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七名の生存兵

          七名の生存兵


 テントの中の五名。

雨に濡れ、まるで『落ち武者』の様である。

木原と河野が息を荒げてテントに入って来る。

木原は関元達を見て驚く。


 「みんな、無事だったか。・・・中隊長は?」

 「分かりません」


福原は耳を澄まし、外の気配を聞いて居る。

大宮はテントの端を開け、そっと外を覗く。


 「よく燃えてますねえ。・・・もう一度、突っ込みますか」


福原が気合を入れて、


 「よしッ、ヤルか!」


立ち上がる福原。

木原が、


 「待てッ!」

 「は~?」


木原は鉄帽を置きながら、


 「全滅するぞ。とりあえず川口の残兵達の様子を見てからだ」


 二十時。

北側滑走路の草むらから、数十人の川口支隊の集団が『銃剣突撃』をかける。

稲妻が、雨の中を突撃して来る川口支隊の兵隊達を照らし出す。

ざわめきに気付いた監視塔の米兵が、狂声の方向に探照灯サーチライトを回す。

交差する探照灯の灯り。 

突然、壕の中の米兵達の銃火器が一斉に火を吹く。

雨空に揚がった照明弾。

曵光弾が蜘蛛の巣の様に地面を覆う。


 翌朝・・・。

工作車ブルドーザーが二台で日本兵のムクロを集めている。

草むらに隠れ、滑走路の工作車を眺めている中隊の残存兵。


  早坂中隊の生存兵(七名)

  木原猛雄 (少尉)

  関元雄三 (曹長)

  福原源次 (軍曹)

  大宮 滋 (上等兵)

  河野源太郎 (上等兵)

  木村武治 (一等兵)

  森 秀雄 (二等兵)


関元が情けない顔で、


 「全滅ですか」


木原が呆然ボウゼンとしながら、


 「・・・残ったのは俺達だけだな」


関元も放心状態で一点を見詰めている。

森 が、


 「死んだ方が良かった」


大宮は俯いて、


 「死ぬよ」


苦しそうに咳き込む木村。

福原が心配そうに木村を見て、


 「大丈夫か?」

 「寒い・・・。風邪をひいた様です」


木原が心配そうに、


 「カゼ? しっかりせい。こんな所で風邪なんかひいたら終わりだぞ」


木村は腕を組み、体を震わせてながら、


 「大丈夫です。大した事は有りません」


関元が、


 「・・・戻りましょうか?」


木原は関元を見て、


 「モドる? 何処へ」

 「え?・・・あの営舎に」

 「戻ってどうする」

 「・・・どうしましょう」


森 が切なそうに、


 「腹が減ったなあ・・・」


河野が、


 「海岸に行きましょうか。援軍が来るかも知れません」


木原が関元を見て、


 「どう思う」

 「営舎に帰っても喰う物も無いし。・・・岬に戻って魚や貝でも漁りますか」


木原は惨めに、


 「情けねえなあ」


福原が突然、思い出した様に、


 「あッ! 俺、あの時、アメ功のテントから缶詰めをカッパラッて来たんです」


福原は肩に提げた米軍の簡易袋ショルダーバッグから缶詰めを取り出す。

それを見て六名が唾を飲みこむ。

木原が、


 「いくつ持って来た」

 「五、六個入ってるんじゃないですか」


河野、


 「一日一個を七人ですか」

 「福原! これが有る場所は分ってるな」

 「そりゃあ、勿論です」


関元は木原を見て、


 「もう一度、突っ込みましょうか」


大宮、


 「曹長殿。俺、腹が減って走れません」


木原、


 「おい、やっぱりいっぺん営舎に戻ろう。作戦を練るんだ」


森、


 「作戦? ですか」

 「生きる為の作戦だ」


河野、


 「生きるため?」


木原、


 「敵の食料!」


森 はようやく理解して、


 「あッ! ネズミですね」


全員が笑う。


           鼠作戦


 朝のジャングルは蒸し風呂の様である。

日本軍が切り開いた、一本の細い道(丸山道)が伸びている。

昨夜の豪雨で流れて来た日本兵の骸。

骸は雑木に引っ掛かって悪臭を放っている。

それを見ながら木原達七名が営舎に向かう。

大宮が頼りなく、


 「曹長殿・・・」


関元の力の無い返事が。


 「うん?」

 「さっきから俺達の後を『誰か』が付けて来るような気がして・・・」


関元は無気力に、


 「そうか。・・・何ッ!」


関元は我に返り、驚いて振り向く。


 「あッ! 木原さん、後ろ」


木原が振り向く。


 早坂(幽)と昨日まで一緒だった戦友(幽霊兵)達が、木原達の後ろに付いて来る』


木原は驚いて、


 「中隊長殿ッ! 生きてられたんですか」


早坂(幽)は優しい笑みを浮かべて、


 「おお。ずっとオマエ達の周りに居たぞ」

 「自分達の周り? えッ! ユウレイ? 幽霊に成ったのですか」


 痩せた森 が「芋」を手にぶら提げてジャングルの中から出て来る。

見張りの大宮が樹の根元に座っている。

大宮は一点を見詰めて動かない。

森は大宮に近付き、


 「大宮さん!」


大宮が驚いて我に返る。


 「あ、ヤマッ!」

 「私です。芋を掘って来ました」

 「イモ?」


大宮は森 のぶら提げた芋を見るが関心がない。


 「・・・喰えるのか?」

 「喰ってみなければ分りません」 


骨と皮の大宮は情けない表情で森を見る。

森は木の枝をツエ代わりに、ホラ穴営舎に消えて行く。


 営舎の中。

隅では木村が『マラリア』にカカり、臥せっている。

木原が俯いて壁に寄り掛かっている。

関元は横に成っている。

福原も壁に寄り掛かり寝ている。


 頬がこけた森 がホラ穴兵舎に入って来る。

直立不動の姿勢で、


 「報告します! 森 は芋を調達して来ました」


木原は片目を開き、


 「うん? 喰えるのか」

 「と思います! 私が先に毒見をします」


関元が横に成りなり振り向きもせず、


 「煮れば喰えるだろう。オマエ、火をオコせ」

 「はい」


森は消えそうな焚火の中に枯れ草を入れる。

木村がますます咽込む。


 「木村さん、申し訳ありません」


森が芋を銃剣で切って飯盒に入れる。

ジッと森を見ている木原と関元、福原、河野。

森は飯盒を二つ持って、


 「水を入れて来ます」

 「ミズ? ああ水か・・・気を付けろよ」


暫くして、森が水を溜めた飯盒を二つぶら下げて戻って来る。

芋を入れた水が噴いて来る。

森は芋を箸に挿し試食する。

木原と関元は唾を飲み込みながら森を見ている。

木村が煙を吸って更に咳き込む。

木原が木村を見て、


 「木村。大丈夫か?」


木村は弱々しく、


 「はい。ご迷惑お掛けます」

 「メイワクか・・・」


森は芋を試食してみる。


 「・・・旨めえ! 喰えます」


木原が力なく、


 「そうか。俺にも喰わせろ」


関元は木原を見詰めて、


 「喰えますか?」

 「まあ、・・・イケル、かな? ブタ肉でも入ればな」

 「それを言っちゃあいけませんよ」


木原が関元に箸に刺したイモを渡す。

関元が口に運ぶ。


 「・・・そんなに旨いもんじゃ有りませんがね。味がない」

 「おい、森。大宮も呼んで来い」

 「はい!」


森がホラ穴を出て行く。

咳が止まらない木村を見て福原が、


 「キニーネでも有れば治るのになあ。これじゃあ、見殺しだ」


木原は何かを決断した様に、


 「福原!」

 「は?」

 「喰ったら突撃をかけるぞ!」


福原は驚いて、


 「は~あ?」

 「アメ功のキャンプに調達に行くんだ」

 「ああ、鼠ですね。このまま餓死するのを待っててもしょうがねし。いちょうヤリますか。ついでに、薬も調達出来ねえものかなあ」


福原が軍隊手帳に鉛筆を舐めながら調達物を書いて行く。

読み上げる福原。


 「え~と、缶詰め、米、お茶、味噌、塩、薬 ・・・あと、何か有りますか?」


木原は呆れて福原を見、


 「おい、福原。買い出しに行くんじゃねえぞ。とにかく持てるだけの食糧を調達するんだ」


 森がホラ穴営舎に入って来る。

木原が、


 「ご苦労さん。まあ、芋でも喰え」


森は空腹で声に力が入らない。


 「あ、はい。 頂きます」

 「河野は?」

 「見張りを代わってもらいました」


芋を貪る森 。

木原は森を見て、


 「おい、オマエ歩けるか」


森は木原の突然の言葉に、


 「え! 何か始めるんですか」

 「突撃だ」


森は驚いて(ムセ)る。


 「ゴホゴホ。ト、トツゲキ?」

 「調達に行く」

 「ああ、例のアレですね」


木原は大宮を見て、


 「オマエは?」

 「歩けます。どうせ死ぬんなら腹一杯喰って、最後に弾でも喰らった方が良い」


関元は大宮を見て。


 「うまい事言うな」


六名は力なく笑う。

木原、


 「森、その芋を喰ったら河野と見張り代わってやれ。アイツ、一口しか喰ってねえからな」

 「あ、はい」

 「それから、突撃の時はオマエは残れ。木村が居るし」

 「分かりました。やられないで下さいよ。俺一人残されたら夢も希望も有りませんから」


木原は森を見て薄笑いを浮かべる。

森がホラ穴営舎を出て行く。


 「よし、一休みしたら行くぞ」


五名の気合いの入らない返事が返って来る


 「はい・・・」

                     つづく

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