第10話 「みんなまとめて家に来い」
ギャグ回です。次あたりからきな臭くなってくるのでその分……。
@ご指摘いただいた部分を修正しました、ありがとうございます!
金髪の少女とその弟、ニコラの略式裁判を行う間、二人は騎士団の天幕に預け、従騎士ヨハンをその世話役兼護衛につけている。平民出身の彼の方が二人とも親しみやすいだろうという配慮だったが、村を離れて天幕に近づくと中からはしゃぐ声が聞こえてきて、その判断が間違いでなかった事を知りベルトルドは微かな笑みを浮かべた。
二人に養父がどうなったかを知らせなければならない。
ベルトルドは、自分の下した決断の責任、その最初の一つを取ろうと、痛む胃を摩りながら天幕の傍に控えている。虐待されていたとはいえ血のつながった叔父、奴隷という名目で実際には保護するとはいえ、衝撃を受けないはずもない。
(うぅ……覚悟はしたけど、いざとなると恐ろしい。)
報告を明日にするのに適当な理由はないかと現実逃避を始めた刹那、
「――あ!」
「……あ。」
ベルトルドがウンウン唸っていたのは天幕の入り口。
そこの布のカーテンを開けて、なにやら手に籠を携えた少女が出てきたのにばったり出くわしてしまう。硬直するベルトルド、しかし対照的に少女の顔はパァっと明るくなる。
「様子を見に来てくれたの?」
両手を身体の前で重ね、穏やかな笑みを浮かべながら尋ねる少女。
なんとなく幼稚園の保母さんを思い出すベルトルドだったが、ともあれ用件を切り出さないと……。
「あぁえっとその……ウン。」
しかし口をついたのはそんな微妙な返答で。
あまりの情けなさに自己嫌悪に陥るベルトルド、"ズゥン”と目の前が暗くなっていると、不意に手を取られて驚き顔をあげる、そこには太陽のように明るい少女の笑顔があった。
「嬉しいわ! あのね、弟が気絶している間の貴女の活躍を話したら、とても貴女に逢いたがっているの、良かったら顔を見せてあげてっ。」
あなた、のニュアンスがちょっと違うような……。混乱する頭でそんなことを考えているうちに、明るい笑顔を浮かべる少女に手を引かれ、気がついたら天幕をくぐってしまっている。そんなアグレッシブな対応を受けながら、この国ではこれがスタンダードなのかな、と遠い目になるベルトルド。
「アレン、この方が私たちを助けてくれたのよ。お礼を言いなさい。」
「わぁ! わぁ! かわいいなぁ! 僕たちを助けてくれたっていうから、きっと強い人なんだと思ったけど、歳もそんなに違わなくて、こんなに綺麗な娘だなんて!」
そんな元気な声に我に返るベルトルドだったが、なにやらちまい男の子が腰の辺りに抱きついて、キラキラした視線を上目遣いに向けてくる。なにか色々と気になるワード(単語)があった気がするがそれはさておき、慣れぬ状況に困惑してしまう。
嫌ではない、しかしなんというか照れくさくて困ってしまい、助けを求めて少女に視線を向けるのだが。
「こら! アレン、先にお礼を言わなくちゃだめでしょ!」
「はーいお姉ちゃん。 あのね、お姉ちゃんを助けてくれてありがとう!」
(いや、そっちじゃなくて……。)
ますます強くなるハグ。
金髪の少女のミニチュア版といった感じで、非常に愛らしい少年である。そんな子に子犬のようなキラキラ視線を向けられ、言葉と一緒に抱きつかれ。
「……。」
「まぁ大変! 具合が悪いの? 顔が真っ赤よ。」
「えぇー! そんな、僕たちが無理させちゃったばっかりに!」
心配そうに眉根を潜めて額を当ててくる金髪少女。
子犬のような顔を泣きそうに歪めてうるうると見上げてくる少年。
なにやら良くわからない汗が背中から垂れてくる、身体が硬直し、喉が乾いてうまく動かない。兎のように飛び回る心臓を抑えていると、顔にかかる少女の吐息。
(ど、どうしてこうなった……。)
深刻な知らせを携えてきたはずが、年上の少女に額を合わせられ、少年にぎゅっと抱きつかれている。パクパクと開く口からは言葉が出ず、視線は宙を泳ぎ……一人の従士とばったりかち合う。
(た、助けてくれ。)
(アイアイ、閣下。)
「あー……と、ベルトルド様は人にくっつかれるのが苦手っす。二人が嫌いなわけじゃねーけど、離れてあげないと会話にならねっすよ。」
持つべきものは臣下である。
突然の状況変化についていけず、ニヤニヤ……じゃなかった、どうしていいかわからずに見守っていた若者が一名。困惑する主君を見るのが楽し……、自力で解決できるだろうと差し出がましい真似を控えていたのだが、まるでオークの大群に取り残された兵士のような目で助けを求められて黙っていては、給料を減らされかねないと思ったのだった。
『はーい……』
しゅん、としょんぼりした様子で離れる姉弟。
なんとなく悪いことをしたような罪悪感に苛まれながら、ようやくベルトルドは襟を開き、深く息を吸い込むことが出来た。
「あー……と、一応言っておくけどベルトルド様は男の娘っす。ご婦人があんまりくっつくのはよくねっすよ。」
『えぇぇぇ……。』
声を合わせてとても残念そうな顔で見上げてくる二人。
弟くんまで残念そうなのはどういうことか、深くは考えないようにしながら、場の空気をかえなくてはと咳払いするベルトルド。
(……ヨハンは後で迎賓館裏に来るように。)
(なんでっすかーッ!)
不意に沸いてきた殺意をヨハンにぶつけつつ、二人には赤い顔になるべく冷静そうな表情を浮かべようと努力しながら口を開く。
「……うん、改めて自己紹介するね。 僕はベルトルド。ベルトルド・クリストファー・イスフェルト。一応この国の領主だよ。」
『ええええええぇぇっ!』
(えぇぇって、今まで知らなかったんかいッ!)
いったいお前は今まで何をしていたんだとヨハンをにらみつけるベルトルド。
口笛を吹きながらそっぽを向くヨハン。
絶叫大会に出たら優勝できそうな元気さで叫ぶ姉弟。
(というかこの格好(甲冑姿)とかで気づかないもんかな……。)
ひときわ騒がしい天幕に、周りの兵士たちは一様にニヤニヤ笑いを浮かべていたそうな。
閑話休題。
――――――――――――――――
「――ということで、ごめんね。君たちの叔父さんには相応の処分を与えなくちゃいけなかったんだ。名目上は奴隷だけど、領主の名の下にちゃんと保護するから……許してね。」
一通り騒ぎが収束したあと、ベルトルドは鎮痛な面持ちでニコラの処遇に関する話を切り出した。
傍らにはヨハンが控え、二人は対面に座りながら暗い面持ちで俯いている……かと思いきや。
「ううん、気にしないで!」
「……そうだね、ベルトルド様が気に病むことじゃないよ。」
少女は励ますような笑みを浮かべてベルトルドの手を取り、少年は歳に似合わぬ大人びた笑みを浮かべている。そんな様子に面食らっていると、少女が微かに笑みを深めたようだった。
「……あのね、叔父さんを憎まないでくれてありがとう。
それから、私たちを助けてくれてありがとう。本当だったら、誰にも省みられずにずっとあのままだったもの。叔父さんも悪い人じゃないのよ、でも食べ物がなくて、奥さんを亡くしたばかりだったから。」
少女はほんの少し悲しそうに眉を下げた。ただそれだけで、次の瞬間にはニッコリ笑う。
「私たちのことだったら気にしないで。これまでだって助け合って生きてきたんだもの、これからもきっと大丈夫。だからほら、そんなに悲しそうな顔をしないで?」
骨と皮だけの腕が視界をよぎる。
水仕事で痛んだ手のギザギザという感触が頬を撫でる。
少女の痩せて汚れた顔が映る視界が、次第に涙で歪んでくる。まるで泣き出した子どもをあやすように、苦笑しながら頬を撫でてくれる少女。ベルトルドは、心の中に訳のわからない怒りと悔しさがこみ上げくるのを感じてたまらない気持ちになった。
「……ベルトルド様。」
視界の端でヨハンが励ますように笑う。
まったく、家の家臣はこういう奴ばっかりだ。その顔に、次の言葉を言う勇気がわいてきた。
あるいは自己満足かもしれない。
領主だからといって、いや領主だからこそ、特定の領民だけを特別扱いするのは本当は間違いなのかもしれない。しかしベルトルドは顔を上げ、真っ直ぐに少女と弟を見る。頬に当てられた少女の、あかぎれだらけの手を包む。
「君たちの今後の事なんだけどね。」
急に雰囲気が変わったことに驚く二人。
ニヤニヤと笑うヨハン。こいつは後で殴ると心に誓う……まぁ多少手加減はするけれど。
「良かったら、僕の傍で働か……」
「ベルトルド様ぁあああああッ!」
「ぎゃあああああああ!」
覚悟を決めた提案。
ようやく口にしかけたと思ったら、突然野太い声とモジャモジャの髭に視界をふさがれる。思わず上げた悲鳴が空へと消えて行った。
「こ、この私を差し置いて愛の告白など許しませんぞ!」
「だ ま れェェッ!」
色々と台無しな横槍にブチ切れて、華奢な身体からは想像しにくい強烈なボディブローを見舞うベルトルド。熊男は平素なら軽々とかわすのだろうが、あいにく酔っ払いであった、姿勢を大きく崩し、天幕を巻き込んでぶっ倒れる。天幕が、ビリビリと音を立てて破れたその先には……。
「ヒュー!良い拳っすね領主様ッ!」
「行き先を失った少年と少女、その手を取って家に来いとは……男になられましたな。」
無邪気にはしゃぐ若い兵たち。
なにやら先代の面影を見出して、勝手に感動しながらウンウンと頷く中年の騎士たち。
ずらっと並んだギャラリーを眺めながら、小さな身体に激しい怒りを蓄えて、ぷるぷると震えるベルトルド。
「……、君たち、いつから聞いてた?」
『――最初から』
めいめい騒いでいたはずのギャラリーが、ここぞとばかりにシンクロした返事を返してくる。
「そ こ に 直れェェエエエッ!」
『ギャハハハハハ!』
ニヤニヤと笑いながら退散するギャラリーに、抜刀したベルトルドが粗い息を吐きながら猛然と追い回す。そんな光景を眺める二人、この姉弟も只者ではなかったが、しかし今の光景には流石に唖然としているようだった。そんな二人にヨハンがそっと歩み寄る。
「悪くねー提案だと思うっすよ。まぁ、こんな光景を見たら不安になるかもしれないっすけど、基本みんな気の良い連中っすし、なにより……退屈だけはしねーっすね。」
クスっと笑うヨハンが指したその先には、青い顔でぜぇぜぇと芝生に膝を付くベルトルドをニヤニヤと煽る家臣の姿。封建制の社会制度としては秩序とか色んなものに問題がありそうな異質な光景であった。
そんな光景を眺めながら、少女は一つの決断をする。
傍らの弟に視線を向けると、上目に彼は笑う。それはまるで励ますようで、内心の考えに同意してくれてるようで。頷きを返した少女、弟の頭を軽く撫でると、彼を守って行くために、そしてちょっとだけ自分自身の打算の為に行動を決めた。
「く……くそ。次の評定で給料をカットしてやる……。」
もともと病弱なくせに、本日は2度も全力ダッシュをしたせいでいよいよ青い顔をしながら戻ってくるベルトルド。そんな彼に少女は唇に指を当て、明るく妖艶に微笑んだ。
「領~主さまっ!」
とん、と後ろ手に組みながら上目に彼の顔を覗き込む。
ふわりと広がるスカート、思わず目を奪われるベルトルド。その耳元に暖かい息と声が当たる。
「先ほどの返答です。 ……"末永く”よろしくお願いしますね、"旦那様”!」
そして顔を合わせると、ニッコリ笑ってハグをしてくる少女。
ずるいとばかりにくっついてくる弟。
「……、……。」
色々と通り越して脱力するベルトルド。口から魂が抜け出しそうな勢いである。
初心な反応に計画通りとほくそ笑む少女。ただ同時に、この年下の少年の反応にどこか心が温かくなるような感覚も感じていた。
そんな光景を遠巻きにニヤニヤと見守る家臣達、無論、彼らとて厳しい世界に生きており手放しで賛成できるわけではない。
しかし主君が一度決めたことなら、そしてその責任を取ろうとし続けている間は、最後までそれを手伝うのが自分たちの役目。そして仕事をちゃんとした上でなら、あとはせいぜい領主をおもちゃに楽しもうという不敵さであった。だからこう言ってやるのである。
「わはは! 領主様はやはりモテますなぁ!」
「弟の方にまで懐かれている当たりがベルトルド様らしいといいますか。ガハハハ!」
だがそれは考え込みやすいベルトルドにとって一種の薬となっている、とはいえ悩みの種でもあるわけで……。 遠のきそうになる意識、鼻腔を刺激する少女の麝香をかぎながら、今は潰れてる熊男が起きてから巻き起こるであろう騒動を想像し、更なる頭痛に苛まれる幼少領主――彼の気苦労が耐えることはないのだった。
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「……あら。」
「奥方様?」
「……私のベルトルドに、悪い虫がついてる気がするの……。」
……彼の気苦労は絶えない。
なんだかこのメンバーじゃ生半可なシリアスじゃシリアスにならない気がしてきました。 うーん、はっちゃけ過ぎたかな……ともあれまもなく戦闘が書けそうです、楽しみ。