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ー依頼人ー

 席で待っていたのは、黒髪ロングに色白の、30代前半くらいの女性だった。目は少し吊り上がっており、キツネ顔の美人だ。


 「本日はお越しいただきありがとうございます。こちらが実行者でございます」

 「サツキです。よろしくお願いします」


 社長に促されるままに挨拶をする。

 

 「あなたが実行者なのね。よろしく。私はミヅキ」

 

 きちんとした人だ。身なりは整っているし、挙措もとても素敵だ。とても裏稼業に依頼するような、というより、社長に捨てられるような人間には見えない。


 「子供がね、できないんです、生まれつき」


 彼女はポツリと話始める。


 「そんな、プライベートなことなんて…」

 「いや、聞きなよ。君が今から実行することの、動機だよ」


 そう言われてしまうと、背筋を伸ばし、聞くしかない。


 「幸せでした。彼とは大学1年出会って。すぐに付き合い始めて。私はメーカー事務。彼は大手商社に就職して。昭和みたいでしょ?卒業する前に、打ち明けたんです、子供が作れないこと。それでもいいって彼は言ってくれて…」


 ミヅキさんは遠くを見る。何かを思い出しているのか、それとももう整理された記憶は思い出されることもないのか。


 「彼は経験を積んだら起業しました。そしたらみるみる会社が大きくなって。彼は仕事に忙しくて、なかなか結婚できなくて。気づけばもう32で。お互いいい年齢になったから、現実を見始めたんでしょうね。それとも跡取りが欲しくなったのか。別れようって。やっぱり子供が欲しいって。そう言われちゃった」


 ミヅキさんは滔々と語る。感情が溢れないように、必死なように見えた。


 「バカですよね。もっと早く結婚を詰めればよかった。結婚してくれないなら、とっとと次に行けばよかった。それでも、学生の時の彼の言葉に、縋ってしまっていたんですよね。そしたらもっと素敵な…」


 俺は頷くことしかできなかった。


 「死のうと思ったんです。何度も何度も。でも死ねなくて。仕事も続けられなくて。どうしようもないところで、社長さんのところを知って、依頼しました」


 そんな簡単に見つかっていいのかウラカギョウ。セキュリティ的に大丈夫なのかウラカギョウ。


 「大丈夫…なはず。そもそも見つかったって死ぬだけでしょ」


 社長はケラケラと言う。就職先まちがえたかもしれない。


 「最低ですよね。わかってます。でも、許せなくて。彼が、世界が、自分が。私がこんな体質じゃなければ、幸せになれてたのかなって。彼の横にいる人と、私の違いが、先天的なものにしか依らないのであれば、私の何が悪かったんですか?」


 俺はひたすら話を聞く。笑えない。相槌も打てない。ただ、聞くしかできない。そんな話だった。

 ミヅキさんの話を一通り聞いた俺たちは、喫茶店を出る。


 「どう?やる気出た?」


 やる気も何も…まあ、やらざるを得なくはなった気がする。


 「うちの社員だったりお客さんだったりになる条件さ」


 「先天的な性質により這い上がれなかったやつじゃねえの」


 なんとなく、そう思った。自分にしろ、社長にしろミヅキさんにしろ。なんとかしようとして、なんともならなかった人間。


 「ご名答。他にもいくつかあるけどね。自殺未遂で、死ねなかったとかね」


 「あー…」

 

 いつか人生がどうにもならなくなったら死のうと思っていた。世間では年間何万人も自殺者が出ており、自分もいざとなればドロップアウトすればいいのだと思っていた。が、


 「死ぬのには、才能がいるもんなあ…」


 いくら死のうとしたって死ねない人間は死ねないし、いくら死なないでおこうとしたって、才能のある人間は勢いで死んでしまう。死ねない人間は、死のうと思った世界を苦しくも生きるしかない。


 「まあとりあえず、依頼をこなすか…」


 帰り道、俺は社長に詳細を確認するのだった。

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