ー福利厚生ー
「喫茶店、はしごするよ。依頼人にも会わせておきたくて」
「いいですけど、金ないですよ」
無職になってから、単発バイトしかやっておらず、マジで金がない。
「気にすんなよ、経費軽費。それにもうサツキはうちの社員なんだから。この仕事が済めばまたドカンと金が入るよ」
「え?いくらっすか」
金に困っていた俺は、思わず涎を垂らす。
「1000万」
「すご…いが…!人殺して1000万…!?微妙…!?」
もっと大金をもらわないと割に合わない気がする。
「まああんま渡しちゃうとリピートしてくれないし。その代わり福利厚生があるよ」
「福利厚生?」
裏稼業に福利厚生なんてあるんだろうか。ナイフが安く買えるとか?
「弊社は売上の一部を研究者たちにばら撒いてるんだけど、そのばら撒き先を選ぶ権利」
「あー…。あー」
福利厚生になる理由を、理解してしまった。そしてこの組織のメンバーの、選抜理由も、なんとなく。
「僕たちが、僕たちになってしまった理由を、解消する研究に投資できる。こんないい仕事はないだろう?」
昔から、ケアレスミスが多かった。締切が守れず、自分のやりたいこと以外は、本当にやる気が出なくてやれなかった。お調子者で人当たりがいい振る舞いはできるから最初は愛されるが、無能がバレて嫌われた。皆そのくらいあると言うのなら、なぜ自分の人生は皆と違ってしまったのか。気づいたら無職で、最後に運が良かったからここにいる。その根本を、治す研究が進むなら。
「最高の福利厚生ですね…」
「でしょ?」
社長は少し哀愁を漂わせる。
「ちなみに社長はどういったことに投資してるんだ?」
「僕?内緒だよ。サツキが初めての仕事を終えたら教えてあげる」
「いや、聞いてからメチャメチャプライベートなことだって気づいたからいいわ、ごめん」
よくよく考えたら人生の根幹なんて容易く人に聞くもんじゃないよな。俺はつい人に話しがちだが。
「別に僕も気にしてないからいいよ。そんなことより着いたよ、依頼人がお待ちだ」
社長に連れられてきたのは、昔ながらの、洒落たメニューのない、さびれた純喫茶だった。