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*転生物です。苦手な方はお控えください。

2004年、9月15日。

まだ暑さののこるこの日、ふいに古戦場へ行ってみようと思い立った。

なぜかはわからない。ただ、行ってみよう、いや、行かなければいけないという気持ちがふつふつとわきあがってきたのだった。目的地は、関が原古戦場跡。

新学期も始まって早々のこの日になぜこんな気持ちになったかさえわからない。まだ夏休みの気分が残っているのだろうか、そんなことを考えつつも学校かばんに私服をつめこむ。駅のトイレででも着替えよう。制服はコインロッカ-にあずけてしまえばいい。

何事もないかのように、家をでた。

まだ夏の名残か、蝉が鳴いている。まるで、残りの命を燃やしきるかのようにその鳴き声は真夏のそれとくらべると、はるかに弱弱しいものだった。

学校へは自分で連絡をいれ、同じ制服の学生が通りすぎるのを公園のベンチの上でボゥっとながめていた。通学時間に駅に行くのはさけた。人が多いし、なにより同級生や電車通勤の先生にでも見つかったらおしまいだったから。

7時に家をでてから始礼の始まる8時30分までの1時間半、ベンチの上でじっとしていることにした。

暑い。住宅街の公園である。日が昇るにつれその暑さはまし、額に汗が染みてきた。ハンカチなどきのきいたものはもっておらず、制服のそでで雫となって落ちる前にぐいとぬぐう。

去年の九月はこんなに暑かっただろうか。いや、その前にこんなに蝉がうるさくないていただろうか、そんなことを暑さのせいかよくまわらない頭で考える。しかし、何故突然関が原になんて行こうと思ったのだろうか。自分の家から行けないことも無い距離だとはわかっていたが、行く気などさらさらなかった。というか、関が原自体、中学校の歴史の授業程度の知識しかもちあわせていない。1600年、徳川家康が石田三成をやぶった「天下分け目の合戦」と呼ばれる戦。戦国時代に終止符を打つことになった、だっけ。日本史に授業以上の興味をもって接してみようなどとは1度も思ったことはなかった。が、今決められたことをやめてでも、その歴史に触れに行こうとしているのである。

おかしなこともあるものだ、そう思いつつも公園のベンチから腰をあげた。軽く土を払い、腕時計をみる。

8時27分。そろそろ、頃合か。

横に置いてあったかばんを持ち上げ、駅にむかった。さほど大きな駅でもないのだがショッピングセンタ-と合体しているため、実際よりも大きく見える。

いつもとは違う切符を買い、機械に通す。機械音がして、問題なく通れた。まっすぐにトイレに向かう。

個室に入り服を着替えた。まだ暑い。格好は真夏のものとさほど変わりがなかったが、すこし大人に見えるような服を選んできた。補導なんてされたら、たまったものではない。

トイレからでて、コインロッカ―に荷物を全部あずけ、いつもとは反対向きの電車にのった。

鈍行である。駅は大きいのにいまだに肝心の乗り物は動きが遅く、まったくちぐはぐだなといつも思う。しかし文句も言っていられない。ここ周辺に駅はこれしかないのだから。

少しまつと、ピ-クをすぎてがらがらになった電車がやってきた。ぽつぽつとしか人が乗っていない。電車に乗りこみ人のいない車両にすわる。人が嫌い、とか貸切気分を味わいたいとかそういうのではなく、ただ単に体が勝手にそちらへ行ってしまっただけのこと。

今日は人に干渉されたくない。

一人関が原に行き、一人ただただ昔そこであったろうことに思いを馳せてみたい。平日だから、観光客もいないし丁度良かろう。数秒して電車がきしみながら重たげに動き始めた。






1600年、9月14日

緊張の解けぬ夜、三成はイライラと陣中で歩き回っていた。眠れない。眠れるはずも無い。明日は戦なのだ。

布陣どおりに事が進めば、絶対に勝てる戦である。

しかし相手はあの徳川家康公である。戦がどう転んでも、おかしくない状況だった。

勝てる、いや、勝てない・・・・

悶々と頭の中で二つの言葉が繰り返され、おさまらせようとしても、やまない。

秀吉のつくった世は、明日くずれようとしている。いや、秀吉が没した瞬間から少しずつ崩れてきていたのかもしれない。明日、東軍が勝とうが西軍が勝とうが、両軍どちらにも、秀吉の姿は無い。あるのはその部下だった武将達だけである。

「俺が勝てば秀頼様に天下をお渡しできる・・・」

家康が勝てば、天下はあの狸のものになる。

今は亡き秀吉が、最後まで気にしていたのは自分が死んだあとの秀頼のこと。武士の反乱がおこれば、一たまりも無いであろう。そのための大名を束ねておく策を秀吉は講じていなかった。秀頼はまだ幼すぎる。だれか、助けが必要であった。

“亡き秀吉様のためにも、絶対にこの天下、我が手中に”

三成がずっと思いつづけたことであった。

「殿、おられますか」

と、聞きなれた声がした。

「左近か」

そちらのほうを向くまでも無い、声の主はわかりきっている。三成の一番の家来である島左近である。左近は三成にとってなくてはならない存在であったし、家来と言うよりは同格のものという印象が強かった。

左近はゆっくりと三成の前に行き、言った。

「ついに明日ですな」

「うむ」

「心の準備は?」

左近は三成の心中ぐらいは察していた。察していたからこそ、今ここにやってきたのである。

自分の主君は今絶対に悩みこんでいるだろう。何時まで続くかもわからぬこの大戦に多くの不安をかかえつつ。

「・・・正直」

三成が左近に背をむけ、上を向いた。おそらく、顔をみられたくないのだろう。こういうときどんな顔をしているのか、わからず、自分に心配をかけたくないのだろう、そんな主君の気遣いに左近はふと口元をゆがめた。

「怖い」

ぽつりといったその言葉は、おそらく左近の前以外ではけして口にすることはないだろう、台詞。

「不安と緊張と・・・・いろいろまざって、怖い」

この天邪鬼な男にしては必死に素直に感情をあらわしたのであろう。普段めったに素直にならないせいか、言葉に乏しい。その分、損しておきたのが、この戦といっても過言ではないだろう。

左近は予想どおりの返答に苦笑し、重みのある声で話し始めた。

「・・・左近もそうでしたよ、殿。大きな戦の前にはかならずといっていいほどその恐怖がつきまとうものです」

「今もか」

三成が少し左近のほうをみる。すると、くるりと今度は左近が三成に背をむけた。

「いえ、今は蚊ほどにも感じませんな」

「・・・・・お前は戦なれしている」

大きな体には、無数の戦の傷跡がある。三成はそれを知っていた。

拗ねたように、下を向く。

「じゃあ殿、左近がその恐怖を感じなくなったのは何時からだと思います?」

くるりと、三成のほうに向きなおす。

そんなもの知るか、と三成は左近を見返した。

左近はその顔にほほえみ、

「殿に仕えてからですよ」

と、言った。

三成ははじめ、ぼけっとした顔で左近を見ていたが言葉を理解する内に左近の顔なんぞまともに見られなくなりまたくるりと左近に背をむけてしまった。それを観察していた左近はやはり予測したとおりの主君の行動に苦笑する。

年の離れた左近からしてみれば、三成の行動など手に取るように分かるものであるしその時折見せる子供のようなしぐさがたまらなくかわいく思えるのであった。

「ほ、ほう!何故そう断言できる?」

すこし裏返った三成の声が飛んできた。恥かしくもあるが、理由を聞いてみたかったのであろう。

「・・・言ってもいいですけど、殿はきっと怒りますよ」

理由、といわれてとくにあるものでもなかったのだが、ふと思い立ったことを言ってみようと思い、しかしそれを聞いたら自分の主君は怒るだろうなぁと思いつつもついついきいたらどんな顔をするだろうかと興味本位に手を出す。

「かまわん。言ってみろ」

恥が興味に負けたか。三成は勢いよくくるりと左近のほうを向いた。

次の言葉に期待するような眼差しをむけてくる主君の顔をみてじゃあ遠慮無く、と左近は口を開いた。

「自分の事よりまず殿の事が気になるようになりましてね」

「は?」

「殿って、なんだかんだ言ってかなり危なっかしいじゃないですか?」

ほっとけないんのですよ、と良い意味をこめて言ったつもりだったのだが。

「なんだ、それだけか」

そう言ってまた背をむけた主君はなにもないようだが絶対にすねているのだろうから、あとには何もいわなかった。

ここで何か言っては、仕返しの言葉がつきささるだけである。

まったく、少しはよいほうにとってくれればいいのにと幾度おもったことか。損な性分である。

しばらくの沈黙の後、三成がふいに

「左近」

と名を呼んだ。

「なんでしょう?」

「明日の戦、頼りにしているぞ」

それだけ言い残し、三成はスタスタとどこかへいってしまった。

「・・・しっかり良い方にとってくれてんじゃないですか」

“あぶなっかしい”その言葉の裏にあった、もう少し自分に頼ってくれてもいいということ。

しっかりと自分の主君には伝わっていたようである。

はじめてあった時にくらべると、成長したなあと感じ頬が緩んでいくのが自分でも感じ取れた。




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