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忠魂碑

           参 考

      投入兵 32,000人

      死者19,200人

      内、戦闘による死者8,500人

     *餓死・戦病死10,700人

  転進兵(撤退兵)10,652人 東部ニューギニア戦線へ

東部ニューギニア戦線にてガダルカナル島投入兵はほぼ全滅す。

     英霊よ安らかに眠れ。南無観世音菩薩。


 1942年10月 (暁の強襲)

ソロモン諸島『ガダルカナル島』・・・。

早朝、帝国海軍の駆逐艦が西海岸を囲む。

数十隻の大発(日本上陸用舟艇)が砂浜を強襲する。

米軍の航空機が編隊を解いて、空から攻撃をかける。

砂浜に着弾する無数の砲弾と機銃弾。

 第2師団が突撃を開始する。

早坂崇雄大尉(ハヤサカ・タカオ 仙台若松歩兵第29連隊早坂中隊・中隊長)が立ち上がり抜刀する。

 「突 撃」

悲鳴の様な声が。

突進して行く四十名の中隊の兵士。

早坂中隊長の血走った目。

兵士達の荒い息使いと怒号、発狂の声。

連隊旗の先端に銃弾が当たる。

『菊の御紋』がバラバラに砕け散る。

兵士達は見る見る内に倒れて行く。

猛然と砂浜を走る『日下勇作クサカ・ユウサク』。

周囲から上がる断末魔の悲鳴。

足元に突き刺さる銃弾。

日下の肩を銃弾がカスめる。

急いで砂の窪みに身を伏せる日下。

鉄帽ヘルメットの隅に銃弾が当たる。

弾は貫通して背嚢に刺さる。

突然、男が窪みに飛び込んで来た。

男の名は『緒方善吉オガタ・ゼンキチ』。

軍曹である。

 「少尉殿! 大丈夫ですか」

 「おお、緒方か。オマエは」

 「ジブンは大丈夫です。これを持ってますから」

緒方は胸ポケットから「小さな人形」を取り出す。

 「? お守りか・・・」

 「女房が作ってくれたんです」

 「そうか。大切にしろ。先に行くぞ!」

日下はふたたび体勢を整え突進する。

が、数十歩走ると日下は砂浜に倒れていた。

急いで走り寄る緒方。

 「少尉ッ! 日下少尉殿」

 「うッ? どうした」

日下の上半身が紅の血に染まっている。

 「クソ~、やられたか」

緒方が衛生兵を呼ぶ。

 「衛生兵~、日下少尉負傷! 衛生兵~」

砂浜には彼方カナタまで広がる無数の日本兵の骸(ムクロ・死骸)が。

周囲からの断末魔の声。

 「やられた~。お~い、助けてくれ~。衛生兵ーッ! 石田上等兵負傷~」

 「アシ! 足をヤラレタ。早く来い。チクショウ! チクショウ・・・ダメだ、ダメだ。ねえー。おれの足がねえ~。おい、足が、アシが・・・」

片足を捜す兵士。

日下の足元に「片腕」が飛んで来る。

ちぎれた片腕を見詰めている日下。

日下は緒方を見て、

 「オレに構うな、早く行け!」

 「少尉、そこの岩陰に隠れましょう」

緒方は俺の腕を強く引く。

 「おい、オレはどこをやられた」

 「肩あたりです。カスり傷です。大丈夫!」

 「良いから行け! オレに構うな」

 「ここを動かないで下さい。必ず後で迎えに来ます!」

緒方はニッコリ笑い、砲弾と銃弾の嵐の中に消えて行く。

日下は砂浜を振り返った。

銃弾の飛ぶ音・砲弾の炸裂音・直撃弾に当たり瞬時に消える兵士。

 「此処まで来る間に潜水艦にヤラれ、ようやく島に辿り着いて、数百歩走ってヤラれる。敵なんぞ一人も見てない。弾も撃ってない。久しぶりの大地を、足を使って走っただけだ」

頭の中に丸山師団長の言葉が過った。

(イメージ)

駆逐艦「ユウギリ」

甲板上に完全装備の兵が集まる。

丸山政男(師団長)の訓示。

 「これより『ルンガ飛行場奪還作戦』を開始する。死しても百鬼となり目的を敢行すべし」

日下の胸元から血が規則正しく噴き出して来る。

 「このままではオレも骸になる。何とか一人でも敵を仕留めなくては」

第二陣の部隊が自分のワキを猛然と走りぬけて行く。

目の前で三人の兵士が倒れた。

一人は一瞬で頭部が無くなってしまった。

兵士は頭部が無くなっても暫く手足は走っている

日下は叫んだ。

 「死んでたまるか」

鉄帽ヘルメットに、また「何か」が当った。

 「あッ!」

徐々に気が遠のいて行く。

日下の脳裏に奇妙な思い出がヨギって行く。

故郷・子供の頃・両親の顔・山・川・赤飯・・・。


     『忠魂碑』に刻まれた文字

日下勇作 亨年二二歳 陸軍少尉 (ガダルカナル島にて戦死)


 数分が経過する。

日下勇作の死体から、陽炎カゲロウの様なモノが立ち上がった。

陽炎は故日下勇作の死体を見ている。

 「?、オレが二人居る 」

日下の陽炎は周囲を見回した。

銃弾や砲弾が異常に「遅く」飛んで行く。

米兵が前方のトーチカから『日下の死体』に向かって機銃を掃射している。

数発の銃弾が日下の死体に命中する。

 「そうか。オレは死んだのだ。死んだ後の『魂』なんだ」

暫く茫然と立ち尽くす『日下の魂』。

 バラバラに千切れ、変わり果てた兵士の死体。

私の様な陽炎(魂)が茫然ボウゼンと『自分の死体』を見詰めている。

私は自分の死体に合掌した。

 『オマエはよく戦った。アトはこのオレがこの島で永遠に戦ってやる』

私(魂)は突進して行った。

砲弾や銃弾が私の身体カラダを通り過ぎて行く。

私は米兵の居るトーチカに入った。

二人の米兵が必死に機銃を撃っている。

トーチカの窓穴を覗くと、米兵は緒方を狙っている。

 「こいつ等をらねば緒方がられてしまう」

私は米兵のホルスターから拳銃を引き抜いた。

 「? 抜けない。・・・そうか、オレは死んでいるんだ。どうすれば良い」

大声で緒方を呼んだ。

 「オガタ~!・・・?」

声が無い。

銃弾が緒方に当った。

血が空中高くほとばしる。

緒方は宙を手で掴みながら何かを叫んでいる。

私はいつの間にか緒方の傍に立っていた。

緒方は暫く手足をバタつかせていたが、動かなくなった。

緒方は死んだ。

死体に変わった緒方の頭部から、人には見えない『白い液体』が流れ出した。

液体は陽炎の様に地上に立ち上がった。

『緒方の魂』である。

魂はユラユラと緒方善吉の死体を見ている。

暫くするとオガタは死体から『鉄帽ヘルメット』を外し、カブった。

私はオガタに近付き話しかけた。

 「オガタ、オレだ」

オガタは気が付かない。

私はオガタの肩を叩いた。

やはり気が付かない。

オガタは必死に自分の死体に向かって何かを喋っている。

私には聞こえない。

暫くオガタを見ていた。

すると私は『とんでもない事』に気付いた。

 ※私は『カタチが無い』んだ。

私は急いで自分の死体の傍に戻り、転がっている『穴の空いた鉄帽』を被った。

これで、私はオガタと同じ『形』に変わった。

急いでオガタの所に戻り、話し掛けてみた。

 「おい、オガタ」

オガタは驚いて私を見た。

 「あッ! 日下少尉。」

私の事が分かった様だ。

オガタが喋っている。

 「ジブンは死んだ様です」

私もそれに応えた。

 「オレ達は『幽霊』に成った様だ」

 「ユウレイ?・・・そうですか。じゃ、もう死なないのですね」

 「まあ、そう言う事だ」

私は椰子林の方をゆび指し、

 「ここに居てもしょうが無い。部隊に合流しよう」

オガタは怪訝な表情で、

 「ブタイにゴウリュウ?・・・そうですね」

鉄帽を被った二基の魂が弾の中を走って行く。

二~三歩走っただけで数百メートル先の林に着いた。

 眼の前を三人の米兵が銃を構えて通り過ぎて行く。

一人の米兵が振り返り、鉄帽だけの私を見た。

米兵は何も無かったかの様に私のカブっている「鉄帽」を取って、捨ててしまった。

オガタが必死に私の名前を呼んでいる。

 「少尉殿ッ! 少尉殿ッ!」

 「オレは此処だ!」

応えたが気が付かない。

 「あッ、そうだ! あの時、自分は米兵に鉄帽を取られてしまったんだ」

私は、急いで捨てられた鉄帽を拾って被った。

オガタは私を見て、

 「あッ、 日下少尉殿。 消えてしまったので『ヤラレタ』かと思いました」

 「バカを言うな。一度死んだヤツは死なない」

 「そうですよね。二人は幽霊なんだし」

 「どうやら『この鉄帽』がオレ達の『形』を保ってるようだ。無くなるとオレ達は消えてしまう」

 「な〜るほど。『鉄帽が存在のアカシ』なんですね」

 「そうだ」

オガタはそれを聞いて鉄帽の顎紐をキツく絞め直しながら、

 「情け無いですねえ。鉄帽だけじゃ闘えねえや」

 私とオガタは川のソバまで来た。

先に突進して行った兵士の死体が草むらに散らばっている。

川岸に五基の鉄帽が見える。

私はオガタに、向こう岸に集まる鉄帽の集団をゆび指さした。

オガタは力強く答えた。

 「行きましょう!」

私達は一瞬にして川を渡っていた。

五基の鉄帽を被った魂は私達を見て『笑顔』で立ち上がった。

彼等も鉄帽の重要性は分かっている様で、顎紐はキツく締めてあった。

私達、七基の『鉄帽の魂』は草むらに腰を下ろし、これからの作戦を練った。

 「とにかくオレ達は武器が使えない。しかし弾が当たっても死なない。鉄帽を取るとお互いは見えなくなる。オレ達には力と謂うモノが無い。如何イカに敵を粉砕するか」

一基の鉄帽を被った魂が『想起』した。

 「そうだ。林に火を点けたら如何ですか」

 「火をどうやってける」

 「まあ、そうですね」

私は周囲に散らばった友軍の死体を見て、一行ヒトクダリ説教をした。

 「此処に集まった七基の魂は朽ち果てない『仏様』だ。どうすれば、米兵達をこの島から退去させる事が出来るか。・・・友軍を守る事も出来ないし、二度と自分に戻る事も出来ない」

すると、少し先に『片腕を飛ばされてもがいている負傷兵』が居た。

一基の鉄帽を被った魂が集団を離れて、その負傷兵の傍に近付いた。

 「助けてくれ。痛い、誰か助けてくれ」

「鉄帽の魂』はしゃがんで、呻いていれ負傷兵の肩に手を触れた。

負傷した兵士の腕はいつの間にか『再生』されている。

他の『鉄帽の魂』達はそれを見ていた。

腕を飛ばされた負傷兵は突然立ち上がり、何も無かったかの様に銃を構えて走り去った。

私とオガタは顔を見合わせた。

腕に触れた魂は、負傷兵の腕に『再生』したのか、『殻の鉄帽』を残して、スデにそこから消えていた。

私は思った。

 「そうか・・・。 オレ達には力は無い。しかし負傷兵を再生する事が出来るんだ」

オガタは満面の笑みで、

 「少尉殿、オレ達はまだ戦えます。入れ変われば良いんですよ」

 暫く進むと私達に気付いたのか、ヤシの木陰からか九基の「鉄帽の魂」が集まって来た。

私は彼等を観て笑って迎えた。

集まって来た九基はまるで『仏の様な表情』であった。

九基の『鉄帽の魂』は私の話を聞いて戸惑いを隠せない様子だ。

 私達は負傷兵を求めて、上陸した砂浜を歩いた。

日本軍の強行上陸はすべて終わっていた。

砂浜には波の音と風の音しか聞こえない。

 何処ドコからかブルドーザーのエンジンの音が聞こえて来た。

見ると遠くで米軍が日本兵の死体を処理している。

私達は急いで椰子の木陰に隠れ、死体を見ていた。

そこに自分(日下勇作)の死体が有った。

暫くするとブルドーザーが自分の死体をバケットに押し込んで、穴の中に放り込んだ。

 「まるで『ゴミ』だ・・・。二二年生きて輸送船で九死に一生を得、ようやくこの目的の島に辿り着き、そしてゴミになる。・・・何て事だ」

穴の中にはまだ息のある負傷兵が見える。

 「生き埋めだ。もう少し早く『この事』に気付いていれば、オレがアイツの命に変わってやれたのに」

私達、十五基の『鉄帽の魂』はジャングルの中に入って行った。

ジャングルの中では、日本兵の「合言葉」が飛び交っている。

迫撃砲弾が異様な音を引いて数メートル範囲に着弾する。

折れる樹木、飛び散る肉片、叫ぶ声。

 「ヤマッ。カワッ! オイ、左の樹! 敵三、右二、援護、行けッ! 撃て、援護ッ、援護ッ、一人ヤラレタ。行け! 行け~ッ!」

たった数百メートルの攻防である。

私達の周りには磁石に吸い寄せられる様に『鉄帽の魂』が集まって来る。

 「ヤラレタ~ッ! ヤマー! 山田上等兵負傷ッ! 衛生兵~!」

断末魔の声である。

一基の『鉄帽の魂』がその負傷兵の傍に近付き、血だらけの胸に手を触れた。

負傷兵は再生して鬼のような形相で立ち上がり、また突進して行った。

あの鉄帽の魂は『殻の鉄帽』だけ残し、兵士に『再生』して行った。

いたるところに日本兵がコト切れている。

『鉄帽の魂』達は負傷兵を探す。

一基の鉄帽の魂の傍に、日本兵の頭部が飛んで来た。

胴体を捜す鉄帽の魂。

ふと上を見あげると胴体が内臓を出して、樹にぶら下がっている。

頭部はいつの間にか眼を見開いて死体に変っている。

『鉄帽の魂』は頭部だけに変わり果てた死体に手を触れた。

バラバラに千切れた肉片は突然「兵士の姿」に再生した。『幽霊兵の誕生』である。

木の株の上には、あの鉄帽の魂が被っていた「殻の鉄帽」が置いてある。

 突然、大雨スコールが降って来た。

雨は直ぐに滝に変り、林道は川に変わった。

米兵の骸がうつ伏せで川の流れに乗って来る。

その死体が日本兵の死体にぶつかる。

死体に変わり果てても兵士は戦っているのである。

私は思った。

 「一キロ先に飛行場が在るはずだ。飛行場に着くまでに、何人の兵士が死体と化すのであろう」

米軍の戦闘機(F4Uコルセア)が空中を一周して、糞の様に爆弾を落として行く。

地響きが樹林を揺らす。

 スコールの去ったジャングルに、鳥の声が聞こえる。

近くに運悪く頭部が微塵ミジンに砕け変わり果てた死体が有った。

強烈な日差しは、兵士の死体を数分でハエカタマリにする。

38銃の銃声が数発聞こえた。

その銃声がきっかけと成って、一斉に戦闘が再開される。

 「ヤラレター、 肩、カター」

一人の兵士が転がりながら負傷兵の傍に寄る。

 「大丈夫かーッ!」

いつの間にか一基の『鉄帽の魂』が負傷兵の肩元にしゃがみ、傷に触れる。

負傷兵は再生して何も無かったかのように銃を取り、一目散に木陰に隠れる。

不思議と軍装は「新しいモノ」に変わっている。

傍に居た兵士は不思議そうに、その再生した兵士を眺めている。

眺めている兵士の足元には『殻の鉄帽』が転がっている。

翼の曲がったコンドルの様な戦闘機(F4Uコルセア)が三機、ジャングルの上を低空で飛んで行った。

                           つづく

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