5
――他にやりたいことはないのか。
あったとしても、もう遅いよ。
――何年だ。
聞いてどうする。
――いや、どうもしない。
四十年以上じゃないかな。
――最初に書いたのは。
小学生のときに何故か西部劇。
――未完か。
影響元さえ忘れたな。
――漫画も描いてただろ。
才能がないとすぐにわかって止めた。
――文才はあるのか。
マジで天才だと思っている。
――それなら売れてるはずだろう。
それが、わたしにも不思議過ぎるんだ。
――鬼の童話は良かったな。
誰にも理解されなかったじゃないか。
――四日目の朝に泣きながら帰って来た男の子のお話です。
三日間人間を喰わないと死んでしまう鬼の……子供時代の話だな。
――結局あの結末の意味は。
子供の頃は鬼は何でも喰えるんだが……。
――つまり不意に大人になった鬼の子の餓死か。
そう解釈ってくれた人が何人いたか。
――おまえが訊かなかったからだろう。
作者の手を離れた話は読者のモノだ。
――解釈を支配したがる作者もいるぞ。
そもそも読者がいないのだから話にならない。
――だな、諦めるか。
正直、話を書いていないときはそう思うこともあるが、いざ書き始めるか、あるいは過去作を読み直すと正直面白過ぎて困ってしまう。
――世の中には自作を読まない作家がいるよ。
知っているけど、タイプが違う。
――知り合いに作家やイラストレーターが多いな。
賞を獲って正面玄関から文筆業に入った仲間は一人だけさ。
――今は無き日本ファンタジーノベル大賞。
経済がまわれば復活する。
――維持費だけか。
そんなところだろう。
――エージェント制が……。
日本にあれば良かったと思う。
――日本は賞が多いぞ。
その代わり流行らない話は売れ先がない。
――面白ければ売れるだろう。
その方向も考えるかな。
――分析はできると。
でも、考えるのが面倒臭い。
――理系とも思えぬ発言だな。
好きで進んだ道じゃないからね。
――できることをやるのが一番だ。
好き勝手やってたあなたがよく言うよ。
――人に恵まれたからな。
その点については感心する。
――だから友だちを作れば良いんだ。
休みの日に家に引きこもって小説書いてる女に誰が付き合うかよ。
――恋愛は糧だぞ。
あなただって浮気は一度しかしなかった。
――バレたのはな。
それにしたって多くはないはずだ。
――若い頃は地方営業で一人が多かったから何でも出来たよ。
可能性の話は聞きたくないな。
――お母さんに惚れてたんだよ。
お母さんの方はそうでもなかったみたいだけど。
――最初は違った。
当時向こうに婚約者がいたという噂は……。
――そんなことを誰に聞いた。
噂は何処からでも立ち上るよ。
――いずれ求婚される予定だったらしいが、当時まだ高校生だ。
そしてあなたは先生か。
――ドラマとは違うさ。
枠だけはドラマみたいだが。
――おまえが生まれたときは嬉しかったな。
北海道のじいさんが東京の出身だとは、ずいぶん後まで知らなかったよ。
――恐くて頭の良い人だった。
天国では会わないのか。
――そういえば、会ったことがないな。
あなたは死んだ後、何をしていたんだ。
――おまえに呼び出されるまでは眠っていたよ。
にしても、夢くらいは見ていただろう。
――憶えてないな。
そういうシステムなのか。
――システムも何も、人それぞれだ。