キニーネ
米軍のテントから奪った懐中電灯が、明るくホラ穴営舎の中を照らす。
木村が咳き込みながら座って居る。
木原は心配そうに木村の顔を見て、
木原「大丈夫か」
木村「はい。野村伍長殿が先ほど水とバナナを持って来てくれました」
木原「野村伍長が? ・・・良かったなあ。あッ、オマエの為に関元達が薬を調達して来たぞ」
木村「え? 何処から」
木原「飛行場だよ」
木村「やったんですか」
木原「うん。早坂中隊長と佐々木准尉のお陰で上手く行った」
木村「中隊長殿と佐々木准尉殿? 生きて居られたんですか!」
木村は熱で過去の事を忘れている。
木原は奇妙な顔で木村を見て、
木原「うん? ・・・ああ」
木原が関元に目配せをする。
関元「はい」
関元は麻袋の底から救急箱を取り出し、蓋を開ける。
赤い色の小瓶を三個、包帯、ピンセット、軟膏、錠剤・・・麻袋の上に並べてゆく。
木原が、
木原「キニーネは有るか?」
関元「分りません。自分は横文字はダメです」
木原は瓶を一つ一つ手に取る。
木原「・・・これだな。書いてある」
関元「さすが帝大出だ」
木原「バカな事言ってないで、何か器を持って来い」
関元「あ、良い物が有りますよ」
関元がホラ穴の隅に置いてある自分の背嚢を引っ張り出す。
背嚢を解いて、『白紙に包んだ小さな物』を取り出す。
木原「何だそれは?」
関元「猪口です」
木原「チョコ? 面白い物を持ってるなあ」
関元「女房が別れる時に、これを渡してくれたんです。三三九度の記念です」
関元は大切そうに木原に渡す。
木原は猪口に蓋を開けた『キニーネ』を注ぎながら、
木原「・・・粋な女房だな」
関元「へへへ、元芸者ですから」
木原「何? キサマの女房は芸者か」
関元「はい。深川でね」
木原「深川芸者か?」
木原が木村にキニーネを注いだ猪口を渡す。
木村は起き上がり、涙を溜めながら猪口を受け取る。
傍で聞いていた森 が関心した様に、
森 「関元曹長のカミサンは芸者ですか」
関元「バカ。だったんだ」
福原「ほお~・・・」
河野「紹介してくださいよ」
大石「生きて戻れたらね」
関元「そんな代物じゃねえよ」
ホラ穴の外で鳥の声が聞こえる。
木村が皆を見て、
木村「・・・すんません。迷惑をかけて」
木原「気にするな。死ぬ時は一緒だ」
関元「治ったらオマエにも鼠をやって貰うからな」
兵達が笑う。
つづく




