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――アスペルガーか。
なんとでも言え。
――だがショックを受けたことはあるだろう。
ああ、あの件ね。
――知り合いのデビューは大きかったな。
同じ同人誌の先輩だからね。
――ガツンと来たか。
小さな賞を取ってデビューしたのは知っていたけど(だからわたしが編集を受け継いだ同人誌に投稿しなくなっていたんだが)、それが後に大きな賞を獲って吃驚したな。
――そのときどう思った。
小説を書くのを嫌がっている場合ではないと思ったよ。
――普通だな。
どういたしまして……。
――おまえは人と違っていたんじゃないのか。
わたしは別に特別じゃないよ。
――だが、そう思って生き続けてきたんだろう。
それ自体は変わらないさ。
――わからんな。
感情の面では普通ってことだよ。
――それ以外では普通じゃないと。
自分からそれを求めたわけじゃない。
――でも、ずれてしまったと。
そうなんだろうな。
――自分が哀れか。
昔、落ち込んだときには、そんな感情もあった。
――今はないと。
まったくね。
――単純だな。
それは、あなたの子供だからな。
――それも、おれのせいか。
いや、どうだろう。
――おれの子じゃない方が良かったんだな。
今更、貴種流離譚はよしてくれよ。
――華族にでも生まれれば良かったんだな。
それならばそれで別の気苦労があったろうさ。
――ならば今の方がマシだと。
そうはいわないが、フィクションは小説の中だけにするよ。
――おれから受け継いだ良い点はないのか。
さあ、わからない。
――まあ、おれもだな。
あなたはあなたの母親から人好きの性格を受け継いだよ。
――そこだけはあの人の良かった点だな。
他にないのか。
――おれの子供でいるよりは遥かに酷い目に合わされたぞ。
それこそ妄想じゃないか。
――誰しも自分のことには冷静でいられないのさ。
あなたは母親を恨まない。
――おれは死者だよ。
都合がいいな。
――おれの特技だ。
だが、死者の方が取殺す能力が高いぞ。
――それは殺された場合だろう。
唯一つの恨みだけが現世に残り、ヒュー・ドロドロドロ……
――それおれの領域だ。
そうだったな。
――小説が売れたら、どうする気だ。
どうもこうもないさ、書き続けるだけだ。
――では小説が売れなかったら、どうする気だ。
何処かの雑誌に売れるまで投稿生活を続けるよ。
――歳を取ると気力がなくなるぞ。
あなたの気力が萎えたのは病気のせいだろう。
――心筋梗塞がおまえを襲わないとは限らない。
わたしの場合は脳梗塞じゃないかな。
――自覚症状があるのか。
ときどきパアンと血管が破裂するときがある。
――破裂したら死んでいるよ。
おそらく小さな破裂なんだろう。
――他に病気はないのか。
家族性の高脂血症だよ。
――それも、おれのせいか。
じいさんもそうだったらしいからな、確かにあなた由来だ。
――お母さんの方は早死にだな。
あなただって享年七十三歳だろう。
――長生きしたと思っているよ。
お母さんは、じいさんが死んだ七十六歳まで生かそうと努力していたよ。
――生き死には簡単に制御できるもんじゃない。
やけに冷静じゃないか。
――すでに死んでしまったからな。
生きているときは、あんなに惨めに死を恐れたのにか。
――人間らしい反応だったと評して欲しいな。
今は超然とした死人ってわけか。