偵 察
飛行場の偵察
眼下に日本軍が造った 「ルンガ飛行場」 が広がる。
早坂と木原、佐々木(幽)、野村が小高い丘の上から飛行場を見ている。
遠くに『ゼロ戦の残骸』が見える。
双眼鏡で敵の位置を確認する早坂
早坂は木原に双眼鏡を渡す。
木原も双眼鏡で周囲を確認、佐々木(幽)に渡す。
最後に野村が双眼鏡で「敵の配置」を確認する。
飛行場には米軍が急仮設した、数本の「鉄板滑走路」が広がっている。
四方に米軍の「見張り塔」が建っている。
塹壕が空港を囲む。
塹壕には銃火器が設置されている。
滑走路の隅に米軍戦闘機(F4Uコルセア)が八機、整然と並んでいる。
営舎の右左には各一両、計二両の戦車(M4)が配置してある。
破壊された滑走路の窪みの中で作業をしている米兵達。
上半身は裸である。
早坂は腕時計を見て、
「十六時二五分か・・・。もう少し暗くなるまで待とう。木原! 兵を配置に着かせてくれ」
「はい!」
木原が下がって行く。
佐々木(幽)が、
「野村、ちょっと俺と一緒に来てくれ」
「はい」
早坂は二名を見て、
「おい、何処に行く!」
佐々木(幽)が、
「あの戦車を分捕れるかどうか見て来ます」
早坂は驚いて、
「センシャを?・・・気を付けろよ。無理はするな」
「大丈夫です。死にませんから」
「なにッ!」
早坂はまた、佐々木(幽)の全身を見る。
佐々木(幽)が、
「あ、兵を一人連れて行きます」
「それが良い。大宮を連れて行け」
「はい!」
佐々木(幽)は野村を見て、
「野村、大宮を此処に呼んで来てくれ」
「はい」
野村が急いで大宮を呼びに行く。
暫くして野村が大宮を連れて来る。
佐々木(幽)が大宮を見て、
「これからあそこの戦車を分捕りに行く。いいか、無理するな。十分、気を付けろよ」
大宮は驚いて、
「えッ! セ、センシャを? ・・・はい!」
早坂は三名を見詰めている。
佐々木(幽)が、
「ヨシッ、行くぞ!」
佐々木(幽)と野村、大宮が丘を駆け降りて行く。
三名が椰子の木陰に身を潜めている。
米兵の話し声が聞こえる。
交代の米兵は戦車の脇を素通りして、窪みの奥の重機銃に配置する。
佐々木(幽)が戦車(M4)のハッチにめがけて石を投げる。
「カン・・・」
反応が無い。
戦車(M4)の中には米兵は居ない様である。
佐々木(幽)が、
「おい、野村。車の運転は出来るか」
「勿論です。内地ではトラックの運転手をやってましたから」
「そうか。じゃ、戦車の運転はオマエに任せる」
野村は驚いて、
「ええッ! センシャの運転?」
「外車だと思えば簡単だろう」
「・・・まあ」
「大宮、これから攻撃をかけると中隊長に知らせて来い」
「はいッ!」
大宮が椰子林の中を全速で駆け戻る。
大宮が息を切らせて早坂の前で報告している。
早坂は驚き、
「何ッ! たった二人でか?」
「はい」
「・・・。木原! 全員に知らせろ。攻撃の準備だ」
「ハイ!」
「あの世に行くのに、時間を選んでる暇はない」
野村伍長が幽霊兵に
丘の草むらに中隊全員が伏して、『その時』を待っている。
飛行場にちらほらと灯りが点る。
野村は戦車(M4)のエンジンを駆動させる。
米兵達はエンジン音を不審に思わず配置を崩さない。
・・・砲塔が回る。
佐々木(幽)が仮設滑走路上の戦闘機(F4Uコルセア)に狙いを定める。
砲身が固定される。
「よ~し。・・・テーッ!」
七五ミリの戦車砲から砲弾が発射される。
米兵達は砲の発射音と戦闘機の破壊音に驚く。
戸惑う米兵達。
急いで機銃の配置を戦車(M4)の方向ける米兵達。
佐々木(幽)が戦車(M4)の機銃ボタンを押す。
猛然と火を拭く重機関銃。
米兵達がバタバタと倒れる。
佐々木(幽)は砲塔を回転させる。
戦車砲の二発目が発射。
二機目の戦闘機(F4Uコルセア)に命中。
破壊!
更に砲塔が回転し、佐々木(幽)は米兵達を狙う。
「テーッ!」
戦車内で叫ぶ佐々木(幽)。
一発の砲撃で米兵達が飛び散る。
更に回転する砲塔。
佐々木(幽)は奥に控えるもう一台の戦車(M4)に狙いを定める。
発射された砲弾はわずかに戦車を掠め、椰子の木に命中する。
米兵が急いで狙われた戦車(M4)に乗り込む。
砲塔が回転・・・。
佐々木(幽)の乗る戦車(M4)が四発目の砲弾を放つ。
戦車(M4)に命中するが、ビクともしない。
戦車の覗き窓から外を覗く野村と佐々木(幽)。
佐々木(幽)が、
「クソ~!」
「准尉! キャタベラ、キャタピラを狙って下さい!」
叫ぶ野村。
「ヨッシャ!」
砲塔が回転し固定される。
戦車砲が火を拭く。
破壊音が響きキャタピラが飛び散る。
野村が叫ぶ。
「ヤッター! 命中~ッ!」
佐々木(幽)も叫ぶ。
「ヤッタゾ~!」
敵の戦車(M4)が擱坐する。
丘の上で早坂と木原が飛行場内の凄惨な戦い見ている。
早坂は鉢巻をきつく締め、覚悟の抜刀する。
「よ~し。いまだッ! 全員、トツゲキ用意・・・トツゲーキッ!」
絶叫しながら、真っ先に丘を駆け下りる早坂。
続いて木原と兵士達も一斉に突撃をかける。
米軍陣地はハチの巣を突いた様である。
俺とオガタ、他の『鉄帽の幽霊』も兵士の影となり突進して行く。
夜、飛行場内では激しい戦闘が行われいる。
戦車(M4)内で佐々木(幽)が叫ぶ、
「野村、右に行け!」
「ハイ!」
野村はハンドルを右に切る。
「違う! 左だ、右!」
「えッ? あ、はい!」
「速度を上げろ!」
アクセルを踏み込む野村。
戦車(M4)が急に後退し始める。
佐々木(幽)が叫ぶ。
「バカッ! ギヤを変えろ! 前だ!」
「ハ、はい!」
米兵がバスーカ砲を佐々木(幽)の戦車(M4)に向ける。
戦車(M4)に狙いをつけ、トリガーを引く米兵。
弾が砲塔に命中する。
戦車(M4)は一時、停止する。
佐々木(幽)は落ち着いて、
「・・・野村・・・」
「はい」
「・・・踏み潰せ」
野村は驚き、
「えッ!? は、はいッ!」
野村は思い切りアクセルを踏み込む。
唸るエンジン。
佐々木(幽)が砲塔のハッチを開き機銃を猛射する。
次々に倒れる米兵達。
戦車(M4)が容赦なく米兵達を踏み潰して行く。
飛行場内では多数の米兵が倒れている。
早坂と河野が夢中に重機関銃を撃ち続けている。
突然、頭上に偵察機(小型ヘリコプター)が現れ、サーチライトを照らし旋回し始める。
早坂は我に返り、
「あ、来るぞ! 河野、逃げろ!」
早坂と河野が窪みを飛び出る。
早坂が叫ぶ。
「撤収~! 急げ、来るぞ~」
必死に逃げる兵士達。
遠雷の様な砲声が聞こえて来る。
暫くすると砲弾が飛行場内に着弾し始める。
佐々木(幽)が叫ぶ。
「野村、逃げるぞ!」
「はいッ!」
二人はハッチを開け飛び出す。
途端、戦車(M4)に砲弾が命中する。
砲塔が飛ばされ、同時に佐々木(幽)と野村も飛ばされる。
忠魂碑に彫られた名前
野村晋介 陸軍伍長
ガダルカナル島にて戦死
暫くして佐々木(幽)が目を醒ます。
倒れた野村の傍に『鉄帽の幽霊』が立っている。
オガタである。
オガタの幽霊は野村に触れる。
砲弾があちこちに着弾する。
暫くすると野村は『幽霊兵』と変わり再生、眼をさます。
傍にオガタの『殻の鉄帽』が置いてある。
佐々木(幽)が、
「気が付いたか・・・」
「あッ! は、はい。・・・どうしたんですか?」
「うん? オマエは生き返ったんだ。・・・もう死なない」
野村(幽)は驚いて、
「エッ!? ジブンは死んだのですか?」
佐々木(幽)が頷く。
野村(幽)は諦めた様にため息まじりで、
「・・・そうですか。死んだのですか・・・」
佐々木(幽)は気を取り直し、
「よし、戻ろう。皆んなが待っている」
野村(幽)は淋しそうに。
「え?・・・はい」
佐々木(幽)と野村(幽)は走って部隊に戻って行く。
二基の幽霊兵の傍に砲弾が着弾する。
平然と走り去る再生兵。
死ねない兵士
戦闘が終わり、兵士達が息絶え絶えにジャングルの中を避難して来る。
砲撃はまだ続いている。
暫くして、砲撃が止む。
茂みからそっと顔を出す早坂と木原。
静まり返るジャングル。
月明かりの中、硝煙が漂う。
兵士達の鉄帽が所々に見える。
早坂が小声で、
「おい、皆んな集まれ」
木原も声を繋ぐ。
「集まれ・・・」
散開した兵士達が小声で声を繋いで行く。
「集合・・・集まれ・・・。集合・・・シュウゴー」
早坂の周りに木原と兵士達が身体を低くして集まって来る。
兵士達の軍装は爆裂の凄まじさでボロボロである。
「各自、隣の兵を確認しろ!」
「はい!」
「全員居るか?」
「ハイ、居ります」
早坂は驚いて
「何? 全員居る?・・・佐々木!」
「はい! 此処に居ます」
佐々木(幽)の軍装は上陸当時と変わってない。
「 オマエ、まだ生きているのか?」
「死にません!」
「シニマセンて、そんな~・・・」
木原は不思議そうな顔で佐々木(幽)を見詰める。
「キサマは何者だ」
佐々木(幽)は黙って居る。
「で、野村は」
「はい! 居ります!」
「居る?」
上陸当初の軍装と綺麗な鉄帽の野村(幽)。
早坂は気持ち悪そうに野村(幽)を見て、
「オマエは・・・」
野村(幽)が、
「はい。生き返りました」
「イキカエッタ?」
「もう、死にません」
「モウ、シナナイ? そんな・・・」
早坂は集まったボロボロの軍装の残兵達を見る。
山本(幽)の軍装も汚れてない。
「おい、山本。キサマあの時、腹を撃たれたな」
「ハイ! でも、大丈夫であります」
「ダイジヨウブデアリマス? いや、オマエはあの時、絶対にヤラレタはずだ!」
「でも、・・・生きてるんです」
早坂が、
「どう云う事か! 説明しろ」
「分りません! ただ・・・」
「ただ、何だッ!」
「ハイ!・・・ 生き返りました」
木原は二人を見て、
「そんなバカな」
早坂はもう一度、佐々木(幽)達の顔を見て、
「佐々木、・・・やっぱりキサマ等は化け物だ!」
「化け物じゃありません。死ねないのです」
木原は不気味そうに、
「死ねない? ナンダ、それは」
「私達は幽霊に成りました。たぶん早坂中隊の兵士達には『仏の影』が憑いているのでしょう」
「ホトケのカゲ?」
「亡くなった戦友達の魂です」
木原は怪訝な顔で佐々木(幽)と生き返った幽霊兵達を見る。
「俺達は守られているとでも云う事か?」
「違います」
「違う?」
佐々木(幽)が訥々と喋り始める。
『兵隊達は目的を完遂する為にこの島に送り込まれたのです。上陸して敵も見ず、戦いもせず銃弾や砲弾に倒れるなんて不条理じゃないですか。そんな絶望を求めて兵隊に成ったのでは有りません。我々は何の為に生れて来たのですか。たとえ戦争に反対しても、現実は戦時下に生み落とされたんです。これは宿命です。宿命で生み落とされたなら祖国の為に戦果を上げ、命令を完遂する事は兵隊としての義務であります。死しても七度生き返って朝敵を討つ! その気概を持たなくては戦に勝てません。国に残した家族に申し訳が立たないのであります』
早坂は腕組をして怪訝な顔で佐々木(幽)の話を聞いている。
そして怒った様に、
「キサマッ!・・・キサマは佐々木准尉かッ!」
佐々木(幽)は微動だにせず、
「ワタシは・・・。私は佐々木 誠であります!」
佐々木(幽)が怒鳴る。
早坂と木原は、軍装の整った幽霊兵達を信じられない表情で見詰めている。
早坂は残兵を見回し、
「おい、この中で幽霊でない者は挙手をしろ」
ボロボロの残兵達十七名が手を挙げる。
「これだけか。残りの兵隊は幽霊だと云うのだな・・・」
早坂は残りの七基の幽霊兵を見て、
「俺はキサマ達を対等に扱っても良いものか・・・」
佐々木(幽)が、
『残った兵隊達もおそらく幽霊に変わって行くでしょう。我々は少しでも長くこの飛行場から敵の航空機を出撃させないように時間稼ぎをします。もし、この中隊の誰かが、生きて故国に帰れたら、我々が如何に、このガダルカナル島で戦ったかを家族に伝えて下さい』
早坂は佐々木(幽)をジッと見て、
「・・・我々はもう、キサマ達の様な神仏の力を借りなければ勝てないと云う事か」
早坂の眼から涙が滲み出て来る。
そして何かを決断した様に唇を噛みしめて、
「よしッ! 頼む。キサマ等の力を貸してくれ」
つづく