幽霊兵の誕生
濱田上等兵が幽霊兵に
枝の折れる音がする。
佐々木・関元・井上が急いで散開、銃を構える。
人影が見える。
佐々木が、
「・・・ヤマ」
「カワ!」
藪の中からそっと顔をだす佐々木。
それは河野であった。
二人は驚いた形相で見詰め合う。
「准尉殿・・・」
「? 河野じゃないか。いったい どうなってるんだ」
「? 先行隊が後ろに?」
「いや、キサマ達が前に居るんだ。中隊長は?」
早坂が木陰から出て来る。
「此処だ」
佐々木が驚いて、
「えッ! こ、これはどう云う事でしょう」
「俺が聞きたい。完全に迷ったな」
「先ほど伝令を二人、後方に下げさせたんですが」
「デンレイ? 二人は何処に行ったんだ?」
突然、後方で自動小銃の音が。
佐々木が、
「あッ!」
佐々木達六名が急いで音の方向に走る。
早坂八名も佐々木を追って猛然とジャングルの中を走って行く。
一人の日本兵が倒れている。
肩の辺りから大量の出血をしている。
もう一名は果敢に応戦している。
米兵達が正面のヤシの木陰に対峙している。
佐々木達六名が米兵達の背後に回る。
早坂達八名は米兵達の前面と側面に配置する。
38銃が一斉に火を拭く。
三名の米兵が一瞬にして倒れる。
一名の米兵が一目散に逃げた。
佐々木がジャングルの中を猛然と追いかけて行く。
暫くして銃声が。
佐々木が急いで負傷した兵士の傍に戻って来る。
『濱田上等兵』であった。
忠魂碑に刻まれた名前
濱田勇作
ガダルカナル島にて戦死
大宮が負傷した濱田の前に茫然と立ちつくしている。
大宮の後ろに一基の鉄帽が宙に浮いている。
鉄帽は負傷した濱田の横に近づき、左肩の傷の上に被さる。
佐々木と大宮は突然現れた奇妙な鉄帽を見ている。
濱田は暫く倒れていたが何も無かったかの様にムックリと起き上がる。
佐々木と大宮は驚いて後退りする。
濱田の周りには大量の血が溜まっていた。
不思議と濱田の「軍装は新しい物」に変わっている。
佐々木と大宮は呆気に取られて濱田を見る。
『濱田健作は幽霊兵に再生』されたのである。
佐々木が信じられない形相で、
「オマエ! ・・・今やられたんじゃないのか?」
立ち上がった濱田(幽)が、
「やられました。でも?」
濱田(幽)は自分の左肩を右手で確認するように、
「・・・大丈夫です」
信じられない顔の佐々木と大宮。
佐々木が、
「オマエは?・・・」
濱田の足元に『殻の鉄帽』が転がっている。
『私とオガタは顔を見合わせて笑った』
突然また上空に、あのトンビの様な米軍の偵察機が旋回し始める。
佐々木が、
「おい! 早く此処を引き上げよう。中隊長~ッ!」
早坂が叫ぶ。
「撤収~! 退避ーッ! 散開~、散開しろーッ!」
兵士達が蜘蛛の子を散らす様に逃げて行く。
突然、空気を引き裂くような砲弾の音が。
「ヒュー・・・」
必死に走る河野。
森が銃を落とす。
「あッ!」
急いで銃を取りに戻る森 。
銃の周囲に砲弾が炸裂する。
森は諦めて丸腰で一目散に避難する。
砲撃が終わる。
早坂中隊の兵士達がモグラの様に藪や窪みから顔を出す。
早坂が
「大丈夫かーッ!」
あちこちから兵士の声。
「はい! はい! 異常なし!」
早坂が佐々木を呼ぶ。
「佐々木ーッ!」
佐々木が走って早坂の傍に来る。
「はいッ!」
早坂は苦笑いをしながら、
「銃を失くしてしまった」
佐々木は早坂を見て、
「エ~!」
「悪いがキサマの銃を貸してくれんか」
「そ、それは。困ります」
「・・・まあ、良い。短銃が有る。おい、集合を掛けろ」
「はい。 集合~ッ、集まれ」
兵士達が早坂の周りに集まって来る。
三名の兵士が銃を失くし丸腰である。
早坂が三名を睨み、
「何だ、そのザマは」
三名が俯いている。
「仕方が無い。敵の銃を奪え。とにかくやられるな」
「はい!」
佐々木が、
「・・・行きますか」
早坂は気を取り直し、
「よし、散開して前進だ。目標、飛行場ッ!」
「はッ!」
兵士達は気合いを入れてジャングルの中に消えて行く。
佐々木が周囲の景色を見ながら、
「中隊長・・・」
「何だ」
「山が見えて来ないのですが」
「ヤマ?」
「地図上から云うと、この右側に山が見えなければ」
早坂は佐々木に近づき地図を覗く。
「・・・今、何処に居るんだ?」
「多分この辺だと思うのですが・・・分りません」
「分らない? また迷ったと云う事か、バカ者が!」
「はい」
早坂は耳を澄ます。
「・・・波の音が聞こえないなあ」
早坂は腕時計を見て、
「此処で夜営か・・・。上陸から何日経った」
「六日目です」
「もう、糧秣も尽きて来たなあ・・・」
「はい」
「おい、兵を集めろ」
「集合ーッ!」
兵士達の声が繋いで行く。
早坂の周りに兵士達が集まって来る。。
佐々木が突然、奇妙な事を言い出す。
「中隊長、ジブンはさっき信じられないモノを見ました」
「何だ!」
「濱田が生き返ったのです」
「バカな事を言ってるのではない。此処は戦場だぞ。寝ぼけるなッ! 濱田はそこに居る」
増える幽霊兵
早坂中隊長の号令。
「此処で夜営をする。各自、糧秣を出せ」
兵士達は背嚢を解いて、早坂の前に糧秣を並べ始める。
早坂は並べられた糧秣を見てため息を吐く。
「・・・兵が十八でこれだけか。これからは喰う事も戦いだな」
最後に糧秣を置いた渡辺が、
「戦って死ぬか、空きっ腹で餓死するか」
その言葉を聞いて早坂は怒る。
「バカ者! キサマ、気合が入っておらん。前へ出ろ!」
「はいッ!」
渡辺が一歩前へでる。
早坂は渡辺に平手打ちで喝を入れる。
ふらつく渡辺。
「すいませんッ!」
「今日は今日、明日は明日だ! 一日一日を精一杯生き抜く。死して百鬼と成り朝敵を討つ!」
「はいッ!」
兵士達の気合いの入った返事が返って来る。
草原に三名の日本兵と二名の米兵の死体が転がっている。
一名の米兵の死体は小さな『背嚢』を背負っている。
背嚢の蓋が開き、中の食糧が散らばっている。
藪や岩陰に隠れてジッと死体と『食糧』を見ている兵士達。
「おい、佐々木」
「はい!」
「此処に来い」
佐々木は背を低くして早坂の傍に来る。
妙に静まりかえった草原。
早坂は横たわる敵と味方の骸を見ながら、
「どう思う」
「・・・罠かも知れません」
早坂は暫く考えている。
佐々木が、
「ジブンが先に行って見て来ます」
「待て。右に三、左に三、廻せ」
「あッ、はい!」
佐々木は指で兵士達に合図する。
六名の兵士が右と左に匍匐で配置に着く。
佐々木は背を低くして死体に向かう。
死体から五メーターほど近づいた瞬間、
『爆発』が起こる。
早坂が驚き、
「罠だ。地雷ッ!」
硝煙が消える。
岡田の下半身が無くなっている。
佐々木が見える。
佐々木は片足を飛ばされて、上半身だけで必死に後退している。
右側面の鈴木が急いで佐々木を助けに走る。
するとまた爆発が起こる。
鈴木も片手と片足が飛ばされる。
鈴木は負傷して身動きが取れない。
地上の煙を見付け、米軍の偵察機が上空を旋回し始める。
早坂が叫ぶ。
「砲撃が始まるぞ、撤収! 撤収~ッ」
兵士達は我先にと逃げる。
忠魂碑に刻まれた名前
佐々木 誠 陸軍准尉
ガダルカナル島にて戦死
鈴木平蔵 陸軍一等兵
ガダルカナル島にて戦死
岡田卓巳 陸軍一等兵
ガダルカナル島にて戦死
三基の『鉄帽の魂』が佐々木と鈴木、岡田の傍に立つ。
鉄帽(幽)は佐々木の飛ばされた足に触れる。
鉄帽(幽)は佐々木の足に変化し、佐々木は『再生』された。
もう一基の鉄帽(幽)が鈴木の体に触れる。
鈴木の手と足は『再生』された。
最後の一基(幽)が岡田の下半身に触れている。
岡田の下半身は『再生』された。
立ち上がる岡田の幽霊兵。
三基の幽霊兵の軍装は新しいモノに変わっている。
何も無かったかの様に砲弾の中に消えて行く三基。
草原に「殻の鉄帽」が三個、転がっていた。
数分間の砲撃が終わる。
散らばって頭を抱えている兵士達。
早坂が穴から顔を出し周囲を見回す。
「おい、野村。大丈夫かッ!」
野村が穴から顔を出す。
「大丈夫です」
「兵を集めろ」
「はい。集合、集合~!」
早坂の周りに集まる十四名の兵士達(内、一個は濱田の幽霊兵)。
早坂が叫ぶ。
「負傷兵は居ないか」
高橋が、
「隊長! 岡田が居ません」
「何! おい、誰か岡田を見た者は居ないか」
河野が、
「確か俺の後ろに居た筈ですが」
高橋が、
「オマエの後ろ? やられたか」
兵士達の形相は空腹でヤツレ、軍装は破れて汚れている。
早坂は俯いて、
「クソ~、佐々木と鈴木もやられたか・・・」
気を取り直して、
「よし。とにかく飛行場に行こう」
兵士達は気合の入った声で、
「はい!」
野村が太陽を見上げ、地図と見比べて居る。
「・・・中隊長殿」
「何だ」
「変な事を言ってもよろしいですか?」
「ヘンナコト?」
野村は早坂に近付き、図嚢を開いて地図を見せる。
「あの・・・、前から変だなあと思っていたんですが。この島の太陽・・・」
早坂は夕陽を見上げる。
「うん? あれ~・・・? あッ、そ~うか。ここは南半球だ。俺達は北に進んでるんだ。と言う事は・・・この地図はこう見るんだ」
早坂が地図を回す。
野村を見て、
「バカ者! 何故、それを早く言わないかッ!」
「いえ、ま、はい!」
「おい! こっちだ」
早坂は目指す方向を指差す。
また後戻りし、足を急ぐ早坂達。
陽がだいぶ傾く。
前方、ジャングルの先に山が見えて来る。
野村の騒ぐ声が、
「隊長、山です! 山が見えます」
「よし! アレだ。あの山の下に飛行場が在る。頑張れ! もう直ぐだ」
「はいッ!」
シンガリの斎藤が早坂の傍に駆け寄り『妙な事』を言い出す。
「中隊長殿。自分の後ろを誰かが付いて来る様な気がするんです」
「誰かが? 敵か?」
早坂は立ち止り兵士達に手で散開の合図をする。
兵士達は木陰に隠れ銃を構える。
三基の兵士が早坂を追って来る。
早坂と兵士達は眼を疑う。
「サ、佐々木? 鈴木と岡田?・・・」
早坂が木陰から出て来る。
気持ち悪そうに、
「佐々木、・・・オマエ生きていたのか? キサマ等あそこでヤラレタんじゃないのか? まさか・・・幽霊・・・」
佐々木(幽)と鈴木(幽)、岡田(幽)が早坂の前まで来て挙手の敬礼をする。
全員、軍装が汚れてない。
「遅れてすいません」
「遅れた?」
兵士達が呆気に取られて三名を見詰めている。
野村が三名の足を見て、
「足は有るな。オマエ等・・・生きているのか?」
「この通り。元気です」
「そんなバカな。俺は『はっきり』見たぞ。あの時、オマエ達は手や足を地雷で飛ばされた筈だ」
早坂は佐々木(幽)・鈴木(幽)・岡田(幽)の三基の全身を舐めるように見て、
「・・・どうなってるんだ?」
「くっ付いてしまいました」
「クッ、クッツイタ!? バカ言ってるんじゃない! キサマ等は幽霊か?」
「そうかも知れません。死にません! いや、死ねません」
早坂は気持ち悪そうに、
「シネナイ?、?」
つづく