第4話
東京六本木。
ハイブランドのショップと外資系企業のオフィスが立ち並ぶ、欲望と資本の最先端。
その一角にあるオープンテラスのカフェで、奇妙な二人連れがテーブルを挟んでいた。
一人は金髪碧眼の白人男性。
仕立ての良いグレーのスーツを着こなし、手元のブラックコーヒーからは湯気が立っている。見た目はエリートビジネスマンだが、その眼光は鋭く、周囲の動静を常に警戒している。
アメリカ合衆国国土安全保障省・先進因果脅威部門――通称『MAJESTIC-12(マジェスティック・トゥエルブ)』。
その極東支部に所属するエージェント、ジェームズだ。
そしてもう一人は、アルマーニのキッズスーツを着た6歳児。
つまり僕――六式 虚である。
僕の前には、毒々しいほど鮮やかな緑色のメロンソーダ(アイス乗せ)が置かれている。
「……で、話というのは何だ? ミスター・ロクシキ」
ジェームズがコーヒーカップを置き、低い声で切り出した。
彼は日本語が堪能だ。というより、このレベルのエージェントになると、主要言語は脳内インプラントで習得済みなんだろう。便利で羨ましい。
僕はストローでズズッと音を立ててソーダを吸い上げてから、単刀直入に言った。
「銃ちょーだい!」
「…………は?」
ジェームズの鉄面皮が、ほんの一瞬だけ崩れた。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔というのは、こういうのを言うのだろう。
彼は眉間を揉み、溜息をついた。
「……私の聞き間違いでなければ、今『銃(Gun)』と言ったか? おもちゃ売り場は、あっちのモールだぞ」
「ノンノン。プラスチックのBB弾が出るやつじゃなくてさ、もっとこう、ドパンッ! って脳漿ぶち撒けるやつ。実銃だよ、実銃」
僕は無邪気に笑って見せる。
ジェームズの目がスッと細まった。ビジネスマンの仮面が剥がれ、冷徹な『管理官』の顔が覗く。
「……何の冗談だ。君は6歳だぞ。日本国銃刀法違反以前の問題だ」
「だから頼んでるんじゃないか。八咫烏経由だと手続きが面倒なんだよ。『未成年の健全な育成に云々』とか言ってさ。その点、君らマジェスティックは合理的でしょ? 強い奴には強い武器を渡す。それが君らのポリシーだよね?」
僕はメロンソーダのアイスをスプーンで突き崩しながら、交渉を進める。
「だから、銃が使いたいから銃貸してくれって話。ね?」
「……理由は?」
「カッコいいから」
「却下だ」
「嘘嘘。……手札の一つとして持っておきたいんだよ」
僕はスプーンを置き、少しだけ真面目なトーンになる。
ジェームズの目を、真っ直ぐに見つめる。
「僕の『万象模倣』は便利だけど、魔力切れ(ガス欠)のリスクがゼロじゃない。それに、能力を使うまでもない雑魚相手に、いちいち高級な術式を使うのもコスパが悪い」
「物理的な制圧手段が欲しいと?」
「ご名答。それに、最近便利な能力をコピーしてさ」
僕はテーブルの上のシュガーポットに手をかざす。
次の瞬間、ポットが空間の揺らぎに飲み込まれるように消失した。
そして、何もない空間から再びポットが現れる。
「『異空間収納』。ま、容量は少ないけどね。ここに銃を一丁忍ばせておけば、いつでも取り出せるし、普段は手ぶらで歩ける。完璧でしょ?」
ジェームズは、感心したように、あるいは呆れたように首を振った。
空間操作系の能力は希少だ。それを6歳児が「便利なポケット」程度に使いこなしている事実に、改めて僕の異常性を再確認したのだろう。
「……君の言い分は分かった。だが、できない相談だ」
「なんで? ケチ」
「ケチの問題ではない。ここは日本だ。君は日本の『戦略級資産』だ。我々が勝手に武器を供与したと知れれば、八咫烏との外交問題に発展する」
彼は指を組み、ビジネスライクに告げる。
まあそりゃそうだ。
同盟関係にあるとはいえ、八咫烏とマジェスティックは水面下で激しく対立している。八咫烏の「最高傑作」である僕にマジェスティックが武器を横流ししたなんてバレたら、僕の親父(六式家当主)が黙っていないだろう。
「日本政府の許可がないとダメですね。……もっとも」
そこでジェームズは言葉を切り、意味ありげな視線を投げてきた。
営業スマイル。だがその目は笑っていない。
「君が正式に『MAJESTIC-12』に所属してくれれば、話は別ですが? エージェントへの標準装備として、最新鋭の魔導銃を配給しましょう。ビザの手配も、ご家族への説得も、我々が責任を持ちますよ」
出たよ。
これだ。この「引き抜き工作」が、彼らが僕と接触を持つ真の目的だ。
僕は肩をすくめる。
「あー……魅力的なオファーだけどさ。流石に実家にキレられるから無理」
「六式家の方々ですか? 我々の後ろ盾があれば、説得は可能かと」
「説得ってレベルじゃないよ。戦争になるって。僕、一応これでも『ヤタガラスの重鎮』の跡取りだしさ。親父、僕の教育費に国家予算並みの金突っ込んでるから、元取るまでは絶対手放さないよ」
それにと、僕は付け加える。
アメリカに行ったら、美味しいラーメンも発売日のジャンプも読めなくなる。それは元日本人として耐え難い苦痛だ。
食と娯楽に関しては、日本はTier 0だからな。
「……それは残念です」
ジェームズは芝居がかった仕草で肩を落とした。最初から断られると分かっていた反応だ。
だが彼は、すぐに次の手を打ってきた。
ここからが本題だ。
「しかし銃ですか……。君がそこまで熱心なら、個人的な融通という形でなら、あるいは」
「お? 話が分かるねぇ」
「ただし、制式採用銃は渡せません。管理番号がついているのでね。……代わりに、開発部の倉庫に眠っている『試作品』でよければ」
彼は懐からタブレットを取り出し、一枚の画像を表示した。
その画像を見た瞬間、僕の目が釘付けになった。
黒い。
そしてデカい。
拳銃というよりは、小型の大砲だ。
無骨な角張ったバレル。グリップには魔術的な紋様が刻印され、スライド部分には冷却用と思われるスリットが入っている。
「『XM-13 “Van Helsing”』。対異界存在用大口径魔導拳銃です」
「……口径は?」
「13mm。通常の.50口径弾をベースに、聖銀と劣化ウランの合金弾頭を使用します」
13mm。
デザートイーグルよりもデカいじゃないか。
6歳児の手には余るなんてもんじゃない。両手で持っても重そうだ。
「まあ、対化け物用として作られたものですからね。これを融通しましょうか」
「化け物? 熊とか?」
「いいえ。……『吸血鬼』とかですよ」
ジェームズの声の温度が、スッと下がった。
吸血鬼。
ファンタジーの定番モンスターだ。
だがこの現代社会において、その単語が意味するものは少し複雑だ。
「吸血鬼って、確か『吸血鬼っぽい能力』に目覚めた人間のことだろ? 日光に弱いとか、血を飲むと強くなるとか」
「ええ。一般的にはそうです。Tier 3やTier 4の『変異型能力者』として処理されます」
僕も何度か戦ったことがある。
ただの人間が、突然変異で牙が生えたり再生能力を得たりしたケース。
厄介だが、酸で溶かせば死ぬし、首を落とせば動かなくなる。それに、国内で吸血鬼が悪人になるケースも少ない。
わざわざこんな大砲を持ち出すまでもない相手だ。
「流石に元人間の能力者を殺すのに、こんな過剰火力な武器は使わないよ? 僕だってまだ人間殺し(マンハント)はしてないし……いやだぜ? 夢見が悪そうだし」
僕が顔をしかめると、ジェームズは薄く笑った。
「ご安心を。これは現代の『吸血鬼症候群』の患者相手に使うものではありません」
「……どういうこと?」
「『古きからいる吸血鬼』。……神話の時代から生き続け、歴史の裏側で血を啜り続けてきた、本物の怪物相手に使うための拳銃ですよ」
なるほど。
つまり、能力者(人間)ではなく、正真正銘の『異界の怪物』用ってわけか。
ロマンがあるじゃないか。
そういう「本物」がいるってだけで、この世界はまだ僕を退屈させないでくれそうだ。
「いいじゃん。気に入ったよ」
「ただし、忠告しておきますが」
ジェームズは真顔で付け加えた。
「反動は凄まじいですよ。大人の強化兵士ですら、片手で撃てば手首を痛めます。君のような子供の骨格でまともに撃てば……腕ごと持っていかれますよ?」
「だから『念動力』があるんだって」
僕はテーブルの上のメロンソーダを、手を使わずに空中に浮かせた。
グラスがふわりと舞い上がり、中の氷がカランと音を立てる。
「反動なんてベクトル操作で相殺すればいい。なんなら発射の瞬間に銃身を固定しちゃえば、ブレもしないでしょ?」
「……理論上はね。実戦でそれを毎発やれる集中力があればの話ですが」
「あるよ。舐めないでよね」
僕は空中のグラスをテーブルに戻し、ニカッと笑った。
「了解~。じゃあその拳銃、よろしくね。弾丸もたっぷりつけてよ?」
「……分かりました。後日、指定のポイント(デッドドロップ)に置いておきます。代金は、まあ今後の『友好関係』への投資としておきましょう」
ジェームズはそう言って立ち上がり、伝票を掴んだ。
奢りか。
さすがアメリカ政府、経費の使い方が豪快だ。
***
カフェを出ると、すぐさま黒塗りの高級車が滑り込んできた。
六式家の送迎車だ。
後部座席に乗り込むと、運転席のお付き――田中(仮名)がバックミラー越しに話しかけてきた。
「虚様。……あの方、マジェスティックのエージェントですね?」
「ん、バレてた? まあ隠れて会うのも面倒だしね」
「あまり深入りなさいませんよう。旦那様(お父上)が良い顔をされません」
田中は釘を刺してくる。
彼は単なる運転手ではない。僕の監視役であり、護衛であり、そして六式家への忠誠心に溢れた優秀な飼い犬だ。
「分かってるよ。ただのオモチャの相談だって」
「オモチャですか。……ふーMJ12も懲りないですね。虚様を引き抜こうとするとは」
田中は呆れたように溜息をついた。ハンドルを切る手つきは滑らかだ。
「よお付きが言う。……やっぱり向こうも必死なのかな?」
「当然です。虚様は『六式家の最高傑作』ですので。彼らにとっては喉から手が出るほど欲しい『戦略物資』ですよ」
物資扱いか。
まあ否定はしない。
僕は生まれた瞬間から、そういう運命を背負わされている。
「すでに若くして、6歳で国内最強候補として名を上げられる人材です。Tier 1級の潜在能力に加え、あらゆる能力をコピーできる拡張性……。マジェスティックが掲げる『科学による能力の管理』という理念にとって、貴方こそがその究極形なのですから」
「買い被りすぎだよ。僕はただ、楽して勝ちたいだけのゲーマーなのにさ」
僕は窓の外を見る。
東京の街並みが流れていく。
ビルボードには、人気のアイドル能力者が笑顔を振りまいている。
平和だ。
この平和の皮一枚下で、吸血鬼だの組織間の抗争だのが渦巻いているなんて、一般市民は知る由もない。
でもそれでいい。
彼らは彼らの日常を生きればいい。
僕は僕の日常を楽しむだけだ。
ポケットの中には、まだ銃はない。
だが数日後には、あの『13mmの鉄塊』が僕の手元に届く。
それを想像するだけで、指先が微かに熱くなるのを感じた。
新しいスキル。
新しい装備。
着々と僕の『最強ビルド』が、完成に近づいている。
次はどんな敵で試そうか。
念鉄の爺さんに見せたら、また「邪道じゃ!」って怒るかな。それともソウジさんは「ガキに刃物は危ないぞ」って笑うだろうか。
「……まあいいや。とりあえず今日はもう仕事しないからね」
「左様ですか。本日の予定は全てキャンセルと?」
「うん。家に帰ってゲームするわ。新作のRPG、まだクリアしてないんだ」
僕はシートに深く体を沈め、大きくあくびをした。
世界を揺るがす交渉をした直後に、頭の中はもう昨日のセーブデータのことで一杯だ。
この切り替えの早さこそが、元社畜の処世術であり、現役最強小学生の特権なのだ。
「じゃあ車出して~田中」
「……田中ではありませんが。御意」
車は静かに加速し、六本木の喧騒を後にする。
僕のポケットの中でスマホが震えた。
画面には八咫烏の司令部からの緊急招集通知。
『Tier 3 妖魔出現。至急現場へ――』
僕は迷わず「拒否」ボタンを押し、電源を切った。
知るかよ。
今は定時後だ。
世界の平和よりも、僕のレベル上げの方が大事なんだよ。




