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第12話 「世界の片隅で起こる戦い」

いつでも、どこでも、何度でも。

地平線の彼方には村や町が焼ける煙が絶えず、街道沿いには絶望に取り付かれた難民が連なる、そういう世界。

それは悪魔の采配か、はたまた知能を持つ種族の業か。


……などと格好つけつつ、戦闘です。残酷描写および汚らしい言葉遣いが飛びかいます、苦手な方はご留意のほどを。


P.S:誤字を修正しました、ご指摘感謝!

 雪原に立つ一本の若木。

 青々とした葉を空へと伸ばし、その明るいグリーンは雪の溶けた水滴をしたたらせながら、朝の陽光に照らされて輝いていた。生を喜び、冬の間には貴重な陽光を満喫していた若木は、次の瞬間その生命の活動を終える。



「やっとこさ村が見えてきたぜ!」


「カカカ! 間抜けな連中だ、今さら右往左往したってなんにもならねぇのに。ほれ見ろ、あのオヤジ娘を隠そうと必死になってやがる。 ……おーおー、旨そうな尻だな。」



 オークたちの軍靴が若木の存在など視野にも入れずにその幹を踏みちぎったからである。

 折れた木を次々と通るオークが踏みつけていく。どやどやと進む彼らは100人を超えるだろうか。精巧とは言いがたいが、革に鎖を編み込んだ鎧を纏い、手には槍を斧を、盾を持つ。そしていささか古風な剣を携えたオークが、彼らの前に立って声を上げた。



「おめぇら、お楽しみはアトだぜ。おめぇらの足りない頭だってウォーレン様のご命令くらいは覚えてんだろうがよ。 俺たちの仕事は、あの忌々しい布の下に居る人間の大将の髪を引っつかんで生かしたまま浚うこと、んで、残りの連中は皆殺しにすることだ。」



 そのオークがこの一隊の隊長なのだろう。

 他の連中よりも一回り大きな堂々たる体格、オーク特有の筋肉質な長身は並みの兵士ならば目の前に立っただけでも逃げ出したくなるだろう。ボサボサの不潔な黒髪に、緑の顔にはブタの牙。険のある顔つきからは彼がベテランの戦士であることをうかがわせる。


 そんな彼に"頭の足りない連中”と呼ばれたオークたちは、怒るどころかむしろ楽しげに笑った。

 普段からこうして罵声のやり取りをするのが彼らの習慣なのだろう。一人の痩せたオークが手を叩きながら笑う。



「ヌハハ! 至極単純で結構な事だ!そういや、昨日"フードの女”が知らせに来て、俺たちにまんまと出し抜かれた騎士どもは戻ってこねーのか?」


「あん? あぁ、あのトンマどもか。 ……ま、大丈夫じゃねぇのか。忌々しい騎兵ども、略奪中に後ろを襲われたりしたら骨だが、俺たちの野営地は森の奥深くだ。留守だってわかったところで引き返しても、連中が対面するのは仲間の死骸と空席の玉座が関の山だろうさ。」


「ちげぇねぇ! ヌハハ、ブタの尻尾にかけてあいつらはマヌケだぜ! ――…そういやよー、風の噂に聞いたんだが、人間どもの大将は実は女で、これが飛びっきり旨そうだってのは聞いたことあるか?」



 ほぅ、とオーク連中が頬を緩める。

 武装する彼らが雪原の真ん中で思い思いに想像にふける姿は緊張感に欠けそうなものだが、身にまとう略奪者の風格がシュールさを上回って一種異様な光景を作り出す。


 太ったオークが顎に手を当てながら考えていたが、ふとニヤリと人の良い笑みを浮かべて指を立てて言う。



「好い女に旨い酒、丸々太って……たぁいかねぇだろうが、家畜だって居るだろうさ。邪魔な軍隊をぶっ殺し、村に火を放って逃げ出してきた連中を殺し、女は捕らえる。あとは別嬪の大将さんともども野営地に連れてって、焼肉と女と旨い酒で……あー! 俺はこのために生きてんだ!」


「ギャハハ! オメーはいつだって食い意地張ってんだろうがヨ!」



 木の枝で作った臨時の家屋に、むき出しの土の上に石で囲った焚き火を灯し、締めたばかりのブタを丸焼きにする。焚き火で照らされる女たちを抱きながら、麝香と旨い酒に酔う。


それは彼らの父祖の時代、それこそ人間が穴倉に住み石器を手にしていた時代から変わらない習慣、彼らにとってはごくごく当たり前の事で、罪の意識は無い。人間がサルの群れを狩るのに近いかもしれない、オークにとって人間はあくまでも"自分たちに近いが違う生き物”なのである。



「そんぐらいにしとけ、この調子でおまぇらにくっちゃべさせてたら、いくらトンマの騎士どもだっていい加減主君の危機にあわくって追いかけてくるだろうぜ。そうなりゃ俺たちゃ地平の果てまで軍馬とやりの穂先とおっかけっこよ。」



 隊長オークが笑いながら嗜めると、皆一様に頷いた。

 彼ら略奪者にとって本来人間の軍など戦うべき対象ではない。封建軍は基本的に村々に常駐しているわけではない、封建軍と戦っても犠牲だけ出て略奪品は少し……、それくらいなら彼らが去るのを待ってから悠々と略奪をすれば良いだけの話である。


 しかし今回は違った、あの天幕の中にはこの国の領主、ベルトルド・クリストファー・イスフェルトが居る。オーク殺しとして名を馳せた憎き先代の血を唯一引く継承者、彼を捕らえることが出来れば、財政的に困窮している伯軍に致命的な損害を与えることが出来る。……或いは見捨てたとしてもそれはそれで結構、当主を見捨てれば配下は動揺し、オーク領へ目を向ける者が少なくなる。あわよくば内乱に乗じて一儲けできることだろう。


 隊長オークは、何も知らずにこれから起こる略奪に胸を膨らませる部下たちを見やりながら、この命令を発した男、自分達の君主であるミズンガルド伯、檄槌手ウォーレンの顔を思い出す。


 北方に6カ国あるオーク種の国。そのうちの最南端、ミズンガルドを納めるかの男は人間ともオークとも違う。高貴なるラークル、オーク種を開闢以来支えてきた知恵豊かな同盟者。


 ヒトもオークも住めぬ氷の国に少数が住み、古代からの知恵を守り、知識を蓄え、ヒトと敵対し、一時ヒトに追い詰められたオーク種に求められて支配者となった者達の総称。



「……隊長?」



 げに恐ろしきはかの者の知略。

 檄槌手などと武勇を称える異名を受けながら、その者の真の恐ろしさは戦いが始まる前に既に決着をつけているところである。


 自分たちとは根本から違う考え方に畏怖を覚え、背筋に冷たいものが走る隊長だったが、



(……儲けさせてくれるなら文句はないな。)



 考えても詮無きこと、自分達の本分は剣を振るい、足を動かして少しでも多くの略奪品を得て、寒さに震える妻子に食料を届けること。そして、自分たちが生ある内に少しでも楽しむために。

 



「……なんでもねぇよ。」


 

 徐に背を覆うボロなマントを払う。

 汚れきった布が払われると、筋骨隆々の背に浮かんだ汗が雪の日の朝日に輝いた。険のある顔に狼のような笑みを浮かべて頷く。



「――さて、仕事だ。行くとしようぜ野郎ども?」



 ウェーイ、とまるで工事現場に行く若い職人たちのような様子で答え、武器を研ぐオークたち。

 欲望にギラつく彼らの視線の先には、迎撃体制を整えた村の自警団が、手に粗末な武器を持ち、今にも壊れそうな盾に身を隠しながら怯えを隠し、敵意の篭った視線を向けていた。



 オークたちはそんな人間たちを見て獰猛に口の端を吊り上げる。

 そして緊張した様子も見せず、リラックスした様子で武器を肩に担ぎ悠々と距離をつめていく。歩く間も、何も言わずとも自然とオークたちは戦列を組む。



「……気をつけろ、奴ら冬場に略奪に来るいつものオーク連中とは様子が違う。」



 村は常に危険にさらされている。

 しかしだからといって常に騎士が居るわけでもない、バラバラに侵略してくるオークの小集団は食料の乏しい冬になると頻繁に"出稼ぎ”にやってくるが、どうもそういった連中は本職の戦士ではないらしく、村の男たちでも撃退することができていた。


 だが村人を率い、戦列を統率する村長は、並べた盾の間から見えるオークたちの様子に今までとは明らかに違うことを悟る。"出稼ぎ”が増えてきて、対応が困難になってきたからと騎士団に応援を頼んだが、その騎士たちも様子がおかしい……。



(だが、やるしかない。やらねば待つのは地獄のみ。)



 古びた剣がいつもより重く感じられ、村長は手の汗を服でぬぐう。

 不安げな視線をいくつも感じ、乾いた喉に唾を飲み込んだ。深く息を吸い、堂々と叫ぶ。



「者ども! ここが正念場だ。今年の食料も昨夜ヴァルツァー卿の協力を取り付けた、ここを凌げば冬を越せるぞ!」


「お、おぉ!」


「盾を引き寄せ、密集せよ! 互いに隣の者を守るのだ、戦い、踏みとどまって村を守れ! 子を守れ! 女たちを守れ。 北方の男の意地を見せてやるのだッ!」


『おぉーッ!』



 そして、歴史が刻まれる以前から繰り返されてきた戦い、その一つが今また始まった。



「ぎゃああああッ!」



「ちくしょう、俺の手が、手がぁ!」



「ひぃぃ、強すぎる! い、命だけは……うびゃッ!」



 否、それは戦いと呼べるものではない。



「ねぇねぇ、大将?」



「あん? 俺が今忙しいってわからねー?」



 ナバルと言う若いオークが盾の列を斧でなぎ払い、たまらず尻餅をついた男の胸に斧を突き入れながら尋ねる。隊長は剣を振るい、盾列を崩されて自棄になって向かってくる3人を往なしながら、そのうち一人の顔面を剣で凪いだ。



「やー、おれっちには不思議なんだけどさ。まず最初に軍隊をやるんじゃねーの? 血煙でよく見えねぇけど、あいつらなんか準備とかしちゃってるみたいだぜ? いいの?」



 左側を守る戦友が倒れて、残った男は震えながら一歩さがり、二歩下がり、そして手にした剣を投げ捨て背を見せ敗走を始める。



「あ、逃げんなヨ。」



 轟音、風を切る音と一筋の線。蛙をつぶしたような声が男の腹から洩れ、背中から鮮血が噴出した。

線と見まごうたそれはナバルの放った斧。ゆっくりと歩きそれを引き抜いて向かってくる槍を往なし、懐に切り込んでハラワタを顔に浴びる。


 そんな部下を眺めながら隊長も負けぬ勢いで人間を切り刻む。

 それでもなお村人たちは戦意を失わない、逃げるものも居たが、大半は健気にも戦いを挑んでくる。隊長はそれが嬉しくて仕方が無いといった様子で笑うのだ。



「いやー、だってな、こいつらなんかやる気みたいだし。」



 隊長の豪腕が剣を振るう。

 それは殆ど音もなく、痩せた男の首と胴を永遠に別れさせた。その間も一切表情を変えずにしゃべりながら一歩踏み込み、また一つ首が飛ぶ。



「それによー、こいつらヨエーんだ。全滅させた後だっていくらでも間に合うだろうし、それに……って、ありゃ? もう終わりかよ。」



 瞬く間に戦列の最前列が崩れ落ち、更に中央を好き勝手に食い破られた村人たちは、ついに士気が崩壊した。必死で呼び止める村長の声も空しく一人が逃げ始め、十人が逃げる――もはや壊走は止まらない。戦意を失った者達も、村長の傍で踏みとどまる者達にも、オークらは等しく死を与えていく。



「ナハハ、根性ないっすねぇ。 で、それにって?」



 ナバルの斧はもはや真っ赤に染まっていた。

 身を包む鎧も血の着いていない場所を探すのが難しいほどである、無論、それは全て返り血だ。



「あぁ、ウン。 あれ、あれを見てみろよ――全く面白くなってきたぜ? 村人を蹴散らせば、経験の浅い若造が考えることなんてヒトツだろ? きっと来ると思ってたんだ。」



 ニッヒッヒと機嫌よく笑う隊長。

 怪訝に思ったナバルが血に塗れた髪を手で払えば、そこには――。



「全軍突撃! 全軍突撃! 僕はここにいるぞ! そして敵は前に居る、村人を守れ! 国を守れ!

僕はここにいる! 旗はここだ、イスフェルトの軍旗に集え……――"全軍、我につづけぇッ!”」


『オォオオオオオオッ!!』



 鮮やかなチャコールの髪を振り乱し、銀の甲冑を纏った少年が壮麗な白馬に跨って槍を掲げ、猛然とこちらへ突き進んでくる姿があった。長い槍は天に向かってそびえ、その柄には細長い布地の旗――イスフェルトのユニコーンが灰色の空を逞しく駆けている。


 それは偶然の成す業か、はたまた普段は働かない神の興か。

 彼の背後から朝日が差す。甲冑が、光沢のある髪が輝き、まるで大昔の神話――戦いの女神が軍勢を率いているかのようだった。



 一瞬唖然とするオークたち。

 だが百戦錬磨の彼らの反応は怯えなどでは断じてない――喜び、そこにあるのは戦うに値する敵手を見出した戦士の喜びだった。



「ク、クカカカカ! これはこれは、本当にたいした別嬪だッ! オイ!あのフレイア(女神)は殺すなよ、生け捕れとの命令だが……ククク、命令が無くたって殺すもんかよ、おもしれぇ。」



 ギャーハハハ、と一様に野卑た馬鹿笑いを響かせるオーク軍。

 これに対してイスフェルト軍はベルトルドを中心に整然と隊列を組みながら、一人の若者が騎乗のまま進み出る。



「生意気を言うなこのブタ! 俺の名はヨハン、イスフェルトの従騎士だッ! お前ら全員、ベルトルド様のためにぶちのめして、野に積みまとめて焼いてやる!」



 ガハハハハ! と今度はイスフェルト軍から笑いがあがる。

 彼らが作る戦列は隙の無い見事なものだった。ベルトルドを中心に騎兵数名が並び、前列を3重の歩兵がラインを形成する。左右後方には箱型に陣形を組んだ弓兵の集団が控えた。



「お前たちのブタ目で閣下の可憐さがわかるもんかよ! ブタ鼻オークとやってるのがお似合いだぜ!」


「ギャハハ! いやいや、言ってやるなよ。あいつら鼻だけはでかいからな、きっと奥方の悪臭に耐え切れなくて人間の女を浚うんだぜ! 哀れなもんだぜぇ。」


「そうそう、それに引き換えミリア様は本当に良い匂いがするしな。あー、俺あの匂いだけで一ヶ月はいけるぜ? ちなみにベルトルド様は二ヵ月な。」



 不敵さで言えばイスフェルト軍の男達とて負けては居ない。

 殺戮を前にして彼らが口にするのはそんな言葉のオンパレード、一度混乱状態から立ち直り、平素の顔を取り戻せばベテランが居なくてもこんなもの……逞しいものである。



「……。」



 そんな彼らを見て、恐怖の裏返し――興奮状態にあったベルトルドは不意にわれに返って驚いた顔で彼らを見やり……次の瞬間に困った風に微笑んだ。



「……君たちは本当に逞しいね。 そんなに長い付き合いでもないし、僕はまだ君達のことを良く知らない。だけどこれから知りたい、だから勝とう。」



 そんな台詞を賜った男達は互いに顔を見合わせた後、困った顔をする。

 なんというか、残念なものを見る目つきでベルトルドを見上げると、



「……閣下、ここはそーゆーまじめなことじゃなくて冗談で返すところっすよ。」



 ヨハンが呆れ顔で代弁してくれる。ウンウンと頷く男達を前にうろたえるベルトルド。

 その初々しい反応を見て男達は顔を綻ばせた。



「ナハハ、だがそういうところがベルトルド様の魅力であろう。 手柄を立てたらぜひクンカクンカさせて頂きたいものですな。」



「……、生き延びたら留意するよ。――あと変態的な事を言った先ほどの二人は後で迎賓館裏に来るように。」


 

 血に染まった雪原は、更なる血を欲する。

 折れた若木は動物たちの争いをただ眺め、性悪の悪魔はほくそ笑み、働かぬ神はなにやら演出の用意を始めているのかもしれない。


 これは死ねませんな、と笑うバカ二人。

 そんな彼らの前には、やはり楽な姿勢で武器を構えたオークたちが死の気配を載せて接近しつつあり、弓兵たちは地にさした矢を番え、射始めんとし――戦いは今まさに佳境を迎えようとしていた。

system:悪魔シレジアがログインしました。

system:ニート神がアップを始めたようです。

Warning:ベルトルドに厄が集結しつつあるようです。

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