復讐
七年前。嵬俚、鬼の隠れ里。
鬼の隠れ里とは、鬼が嵬俚を支配していた時代、討伐隊から鬼が逃げ込んだ里である。入り組んだ地形になっており、見つかりにくい場所だ。
その当時、嵬俚に蔓延る鬼は殲滅したように思われたが、実は一人逃げ延びた鬼がいた。それが鐃藍だった。その後、彼はある事情で家から出てきた甘露寺牡丹という人間の女と結婚。やがて牡丹は鐃藍との子を身籠った。そして出産時、もともと体の弱い牡丹は子を産んだ直後に死亡。鐃藍は牡丹を看取った後、産まれたばかりの我が子を抱き上げた。
室内には赤ん坊の産声が響く。
「無事に産まれてきてくれてありがとう。二人で楽しい思い出を作っていこうね、椿」
鐃藍が話しかけると、椿が少し笑ったような気がした。
数年が経ち、椿が喋れるようになった頃のこと。
「お父さん見て! あたしにも角が生えてきた!」と嬉しそうに鐃藍に駆け寄る。
前髪を掻き上げて見せると、その額には二本の角が生えていた。それは鐃藍のと比べて短く、近くで見ないと分からない大きさだった。
「椿は二本なんだね。良かったじゃないか」
「あたしも早くお父さんみたいな立派な角が欲しい!」
「大人になったら角も成長するよ」
「お父さんも子供の頃は角小さかったの?」
「そうだよ。角が大きくなったのは十二ぐらいの時だったかな。椿はまだ小さいから、まだまだ時間がかかるね」
「そうなんだ。早く大人になりたいなー」
将来に思いを馳せる椿とは対照的に、そんな彼女の成長を快く思えない、いや、成長は祝福したいが、上手く祝福できる自信がないと複雑な表情を浮かべ我が子を見つめる鐃藍だった。
そして月日が流れ、椿は七歳になった。
ある日の夜、外から賑やかな声が聞こえる。今日は祭りでもあるのだろうか。椿が外の様子を見ようとしていたが、鐃藍がそれを止めた。
「人間のところへ行ってはいけないと教えただろう? あの時のこと忘れたのか?」
「まさか、もちろん覚えてるよ。忘れるはずない」
それでもやっぱり人間の町に降りて祭りに行きたい。と思ったが、これは口に出さないことにした。
しばらく玄関近くで様子を伺っていると、次第にその声は大きくなっていることに気付いた。まるでこちらに向かってきているような。
耳を澄ますと、
「鐃藍! そこに隠れていることは分かってるんだ! 早く出てこい!」と聞き覚えのある声があった。嵬俚の現天皇である鷹司鈴音の声だった。
「お父さんを呼んでる。お友達? 人間とお友達なの?」
「……まあ、そんなものかな。椿、危ないから中に隠れておいで」
「分かった」と椿は鐃藍の傍から離れ、居間の方へと駆けていった。
ガラガラ、と玄関の戸を開ける。
「やあ鈴音くん、久しぶりだね」
「久しぶりだな、会えて嬉しいよ」
鐃藍の瞳に映った鈴音は、以前の彼とはまるで別人のようだった。
鈴音は虫も殺さないようなとても穏やかな性格で、中性的で美しい顔立ちをしている。だが今の彼はどうだろう。目は血走って興奮しており、かつての鈴音の面影はなかった。
「何しに来たんだい?」
「言わなくても分かるでしょ? 父上の敵討ちだよ。金時、連れて行け」
「承知」
近衛金時は、鐃藍の肩に手をかけ里の入り口へと歩いていく。鐃藍は抵抗することなく、静かに金時に従い歩みを進めた。居間で様子を見ていた少女は鐃藍と金時の間に割って入り、二人を引き離した。
「待って! お父さんを連れて行かないで!」
椿は鐃藍に精一杯の力で抱きつく。その小さな体は小刻みに震えていた。
「お父さん? 鐃藍……。君は一丁前に子供を作っていたのか」
「ああ。一人娘の椿だよ。可愛いだろう?」
「ちょっとアンタ! お父さんの友達か知らないけど、お父さんをどこに連れて行こうとしてるの? あたし達は二人で静かに平和に暮らしてきたの! その邪魔をしないでよ! 帰って!」
椿は鐃藍から離れると、今度は鈴音に近付き、彼の脚をポカポカと殴る。
「今鐃藍と話してるんだけど。うるさい子供だなあ。黙っててよ」
鈴音は椿の顔を思い切り引っ叩く。叩かれ尻餅をついた椿は、
「あたしを殴った! 痛いよお父さん!」と泣き叫ぶ。その声は里中に響いた。
「鈴音くん。いくら君でも、僕の娘に手を出すのは許せないよ」
鐃藍は娘を抱きしめ鈴音を睨め付けると、今までの優しい声色ではなく、威圧感のある低音の声で言い放つ。
「そうだぞ鈴音。流石にそれはやりすぎだ」
「あのね金時、君はどっちの味方なの? それに、こいつは君の子供でしょ? ならちゃんと躾けないと。ロクな大人にならないよ」
鐃藍に抱きしめられている椿は、まだ嗚咽を漏らして泣いている。
「お前はまだ泣いてるのか。鬼のくせに弱い奴だなあ。金時、早く連れて行けよ」
鈴音に言われた金時は、再び鐃藍の肩に手をかけると、里の入り口へと歩き出した。
「ごめんね鐃藍。君の娘は大人になれないかも」
金時に連行される鐃藍の後ろ姿を見ながらボソッと呟いた。
牢屋敷。
「入れ」
金時に促され、牢に入る鐃藍と椿。牢の中はとても狭く、何も無かった。
「怖いよお父さん。あたし達、このまま死んじゃうのかな? 家に帰れる?」
「心配しないで。椿は僕が必ず守るよ。早く僕達の家に帰ろうね」
「うん。約束だよ」
数日後。二人の牢に鈴音と金時がやって来る。
「鐃藍と……椿って言ったっけ? 今夜、君達二人の為に特別な催し物があるんだ。鐃藍は金時に、椿は僕についてきてよ」
「お父さん、催し物だって。なんか楽しそうだね」
「ああ、そうだね」
鐃藍は金時に連れられ、催し物が開かれるという会場へと続く階段を登る。階段を登り切ると、鐃藍はその光景を見て全身の毛が逆立つのを感じた。同時に動悸が収まらず、脂汗まで吹き出してくる。鐃藍はこの場所に見覚えがあった。それは、嵬俚の前天皇である鷹司鈴山の公開処刑が行われた処刑場だった。
「お父さん!」
椿が鐃藍を呼ぶ声が聞こえた。その方向に視線を向けると、鎖をぐるぐるに巻きつけられた椿が鈴音に引っ張られ処刑場に登ってくるところだった。
「ちょっと離してよ! 助けてお父さん!」
「鈴音! また椿に何かしてみろ! 僕が……うぐっ!」
「……娘の心配より自分の心配をしたらどうだ?」
金時が鐃藍の腹に蹴りを入れると、立っていた木の柱に縛りつけた。
あの時と同じだ。鈴山の処刑の時も磔刑だった。
「金時、始めて」
鈴音の言葉を合図に、金時が鐃藍の心臓を突き刺す。鐃藍の断末魔の叫びが辺りに響く。
「ははは、面白いね。鬼にも痛覚ってあるんだ。でも可哀想。心臓を刺されても死なないなんて。この状況、すぐ死ねた方が楽なのに」
鈴音は酒を飲みながら楽しそうに眺めていた。その間も金時による処刑は続く。鐃藍の体は次々に切り刻まれていき、催し物を観る為に集まった民衆の間からは笑い声が溢れていた。
椿はそんな無惨な父の姿に呆然としていた。
「さっきから全然喋らないけど、ちゃんと見てる?」
「顔を背けるとアンタがあたしを押さえつけるでしょ」
「ははは。じゃあ嫌でも見るわけだ。どうだい? お父さんが処刑されてる様子を見るのは」
「お父さんが何をしたって言うの? こんなの、人の所業じゃない。まるで鬼だわ。この……鬼!」
「酷いな。見れば分かるよね? 僕は人間だよ。でも、そう言うってことは、鬼は悪い奴だと思っているんだろ? お父さんのこと好きかもしれないけど、本当は人間として生まれたかった。違う?」
「そんなことないもん! そんなこと……」
鈴音の言葉に、椿はあの日のことを思い出していた。
*
ある日の昼、鐃藍と椿はいつものように家で過ごしていた。
「お父さんは何でずっとお家にいるの?」
「僕は鬼だからね。日の光に弱いんだ。当たると灰になって消えちゃうんだよ」
「お母さんは人間なんでしょ? あたしも死んじゃう?」
「どうかな。鬼と人間の子供なんて今までいなかったから分からないな」
「じゃあ試してみるー!」
椿は玄関の方へと駆けていく。鐃藍もその後を追った。
「椿! そんな自殺行為みたいなことするんじゃ……」
外に広がる光景を見て、鐃藍は目を丸くした。そこには、日の光の下で無邪気に走り回る椿がいた。
「お父さん! あたし生きてる!」
「そんな……。いや、やはり人間の血が入っているからなのか?」
ブツブツと独り言を言う鐃藍に抱きつく。その勢いで二人はそのまま玄関に倒れ込んでしまう。
「ねえお父さん。あたし人間と……」
「駄目だ!」
強い口調で椿を遮る。我が子が何を言おうとしているのか理解していた。
「まだ何も言ってないよ」
「どうせ人間と友達になりたいとか言うんだろう? 人間は残酷な生き物なんだ。そんなこと言うんじゃない」
「でもお父さんは人間と結婚した。いい人間もいるってことでしょ?」
「それは……」
「ほら、反論できないじゃん。あたしは自分の目で見たものしか信じない。それに見て、まだ角が小さいから前髪で隠せば人間に見えるよ。どう、お父さん。ここまで追ってこられないでしょ? じゃ、行ってくるね!」
「待て椿! ……っ!」
外に出る椿を止めようと手を伸ばした時だった。ちょっと日向に出ただけだ。焼けるように痛かった。指先も少し燃え灰になった。だが、それは次第に回復し元の綺麗な指に戻る。
正直自分の言うことを聞いてくれない椿には腹が立ったが、それと同時に違う感情もあった。
ああ、これが親子喧嘩か。なんて素晴らしいものなんだ。
ははは、と日陰で静かに笑う。
一方人間の住む町に降りた椿は、初めて見る光景に目を輝かせていた。
そこは、たくさんの人々で賑わっていた。道端でお喋りをしている大人達や、元気に遊ぶ子供達。そして露店も並んでおり、そこには美味しそうな野菜や果物があった。
椿が物珍しそうに眺めていると、一人の少女に声をかけられた。
「ここら辺で見ない顔だね」
「あたし、隣の町から遊びに来たの」
「そうなんだ。名前はなんて言うの?」
「椿」
「可愛い名前。椿ちゃん、一緒に遊ぼうよ。わたし達の秘密基地があるの。本当は秘密にしてなきゃいけないんだけど、椿ちゃんは可愛いから特別。ついてきて」
少女は椿の手を掴むと、秘密基地があるという場所に向かって走り出した。椿は少女の足の速さに躓きそうになったが、何とか体勢を立て直し少女についていく。
しばらく走っていると、少女が立ち止まった。見ると、そこには古びた小屋があった。中は綺麗に掃除されており、数人の少女が遊んでいた。
「蜘蛛の巣が張ってるよ」
椿は天井を指差し指摘する。人間の町に降りたことがなく全てが新鮮に見えた椿だが、蜘蛛の巣は鬼の隠れ里で何度か見たことがあった。
「知ってるよ。でも高すぎて届かないの。そんなことより外で遊ぼうよ。新しい鞠を買ってもらったの」
いいね、と少女達が外へと出ていく。椿もそれに続いたその時、突風が彼女達を襲った。椿は咄嗟に前髪を手で覆ったが遅く、角を見られてしまう。
「ねえ、それって角だよね?」
「角? 何のこと?」
「惚けないで。わたし見たんだから。椿ちゃん鬼だったの?」
今まで優しかった少女達の顔が恐怖の色に包まれていく。次第にゴミを見るような目で見つめる少女達を見て椿はゾッとした。
何も言い返せないまま少女達を見つめていると、一人の少女が椿に向かって何かを投げる。
「痛っ!」
椿の額に当たり地面に落ちたのは石だった。その石には血が付いていた。
「お母さんから聞いたことあるよ。鬼は昔罪のない人達を殺してたって。鬼は悪い奴なんだ」
「そういえば鬼って人を食べるんだって。お前もわたし達のこと食べるつもりだったの?」
「そんなことない! あたしはただ人間と友達になりたくて……!」
「嘘つかないで! 早くわたし達の前から消えてよ! もう人の町に降りてこないで!」
次々と投げつけられる石。悲しみと痛みに耐えられなくなった椿は逃げ出した。
「椿! どうしたんだその怪我?」
全身血だらけでボロボロな娘を見て優しく抱きしめる。
「人間と友達になりたくて町に降りたの。そしたら角を見られて石を投げられた。ねえ、どうしてお父さんは鬼なの? どうしてあたしを人間に産んでくれなかったの?」
「ごめんね椿。でもこれで人間がどういう生き物か分かっただろう? 二度と人間と仲良くなりたいなんて言うんじゃないよ」
鐃藍は泣きじゃくる娘を優しく抱きしめ、強く言い聞かせた。
*
「違うもん! そんなことないもん……! あたしはお父さんの子供に生まれて幸せだもん……!」
椿は涙ながらに訴えるも鈴音は聞いておらず、刀を構え鐃藍を見下げていた。
「なんかもう飽きてきたな。この催し物の見所は君の首を斬り落とすところなんだけど、友達の誼だからね。僕が斬ってあげるよ」
鈴音が刀を振り上げ首を斬ろうとした時だった。
「待ってくれ」と止める。そのまま鈴山処刑の裏側を話し始めた。
「あの日、君の父が紫炎さまを訪ねてきたんだ。彼はこう言っていたよ。人間と鬼は仲良くあってはいけない。そのことを自分の死で鈴音に教えるって。そうしたら紫炎さまは面白がって君の友達である僕に命を下したんだ。鈴山を処刑しろと。僕は断った。友達の父を殺すなんてできない。でも紫炎さまが言うんだ。天皇を殺せばお前は英雄になれる。今までの奴隷生活とはおさらばだって。お前を見下していた奴らはお前を崇めるようになるだろうって」
「確かに父上は民を守る為に無茶をすることはあるけど、自分の命を軽く扱う人じゃない。ましてや人間と鬼を隔てる為に自ら命を差し出すなんてあり得ない。君とはいい友達になれると思ってたのに。命乞いの為に人を貶めるなんて。所詮君もその程度だったんだね。もう死んじゃいなよ、下等生物が」
鈴音はそう吐き捨てると、鐃藍の胴体から首を斬り落とした。それを金時が拾い上げ民衆に向かい掲げる。すると、民衆は拍手や歓声で鈴音を称えた。
しばらくして催し物は終わり、民衆が帰路につく。金時は生気のなくなった椿を再び牢屋敷に連れていく。右手には娘、左手には父の首を持って。
「父上、見てくれていますか? 貴方の仇をやっと取れました。あの娘ももうじき死にます。これで嵬俚に蔓延る鬼はいなくなるのです。なので安心してお眠りください」
鈴音は鐃藍の胴体を眺めながら鈴山に話しかける。その頭上には綺麗な満月が輝いていた。
牢屋敷。
あれから何日が経ったのだろう。最初は牢の中で空を観察し、一日が過ぎるごとに石で壁を削っていた。だが途中でその気力もなくなった。極度の空腹に襲われたからだ。だからまずは空腹をどうにかしなければ。
「え? 何これ」
起きあがろうと地面に手をついた時だった。鋭く尖った爪。何と表現すればよいか分からないが、不健康そうな色の肌。椿の目に映るそれは、彼女のものではなくまるで父のような手だった。
「おはよう椿。鬼と人間の間に生まれた子は一切の食料を与えられない状態でどのくらいまで生きるんだろう。いつ死ぬんだろうっていう実験でわざとご飯をあげなかったんだけど、まさか完全に鬼の姿になるなんて。とても醜いよ」
ははは、と鈴音は顔は笑っているが、内心は蔑むような表情でこちらを見据える。
だが、今の椿にとって鈴音がどんな顔をしているかは関係ない。彼女の中にあるのはただ一つだった。
こいつの名前、どっかで聞いたことがある。どこだっけ? そうだ、鷹司鈴音。町で出会った女の子たちが言っていた天皇の名前。天皇なんだから、さぞかし美味しい物を食べてるんだろうな。美味しい物を食べてできたこいつの体も美味しそうだな。ああ、その肉も内臓も全部喰らってやりたい。その無駄に綺麗な顔を恐怖で歪めさせてやりたい。……あれ。あたし、今人間を食べようと思った? 鬼の子に生まれても人間は食べないって誓ったのに。これも空腹で見た目が完全に鬼になったから?
椿はそんなことを考えながら鈴音を見つめる。
「何でさっきから何も言わず見つめてくるの? もしかして僕を喰おうと思ってる? やめてよ。でも泣かないで。流石に可哀想だから君の為に美味しいご飯を持ってきたよ。金時、出して」
金時は肩から提げていた袋を下ろすと、口を開け中に入っている物を地面にボトボトと落とし始めた。それは細切れにされた肉の塊だった。
「さ、お腹空いたでしょ? 食べて」
「……これは何の肉?」
「鐃藍だよ」
こいつは正気なの? お父さんを食べろって? 頭のネジがぶっ飛んでる。
額からは脂汗が吹き出し、息も荒くなる。同時に口の周りが涎でベタベタになるのが分かった。
「ほら、我慢できないんでしょ? しょうがないよ。君は鬼なんだから。さ、早く食べて」
本能には抗えない。椿は地面に無造作に落とされた肉の塊を貪り食う。
「どう? 美味しい?」
椿はこれに答えなかった。
「無視するなんて酷いな。でもそんなに夢中になってるってことは、美味しいんだろうね。見てよ金時。親を喰う娘ってなかなか面白いね」
「……」
鐃藍の肉は不味かった。里にいた頃は人間の食べ物を食べさせてもらっていたが、もしかしたらあれは町から盗んできていたのかもしれない。実際、椿は夜隠れてあらかじめ殺していた人間を喰う父を目撃したことがある。やはり悪い行いをした者は不味いのだろうか。
椿は泣きながら鐃藍を平らげた。空腹感が満たされたと同時に、空虚感にも満たされたような気がした。
父を喰い、夜も更けた頃。椿が投獄されている牢の扉を開ける人影があった。金時だ。
「もうじきお前の処刑が始まる。早く逃げろ」
「どうしてあたしを助けてくれるの? アンタはあの性悪天皇の仲間なんじゃないの?」
「性悪天皇か……。鈴音もいい渾名をもらったものだ。いや何、俺にはお前と同じくらいの妹がいてな。まあその妹は鬼に殺されたが」
「そうなんだ。同じ質問して悪いけど、そんなことがあったのにどうしてあたしを助けてくれるの?」
「どうもお前は妹と似ている。お前と妹が重なる。故に他人事とは思えんのだ。椿、お前は今いくつだ?」
「七歳」
「そうか。ならお前にはまだ未来がある。早く逃げろ。そしてもうここには戻ってくるな。幸せになれ」
ポンと金時に背中を押されると、椿は勢いをそのままに外に向かって走り出した。
「金時って呼ばれてたよね? ありがとう、金時さん。また会えるといいね」
大きく手を振る椿に、金時は小さく手を振り返した。
鬼の隠れ里。
里に戻ってきた椿は、一人佇んでいた。
鷹司鈴音。あいつに復讐をしてやりたいが、こんな子供に何ができる?
そんなことを考えていた時、誰かにぶつかり尻餅をついた。見上げると、異国風の服を着た妖艶な女が立っていた。
「お姉さん、ここら辺では見ない服装ね。どこから来たの?」
「ん~?」
女は気だるげに声を上げると、振り返り椿を見下ろした。女はとても美しい顔立ちをしている。その椿を見下ろす瞳は冷たい印象が感じられたが、ずっと見ていると吸い込まれそうな水色の瞳。同性でも魅了されてしまいそうな感じの女だった。
「あたいは東坊城依愛。嵬俚の生まれだ。君はあれだろう? 公開処刑の時に鈴音さまの隣にいた子だね。処刑されてた色男とはどういう関係なんだい?」
「あたしのお父さん。でももう死んじゃった。だからあたし、一人になっちゃったの。あたし、もう一度お父さんに会いたい。鈴音に復讐をしたい」
「その年齢で復讐を考えるなんて、物騒な子だね~。そうだ。君のその夢、あたいに託してみないかい?」
「どういうこと?」
「あたいね、呪術師ってのをやってんだ。死んだ人間を生き返らせることができる。そうすれば、もう一度お父さんに会えるしお父さんの力を借りて鈴音さまに復讐だってできる。どうだ? 悪い話じゃないだろう?」
見るからに怪しい女の言うことを簡単に信じていいものか。依愛を疑うと同時に、不思議とこの人のことは信用できる、という真逆の感覚が椿の中に芽生えていた。依愛の言葉には何かよく分からないけど妙な説得力がある。そんな感じがした。いや、どちらにせよ、復讐に協力してくれるなら誰でも良かったのかもしれない。
「その話のった。依愛さん、あたしに協力して」
「いいよ~」
椿と依愛は見つめ合う。しばらく待ってみたが、依愛が動く気配は一向になかった。痺れを切らした椿が口を開く。
「依愛さん? 協力してくれないの?」
「してあげるよ。でもね、タダでとはいかない。それなりの対価を払ってもらわないと。一度契約したら子供からでもきっちり取り立てる。それがあたいのやり方さ」
「なるほどね。じゃああたしは何を払えばいいの?」
「そうだね~。生き返らせる、つまりは命のやり取りだ。君の寿命半分で中途半端に生き返らせる。寿命全部で完全に生き返らせる。どうする?」
「お父さんに会いたいって言ってるのにあたしが死んだら意味ないでしょ。あたしの寿命半分あげる」
寿命が半分削られるからなんだ。そんな覚悟もなしで復讐を果たせるものか。
「子供ながらいい覚悟だ。気に入ったよ。君の期待に応えられるようあたいも頑張るから、楽しみに待っていてくれ」
依愛に言われた通り楽しみに待っていたが、数日経っても何も変化がない。
今から文句を言いにいってやろうかと考えていた椿の元へ、ちょうど依愛がやってきた。
「ちょっと依愛さん、あれから何も起きないんだけど。本当にお父さんを生き返らせてくれるの? 嘘だったら寿命のあげ損じゃない」
「まあそう怒るな。いつもなら死んだ人間と憑代にする人間を隣に並べて儀式をするんだけど、今回は特殊だったね。でも朗報だよ。儀式は成功した。今憑代になった人間を呼び寄せているところだ」
すると依愛は空中に淡い光を放つ玉を出現させた。
「わあ。綺麗」
「感心してる場合じゃないよ。ここを覗いてごらん?」
依愛に促されるままに椿は光の玉を覗いてみる。覗いたそこには、二本角の鬼が映っていた。
「お父さん!」
「さ、その光の玉の中に手を突っ込んで。君のお父さんをこっちの世界に引きずり込むんだ」
「分かった!」
椿がもう一度光の玉を覗くと、鐃藍に駆け寄る女が見えた。その女は鐃藍の方に手を伸ばしている。
「何この女! お父さんから離れて!」
椿は鐃藍から女を引き離すように突き放す。その拍子に女は階段から転げ落ちそうになったが、何故かそれを鐃藍が助けに行こうとしていた。
「どうしてその女を助けようとするの? 早くこっちに来て!」
椿は力を込めて鐃藍を引きずり込む。そしてそのまま鐃藍に抱きついた。だが……。
「君は誰なんだ?」
鐃藍は椿を不思議そうな顔で見つめている。
「ちょっと依愛さん、どういうこと? お父さん、あたしのこと覚えてない」
「だから寿命半分で中途半端に生き返らせると言っただろう? 君のお父さんの記憶と憑代となった人間そのものの記憶、二つの記憶が存在しているのさ。で、どうするんだい? 残りの寿命全部払って完全に生き返らせるかい?」
「だからお父さんに会いたいのにあたしが死んだら意味ないって言ってるでしょ? このままでいい。それに、お父さんの記憶も存在してるんでしょ? なら、このままずっと二人でいればあたしのこと完全に思い出してくれるかも。復讐はあたしとお父さんの二人で成し遂げる」
「ふふ。やっぱ君、子供ながらにいい覚悟だね。君の夢、あたいも応援してるよ」
「うん。手伝ってくれてありがとうね」
椿は再び心の中で復讐を誓う。
待ってろ鷹司鈴音……! あいつは絶対許さない! この手で復讐してやる!




