女子社員たちの言葉は届かない。
今日の俺、いつものカミさんによる愛妻弁当を、社員ダイニングで頂く、最も優雅なランチタイムを過ごしていると自負。
本日のメニューは……なっ、鮭だと……?!
最近鮭が高いとボヤいていたし、特売のサバを見つけて大喜びしていたから、うちに鮭がいたとは思わなかった……!
意外なところで鮭弁当の登場に、俺喜ぶ。
「はーーーあ」
あら、今日の伊藤、テンション低いよ? お仕事中はミスとかトラブルもなかったはず……。
営業部に所属の伊藤、いつも通りパーテーションを隔てた俺の後ろの席でランチタイムのようだ。
彼女と仲がいい、営業部エースの宮原も、おそらくそこにいる。
「どした、どしたー?」
うん、予想通り。ってか宮原も、いきなり同僚の重たいため息聞いたらビックリするわな。
営業部にいる彼女たちは、少し前に大口の契約もぎ取ってきて、しばらく安泰のはず。
営業部エース宮原、宮原のメイン補佐を務める伊藤。
伊藤が営業事務をしてくれる時は、営業部全体の成績がすこぶるいいのだ。
すなわち会社のメイン売り上げも上がるので、各部署による伊藤の一時引き抜きが減って、負担も減っているはず。
「旦那のやつさぁ……」
あ、ご家庭の方でしたか……。
「この間「オキシクリアを入れて洗濯すると、消臭にもなるし、色落ちしない漂白だからいいんだぜ!」ってドヤ顔して言ってきたのよ……」
お、伊藤の旦那は、家事ライフハックに興味が出てきたようだ。
「あー、それねー……」
み、宮原さん、お声が1トーンお下がりになっていらっしゃいます、よ?
「ぶん殴りたくなったわ……」
「だーよねー」
え、旦那が家事ライフハックに興味持ったこと、ダメだったの?!
「既にうちにソレあるし、私は洗濯の時、実行済みだし、なんなら前に、旦那に洗濯するときは、オキシクリア入れてねって、伝えてあるしっ!!」
伊藤旦那が、一気にダメなやつの代表みたくなった。
伊藤の話を、旦那は一切聞いていない上に、その話を自分の知識として披露……。マジでダメだろ、伊藤さん……。
……あれ、この話どっかで聞いたような……あ、先週の飲み会だ! 伊藤の旦那、宮原の旦那と飲んだ時に、言ってた。
――先週の回想――
「いやぁ、会社の人から、家事ライフハック聞いちゃって、おぉーって思った話を、妻にしたんですよねぇ。妻のやつビックリしたのか、固まっていましたよ。おれだって家事するようになって、いろいろ情報小耳に挟んで持ち帰るようになって、成長してくれたって、思ってくれてそうです」
あぁ、伊藤さん。ようやく家事の小技も頭に入れるようになったのか。
新発見あると、嬉しいだろうなぁ。
「お? ちなみにどんな裏技っすか?」
人事部の宮原も、興味を持った。これで、宮原(妻)と伊藤(妻)の家事負担減るといいなぁ。
「洗濯するときに、オキシクリアっていう漂白剤をいれると、洗濯の効果が高まるって聞いて、おれのワイシャツとか、驚きの白さになるって言われたんだよ」
「へー、そんなんあるんスね。うちも取り入れてみよう」
「宮さんも、奥さんに言ってあげると、喜ばれるぞ、きっと!」
うんうん、俺らスーツ族は、ワイシャツの蓄積汚れとかよくないしね!
――回想終わり――
既にご家庭で、実行済みじゃねーか!!!!!!
しかも、それだいぶ前に、奥さんたちから言われてるっぽいけど、頭にまるで入ってないっ!
「うちも言われたよー。ブチギレといたよ」
宮原も、ジンミヤにドヤられたようだ。
「洗濯機あるとこまで連れてって、棚開けて、目の前にオキシクリア突き出して「なんでコレが家にあるかわかる? 既に使ってるからだよ。見てごらん、めっちゃ使ってるよね、この量! 家にあるのに気づいてないってどういう事?」って言ったら黙ったー!」
「うちにもオキシクリアあるのに、まったく気づいてなかったわ。なんなら、今でも気づいてないんじゃないかしら?」
……伊藤、それは伊藤さんがオキシクリアを買ってくる恐れがあるぞ……。
いや、呆れて無言になってしまったのはわかるけど、宮原のようにきちんと存在を伝えないと、棚がオキシクリアまみれになるぞ。
「んで、いちおー旦那に言っといたの。「イトちゃんの旦那さんから聞いたって言うけど、イトちゃんだって年単位で実践済みだ」ってね」
「ホントよね。洗濯するとき近くにくるくせに、オキシクリアだってそばで入れてるのに、なーんも見ないし覚えてないし。そのくせ他人の言葉には敏感に反応して、家事に興味のある俺を演出して、腹立つわよね」
仕事で考えると、説明した仕事内容を、丸っと忘れ去られて、ドヤ顔で「これは、こうなんですよ」って、過去に自分が言ったことを言われたら、ブチ切れる自信はあるぞ。
「なーんで、いっつも過去にうちらが伝えてある事、半年以上回ってからドヤられるんだろーね」
「ホントよね。あと、アレもない?」
え、まだあんの?! 伊藤家になにがあんの?!
「旦那に「この間の○○についてだけどさ」って、問いかけたら、その後の言葉待たずに、「ほらな、おれが前に言っただろ!」ってドヤってくるの」
えーーー、ない、ない! 俺はしてない!
『だけど』の後の言葉を、まだ聞いてないだろ。
「あー、あるあるー!」
宮原も?!
2人ともあんの!? やっぱり旦那たち、魂の双子すぎるだろ!! 似通う者同士ではあるけど、なんでこんな細部も共通してんの?!
「そうじゃねぇよ、まず黙れ。話を聞け! って言うけど、そのあとにするこっちの話、絶対聞いてないんだよねー」
「きっとそうよね」
会話するの大変そうだな……。
「イトちゃんは、言い返してなさそうだよね?」
「うん、呆れて言葉でなくなっちゃうのよ……。宮ちゃんのようにすぐ言葉がでないから、もう少し言えるようにしないとっては思うんだけどね……」
言っても無駄……と言いたそうな、めんどくさそうな口調してますよ、伊藤……。
「でもさ、言ったら言ったで、不機嫌になりそうだよねー。イトちゃん旦那」
「うん。宮ちゃんとこは、スネるわよね」
どっちもめんどくせぇえぇ!!!
違っていたら、ごめんって言って、直せばいいだけだろぉおぉ!! ウチにいる思春期の娘でさえ、そんな事しないよ?!
「「めんどくさーい」」
ですよねー……。
鮭うめぇ。高いって聞いちゃったから、めちゃくちゃ噛み締めちゃう。
「つーか、洗濯機回さないくせに、何言ってんだろー」
あ、宮原家、根本からダメだった。
「ホントよね。そもそもオキシクリア自体がなんなのか、わかってないだろうし」
伊藤家もだった。
「あと、誕生日プレゼントに家電プレゼントしてこようとすんの、喧嘩売ってるよねー」
「わかるわ、こっちの欲しいもの聞いて、却下したくせに、家電をプレゼントしたがるのか、嬉々として選びたがるのよね」
ちょっと、待て。マジで、待て。どういう事だ?
「家で共有使用しているものをプレゼントは、あたし個人へのプレゼントじゃないって怒ったら「安いものじゃないから嬉しいと思った」って返されて、ぶっ飛ばしたくなったよ!」
そりゃ、家電はお値段様々で、奮発できそうならしたいけど、誕生日名目でするもんじゃないでしょ、そこは家計でやるやつだよね!?
「家事するのはお前だから、みたいに扱われててムカつくわよね。人のことなんだと思ってんのかしら」
あぁぁ……旦那衆すでにやっちまい済みかよ……。
卵焼きの出汁味が沁みる……。ほっとするな、うん。
「フェイススチーマーとか、美顔器の類の家電なら嬉しいけどねー」
あ、カミさん一昨年それ欲しがってたから買ったな。
いろんなメーカーのやつ、ネットで比べて、幾つかは店頭で見比べてって吟味してた。
「ねー。デイソンの掃除機をプレゼント! なんてやられたら『お前の掃除機だから、お前が掃除しろ』って言われている気になるわよね。未遂だったけど」
伊藤……たぶん、そんなゲスい考えじゃなくて、お高いイイものお家にあったら嬉しいよね。っていう気持ちなんだよ……たぶん。
家事を自分中心でやる気がないのは、間違いないけど…………。そこの意識改革はまだまだのようだ……。
「誰かの言葉鵜呑みにするのは、100万歩譲っていいとして、こっちの言葉を聞かないの、そろそろやめてほしいよねー」
100万歩って、1日1万歩ユーザーでも100日掛かりますぜ……。譲ってるのかどうなのか、微妙なラインだな……。
「ほんとよ。まーたうるさい小言、みたいな扱いしてきてムカつくわ」
チリツモ離婚案件が、うっすら見えています。
「あと、「聞いてない!」って、言ってくるやつー。そんで、人を嘘つき扱いしてくるのムカつくー」
「聞く気がなかったから、忘れました・覚えてませんって事なのよね。素直に言われたら、それはそれでイラっとするけど」
「覚える気がないのに、めんどくさいから聞くふりしましたって事だもんねー」
そうだね、うん。あいつら、ほんとにどんだけ積み重ねてんだ……むしろ罪重ねてる。
「はーーーあ。言葉がほんとに届かない……」
伊藤……ため息が重たいよ、どっしりしてるよ……。
さて、高級鮭弁当、いい塩気だった。午後のエネルギーチャージ完了だ。
水筒のほかほかお茶も、なんかフルーティーな香りしてて、おしゃれ緑茶っぽいな。
デスクに戻って、カミさんに聞いてみよ。
昼食後の俺、デスクに戻ると電話が鳴る。
プライベートではなく、社用のほう。
お急ぎ案件かと思って、出てみたら、お急ぎ案件に近いものがあった。
「――うん、それは無理だね、ダメだね。早めに気づいてよかったよね。うん、そっちは平気?――うん、うん。――わかった、こっちから出すよ」
ふぅ、仕事が増えた。
大口契約で安泰してたのに。俺も、宮原・伊藤の前にデカい契約取れて、マジで営業部安泰すぎたのに……。
「あれ、部長。昼休みに電話って珍しいですね、しかも仕事の」
宮原と伊藤も、ランチを終えて戻ってきたようだ。
「あぁ、四国支店の新規立ち上げで、南九州支店からヘルプに行くやつが、インフルになって、関西支店にヘルプ頼んだら、関西は繁忙期で断られて、関東支店に話が来たんだ」
「行ってからインフルじゃなくてよかったですね」
伊藤の冷静なツッコミ。本当にそれなんだよ、行く前にわかったからよかったが、穴ができた事には変わりない。
「宮原、伊藤。四国支店のやつ行くか? もちろん宿はホテルだし。2週間ほど」
うちは繁忙乗り越えたから、しばらくのんびりになる。伊藤のおかげで、契約事後の処理も完璧だ。
営業事務さんいるとホントに助かるよなぁ。
「え、いいんですか?! やったー! 家事から2週間は解放されるー!」
宮原、ダイレクトだな。
その声を聞いて、伊藤はパッと顔を明るくした。
「私もぜひ、経験してみたいです」
「よし、それじゃ、今日は上がっていいから、出張準備してくれ」
「「はい」」
――宮原、伊藤が帰ってきた時、家が荒れていないよう、旦那衆には細々LINNEメッセおくっとこ。




