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丸山道

           丸山道で


 『丸山道』を俯きながら歩いて行く五名。

木原がボソッと一言。


 「情けないのぉ・・・」


関元が、


 「? 何か言いました」


木原は俯いて、


 「俺はどうしてこんな時代に生れて来たんだろう」

 「はあ? そんな事ですか。それは、俺に聞いても分かりません。・・・木原少尉は陸大卒ですか」

 「いや・・・」

 「イヤ? ・・・将校さんは皆んな陸大卒かと思いましたよ」

 「俺はただの大卒だ」

 「ほう。どちらの大学で?」


木原は関元の耳元に小声で、


 「帝大だ」


関元は驚いて、


 「て、テーダイッ!」

 「悪いか・・・」

 「あ、いや。帝大出の少尉殿なんて初めてなもんで」

 「・・・スカウトされたんだ」

 「スカウト? 何ですか、それは」


関元は木原の顔を見る。

木原、


 「うん? うん。実はな、突然、学校に入れられた」

 「ガッコウ? ああ、優秀だから陸軍学校ですね」

 「違う。中野学校だ」

 「ナカノ? トツー、トツーの通信隊ですか?」

 「通信隊? ・・・ああ、隣がな」

 「トナリ?」

 「そうだ。通信隊の隣に『戦死してはいけない学校』があるんだ」

 「戦死しちゃいけない? 木原少尉は兵隊でしょう?」


木原はきつい眼で関元を見て、


 「・・・何でも良い。ところで関元はどこの生まれだ」

 「アッシ(私)? アッシは向島です」

 「江戸っ子か? 何で仙台の部隊に」

 「女房がこっちなんですよ」

 「オマエ、婿ムコか」

 「か? かって言うのは何ですか。バカにしちゃいけませんよ。こう見えても昔は列記とした大工デェークですからね」


関元はやつれた顔で木原を睨(二ラ)む。


 「怒るな、腹が減る。・・・俺の実家は広瀬川の近くの春日町と云う所だ。生きて帰れたら家を建て直そうと思っている。来れるか」

 「おお、そう云う事なら、やらせてもらいましょう。浅草から腕の良いヤツを三人ばっか引っ連れて行きます。しかし、ヤツ等はビルマ行きですから生きてるかなあ」


木原は天を仰いで、


 「ビルマ?・・・インパールか。帰れるかなあ。・・・おい、少しその辺で休もう。腹が減って」

 「そうですね」


関元は遅れて来る福原、河野、大宮の三名に、


 「おい、少し休もうや。芋が消化しやがって、力が出ねえ」


関元が放屁をする。  

三名は呆れた顔で関元を見る。

太い樹の根元に腰をかける木原達五名。

少し離れた樹の根元に、同じように俯いて兵士が座って居る。

木原がアゴで指す。


 「おい。あれ・・・」


四名は木原が顎で指す先を見る。

福原が、


 「何処の兵隊でしょう」


重い腰を上げて兵士の傍に近寄る福原。

兵士の周りに沢山のハエが飛んでいる。


 「おい、キサマ! 起きろ。大丈夫か」


揺り動かす福原。

兵士の「鼻の穴」からウジがこぼれる。

死臭が鼻を突く。

福原は腕で自分の鼻を塞ぎ、破れた軍服の「腕章」を見る。


 「『3』か。川口の残兵だな・・・。可哀そうに」


福原は合掌して木原の所に戻り報告する。


 「川口支隊の兵隊です。・・・抜け殻ですわ」


木原は一点を見つめ、


 「この間の突撃で残った兵隊だろう。一撃で死んだ方が良かったのになあ」


        木原少尉の発狂


 木原が『丸山道』の一点を見詰めて動かない。

突然、奇妙な笑い声を発する木原。


 「フフフ・・・ハハハ・・・地獄だ・・・」


関元が、


 「? 大丈夫ですか木原少尉。気をしっかり持って下さい」


木原の眼付きが異常である。

突然、


 「オイ、突撃するぞ!」


木原は一人立ち上がり、『丸山道』を歩いて行く。


 「あ、木原さん! 待って下さい! 木原少尉・・・」


急いで後を追う関元。

それを見て福原達三名が二人を追う。

道の先に飛行場が見えて来る。

木原が突然、独り言を良いながら走り始める。


 「突撃だ・・・突撃するぞ・・・トツゲキ、トツゲキ・・・」


木原の血走った眼。

関元が必死に木原を追う。


 「少尉! だめですよ。敵に見つかります。木原さん! オイ、皆! 少尉を捕まえろ」


関元、福原、河野、大宮が木原を取り押さえる。


 「どうしたんですか。しっかりして下さいよ」

 「キサマ等、何をする! 着剣しろ。俺に続け!」


木原は狂っている。

関元は焦って、


 「オイ! 皆。少尉をその樹に縛れ」


森、


 「縛れって言われても、縛る物が無いです」


福原、


 「あ、そこにカズラツルが有る」


急いで銃剣で蔓を切る福原。

関元、


 「ヨシ。それで縛っておこう」


四名は木原を樹に縛りつける。

関元が、


 「木原さん、申し訳ない。此処に待機してて下さい」


木原が関元に向かって大声で、


 「キサマ、 軍規違反だぞ! 軍法会議だ」


木原の血走った目。

関元が、


 「静かにして下さいよ。違反でも何でも構いません。とにかく少しの間、我慢して下さい」


木原は急に力が抜けた様に黙り込む。

関元が、


 「よし。皆、行くぞ!」


続く兵士達が、


 「はい」


木原は虚ろな表情で地面に向かって、


 「関元、・・・俺の家・・・頼むぞ」


関元は驚いて振り向く。

木原の顔を見詰めて、


 「木原さん・・・。しっかりして下さいよ。皆で一緒に帰るんですから」


関元の眼から涙が溢れ出る。

                     つづく

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