プロローグ
プロローグは不要だったかもしれません。
第0話から読み進めて頂いてもストーリー上不具合はないかと思われます。
「……ゲホッゴホッ、――…カハッ。」
白塗りの無機質な病室の中央、異様にやせこけた青年がベッドの上で苦しげに咳き込んでいた。
眦には苦し涙が滲み、口元に伸ばした腕には無数の点滴痕と太いチューブが伸びている。そんな痛々しい姿だったが彼の口元には笑みが浮かび視線は優しい。見舞いに来ている母親の不安を少しでも和らげようという彼なりの意地で、苦痛と口元までこみ上げてくる悲鳴を飲み込み笑う。
「……また来るからね、しっかり休むんだよ。」
食事をカートで配膳する看護士が廊下を進む音がする。
まもなく夕食時間で、すなわち面会時間の終わりが近いことを示していた。
「えぇ、母さん。父さんにもよろしく。」
涙ぐむ母親に小さく手を振る。
初老の年齢に達した彼女は皺の浮いた顔に微かに笑みを浮かべると、荷物を取って逃げるように病室を後にした。ほぅっと息を吐いて枕に頭を預け母の去った扉を見やる、そして盛大に咳き込み、襲い掛かる苦痛に海老のように背を曲げて呻いた。
青年、三上悠は不治の病に侵されていた。
物心付いた頃から闘病し、大人になる頃には7割の確率で治るとの医師の見立に治る方の未来を信じていたが、最近どうやら3割の治らない方の未来が当たりなんじゃないかと気づきつつある。
「ハァ……ハァッ。」
定期的に襲う痛みの発作、数分呻いていれば去ってくれるが落ち着いてしばらくすればまた襲ってくる痛み。人は痛みを知って強くなるというけれど、もし本当なら自分は勇者になれるに違いないと脈絡もないことを考えて悠は笑った。
苦しみに歪む視界でベッド脇のサイド机に目を移せば、家族の写真がスタンドの明かりに照らされている。両親の記念日に取った写真は、まだ立てた頃の自分が正装して両親の間に挟まれ笑っている。この頃は治ると信じて疑わなかったなぁと苦笑しながら彼はゆっくりと目を閉じた。
暗闇が視界を包み、景色を遮断したことで身体の感覚が鮮明になる。
気だるく、力が入らない。じわじわと寒さが迫ってくるような感じてみじろきするが、それすら億劫に感じてしまう。その状態を通り越すと今度は次第に生命力が抜けていくような感じがして、ビンから砂が零れていく情景を思い浮かべながら、もはや命が長くないことをなんとなく悟った。
(あぁ僕、死ぬんだな。)
覚悟を決める時間はたくさん存在したし、悠は死にたくないと喚き抗う余力を痛みに耐えることに使い切っていた。なので表情は穏やか、ぼんやりと寒々しい死の恐怖は感じるが、戦いきって疲労しきりやっと休めるという安堵の方が強い。
もう少し先だろうという楽観による安心感もあったが、逃れようのない定めを前に覚悟を決め、後は待つだけというのもあったのだろう。穏やかな気持ちで痛みのない感覚を噛み締めるように楽しみ微かな眠気に身をゆだねる。
少しだけ眠ろう、少しだけ。
近いうちに死ぬという漠然とした寂しさも眠りのうちには遠ざかる。
ゆっくりと呼吸は規則的な落ち着いたものとなり、やがて彼の意識はまどろみに沈んだ。眠りと死は似ているが、その違いは再び起きるか否かにある。
そして彼が今生で起きる事は2度となかったのである。
投稿仕様に慣れる意味での仮投稿。
少ない字数でも的確にストーリーを進められるようになりたい……。