにがっくりする。やっぱり苦しいんだろうなぁ、やっと痛まなくなったと思ったのに……悠は内心で呻くが、決まったことはしょうがない、永遠に続くならいつかは慣れると思って諦めることにした。

 ただ、それならなぜシレジアは自分をさっさと連行しないのだろうといぶかしむ。先ほどから慌てる医師達を他所に楽しげにこちらを眺めたままなのだ。


「ねぇ悠? でも貴方はとっても面白い魂だわ。それで一つ提案があるのだけれど……。」


 ゾクりと背筋が寒くなるような妖艶な笑い。

 あぁこれが悪魔の微笑っていうんだろうなと思いながら悠はなんとか首肯する。


「天国行き、まぁ紀元前に比べれば格段に行き易くなったけれどアナタはたぶんムリね……。天国に行くには穢れを知らないほど純粋か、逆に穢れを認めて生きるくらい強い魂が必要なのだけど、貴方はどちらも持ち合わせては居ない。」


 悠は確かに、と苦笑しながら首を傾げた。


「では提案とは?」


 若干の不安と好奇心をもって尋ねる悠に、シレジアはぐいっと顔を寄せる。

 楽しくてしょうがないという様子で目を輝かせてくる彼女の表情はティーンエイジャーの少女を思わせた。


「もう一度、人生やってみる気はないかしら? 均衡のルールがあるし、この世界の神は厳格だから駄目だけれど隣の世界の神はわりとルーズ、いい加減なの。一人くらい入っても大して変化はないでしょうし……。」


 その提案に驚きながらも、気になる言葉があり顔……もとい魂を顰める。


「均衡のルールがあるから駄目……とはつまり均衡を乱すから駄目ということですよね。大丈夫なんですか……?」


 尋ねればシレジアは良い笑顔、指を一本立ててサムズアップ。


「大丈夫、これまでも何人か送り込んだけど何も言われなかったわ。」


 それってつまり文句をいわれなければ良いという意味で、悪影響がないという意味ではないんだろうなぁと判断する。どういう影響かは知らないが、自分が転生することで迷惑がかかるならしたくはない。


 魂を曇らせる悠、乗り気ではない様子にシレジアは怪訝そうな顔で足を組む。


「じゃあ貴方、人生に未練がないというの?」


 この問いは返答に困った。

 追い討ちをかけるようにシレジアが言う。


「だって生まれて間もなく発病して、まともに通えたのって幼稚園くらいじゃない?友達と言えるような存在もなく、そういえば時々通った学校ではいじめられてたわね貴方。見返してみたいとは思わない?惨めだとは? そのチャンスと能力を与えてあげる、そう言っても貴方は躊躇うのかしら。」


 悠の魂は、唸る。

 その様子を脈ありと判断したシレジアは更に詰め掛ける。


「みじめで、孤独で、退屈な人生。一日の多くを痛みに耐えることに使い、野を駆けたこともない。大半を痛みに怯えて過ごす……何も出来ずに終わるのよ? 身体と精神だけは半端に成長して堕落し天国にも行けない。死んでなお罰せられるなんて理不尽よね。」


 うむむむむ、と震える魂。

 人に、というか悪魔だけれど他者に言われて、真意はともかく同情的な口調と内容だとなんとなく自分は不幸で購われるべきだと思えてしまう。それは心地よくあり、温い温泉に背中から沈むような逆らいがたさも感じた。


 でも、と思う。


「……、確かにしたいことはたくさんありましたし、うん、死にたくないし地獄も嫌ですけど。それに転生っていうんですか、もう一度人生がーなんて御伽噺みたいで憧れます、でも。」


 悠は感覚的に、無いけれど魂の眦を下げて笑った。


「これは、というか過去のものだからアレかな。僕の人生は僕だけのもので、だからこそ価値あるものにしたい。僕は、貴女の言うとおり純粋でもなければ罪を受け入れることもできなくて。――…ただ、一つだけできることがあるんですよ。」


 怪訝そうに片眉を上げて見つめるシレジアに視線を合わせて、昔の英国映画の紳士みたいにおどけて魂を震わせる。


「……虚勢を張るんです。 僕の人生はすばらしいものだった、満足していると。だからつまり、価値あるものだったと証明するためにです。ですから身勝手に他の世界の均衡を乱して晩節を汚すくらいなら、ご提案には感謝しますが……お断りします。」


 言ってみてから悪魔が表情を変えずにこちらを見続けているのを感じて、恥ずかしいことを言ったと急に苦しくなってじたばたと魂を揺さぶる。あぁそういえば黒歴史ノートを部屋に置いたままだった、読まれたりしたらどうしよう……というかつれてくならさっさと連れてって、黙って見てるとかなんという放置プレイ~……、などと悶絶する悠の魂にシレジアの笑い声が響いたのは少し後のことだった。


「クク……ククク、あッはははははッ!」


 眦に涙を浮かべて笑いこける悪魔の姿に流石にイラっと来るというか魂がずきずき痛み恨めしそうな視線を込めて見上げる悠に、悪魔は笑いながら手を振った。


「……っ……っっ、……はぁ~死ぬかと思ったわ。あぁいうのを最近ではドヤ顔っていうのよね?あはは、面白かったわぁ。」


 それはよかったですねーと乾いた笑顔を魂に描く悠。シレジアはしばらく呼吸を整えると真顔になる。


「いやー、面白い。本当に面白かったわ。」


 だが悠はここでシレジアの声色の変化に気が付いた。

 当初の、まるで劇を鑑賞するかのような純粋の好機の色に、なにかもっとゾっとするような、硬くとげとげしいなにかを感じる。


 魂だけになったから感覚が鋭くなったのか、身を襲う寒気のようなものに悠の魂は縮こまり身動きが取れない。そしてシレジアの口元が裂けるように歪んだ。


「だからね、もっと面白いこと、思いついちゃった。」


 得たいの知れない気配は、明らかな嗜虐の色を見せ始める。


「貴方は転生するのよ、けどね、貴方に能力なんてあげない。豊かな土地も無ければお金持ちでもない、それどころか貧困と飢えに苦しむのよ。 この国って平和よね?だから飛び切り不穏な土地に流してあげる。」


 悠は自分がシレジアを怒らせたと思い、謝罪を口にしようとするのだがシレジアの言葉はとどまる気配を見せない。


「……そうね? でもそれじゃぁあんまりだから姿は綺麗にしてあげるわ? どこからどう見ても女の子にしか見えない男の子、そこら辺の美少女よりずっとかわいくしてあげる……、――…まわりはケダモノみたいな無法者ばかりだけどね?」


「あ、あのっ」


 安いワインに酔いながら、割ったグラスの欠片で相手を傷つけるかのように言葉を流すシレジアを遮るようにして叫ぶ。言葉を遮られたシレジアは首を傾げながらゆっくりと振り返り、「何かしら」と短く尋ねた。その声には抑揚が無く、かといって無感情ではない。


「……すみません、謝罪します。僕の言葉が貴女を怒らせてしまったみたいですので。」


「――…怒る?」


 間髪居れず、無表情に帰される言葉。

 シレジアは馬鹿にするように皮肉な笑みを浮かべる。目は少しも笑っていなかったが。


「……面白いこというわね。怒ってなんかいないわ、ただ思ったのよ。」


 ニヤリ、と口元が激しく歪む。


「自分はつらい目にあって報われなくて、それでも敢えて自分の人生を良いものだったと言う見栄っ張りの貴方が、」


 そして身動きが取れなくなった魂に顔を寄せて、悪魔に相応しいオーラを放って目を細める。


「貴方ごときの悲劇なんてありふれてるわ。歴史を御覧なさい、世界中いつの時代もそんなものじゃない悲劇がゴロゴロ転がってる世の中、犠牲者ぶってる貴方が本当の悲劇に遭って泣き叫ぶ姿はさぞ醜くて愉快じゃないかしら、と。」


 怒っているのだろうか。

 あるいは本当にタダ純粋に楽しんでいるのだろうか。

 そのいずれも正しいような気がするし、違うような気もする。ただはっきりと分かっているのは自分が非常にマズイ状況に置かれているということだけだ。


「――それじゃ、せいぜい私を楽しませてくださいな。」


 視界が歪む、そして揺れる。

 蘇生を諦め腕時計で死亡時刻を確認する医師を背景に笑う悪魔を見ながら再び彼の意識は闇の狭間に沈んでいった。

チート転生のチャンスを奇麗事吐いてフイにする悠くん。

隣の世界の神様はニートなので仕事をしてません、さて彼の運命は、と。

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