再度の突撃
再度の突撃視察
食後、早坂と木原がホラ穴(営舎)で話をしている。
木原が、
「敵の戦闘機は相変わらず飛行場に飛んで行きますね」
「この間、あれだけブッ壊したのにのう」
「もう一度、やりますか」
「しかし、この兵力じゃ。もう、これ以上の犠牲は出せん。・・・クソー。援軍はどうなってるんだ」
「食料も尽きたし・・・。このままでは飢え死にを待つだけです」
「この島に、友軍はどの位い残っているんだろう」
「三度目の上陸ですから、相当数の残兵が何処かに隠れていると思います・・・」
早坂が独り言を言う。
「餓死か。・・・前門の敵、後門の餓死・・・」
早坂は背伸びをして、何かを決断したように、
「よ~し、もう一発カマシテやるかッ!」
「やりますか! 少しでも敵の攻撃を遅らせて本土の生産を上げなければ」
「よし! 木原、兵を集めろ」
「はい!」
木原がホラ穴兵舎から出て行く。
木原は外で寛いでいる関元達を見て、
「関元ッ!来い」
「はい」
関元が木原の前へ駆け寄る。
「二人付けて斥候に行ってくれんか」
「斥候? はい。で、何処へ」
「飛行場だ」
関元は納得したように木原を見て、
「・・・ヤリますか」
「うん。キサマ達が戻り次第、再度突撃をかける。手薄な所を見付けて来い」
「ヨッシャ!」
関元が樹の根元に寛ぐ兵士達の所へ行き、
「市村、野々宮! 俺に付け。これから飛行場に斥候に行く」
市村が、
「飛行場?」
野々宮、
「斥候!?」
「そうだ。 もう一発、カマす」
「よ~しッ! やりましょう」
市村の気合いが入った声。
市村と野々宮は急いで軍装を整える。
暫くして、関元、市村、野々宮の三人がカービン銃と38銃を担いでジャングルの中に消えて行く。
昼、西端の椰子の木陰から、関元、市村、野々宮が飛行場を窺っている。
米兵達が裸でテニスをしている。
市村と野々宮が木陰から顔を出す。
市村が、
「良い気なもんだ」
関元は双眼鏡を覗き、手帳に敵の配置図を描き取って行く。
と、関元が背後に奇妙な気配を感じ振り向く。
佐々木(幽)と野村(幽)が立っている。
「あ! 佐々木准尉」
関元は立ち上がろうとうする。
佐々木(幽)が、
「動くな! 敵に見つかるぞ」
「あッ、はい」
市村と野々宮は佐々木(幽)達を見て気味悪そうに、
「ご、ご苦労様です」
佐々木(幽)と野村(幽)が優しい笑顔で三人を見る。
佐々木(幽)が、
「安心しろ。俺達がキサマ達を見取ってやる」
市村、
「ミトル? 俺達はやられるんですか」
佐々木(幽)が、
「それを聞いてどうする」
「・・・そうですね」
野々宮が関元に、
「曹長、あの小屋の後ろ、・・・樹の陰に人影の様な物が見えるんですが」
「何?」
関元は急いで双眼鏡の焦点を合わす。
「あれ?・・・あれは・・・友軍だ」
佐々木(幽)が、
「そうだ。先発の川口支隊の生き残りだ」
関元が驚いて、
「え! カワグチの残兵?」
佐々木(幽)が、
「あちこちに散って遊撃戦(ゲリラ戦)を仕掛けている」
「そうですか。この辺に強行した兵隊は皆やられたと思いました」
「俺達が来るのを待っていたのだ」
関元は佐々木(幽)を見て、
「俺達の来るのを? ・・・糧秣も尽きている筈なのに、よく生きてましたねえ」
「うん? うん。突撃をかけるつもりか」
「はい」
「向こうの川口の残兵達と一緒にやれ。早坂中隊だけでは死にに行く様なものだ」
「え? あ、はい」
「北側の尾根を回れ。北の尾根は滑走路に面しているから守りは手薄だ」
関元が尾根に双眼鏡の焦点を合わす。
「ああ・・・成るほど。分りました」
「気を付けろ。『赤い旗』の所は地雷原だからな」
「赤い旗?」
関元はまた双眼鏡の焦点を合わしながら、
「赤い旗、アカ・・・ああ、成るほど。有難う御座います」
関元と市村と野々宮は佐々木(幽)と野村(幽)に軽く敬礼をして、急いで北の尾根に向かう。
川口支隊の残兵と
昼休み。
工作車が六機、米軍キャンプの空き地にのんびりと置いてある。
米軍キャンプの拡声器から、ラジオの音楽が流れている。
戦車(M4)が椰子林の右側に一両、中に一両、左側に各一両、配置してある。
飛行場の四隅には見張り塔が。
塔の中の見張りの米兵が関元達三人を見た様だが、気が付かない。
張り巡らされた壕の中で、米兵達が寝そべっている。
鉄板滑走路の隅に戦闘機(F4Uコルセア)が四機、整然と並んで待機ている。
野々宮が、
「アメ功の野郎、やけに油断してますね」
「ヤツ等は時間で戦争してるんだ」
「ほう。時給ですか。良いなあ」
突然、頭上に軽飛行機のエンジン音が。
草陰から空を見上げる関元・市村・野々宮。
上空から偵察機(セスナ機)が着陸体勢に入る。
市村は悔しそうに偵察機を見詰めて、
「・・・あの野郎だ。曹長殿! まずあのトンボをぶっ壊しましょう」
「焦るな。俺が此処から戻る時、ぶっ壊してやる」
「オレって、一人でですか? 大丈夫ですか」
「一人の方が目立たねえ」
野々宮が、
「しかし、あれだけぶっ壊したのに、もうあんなに滑走路が延びてらあ」
関元と市村が感心した様に滑走路を見ている。
三人は滑走路を横断する機会を窺がっている。
関元は双眼鏡を覗いていると、
「おお? 向こうの林からこっちを見ている兵隊が居るぞ」
市村が、
「アメ功ですか?」
「・・・いや。手を振っている。あッ! 川口の兵隊だ。俺達に気付いたんだ」
滑走路の中ほどで野村(幽)が手招きをしている。
「あ、あれは野村伍長殿だ。よし、俺が行って来る。もしもの時は市村、野々宮、援護してくれ」
「はい」
二人は38銃とカービン銃を壕の方へ向けて狙いを定める。
気合いを入れる関元。
「よ~し、行くぞッ!」
関元が中腰で、一目散に陽炎が燃える鉄板滑走路を走って行く。
関元はうまく渡り切って、林の中に消えて行った。
暫くして、また野村(幽)が滑走路の中程から林の中の関元に手招きをする。
関元は中腰で滑走路を走って戻る。
米兵達は全く気付いてない。
市村が、
「どうでした?」
「川口の連中は今夜の二十時に突撃をかけるらしい。もし俺達がヤルのなら、その三十分前に突撃をかけて欲しいとの事だ」
「十九時三十ですね」
「そうだ」
野々宮が、
「川口は何人残って居るんですか?」
「向こう側で見張ってる兵士は八名、他に二二名が突撃の時間を待っている。そのほか本隊が北の高地に陣を構えて居るそうだ」
野々宮は驚いて、
「本隊は北の高地に? そんなに残って居るのですか! いったい何を喰っていたんでしょう」
「俺達と同じモンだろう。そんな事よりオマエ等二人は先に戻って中隊長に知らせて来い」
「はい!」
関元は手帳から書き取った飛行場の「見取り図」を一枚破り、市村に渡す。
「これを持って行け。それから、北側の林付近の配備が手薄だと川口の将校が言っていた。俺達の中隊は、さっき話した様に十九時三十に先行突撃する。その時、戦車と戦闘機、ブルドーザーを破壊してくれと言う事だ。忘れずに伝えろ。 俺はちょっとあのトンボをブッ壊して来る」
市村が心配そうに、
「本当に一人でやるんですか」
「大丈夫だ。俺には佐々木准尉殿達が憑いてる」
野々宮が、
「ホトケサマですよね」
関元が怒って、
「違う。あれは『幽鬼兵』だ!」
「あ、すいません! 幽霊でした。じゃ、行きます」
「気を付けろよ」
「はい!」
市村と野々宮が走ってジャングルの中に消えて行く。
暫くして手榴弾の炸裂音がする。
市村と野々宮が足を停めて音の方角を見る。
飛行場の方から黒煙が立ち昇る。
突然、重機関銃の乱れた音が。
野々宮が、
「関元さん、やりましたね」
「うん。無事に戻って来れば良いが」
「大丈夫ですよ。佐々木准尉殿(幽)と野村伍長殿(幽)が憑いてますから」
市村と野々宮は急いで中隊に戻って行く。
一矢報いる作戦
市村と野々宮が早坂と木原に偵察状況を報告をしている。
「・・・そうか、分った。ご苦労さま。下がって良し」
「はいッ!」
市村と野々宮は敬礼をして下がって行く。
早坂、
「十九時三十か・・・」
木原が、
「これだけの人数で、効果を出す事が出来るのでしょうか」
早坂が木原を見て怒鳴る。
「バカ者! キサマが弱気じゃ兵隊にシメシがつかん。何としてでも敵に一泡吹かせてやるんだ。このまま此処に留まっても餓死するだけだぞ。 兵隊は戦って倒れてこそ意義が在るんだ」
「はいッ!」
関元が息を切らせてホラ穴営舎に戻って来る。
「ただ今戻りました!」
早坂が、
「おお、市村達から聞いたぞ。心配した」
早坂は関元をまじまじと見て、
「・・・オマエは生きているんだろうな」
「はい。 佐々木准尉殿達に援護してもらいましたから」
「佐々木? ・・・ああ、幽霊か」
「彼等が居なければ到底勝ち目は有りません」
「まあ、俺達も遅かれ早かれ佐々木の様に成るんだ。それを思えばアイツ等が憑いててくれるって事は、百倍の勇気が湧いて来る。なあ、木原」
「え?・・・まあ、そうで有ります」
「よし。此処を十九時に出発する。それまで兵達にゆっくり休むように伝えておけ」
「はい!」
関元が敬礼をしてホラ穴営舎を出て行く。
雨に成った。
早坂中隊の残兵達(生存兵・十七名)が霧雨の中で整列している。
早坂の訓示が始まる。
「これより我が隊は飛行場に突撃をかける。 運良く、霧雨である。敵もこの霧雨では先が見えんだろう。勝負は五分だ。この人数で工作車、戦車、戦闘機を必ず仕留めろ。 我等には幽霊兵が付いている。彼等が必ず成功に導いてくれる。追って川口支隊の残存兵三十が高地から突撃をかけて来る。良いか、『一矢報いる作戦』だ。 各兵は心して任務を完遂せよ!」
兵士達の気合の入った返事が。
「はい!」
十名の戦死
霧雨は雨に変わり、暫くすると大雨に変わる。
早坂中隊(残兵十七名)は関元を先頭に、川に変わったジャングルの道を飛行場まで粛々と進んで行く。
ルンガ(ヘンダーソン)飛行場の灯りが雨にしぶいて見えて来る。
兵士達の鉄帽から雨水が流れ落ちている。
中隊の十七名が息を殺して雨の草むらに伏せて居る。
数名の米兵達が、飛行場を囲む壕の中を蠢いている。
前方の窪みに早坂が腕時計を見ながら木原と小声で話しをしている。
暫くして、木原が関元の傍に転がって来る。
木原が胸ポケットから懐中時計を取り出す。
時計の針は「十九時二十分」を指す。
「そろそろ始めるか」
関元が米軍キャンプの灯りに照らし出された、三台の戦車(M4)を指さし、
「あそこに戦車が並んでいます」
木原は関元の示す方向を見て、
「うん」
関元は傍に隠れる『斎藤・大宮・井上・浅田』を呼ぶ。
関元の傍に四名が集まる。
「俺とオマエ達で戦車(M4)をやる。工作車の方は木原少尉、お願いします」
「よし、分かった」
関元は四名を見て、
「分かったな」
「はい!」
気合いの入った四名の掠れた声。
木原の周りには『西山・市村・木村・野々宮』の四名が集まって居る。
「よし。西山、市村、木村、野々宮! 俺に続け。目標はあそに見える六台の工作車だ」
「はい!」
早坂達数人が木原と関元の傍に転がり込んで来る。
木原が驚いて、
「あ、中隊長!」
「うん」
木原が報告する。
「関元、斎藤、大宮、井上、浅田の五名で戦車(M4)をやります。私と西山、市村、木村、野々宮の五名で工作車をやって来ます。後は宜しくお願いします」
「分かった。俺と、佐籐、岡田、河野、森で戦闘機をぶっ潰す。いいか!」
「はい!」
早坂は周りに集まる兵士達をじっと見つめ、
「みんな。死ぬなよ!」
「はいッ!」
と突然、早坂の肩を叩く者がいる。
驚いて振り返る早坂。
佐々木(幽)、野村(幽)、高橋(幽)、濱田(幽)、鈴木(幽)、菅井(幽)、山本(幽)、の七基が早坂の周囲を囲んでいる。
早坂が驚いて、
「おお、キサマ等!」
その声に木原と関元以下全員が振り向く。
木原が、
「あッ! ご、ご苦労様です。これから始めます」
佐々木(幽)が、
「中隊長。我々は先に行きます。用意が出来たら戦車の上から『青い灯』を点滅します」
早坂は丸腰の佐々木(幽)達を見て、
「キサマ達、銃は持たないのか」
「銃はいりません、皆さんを見取るだけです」
「? オマエ達はこの間の戦いで敵の戦車を奪ったな」
「あれは野村伍長の手柄です。今はそこに『幽霊兵』と変わって居りますけれど・・・」
早坂は振り向く。
「・・・そうだったな。キサマも幽霊になってしまったんだな。・・・頼むぞ。俺達を見取ってくれよ」
野村(幽)は早坂を見て黙って頷き、笑う。
腕時計を見る早坂。
時計の針が『十九時二七分』を指す。
「そろそろ始めるか」
早坂が振り向くと佐々木(幽)達は消えている。
暫くすると戦車(M4)の砲塔から「青い灯り」が点滅する。
雨は更に激しく降りしぶく。
早坂はそれを見て、
「お、佐々木だ。よし、 木原、関元、頼むぞ!」
「はいッ!」
木原が五名を見て、
「・・・行くぞ。続けッ!」
大雨の中を中腰で走って行く『生きている兵士』達。
早坂が、
「よし! 佐籐、岡田、河野、森。俺に続け」
「はいッ!」
四人の悲鳴の様な押し殺した声が。
中腰で早坂に四名が続く。
関元が、
「よ~し、行くぞ・・・」
斎藤と大宮、井上と浅田が背を低くして雨の中を突進して行く。
痩せた兵士達の腰にぶら提げた手榴弾の当たる音が続く。
空は猛烈な雨になる。
有刺鉄線の向こう側の壕に米兵達の懐中電灯の灯りが漏れている。
突然、夜空に閃光が走る。
壕の中の米兵と伏した日本兵が、雨の中にはっきりと映し出される。
轟音と共に雷鳴が轟く。
早坂は暗い雨空を見詰めて、
「・・・雷か」
稲妻の中に戦闘機(F4Uコルセア)の機影が浮かび上がる。
「よし、操縦席の中に手榴弾をぶち込め。一人一機だ。かかれ!」
地下足袋の早坂が戦闘機(F4Uコルセア)の変形翼に登り風防を開く。
手榴弾を放り込み急いで翼から飛び降りる。
残りの四名(佐籐・岡田・河野・森 )が次々と戦闘機(F4Uコルセア)に走り寄り、翼に飛び乗る。
風防を開けて手榴弾を投げ込み飛び降りる。
手榴弾の爆発音が雷音にかき消され、米兵達は気が付かない。
戦闘機(F4Uコルセア)の周りが火の海に変わる。
「火炎」に気付いた監視塔の米兵が、探照灯を回転させる。
稲妻で三台の戦車(M4)の残像が眼に焼き付く。
関元以下四名(斎藤・大宮・井上、浅田)が戦車に貼り付いて砲塔に上がる。
雷鳴が鋭く轟く。
関元がハッチを開けて手榴弾を投げ込む。
壕の中の米兵達は全く気付かない。
関元は戦車から飛び降り、中腰で次の戦車(M4)に急ぐ。
稲妻に照らし出される関元。
斎藤が戦車のハッチを開け手榴弾を放り込む。
戦車(M4)から飛び降りる斉藤。
関元が叫ぶ。
「ヨシ、もう一両だ!」
大宮の悲鳴の様な声。
「はいッ」
ドブ鼠の様な五名。
大宮が戦車(M4)によじ登り、ハッチを開け手榴弾を放り込む。
監視塔の探照灯サーチライトが戦車(M4)を照らす。
同時に激しい「機銃掃射」があちこちから起こる。
曵光弾が糸を引く。
十字砲火である。
木原が工作車のボンネットを開けて、片っ端から手榴弾を放り投げて行く。
「急げ、急げ! 逃げろ~」
激しい機銃掃射。
銃弾が木原を掠める。
椰子の樹に銃弾が大量に刺さる。
テントの中に飛び込む関元と大宮。
それを追うようにして木村と福原、森 が飛び込んで来る。
全員の息が荒い。
関元が放心状態で、
「斎藤と浅田は」
大宮が、
「俺の後ろに居たのですが」
関元が、
「・・・その内来るだろう」
福原が、
「野々宮も居ません」
忠魂碑に刻まれた名前
早坂崇雄 中隊長(戦死)
西山 徹 軍曹(戦死)
佐籐 勇 上等兵(戦死)
斎藤順次郎 上等兵(戦死)
市村金太 上等兵(戦死)
浅田菊雄 一等兵(戦死)
岡田卓巳 一等兵(戦死)
野々宮 博 一等兵(戦死)
渡辺吾一 二等兵(戦死)
井上博道 二等兵(戦死)
私(日下勇作の幽霊)は鉄帽を被って早坂中隊長の死体の傍に立った。
他の『鉄帽の幽霊』が西山軍曹の死体に触れる。
西山は何も無かったかの様に立ち上がる。
『西山 徹 幽霊兵の誕生』である。
暫くすると「鉄帽の幽霊」に触れられた全ての死体が『幽霊兵』と変わり、立ち上がる。
最後に私は早坂中隊長の死体に触れた。
何も無かったかの様に立ち上がる中隊長。
軍装は新しいものに変わっている。
『早坂崇雄の幽霊兵が誕生』した。
私の『殻の鉄帽』が水溜りに転がっている。
他の『幽霊兵達の軍装』も全て新しい物に変わっている。
探照灯が十基の『幽霊兵の群れ』を照らす。
・・・影は無い。
つづく